第14話 その血は何を語る

…カチャン。



 深夜、寝室を覗くとちゃんと二人は眠っていた。

ロバートはオルカの頭を撫で、ヤマトの頭も撫で…

静かに『ごめんな?』…と呟いた。



「……お前らの幸福を、心から祈ってる。」



 そう呟くとそっと鼻で溜め息を溢し、家に帰った。



「……送る。」


「一人でも大丈夫よっ?」


「こんな深夜に一人歩きするな。

…ジル、イルを送ってくる。

…ノックが違ったら戸は開けるなよ。」


「だーれに向かって言ってんだよとっとと送ってこい!」



 イルは茂に送られることとなり、二人は外に出た。


 もう雨が上がった世界は、地面やベンチ等が濡れている以外は全てがいつも通りに見えた。

ポツポツとある街灯は美しく、いつもならばカップルがムードある街並みに肩を寄せあう光景が見られるが、今日は人っ子一人居なかった。



「……シゲちゃん。」


「…ん?」


「…シゲちゃん、…昔と変わらないね?」



 隣を行く声にチラッと目線を下げると、イルが人懐っこく笑っていた。



「……変わらないのは、…お前だろう。」


「まさかっ!、髪だって黒くしてるし、歳もとっちゃったもん!」


「……それこそ俺なんか数倍歳食ったが。」


「ふふ!、シゲちゃんは変わらないよっ♪」



『昔から大きくて…優しくて…』



「…あれ?、あの頃シゲちゃん幾つだったんだっけ?」


「……俺は35だ。」


「…え!、今のジルと同じ!?

ひゃ~15年て怖いわねえっ💦!?」


「…お前はあの頃、…15か。」


「うん!」



『あの頃と変わらない話し方だ』と感じた。

 可愛らしく女の子らしく、華があり朗らかで温かい。そんな笑顔と存在は何も変わっていなく見えた。

 ただ、プラチナブロンドのウェーブの入った髪に、黒い毛染めスプレーがかけられているだけだ。


 つい懐かしくなり、茂はフッと笑った。



「……ジルも変わらんな?」


「ふふっ!、だよねぇ?」


「…強くあろうと、…背伸びしていたなあ。」


「だねえ?

…でも、シゲちゃんの前ではずっと変わらないんだよ?」


「…!」


「…ふふっ!、……もう解禁。

ジルねずっと昔から…、シゲちゃんのこと、好きだったの。」



 思わずピタッ…と茂は止まってしまった。

イルは苦笑しながら振り返り、『だから責めてるの。あの子。』…と前髪を耳にかけた。



「…あの頃、シゲちゃんには奥さんも子供も居て。

ジルは…横恋慕だったの。

…告白する気も毛頭無くて。

……ずっと、押し殺してたの。」


「……………」


「だから、…ほら、……ね?

シゲちゃんがフリーになっちゃったのは…、ね。

大崩壊で、…ご家族が亡くなっちゃったからで。

……シゲちゃんが大好きだったから、ジルは必死に『死なないで』『生きて』ってシゲちゃんを支えて。…だからシゲちゃんは、次の伴侶にジルを選んだ。

…告白したのもシゲちゃんだった。

それなのにあの子、どっかで…、心のどっかで、『私は卑怯者だ』『妻子を亡くしたあの人に付け入ってしまったんだ』…って、責めてて。」


「……………」


「…分からなくはないんだけどね?

