第15話 絡み合えない心模様
シューー …コトン。
次の日の朝、ジルは染めムラがないかと鏡で念入りに髪をチェックした。
しっかりと黒く染まっているのを確認すると、今度はピンクのカラーコンタクトを着け、鏡で全身の身嗜みの最終確認をした。
黒く染めた髪は弛くツインテールにされ、ベージュのパーカーにジーパンという彼女が普段全くしない服装は、彼女を知る者が見ても彼女とは気付けないだろう。
「似合ってないかな~?」
彼女が若い頃遊びで着けていたピンクのカラーコンタクトがやたら浮いて見えて、ジルは『年取ったってかコンチクショウ!』…と悪態を吐きながら一階に下りた。
するとまだ夜が明けたばかりだというのに既に茂が居て、ジルは少し目を大きくした。
「…おはよ?」
「…ああ。おは ……」
茂は言葉途中でポカンと目を大きくした。
パーカーのポケットに手を入れる…少々キャピっとした若い女の子に見える自分の嫁に驚いたのだ。
「……………」
「…っんだよ何か言えよ。」
「………可愛い。」
「っ!?」
ボンッ!! …と顔を爆発させたジル。
茂はそんな彼女に更に目を大きくし、口を押さえ軽くうつ向き…フッフと笑った。
「わ…笑うな!?」
「………笑ってない。」
「嘘つけよ!?
べっつに私だって好きでこんなカッコしてんじゃねえんだからなっ!?、変装すんならこんくらいやんなきゃって」
「分かってる声が大きい。」
「…ああ悪い。」
ジルは『ああクソ恥ずかしいなもお!』…と、コーヒーを淹れようとカウンター内に入った。
そんな彼女の後ろ姿や横顔をじーーっと見つめ、茂は思った。
(…本当に若いな。)
「……茂も飲む?」
「…ああ。」
(それもそうか。普段から気を使っているもんな。)
「……ガキ共まだ寝てんの?」
「…あ。」
(…20の娘が35のオッサンに惚れてた…って。
…んな馬鹿な。…とは、思うんだが、……)
…思うのだが、コンとコーヒーを置き前の椅子に座り目の前でコーヒーを飲むジルを、ついじっと見つめてしまった。
(……可愛い。)
「…なにさジロジロと。」
「……いや。」
「……やっぱムリあるよねえ~?
若い方に変装すんじゃなくて年増の方に変装すべきだったかねえ~💢?」
「いや、それでいい。」
「…?」
『ジルは茂と結ばれた事に罪悪感を抱いている』
昨夜イルから聞かされた話がどうしても茂の脳裏から離れなかった。
そんな風に思ってほしくないと強く感じ、どうすれば彼女が亡くなった前妻の影を引き摺らずに済むのか、昨夜から考え通しだ。
…考え通し…だったのだが、目の前に居るジルが可愛く見えすぎて…、真剣にどうすればと思考する脳に『可愛い』と勝手に言葉が響き、よく分からなくなってきた。
(…そう言えば俺はちゃんとジルに伝えただろうか。
…ただ、愛してると告白しただけで、前妻への気持ちについては何も話して… …可愛い。……
じゃない。…なんだったか?)
「先ずはアングラの仲間に昨日の事話してくるよ。帰りは街の様子を見ながら帰る。」
「……ああ。」
(…俺なんかにどうしてこんな若くて綺麗な子が。…っと思ったなあの頃は。 ああかわいい。
……ツインテールが似合うな初めて見た。)
コーヒーを飲み終えたジルは席を立ちカップを片しすぐに出ようとしたのに…、茂に座れと言われ、(何だよ?)…と座った。
「……早く出たいんだけど?」
「…ジル。」
「?」
「俺は… …」
「…?」
何も考えが纏まっていなかったが、茂は口を開いた。
ちゃんと前妻への思いを告げ、彼女に罪悪感から解放されてもらうために。
「…俺はお前を愛してる。」
「っ!?」
「……確かに俺には家庭があった。
彼女は朗らかで優しく、いい妻でありいい母で…
娘のことだって、…心から愛していた。」
「!」
ジルはハッと目を大きくした。
茂の言葉に、思い出してしまったのだ。
家族三人仲睦まじく歩いていた…彼らを。
「彼女達への愛は、一生変わらない。」
「…うん。」
「……だがなジル。…それは過去なんだ。」
「…!」
「『愛していた』…に、なったんだ。
…愛してるから愛していたになるのに、抵抗なら勿論あった。…辛かったさ。
本当はずっと現在進行形で居てほしかった。
……だが、彼女達は死んだんだ。
…亡霊の影を追う。…思い出の中にしかいない彼女達にばかり囚われていた…あの時間は、…辛かった。」
「……っ、」
「……だがそんな時間から、…彼女達を守れなかったと自責する終わらない牢獄から俺を解き放ってくれたのは、…お前だ。……可愛い。」
「… …」 (…ん!?)
