第172話 無敵の王様
さて、最後はオルカの番だ。
剣を持つのを拒否した彼の相手を誰が努めるのかとヤマトが考えていると、ジルがスックと立ち上がった。
「さてオルカ!、私とやろっか?」
「…え!?」
「剣を持った悪漢とどう戦うか、見せてみ?」
「…そ、……」
『そんな、女性相手になんて無理です!』…と言おうとしたオルカだったが、今ここでジルを女扱いしたらキレられる予感しかせず、仕方なく了承した。
ギルトとヤマトは潔い了承を意外に思った。
もうオルカはジルがどれ程の手練れなのかを見たのだ。
それなのに恐れを少しも感じさせない程すんなりと了承したのが、なんだか違和感だった。
実はジルも自分から言っておいてキョトンとしてしまった。
『ちゃんと見てた?、私強いよ?』と。
(…まあいっか!、ショボかったら遠慮なく言わせて貰うし!、丸腰相手とか気は進まないけど、武器拒否したのオルカだし!)
ギルトの横を通りすぎる時、小さく『加減しろ?』と言われた。ジルは微かに頷き、鍛練場の中心でオルカと向かい合った。
ジルはしっかりとレイピアを構えたが、オルカは構え一つ取らなかった。
「……いつでもどうぞ。」
「おや余裕じゃねえの!」
余裕すぎて少々警戒してしまったが、とにかく打ち込まねば始まらない。…ので、ジルは遠慮なく行かせて貰う事に。
ギシッ!!
「いって!! …ハッ!?」
だが体は前に進めども、レイピアが空中で停止してしまったので彼女の手は自分が動いた反動でレイピアから離れてしまった。
何事かと振り返った彼女の目の前で、レイピアはピューンと飛んでいってしまった。
カランカラン!
「…はい、僕の勝ちです。」
「「…って!?、チゲーだろ!?」」
思わずヤマトも突っ込んでしまった。
ギルトは『オルカ様💧』…と呆れ顔に手を添え。
ジルは床を蹴りながら『お前さあ!?』と怒りを露にした。
「それじゃ手合わせになんねえだろ!?
実戦で使うのは大いに結構だがな!?、私達はお前の実力をちゃんと知ろうとしてんだよ💢!?」
「じょ…冗談ですよ?
…僕が武器を拒否出来る…事を?、取りあえず証明しないと…いけないかなと。」
…本当に冗談だったのかは定かではない。が、オルカの様子から、恐らくは冗談ではなかっただろう。
オルカはヒヤヒヤしながらジルにレイピアを渡そうと浮かせた。
途端にヤマトは『!!』と気付き、『待って!?』と声を張った。
「オルカ!、アネサンが手を翳したらスゥーって手に渡して!?」
「?、…うん分かった。」
「はいアネサン!、レイピアに手を翳して!
『来い!』みたいな感じで!!」
「?、…うん。」
皆が首を傾げる中、ジルは言われた通りにレイピアに手を翳した。
途端にスゥー!とレイピアが真っ直ぐに飛んで来て手に収まった。
…この瞬間、ジルは言葉にならない快感を覚え、たまらずニマッ!と笑ってヤマトに向き直った。
「ヤッベこれ…チョー気持ちいいぞ💖!!」
「ほらな!?だと思ったんだよ~♪」
(…ああそういう事か。
まるでジルが自ら剣を引き寄せたような、そんな錯覚に陥ったということか。)
(あ、そうだよね。確かに堪んないよね分かる。
正直僕も魔法使いになったみたいで楽しいもん。)
…という事だったらしい。
ヤマトは上手くいき満足したのか良い笑顔で座り直し、ギルトはクスクスと笑ってしまった。
『本当に二人はよく似ているな』と。
(精神年齢が同じなのだろう。)
「よーっしやるぞー!、今のでテンションも上がったし!」
「はい良かったです。」
「頑張れアネサーン!
派手にやられろオルカ~!」
「こらヤマトそれは言い過ぎだ。
オルカ様!?、ジルはとにかく早いのでお気を付け下さい!