考えすぎだよって、…何度言っても。 ………」


「………」


「…本当はシゲちゃんみたいに、オルカを真っ直ぐに守りたいの。あの子も。

…でも私達は元王族警護…親衛隊。

…世界の理が破壊されかけた事を知る者。

だから、やっぱり世界を戻すことを、どうしたって考えてしまう。」


「……」


「……私、…どっちの気持ちも分かる。」


「!」



 ハッと顔を上げた茂の前で、イルは後ろで手を結び少女のように微笑んだ。

…それはまだ、恋さえ知らない娘に見えた。



「私にも親衛隊の血が流れてる。

自負、自覚、…使命を感じてる。」


「………イル…。」


「けど、ただの女になった時。

…ただのシスターで居られている時間に、ひたすら感謝をしていて、幸福を感じていて……」


「………」


「……このまま皆を愛していたい。

けれど世界を元に戻すなら、…私はシスターにはならず、親衛隊を続けている。

…けれどそれはそれで、あの子達は孤児にならずに普通に平穏に生きていけた。

…それはそれで、……見てみたいの。」


「……」


「………矛盾してて、…嫌んなるね?」



 もし、世界を元に戻すことが…

大崩壊を食い止める事が出来たなら…

……ジルは茂とは結ばれない。

その恋は絶対に実らない。



「………」



 だが以前ジルに話したように、茂は世界を戻すこと自体に抵抗を感じていた。


『時は流れ続けるものだ』と。

『だからこそ人は逞しく生きていくのだ』と。

 …だがもし、本当に世界を元に戻せるのなら、大量の孤児が発生することも、ホームレスが溢れることも、地下がアンダーグラウンド、ブラックロードと化すこともない。

確実に大多数の人間が救われる。

オルカが追われる身になる必要も無く、ヤマトだって親元で平和に暮らしていた筈だ。

 イルがコツン!…と小石を蹴るのを見つめながら、茂は静かに口を開いた。



「……この世界は、…根本から間違っている。」


「…!」


「世界の理を守り続ける…王族。

彼等に頼らねば存続すら出来ない…この世界は。」


「…………」


「俺だって親衛隊隊長だった男だ。

…陛下を敬愛している。…国を愛している。

だが、……壊れてしまって初めて理解した。

この世界は根本から歪んでいる。」


「…………」


「この世界は人だけを生かした。

…それは多くの化石達が物語っている。

…王族は髪の毛一筋から特別な力を宿し、世界と繋がる術を持つ唯一の一族。

…その力は14才で開花し、彼等は一様に世界の平和の為に存在し続ける。」


「……そう。」


「だからこそ、…それこそが、………

この世界が不安定であるという証拠だ。」


「!」


「……あの血は恐らく、…陛下の血だ。」


「…え!?」



 突然の言葉についイルは大きな声を出し、『しまった』と口をパシンと押さえたが、すぐに茂に駆け寄り小声で詰め寄った。



「…ど、どういうこと!?

だって陛下は、…15年も前にお亡くなりに!?」


「…俺の憶測では、本当に亡くなられているのならこの世界は完全に崩壊している。」


「…!」


「世界の理と繋がれるから…特別なんだ。

王族は世界の理とこの世界とを繋ぐ使者であり、媒体だ。

…故にあの日、世界は大崩壊を起こした。

…それが止まったのなら、………」


「………まさか、…陛下はまだ…生きて…?」



 茂は眉を寄せ、分からないと顔を歪めた。

 イルは、確かにと思いながら青ざめていた。

『確かに本当に亡くなってしまったのなら、大崩壊が止まった事がおかしい』…と。

だが同時にありえないとも感じた。

『私は確かにあの日、陛下が亡くなったのを…』と。



「…王族の血には不思議な力がある。

我々には受け継がれない、王族にのみ伝え聞かされるその能力の…何かが、恐らくは陛下の命を繋ぎ止めているのではと、…俺は考えた。」


「……そ、………」


「しかし、それ以外に説明がつかない。」


「…そ…れは、…そう…だけれど!

…でもそれは…オルカが生きているからじゃ」


「水石の最初の記録を塗り替える。

そんなの、俺達の技術では不可能だ。」


「!! …陛下の血なら…その力が……?」


「……それしか考えられない。」


「…っ、」


「そんな力が宿る血など、王族以外に無い。

…だとしたら、地下深くにある世界の水石まで陛下の血が流れていき…遂には石に落ち、…それが今回の水道水になった。……としか。」


「……血液が凝固せず…、落ちていくなら。……

力の宿る血液以外には、……成せない…?」


「そうだ。」



『だとしたら俺達は、本当に酷いものをオルカに突き付けようとしている』。



「…っ、」


「……きっと、束の間の平穏は終わる。」


「………」


「…俺もお前も、…せめて、悔い無きように努めるしかない。」


「……」



 茂は立ち止まり、『お休み?』と笑った。

イルはハッとしながら、いつの間にか孤児院に到着していたとやっと気付いた。



「……ゆっくり休め?」


「……そうね?」


「…じゃあ。」


「うん!、ありがとねシゲちゃん!」



 茂は手を上げると、すぐに行ってしまった。

イルは未だにドキドキと動揺する胸に手を添え、大きく深呼吸した。



「……私は、…シスター。

子供達がより多く、…幸福になれるように。」





カツン… カツン…



 夜道を静かに歩きながら、茂は首を傾げた。

なんとなくボーっとしている気がしたのだ。



(…今日は忙しかったしな。)



 そのまま歩いていると、公園が目に入りピタリと止まった。

そして蛇口に歩み寄り、捻ってみた。



…キュ!