(あっと違う。)
「お前だ。……可愛いジル。」
「……」 (んん!?)
「だから、お前も解放されてくれ。」
「………」
「俺は今、お前を愛してるんだ。」
「っ…!」
「お前以外女などいらない。…可愛い。
俺はお前とこうなれて、…本当に幸せだ。
…ツインテール、似合っているぞ?」
「……あり… …」
真剣な話をされている筈なのに、微量な違和感。
ジルは『ヤバイ途中から全然話が頭に入ってこなかった』…と真顔でパチパチと瞬きをしつつ、茂が何を言いたいのかを必死に模索した。
彼はずっと前妻への思いとジルへの思いを話している…と思われるのだが、途中ところどころで可愛いを挟み…
ジルはパッと茂に手を向けた。
「……ごめん茂。」
「…ん?」
「……簡潔に言って。」
茂は暫し思考し、自分の思いを簡潔に纏めた。
「愛する女はお前だけだ。」
「っ!!」
「俺を信じ、亡霊を手放せ。
……過去ではなく俺との未来を見ろ。」
(な!? なな…ななななっ!?)
「……でなければ、俺は悲しい。」
「…!」
「……以上だ。」
茂はカタンと立ち上がり、呆然と顔を真っ赤にするジルの頬に手を添え、キスをした。
「…… …… っ…ん、」
朝とは思えない熱烈なキスをされ、ジルの頭は完全にグルグルとテンパった。
『結局何の話をされたんだ!?』
『朝からどしたのっ!?』
…と戸惑う彼女の顔をやっと離すと、茂は自然に微笑んだ。
「こっちは任せろ。…頼んだぞ。」
「ア!?、ああハイ!!」
「…?」
ガチャン!!…と乱暴に外に飛び出すと、ジルは変な汗を拭いパーカーを摘まみパタパタ浮かせて空気を入れた。
『一体なんだったんだよ!』と思いながらも、辺りへの警戒は怠らなかった。
チラ… チラ…
(……特に人影は無し。)
彼女達はは大崩壊が起きるまで、王族警護という、その名の通り王家の人間を守る親衛隊という仕事に就いていた。
同じ警護系ならば王都守護という職務も存在したが、こちらとは違い、王族警護は代々決まった家柄の者にのみ引き継がれてきた特別な役職だ。
幼い頃から専用の教育を受け育ち、政府とも深く関わる大きな国舵の一つだった。
故に彼女には、政府の動きなどお見通しで…
誰かを探る時の配置や行動パターン、それに狙い別の手段など、全てが頭に入っていた。
(……まあ昨日の今日だしな。
まだ動き出さない…か。)
それにしても…と、今さっきの茂について考えてしまった。
『愛してるのはお前だけ』『解放されろ』。
「…………」
…彼が何を考えそんな言葉を自分に投げ掛けたのかなんて、自分の胸に手を当てずとも分かる気がした。
確かに自分だって、亡くなってしまった人に対して罪悪感を抱くのは辛かった。
本当はそんな風に思うべきでないのだって、しっかりと分かっていた。
…だが彼女は、茂と同じように彼の前妻のことを大切に想っていたのだ。
(あの方は本当に優しくて。…朗らかで。
本当に素敵な人だった。)
…もし、茂の前妻の存在をちゃんと知らなければ、もしかしたら彼女はこんなに苦しまずに済んだのかもしれない。
…だが本当に慕い尊敬していたからこそ、『ごめんなさい奥様』…と、責めてしまうのだ。
「………」 ガシガシ!
『私らしくねえ』…と頭をガシガシ搔くと、ジルは持ってきた水筒から水をグビグビと飲んだ。
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