第106話 『何か』

『本当に行ってしまったね』と、柳と凜は笑い合った。

その胸には寂しさと、少しの安堵。

そして強い『信じる』という想いがあった。


 柳は乱暴に涙を拭き、鼻をすすりながら上を向いた。



「あー~ああ!!」


「…最後の最後で意地っ張りが治って良かったですね?」


「俺は別に意地っ張りじゃないすよ。

…フツーです。フツウ。」


「そっ?」



 二人は笑いながらも光る石と向き合った。

改めてこの不思議な空間と対峙してみると、ただ『人外の物』という言葉しか浮かばなかった。



「…凜さん。ぶっちゃけコレなんだと思います?」


「…ぶっちゃけるなら、…隕石。」


「ですよねぇ…?」



 このクレーターと、謎の物質。

こんなのは『未知』、つまりは宇宙からの飛来物としか思えなかった。



「隕石…だとしたなら、なんで地下に埋まってんだか。

…いや、正確には埋まってもないすよね?」


「ええ。こんな巨大な空間が…しかもクレーターが、何故地下に存在するのか。

…本当に謎しか存在しませんよ。」



『さて、これからどうするか。』

…と思考していると、柳が突然バッ!と動いた気がして凜は目を上げた。

柳を見てみると、彼は足元を見つめ目を大きくしていた。

 凜も『なんだ?』と足元に目を移し…



「!!」



 絶句した。



「…いつの…間に。」


「……吸い込まれてる。」



 いつの間にか足元にモヤが。

それも自分達の足が見えないレベルの濃いモヤだ。


そしてそのモヤは音もなく、…光る石へと吸い込まれていた。



『コアは宙に浮く巨大な光』

『王都は大陸の中心に存在し、山の頂上に王宮がある』



「…ツ!!」



 凜は『しまった』と目を大きく開けた。

夢の中の『山』は恐らく、現代ではなくカファロベアロの山を差していたのだと…察したのだ。


それはつまり、夢の条件が全て揃った証だ。

そしてモヤが光る石に吸い込まれているのなら……



「……ごめん柳君。」



 凜は大きく息を吐き、全てが繋がった頭で光る石を見据えた。


 柳は動揺しつつも、凛と同じように察していた。

『何か』が起こるとしたなら、今なのだろうと。


その証拠のように、光る石は更に輝きを強め、キィィ…と微かな音まで発していた。



「多分もう…今更、…間に合わない。」


「……『何か』。…すか。」


「ええ。…変だとは、思っていたんですよ。」



オルカ君が過去に飛ばされた事で、僕らが生きる世界は『二周目の世界』となった。


オルカ君の話を聞いた時から、本当は何処かで疑問に感じていたんだ。

『未来であるカファロベアロに海堂と燕の子孫が居るのに、僕の子孫が居ない事が不思議だった』。


だって僕は…一周目の世界でも海堂と燕を探しに来た筈なんだ。

僕が仲間の制止に屈して二人を探しに行かないなんて、それこそナンセンスだもの。


そしてそこで何かが起きたなら…

海堂と燕と同じように、僕も世界に取り残され…

けれど僕は僕の血を繋ぐ義務を二人よりも強く抱いている筈なのだから…、新しく家庭を持った筈なんだ。


けれどオルカ君から、凜一族の話は出なかった。

海堂が『金の龍』と称しただけの、実体の無い存在となってしまっていた。



「考えてみれば、単純な事だった。」


「……」


「僕はここで、……死ぬんだ。」



だからカファロベアロに凜一族が居なかった。

…ただ、それだけの事だったんだ。



 凜は感覚を失った体で柳と目を合わせた。

 柳は何故か笑顔だった。

動揺している筈なのに、パニックにもならず、落ち着いていた。



「ごめんね柳君。

きっと一周目でも、…僕はここに来たんだ。

夢の答えを…『何か』を食い止められないかと。

…そして、死んだ。

…だから、…その、……僕と同じ場所に居る君も」


「『何か』に巻き込まれ、死ぬんすよね?」


「…!」



 凜が顔を上げると、柳は頭の後ろで手を組みボーっと光る石を眺め、大きく伸びをした。



「…俺の人生も、捨てたもんじゃなかった。」


「……」


「門松さんに答えを渡せた。

ありがとうの意味を…ようやく受け取れた。

…オルカを導くことが、…出来たと…思う。」


「……」


「今ならやっと、自信をもって親父とあーちゃんに顔見せられる。」


「っ…!」



 柳はただ穏やかに笑い続けた。

掌の法石に本当に優しい笑顔を向けていた。


 凜はこんな柳に、どうしても生きてほしかった。

洞窟には藤堂も残している。

…どうにかしたいのに、もうその時がすぐそこに迫っているのが確かで、ただグッと口を縛った。



「…一周目では、…君には未来があったのに。」


「!」


「巻き込んでしまって、……ごめん。」


「………」



『ああ確かに』と柳は思った。

 彼がここに来たのはオルカと出会った故なのだ。

もしオルカと出会っていなければ、彼は今日も横浜本署で、門松の隣で仕事をしていたのだ。



「……なーに言ってんすか。」


「ごめん!…ごめんね!」


「…オルカと出会えなきゃ、俺は半身足らないままだった。」


「っ、」



 柳は更に濃くなったモヤが、更にスピードを上げ石に吸い込まれていく中…、踵を合わせ凜に敬礼した。



「自分の見聞を広げて下さり、ありがとう御座いました。」


「っ、…柳君。」


「まさか、凜の当主と最期を共にするなんて。

…俺にとっては、この上無い誉です。」



 凜はグッと口を縛り、柳に歩み寄った。

もうモヤは…ミストは…、二人の腰よりも高い位置にあった。



「……柳楓。」



 凜は右手を胸に添え、左手を柳の胸に添えた。

柳は目を大きくし、凜のした不思議な行いをキョトッと見つめた。



「柳楓。…君の魂に心から敬意を。」


「………」


「その崇高な魂が行った正義は、君の洗練された魂そのもの。

君を心から誇りに思う。」



 柳はパチパチと瞬きをし、にっこりと笑った。



「はい。」




カッ…!!




 石は衝撃波のように光を放った。

その光は岩も地面も全てをすり抜け、オーストラリアの全てを飲み込んだ。


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