第17話 海堂の目的地

「…では、手筈通りに。」


「ああ。」



 ジルを地表まで送った海堂は、お供の男性を引き連れ街中を堂々と歩いた。

一度振り返りジルの背を見つめると、彼女が周りの通行人から注目を浴びていた。


 ジルの傍らには、海堂の部下である少女が歩いていた。

まだ年端もいかない13才程の子供だ。



「…………」


「…海堂さん。」


「皆まで言わずとも結構。」



 海堂は暫くじっと二人を見つめ、また歩き出した。

 街並みは以前と変わりなく石造りの綺麗な街並みで、人々も、昨日の騒ぎなど無かったかのように穏やかに見えた。



「……ジルは目立ちすぎるのが難点ですね?」


「美人ですからね?」


「それもあるのですが、彼女にはカリスマがある。

…僕とは違ってコントロール不可なね?」


「はは!」



 冗談を言いつつも、海堂は『しかし…』と目を細めた。

 彼の隣を行くお供『ツバメ』は、海堂が統治者だった頃も秘書として付き従っていた男だった。

故に、海堂の人には見せない真意に一番鋭い。

今も隣を行きながら、海堂の心が多少なり動揺しているのを見抜いていた。



「しかし、…よりによって我々の敵が世界の破壊者その人だとは。…ね。」


「……ええ。」


「まあ状況的には問題無いのですが、………

我々の目的とジルの目的が綺麗に重なっているのは、今後を見据えた場合最良と言える。」


「……ですが、」


「ええ。…問題は彼の…長官の真意です。」



 歩きながら海堂は口元に指を添えた。

隣を行きながら、ツバメぼんやりと立ち並ぶ店を眺めた。

一見すれば完全に復興を果たした街を。



「私はてっきり、女王を殺害したのは政府の誰か。

…つまり、権力欲しさの犯行だと考えてきました。

ですが、それは覆った。

…生まれた時から名字のある…地位ある身分で将来を約束されていた王族親衛隊の者が…権力欲しさに蛮行を犯すなどあり得ない。」


「聞けばギルト長官は、ジルとイルと兄弟の様に育ったと。…故に仲間の中にはジルに不信を抱く者も出てきています。

『情に流されるのでは』…と。」



 海堂は口に手を添えながら眉と口角を上げた。

 そんな上目使いの『可笑し!』…とでも言いたげな顔に、ツバメは首を傾げた。『当然の反応では?』と。



「それは無いですよっ?」


「…そうでしょうか。

ジルの三歳下の長官。…長官の二歳下のイル。

…情が湧かない方が違和感がある距離ですよ。

更には先程の彼女の苦悶ときたら。」


「それは君達が知らないからです。」


「…はあ。…何をでしょうか。」


「現役時代の彼女を。…ですよ。」


「……それは、大崩壊前の…?」


「ええ。王の為ならばその身を呈することも厭わず、何を手にかけるのも厭わない。

……私があの日、オルカを抱き現れた彼女をこの第三地区に匿うと決めたのは…、そんな彼女の冷徹とも呼べる強さをよく知っていたからです。」




ザアアアアア…!


『貴女は…』


『……助けて欲しいの。』




海堂は脳裏に甦った思い出に微笑み、目を閉じた。


 息をすることすら苦しくなるような豪雨の中、血の染み込んだおくるみに包まれたオルカを抱えたジルの目は、女王を失った悲しみなど微塵も窺わせなかった。




『この子を守れるなら何でもする。』


『この…子…は?』


『…オルカ。』


『……『オルカ』?』


『……最後の王。』


『ッ!?』


『この子が居れば…アンタの望みも叶う。

…この子さえ生き残れば、…世界は治る。』


『……… …私の…望みを、…御存知で?』


『この子を生かしてくれたなら。

…無事に国を納めさせられたなら!!

何だって叶えてやるよッ!!!』


『…!』


『御託はいいから…っ、私達を匿えッ!!!』




 …ピタ。…と海堂は広間の前で立ち止まった。

大きくて何もないその広間は、かつては彼の職場であった役場跡だった。

海堂はツバメ共にその場で手を合わせた。



「地震にも、洪水にも耐えたっていうのに。

…まさか、…ね? …国に壊されるとは…ね。」


「…ええ。」


「……ねえ。ツバメ?」



 じっと手を合わせると海堂は目を開け、ニコッとお供のツバメに笑顔を向けた。

ツバメは口角だけ上げて首を傾げて見せた。



「……取り戻すよ。私の第三地区を。」


「ええ。」


「私の望みはただ一つ。

…私の第三地区を取り戻し、正当な福祉を復活させ皆を守ること。

……その為ならば、…何だってする。」




そう。…何だってやってやる。

私は必ずこの第三地区を取り戻してみせる。

…ジル。…例え貴女が愛を知り、腑抜けとなってしまったとしてもね。




「……問題はゲイルとの関係の良好性(笑)?」


「?」


「…いや、損得勘定で愛を否定するなど…

人道的ではありませんねっ?」


「…??」



 ツバメの『誰ですそれ?』…という顔にクスッと笑うと、また海堂は歩き出した。


 辺りには、一件一件水石を渡して回る政府の人間の姿が。

そんな彼等に侮蔑を込め、海堂は笑った。



「……地表を行くだけなんて。楽でしょうに。」



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