 だが政府の対策により、水は止められていた。


 僅かに数滴滴り落ちた血に…、茂は片膝を突き、胸に手を当てた。

この動作を彼がするのは、15年ぶりだった。



「……… …貴女は、何を望まれますか。」



ピチャン… ピチャン…



「…復讐を、望まれますか。」



ピチャン… ピチャン…



「… … …ただ、あの子の幸福を望まれますか。」



ピチャン……  ピチャン……



「…私には、……」



ピチャン‥   ドボドボッ!!



「…!」



ドボドボッ…ゴボッ!!



 突然溢れるように飛び出してきた血に、茂は目を大きくし…、固まった。


『何をやってるんだ俺は』と、『バカなことやってないで帰ろう』と思っていたのに…

何故か溢れ出てきた血が…、女王の言葉の様に何かを伝えてきて感じたのだ。



ゴボッゴボッ…!!



「……‥ ‥陛…下‥ ?」



ゴボゴボ…!   ……ピチャン…



「……………」



 …だが、血はまた静かに滴りだした。

茂は暫くじっと真っ赤な水場を見つめ、無言で立ち上がり、家に帰った。





「…ただいま。」


「ああお帰り、遅かったね …てっ!?!?」


「ん?」



 ジルは、…卒倒しかけた。

ただイルを孤児院に送り届けただけの筈なのに、帰ってきた茂の顔も服も真っ赤だったのだから。



ガターン!!!



「ど!?し!?…ど…しっ!?!?」


「……フフ!」


「笑うんじゃねえ笑えねえ位怖えんだよ💢!?」



 怖いと言う割には怪我はないかと心配してくるジルに、茂は『大丈夫』…と風呂に。


そしてまた……



ドボォォォォ……



 止められた筈の血を頭から被った。


茂は『しまった忘れてた』…と辺りを見回したが、水石は飲み水貯蔵のために別の場所に移動されていた。



ガチャン…



「……ジル。」



 シャワールームを開けてジルを呼んだが、遠くに居るのか返事がない。…ので、仕方なく茂は大声を出した。



「ジル!、来てくれ!!」


「………はーいはい何だよ  …ってええ!?」


「?」



 先程よりも全身真っ赤に染まった茂に、ジルは思わず『ギャーー!?』…と叫んだ。

茂は違うんだ間違えて…と説明しようとしたのだが、ジルは『誰に襲われた言えッ!?』…と、ショットガンを持ち出し、半泣きだ。

 その騒ぎに目を覚ましたオルカとヤマトが何事かと駆け付けると……



「!?」「!?」


「「ギャーーーーーーーッ!?!?!?」」



『半泣きでショットガンを抱えるジル』

『全身血塗れの茂』は余りにも……事件だった。



「ま…!?、待って駄目ですよ奥さん!?」


「ジ…ジルさん落ち着いて!!

マスターはそんなこと!…どんなこと!?

…と!、とにかく不純な事は致しませんっ!!」


「そ!、そーっすよ絶対に何かの勘違いすよマスターが浮気とか出来る訳がないじゃないすか!!

だってこの見た目すよ!?…コレすよ!?

コレが簡単に女の子引っ掛けられるタマですかって」


「茂は誰よりカッコいいだろが殺すぞガキッ!?」


「「ええええええっ!?!?」」


「いやっまあ!、カッコ悪くはないすけど、けっこー好き者…つーか、…アク強めすよ!?」


「と!とにかくそれを置いてください!!

僕達ほんと!ほんと誰にも言いませんから!!

大恩あるお二人の識別番号に殺人… 犯罪の記録は残させませんからっ!!」


「……いや、…あの、……お前ら…」


「なんで私がこのハゲを撃つんだよッ💢!?」


「だって惚れた男に『ハゲ』言えます!?」


「それはテメエがまだガキの証拠だバカガキッ!!

大人の愛はそんな単純じゃねえんだよ💢!?」


「じゃあなんで撃ったんすか!?

…え!?、普段から姉さんの浮気調査てこのレベルなんすかソレヤバいすよクソ重じゃないすか!?」


「殺ッすぞマジで💢!?」 ジャコン!!


「わあわあっまっ…待って下さいっ!!

ここは冷静に。冷静になりましょう!?

……男って、下で動く生き物…とは…巷では聞きますが、でもそれって個人差があると思うんですよ!マスターが下?…で動くとか、…ないかと!!ですので絶対に誤解ですから!!!」


「恋の一つもしたことねえガキ共にこいつのシモの話されたきゃねえんだよッ💢!?」


「……『シモの話』って何??」


「後でねヤマト…!?」



 …声が人数倍大きいのに、無口な男、…茂。

彼は勝手にシモ予想をされながら、『水石…』と呟き続けたが、三人には届かなかった。


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