私など彼女の剣が見えるようになるのに13年かかりました!」
(長官て変なトコ天然だよなぁ。)
さて、改めて手合わせ開始だ。
今度はちゃんと構えを取ったオルカに、ジルもやる気が溢れ、構えた。
「……いつでもどうぞ。」
「…これ、デジャヴってやつか?」
『では遠慮なく?』…と強く地を蹴ったジル。
どんどんと距離は詰まっていくのに、オルカは一切動かず、構えさえ崩さなかった。
『このままじゃ何もせずに腹にズドンされて痛ギブアップじゃん!?』…と焦ったヤマトだったが、ジルがシュ…とレイピアを伸ばそうとした瞬間、僅かにオルカが動いた気がした。
そしてその直後、大きな音が鍛練場に響いた。
カンッ!! カラカラ…!
ジルは『へ?』と目を大きく開け、衝撃に痺れた手をつい反対の手で庇った。
ヤマトもギルトも『!?』と瞬きをしながら二度見したが、床に落ちたレイピアは幻ではなかった。
オルカは上げられた足を下ろし、ゆっくりと息を吐き構えを解いた。
「フゥ。…僕の勝ちですね。」
「…え!? …エッ!?」
「大丈夫ですかジルさん。
…だから女性とはやりたくなかったのに。」
「今…イマ…へっ!?」
オルカはジルに歩み、そっと彼女の手を確認した。
微かに震えている手に申し訳なさを感じ、彼はすぐに一番近い場所にある氷石に集中し引き寄せ、ドアを開けて待った。
「ごめんね。痛かったよね?」
「…ま、まあ。」
「おいオルカ!?、今何したんだよ!?」
「何って、…あ、来た。ほらジルさん冷やして?」
「あ、うん。」
掌サイズもある大きな氷石をジルの手に当て、オルカは皆に今したことを説明した。
「蹴り上げただけだよ?」
「…えぇ…?」
「ほんとだよ?」
「…まさかあのスピードを見切り、下から蹴り上げたのですか?、…予備動作も無く…?」
「うん。」
これぞ門松&柳流オリジナル護身術である。
『先ずは武器を取り上げること!』
『リーチを活かす足技で対応すること!』
この二点に重点を置き二人はオルカを鍛えた。
そして編み出されたのが、オルカの異様に素早い蹴りと目の良さを活かしたこの技だ。
「謂わばカウンター技術だけどね?
レイピアの重心と、掴む手とのテコを利用出来る箇所に素早く蹴りを入れる。すると衝撃で武器が綺麗に飛ぶ。…と。」
「…素晴らしい技術ですオルカ様。
これは、…驚きました。」
「でも相手の手にかなり負荷がかかるから加減したかったんだけど…、ジルさんが早すぎて結果として力が入っちゃった。…本当にごめんね?、大丈夫?」
「……むしろ惚れるかと思った。」
「真顔で言うなよアネサン。」
とにかくオルカは勝った。
ジルは『こういうのもありか…。』と半ば放心しつつ、『次は俺がやる!』と勇姿を見せたヤマトとの手合わせを見ることに。
ギルトはジルを気遣いつつも、どうにかオルカの技を出し抜く方法が無いかを研究するため、かなり真剣に二人を見つめた。
(まさかカウンター技とは。…厄介だな。
正に護身術と言える技だ。
初動は常に相手にあり、それを見切る。
…自分から攻撃する事に一切特化しておらず、『相手を止めること』に100%の重点が置かれている。)
「…俺はさっきと同じだかんな。
剣弾かれても続けるぞ?」
「うーん。……うん、分かった。」
ヤマトはロングソードを構え、釈然としない気持ちでオルカと向き合った。
さっきのがまぐれとは思っていないのだが、蹴りなんかで剣が弾け飛ぶだろうかと。
それに実戦だったなら、相手が武器を失って尚向かってきたなら、どう対応するのかと。
(…んじゃま、見させてもらいますか!)
タッ!とヤマトは出た。
先ずは蹴りづらい横殴りの一撃で攻めてみる事に。
(…こんだけ距離詰めても無反応。
…蹴りが入れづらい斜め上からきたらどうすんだ?)
ヤマトが距離を詰めてきて、剣を振るのに先ずは肘を高く上げた途端、オルカはスッと上体を下げながら前に出た。
マズッ!?…と、オルカが自分のボディーを狙っていると察したヤマトは直ぐに剣を上げるのを止め、横に退いた。
オルカは『おお流石の反応。』と目を大きくし、またヤマトが打ってくるのを待った。
「…今の危なかったなあ。」
「良い判断だぞヤマト!」
二人から見てもそれは英断だった。
恐らく引いていなければ、直接腹に一撃をもらっていただろう。
慎重にいきたいヤマトだったが、オルカは絶対に自分からは動かない。
(成る程ぉ。いやらしいが立派な戦法だな。
絶対に俺が初動をしなければならない。が、オルカのカウンターは正直怖い。…故に俺はやりづらい。)
『だったら…』とヤマトはまた前に出た。
ボディーを狙われない為に下から上へ切り上げる戦法に切り替え、剣を振った。
カアン!!
