第105話 お別れの時
「な…!」
「つ…!!」
「…!!」
三人は洞窟を抜けた途端、絶句した。
広く広く広がる空間。果てが見えない程広い空間の中にあったのは……
「……クレー…ター…?」
べっこりと凹んだクレーターのような物は、洞窟を抜けたすぐそこの足元から信じられない程の規模でそこに在った。
とてもではないが目視で直径が計れるレベルの窪みではない。
凜の心臓は驚愕しながらも、更に大きくドクンと鳴った。
(…あれ…は、……あの光…は!)
遥か彼方に感じる程遠いクレーターの中心に、光が見えた。
まるで夢の中そのものと疑う程、その光は煌々と輝いていた。
(…嘘…だろ。)
柳は驚愕しつつも慎重に辺りを観察した。
ここはかなり広く開けて感じるが、外ではない。
僅かだが天井が見えるのだ。
それにしたっておかしな空間には違いなかった。
ここまでの道は洞窟らしく光の無い世界だったのに、ここは太陽の光も無いのに空間全体が明るいのだ。
それもボンヤリと明るいのではなく、まるで昼間のようなレベルでしっかりと明るかった。
それに本当に理解出来ないのが、現在地だ。
途中から何度も疑問に感じていたが、ここはやはり地中だ。
しかしこの空間はエアーズロックよりも遥かに大きい。
自分達が一体何処に居るのかが、本当に分からなかった。
「どういう事だ。…外…じゃ、ない。
が、エアーズロックよりも、…ここは。」
「! …まさか!?」
凜は柳の持つ装備を漁り、とある物を取り出した。
そして自分の勘が当たってしまった事を知り、更に鳥肌を立たせた。
「僕らは…大きな勘違いをしていたようです。」
「…え?」
「僕らは『上がっていた』んじゃなく、『下がっていた』んです。」
「ハ!?、んなわけないっしょ!?」
「…まさか僕らが平坦だと思っていた道が、実は緩やかな下り坂だった。…という事ですか…?」
オルカの言葉に凜は大きく頷き、深度計を二人に見せた。
深度系は地下200メートルを差していた。
柳は『200!?』と思わず声を出し口を塞いだ。
「あり…ありえねえこんなのッ!!
こんなん…緩やかな下り坂でどうにかなるかよ!?」
「ですが、これが現実です。」
「…ここは、じゃあ、…エアーズロックの地下…200メートル地点…と、いう事ですか…?」
「ええ。」
凜は胸で呼吸しながらも、じっとクレーターを見つめた。
夢の状況と一致していないのはもう『山』だけだ。
そんなの、今さらどうでもいいような気がした。
「……」
オルカは動揺しつつもじっと光を見つめた。
なんとなく光から温かな温度を感じる気がした。
「…僕一人で行きます。」
「な!?」 「ハアッ!?」
「お二人は戻って下さい。」
オルカにはそれが最善な気がしたのだが、柳は『んなこと出来るか!!』と、本気で怒り怒鳴った。
余りの音量に、凜でさえ少し肩を上げた。
「ここで戻って何の意味があんだよ!!」
「…ですが、この光景は余りにも凜さんの夢と」
「だから何だよッ!!!」
「…ですが!!」
「……ここで引き返したら一生後悔する。」
「つ…!」
「何があっても最後まで付き合う。
…これはもうな、俺の誇りの為でもあるんだよ。」
「…柳さん。」
柳は吊り上げた瞳を一瞬で溶かし、『ほら?』とオルカの頭をポンとした。
オルカは切なく柳と目を合わせた。
「…行ってみようぜ?」
「っ、……はい。」
オルカも腹を括り光を見つめた。
そんな二人に微笑むと、『それじゃ!』と凜は腰に手を突き好戦的に光を見据えた。
「アレが何なのか。三人で確かめちゃうとしますか!」
「よっし行くべ!」
「はい!」
クレーターを下りながらオルカは思った。
『本当にいい人達と出会えた』と。
こんな極地でも冷静で居られるのは間違いなく彼等のお陰だと、心の底から二人を尊敬した。
ザラザラ…!
