第16話 玉座の破壊者

カツン…!カツン…!カツン…!



 まだ誰もが寝静まっている夜明けの街にヒール音を響かせながら、ジルは目的の場所に辿り着いた。


辺りにチラッと目線を送ると、ジルは鍵を取り出し錆びた扉に差し込んだ。

ギイ…と小さな音と共に扉は開き、ジルは暗い階段を下りていった。





コンコン…コンコン!…コン!



「…ん?」



 地下の錆びた鉄の扉の奥で、数名が眉を寄せた。



「…誰だこんな朝早くに。」


「……私が出ましょう。」



 一人の男が立ち上がりドアに歩み、小さく呟いた。



「……『世界の理』。」



 するとドアの向こうから『陛下のかがり火』…と返事が返ってきて、男は『おや!』…とドアを開けた。



ガチャン!


「久しいですねジル!」


「ヤッホー♪?」



 二人は顔を合わせるなりハグを交わした。

部屋の中に居た者達も、ジルが来たと分かるなり一斉に立ち上がり『久しぶり!』とハグを交わした。



「随分可愛くなっちまったな!?」


「……若作りしすぎじゃね?」


「ウルッセーな殴んぞ💢!」



 ジルは、お土産~!…とその辺に居た一人に袋を渡した。

そしてキチンと整頓された広い部屋の真ん中にあるテーブルにドカッと着席し、土産の酒に騒ぐ皆を苦笑いしながら見守った。



…コトン。


「本当に久しいですねジル。

お変わりないようで安心しましたよ?」



 ジルの向かいに着席したのは、先程合言葉を言いドアを開けた男性だった。

とても物腰の柔らかい話し方をし、背もジルと同じ程で細身で威圧感が全く無く、色白で眼鏡をかけている一見とにかく大人しそうな45歳の男性だった。

 ジルは彼と目を合わせると、大きな部屋をグルリと見回し『相変わらずだねアンタも?』と笑った。



「とてもアングラとは思えないよ。

ちゃんと整頓されてて、空気も綺麗だし。

こっんなにヤローばっかなのになっ?」


「ふふ!…なんせ私ですから?」


「はは!」


「私の統治下で粗相は許しません。

…例えば、ゴミをそのまま放置。…とかね?」


「でた~!、流石は『南無三の海堂』!」


「古い呼び名を?

それダサイので止めて欲しいんですけどっ?」


「はははっ!」



 実は大崩壊が起こるまで、五つある全ての地区にはそれぞれ統治者が居た。

彼らは国の定めた法とは別に、それぞれの地方にオリジナルの福祉やルールを用いる権限を有しており、公共の場(公園など)の建設や整備を指揮したりと…正に地域を統率していた。

当然各地区で統率者が違うのだから、各地区にはそれぞれ独自の文化や風習があり、街並みもそれぞれ違った。

 大崩壊後は政府により統治制度そのものが廃止され、統治者達は強制的に解散させられてしまった。

これも失業者やホームレスが大量発生してしまった原因の一つだ。

 今は各地区の統率は国が一貫し担っている。

…つまり、政府に全権が委託されたというわけだ。

 この『海堂』(カイドウ)こそ、その統治者の一人であった。

 彼が担っていたのはここ、第三地区。

彼は所謂叩き上げというやつで、初めはただの役所勤めであったのだがメキメキ頭角を現し、遂にはたった一代で統治者にまで伸し上がった…超が付く程の切れ者である。

仏の様に人当たりが良く優しく、『綺麗で誰もが快適に暮らせる街づくり』をモットーに地域に尽くす反面で、政治の裏事情や裏マーケットにも精通し、自分の統治する第三地区の住民がそれらに害されようものなら何を駆使してでも相手を叩きのめすという狂犬的な一面もある男だった。

 …故についた異名が『南無三の海堂』。

仏の顔と、彼を怒らせたら社会的に死ぬ。という実績。第三地区を見事に融合させた異名だが、本人は『嫌ですね~物騒ですよ~!』…と敬遠している。

 だが彼を知る誰もが、『ピッタリだよ』と思っていた。


 そんな彼が何故こんなアンダーグラウンドに居るのかというと…、平たく言えば彼は政府打倒を目指すレジスタンスであり、この第三地区の地下の裏マーケット、闇市を牛耳る二つの大組織の内の一つを制する男だからである。

 初めは職を失った役所のスタッフとその家族を路頭に迷わせないために始めた裏家業であったが、元々そっちの知識も豊富だった彼は統治者としての手腕をアングラでも遺憾なく発揮し、ホームレスに落ちてしまった人々や自分に賛同する者達と共に巨大なレジスタンスファミリーを築き、ここでも頂点を極めたのだ。