だが横からの素早い蹴りで剣は真横に吹き飛んだ。
途端に痺れた手に微かに顔を歪めたが、ヤマトは構わずにオルカに突っ込んだ。
彼は敢えて剣を捨てたのだ。
わざとオルカに蹴りを出させ、その隙を狙う為に。
「これでどうだ!?」
だがオルカはクルンと回った。
ヤマトがそう攻めてくるのを察していたのだ。
剣を弾いた蹴りの勢いそのままにジャンプし、なんと後ろに下がりながら空中回転をしてそのままヤマトに蹴りを入れた。
ゴッ!!
(いいっ…て!?)
だがヤマトはガードした。…したが、余りの痛みに片目を瞑り歯を食い縛った。
これにはギャラリーが沸いた。
「おおお!」
「…凄いな。距離を取りながらも攻撃に転じるとは。」
「いいぞオルカー!!
ヤマトもよく見切った!!、愛してんぞー!!」
「ハイハイ俺もアイシテマスよって!?」
蹴りをガードした右腕がパンパンに腫れ上がっているのは感覚で分かった。
剣を弾かれたのは左手だ。
つまり両腕とも正直痛くて碌に動かせない。
(降参とか…ダサすぎて出来るか💢!?)
だが敗北を認めるのだけは嫌だった。
まさか自分より余程ヒョロいオルカに負けるのだけは本当に嫌だった。
ヤマトは『もう攻めて攻めて攻めまくる!!てかもうそれしか手ないし!?』…と半ばヤケで勢いよく攻めたが…
パシ…ドオオ!!
初手で腕を掴まれ、床に叩き付けられた。
『ヤッベそうだった!?』…と、以前にもこの技をその身を持って経験していたのを思い出しても、今さら遅い。
ギチチチチ…!
「いっだだだ!?」
「ふう!、…コレ忘れてたでしょ(笑)」
「忘れてたよ💢!?」
「……ほら。降参は?」
「ヤだ!!」
ギリリリリ!
「いいっ…だああああああ!?!?」
「じゃあ拘束解ける?」
「いでっイダッ!?いひゃただだだだダ!?」
「ほら降参して!、じゃなきゃ関節抜けるよ!?
それに肺を押さえ付けてるから酸欠になるよ!?」
「いっ…いっ…イヤ…だあ💢!?」
だが結局拘束は解けず、ヤマトは叫ぶように『分かったよギブ!!』…と降参した。
オルカは半笑いでヤマトを気遣い、ヤマトのプライドをズタズタにした。
「頑張ったねヤマト?」
「もうヤだお前!!、パパの武術と似てるし!?」
「!、そうなの?、うわあ今度見せてもらお!」
「ああムカツク悔"し"い"ぃ"ぃ"ぃ"!!!」
「ギャーハッハッハッハ!!!」
ヤマトの嘆きにジルは大爆笑した。
相変わらず山賊のように豪快な爆笑だ。
ギルトも、こんなに素直に悔しさを表現する人間が居たのかと、声高らかに笑ってしまった。
「ハハハ!、そんなに悔しいかヤマト…!!」
「!」「!!」 ((あ。爆笑した。))
「オルカ様には私でも勝てんかもしれん!
よくやったじゃないかハハハハ!」
ヤマトとオルカは目を合わせ、『やっと見れたな?』『だね?』と笑い合い、起きた。
ギルトはオルカとはやらなかった。
今の自分では勝てないと踏んだのだ。
カポ…ン。
鍛練を終えた一行は仲良く風呂に入った。
ヤマトは初めての王宮の風呂に大騒ぎした。
「ヤッベーでかー!!」
「…ヤマトはしたないぞ。」
「良いじゃないですか!
なあオルカ泳ごうぜ!?」
「…!」
『誰も居ないし、泳ごうぜオルカ!』
オルカは懐かしむようにフッと笑い、『いいね!』と温泉に飛び込んだ。
ヤマトも飛び込み、ギルトは呆れながらゆっくりと浸かった。
「……いいなあ男共。」
残念ながら、ジルは一人つまらなく風呂に浸かった。
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