 ジルが今居る場所は、そんな彼が築いたアングラ帝国の窓口だった。

とても広い空間で、キッチンや和むためのソファーがあり、人も老若男女問わずに居た。

彼等は全員海堂に賛同しレジスタンスとなった者達で…、この部屋から奥にはもっと居住スペースや闇市用の倉庫などが存在し、その道は迷路の様に入り組んでいて、彼等の案内がなければまず迷ってしまう。

 だが地下の治安の良さについては、もう一つの巨大組織とは良い意味で天と地ほどの差があった。

ロバートや一般人が抱く地下への劣悪なイメージはこの海堂のアングラ帝国ではなく、もう一つの巨大勢力を表していた。

この二つは常日頃から対立し、いつ戦争になってもおかしくないギリギリの均衡で成り立っていた。



「ああそうだ。…新人が何名か入りましたんで紹介致しましょう。」


「いやいいよ!?」


「? …何故です?」


「そうやって今までも『2、3人だよ~?』みてえに紹介してきたけどソレで済んだ試しがねえからだよ!?」


「……おや。今回は本当に少ないですよ?」



 ジルは頬杖を突きながらキッと海堂を睨み付け、『何人?』…と目を細めた。

海堂は宙を見つめながら指を折り……



「……15名ですかねっ?」


「はい帰りまーす!!」


「冗談ですよ冗談♪  ……で?」


「…!」



『で?』…と小さく溢しただけなのに、辺りは静まり返った。

この海堂という男には妙なカリスマがあり、声の大きさやトーンに関係無く、心で周りにいる人間

の意識に入り込むのだ。

 ジルは『う…わ流石』…と頬をポリポリ掻いた。



「昨日の『塩辛い水』。

…アレにオルカが打たれた。」


「………  …!」


「ヤマトが見付けてくれたんだけど…

彼が見付けた時、オルカの髪は『白く見えた』って。」



 ガタン!!…とあちこちから椅子を鳴らし立ち上がる音が響いた。

海堂は立ち上がった者達を『落ち着きなさい』…と手で制した。

その目はスッと切れ長につり上がり、顔は少しも笑っていなかった。



「……誰に見られたのかの詳細は?」


「…分からない。…私的にはだが、誰もが塩辛い水に困惑し空を仰いでいただろうし、茶色の毛染めスプレーと色が混ざり虹色に光る髪は露見しなかったのでは。……と。」


「………成る程。…確かに?」



『では何故ここに来たのだ』…という無言の威圧に、ジルは顔を歪め口を開いた。



「……だが、政府の人間に声を掛けられた。」


「な!?」「ハアッ!?」


「静まりなさい!! …続けて下さいジル。」


「……ああ。」



 ジルは細かくその時の状況を話し聞かせた。

ヤマトがテンパってカフェに戻ってきたこと。

政府の男性に声を掛けられ、アレルギーだと必死に誤魔化したこと。

そして茂が二人を見付け、匿った。…と。

 海堂は質問を蹴り返し、詳細に事細かくその時の事を掘り下げ、…ゆっくりと腕を組んだ。



「……………成る程。」


「昨夜、私と茂とイルとロバートで話し合い、とにかく一ヶ月様子を見る事になった。…んだが、お前達に報告せねばとね…?

今日はお邪魔したってわけさ。」


「………」



 海堂は腕を組み背凭れに深く腰掛けながらじっとジルを見つめていたのだが…、ふと口を開いた。



「…去年の九月。それこそが政府の正念場だった。

何故ならば、『親を亡くしたオルカは間違いなく孤児となっている筈』で、『就業出来たのなら、その契約を成した記録が自動的に認識番号に登録され』『オルカという名がヒットするから』。

その狙い故の孤児達の強制就業制度。

…それ故のブラックロード一斉検挙。

……就活に失敗したオルカが行き着くのは地下以外に無い。…故の暴挙。」


「……」


「……しかし、『オルカ』はヒットしなかった。

…同じ名の子供を確認しても、それは赤の他人だった。」


「……」


「何故なら。オルカの存在は今の今まで何処の何にも登録されていないから。」


「……」


「3-1孤児院にも。…カフェ、アイランドにも。

……私達はありとあらゆる手を駆使し、学校にも彼の痕跡を残さなかった。

…ただ、人々の記憶にだけ。茶髪に茶の瞳のオルカという少年が居ただけ。…ただそれだけ。

……そんなの、政府の人間の耳に入ろうが痛くも痒くもない。

なんせ、データとしては何処にも存在していないからだ。」



『だが?』…と海堂は唇の端に親指を立てた。

これは彼の、イラついているサインだった。



「ヒットしなかった故に…、政府はオルカの匂いが微かにでもすれば飛び付いてくる。

…まるで一筋の希望にすがるようにね。」


「……海堂。…私は」


「黙りなさい。」


「…っ、」


「……一筋の希望。 ………

それにすがり手繰り寄せようと足掻く力が、君には想像つきませんか?

…では餓えた者にパンを見せびらかしたら?

……答えはシンプル且つ明白でしょう。」


「………」



 じっとジルと目を合わせると…、海堂は自分を落ち着けるように大きく息を吸った。

ジルは無表情に、キュッと口をつぐみ続けた。



「……ジル。…もっと以前の話に戻っても?」


「…ああ。」


「政府は『オルカをどうしたい』のです…?」


「……それ…は、………」


「何故執拗に追うのです。」



 それは、『分からない』。

ここに居る者達にも海堂にも、ジル達にも…

政府の目的が実は分からずに居た。

『王族を殺せば、この世界のコアが均衡を失う』のを、女王殺害の犯人は知っていた筈なのだ。

ジルも茂もそんな事は知っていたのだから。

…だが何故か犯人は女王を殺害した。

もし世界の滅亡を望んだのなら、その行動は正しいと言えるだろう。

だが、犯人は世界の崩壊を止めた。


この時点で、犯人の行動は既に矛盾しているのだ。


そしてその後のオルカ捜索については…

もう説明すら不必要な程にあからさまであった。

成人年齢の引き下げはオルカが世界の理と繋がる力を持つ年齢、14才に設定された。

彼を炙り出す為に孤児限定の制定まであった。

…しつこすぎるのだ。

もし世界を崩壊させたかったのなら、未だにオルカを探すのも頷ける。

だが犯人は崩壊を止めたのだ。

だったらもう、オルカをそこまで血眼になってまで探す理由が無い筈なのだ。

 ジルは眉を寄せ、ギュッと手を頭に押し当てた。



「……分からない。…けれど…」


「…………」


「…あの子は…記録上、…初めての男の子で。」



 ジルの脳裏に、鮮明に女王が甦った。

彼女は淡いエメラルドグリーンの光の空間で…、赤ちゃんを抱っこしていた。




『この子はオルカ。『オルカ・C・ダイア』。

この世界を……正しきに導く者。』




「……分から…ない。

…あいつだって、陛下を愛していた!」


「…………」


「それなのにっ、…どうして!」


「…………」


「…っ、けれどあいつは、……殺した。

陛下を。…この…世界を!!

それなのに何故世界を繋ぎ止めたの!?

…一体…どうやって繋ぎ止めたんだ!

そして今度は、…オルカを。

最後の王を…、血眼になって探している。」




『ジル姉さん♪』




「…つ! ………」



 脳裏に甦った記憶を断つようにジルは頭を振った。

記憶の中の黒髪の男性は…、白と金の制服を纏い自分に笑いかけていた。

屈託の無い笑顔。使命感がそのまま誇りとなったような堂々とした立ち振舞い。

知的だがあどけなさの残る…横顔。



「私だって、…知りたいよ。

なんであいつが…、…あいつが……」


「…ジル。いい加減に話して頂けませんか。

世界を破壊した張本人。

貴女の言う『あいつ』とは、一体誰なのか。」



 海堂の言葉にジルはギュッと目を閉じ、苦悶を隠せない顔を掌で覆った。

その切なく歪んだ顔を…、海堂はじっと見つめた。



「……話す…よ。」


「………」



 ジル達はこれまで、女王を殺した犯人の事を海堂や他のレジスタンスには伏せてきた。

その理由は、彼等を守るためだ。

秘密など…知らない方が身の為なのだから。

…たがもう、そうも言っていられなくなってしまった。

政府の人間にオルカの輝く髪を見られた訳ではない。

茶色のスプレーがバレた訳でもない。

…だがもう、どこからどう情報が政府に通じ捜査が始まってもおかしくない状況なのが、彼女には分かるのだ。

 ジルは大きく深呼吸し、決意を固めた。



「あいつ…は……」


「……」



 生き残った最後の王、オルカ。

彼の母親である女王を15年前に殺害し、法を改定しオルカを炙り出そうと躍起になっている…

世界を壊した張本人は…



「………ギルト。」


「なッ!?」


「『ギルト・フローライト』。

…私とイルのサファイア家、茂のコランダム家同様、王族警護親衛隊を務めてきた…、フローライト家の嫡男。」


「……………」


「そして現在は政府長官。

つまり敵は、……この国のトップさ。」




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