クレーター内は砂じゃりでかなり滑った。
だが三人は事故もなく無事に最深部へと辿り着いた。
そして本当にあり得ない物質を目の当たりにした。
石が光を放ち、浮いていたのだ。
大きな大きな透明の、表面がなだらかではないが凸凹としているわけでもない半円型のような石が、ひとりでに宙に浮き、煌々と光っていた。
その全長はゆうに1メートルを超え、地面から約50センチ程の高さで縦に浮いていた。
柳は美しすぎる現実とは思えない、幻想的過ぎるその光景に放心しつつ、口を開いた。
「……もうどっから突っ込んだらいいのか分からん。」
「同感。」
(柳さんと凜さんて少し似てる。)
…オルカ。
「…え?」
「どしたオルカ。もう何があっても驚けない気がするけど一応言ってみ。」
「同感。」
「…えと💧、声が…聞こえました。」
「あーはいはい声ね。…誰のー?」
(タフなんだかキャパ少ないんだか。)
「…誰の声…でしょう。」
…オルカ。
「! また!」
「……ってことは?」
「この宙に浮く光る石が、…やはり。」
『カファロベアロとオーストラリアを繋ぐ何か』
宙に浮く光る石に臆することなく歩むオルカの背を、急に静かになった頭でじっと柳は見守った。
手を伸ばし石に触れたオルカの姿を、微笑み写真に収めた。
…うん。…きっと、ここなんだろうな。
柳がうつ向きそっと微笑を浮かべるのを、凜はじっと見守った。
その胸には寂しさと、喜びと…。
複雑すぎて言葉に出来ない想いばかりだった。
「………」
光る石に触れたオルカもまた確信していた。
『これが本当に最後だ』と。
自分が今帰還すると決めれば、カファロベアロに帰ることが出来ると何処かで確信した。
掌に感じる石は冷たく、その内から発せられる光は不思議と温かく感じ、胸が締め付けられた。
「…オルカ?」
「!」
背後から聞こえた声にオルカは振り向いた。
腰に手を突いた柳は、いつもの笑顔で問いかけた。
「帰れそうか?」
オルカはぐっと口を縛ったが、いつものように笑い、返した。
「はい。」
そして石から手を離し、先ずは凜の前に立った。
改めて凜と対峙すると、本当に不思議な気持ちになった。
自分より背が低く年齢もずっと上な彼を、オルカは『特別な人』と疑わなかった。
テレビでコメントしているのを見ていた時と全く同じだ。
『この人は特別な存在』と、何故か疑わなかった。
「…行ってしまうんですね?」
「はい。」
「うん。…寂しくなります。
僕も海堂と同じように…、君を友人と。いや、今となっては戦友と感じています。
…それ程までに、僕にとって君との出会いは本当にインパクトがあり、……何より、楽しかった。」
「…!」
「君の選択の先に多くの幸があらんことを。」
凜が差し出してきた手をじっと見つめ、オルカは固く握手を交わした。
途端にグッと腕を引かれ、凜の腕の中に抱かれた。
その抱擁はとても強く、愛情を感じるものだった。
「…手紙、必ず届けます。」
「っ、……うん。」
二人は笑顔で体を離した。
オルカが自分に向き直ると、柳はポリポリと首を掻き眉を上げた。
「俺はハグとかしてやんないからな。」
「ふふ!、分かってますよ?」
「……」
「……」
『お別れがきたんだ』。
そう思うと何を話したらいいのか分からず、二人はただ向き合い続けた。
気まずい空気になっているのは分かっていた。
だが、今更仰々しく何か特別な想いを伝えるのも恥ずかしいし、だからといってこのまま淡泊にお別れとなってしまうのも味気無い。
柳もオルカも、自分の心に問い掛けていた。
『何を一番伝えたい?』…と。
三年…か。
…最初はマジでウザくて。
未知すぎて。…門松さんの優しさに付け込んでるようにしか見えなくて。
でも、違った。
問題があったのは俺の方だった。
それに気付けたら…、ただ可愛くて。
「…何度も言ったけど。
あっちに帰ってクソダサになったら許さねえぞ?」
「フフッ!、僕だってもうただの白シャツとスラックスとか着たくないですよ。
服だけじゃなく、鞄や小物も…もう……
僕は柳さん好みのオシャレさんだと思います。」
「…まあそうだな。お前の服選びにもう不安は無かったわ。」
「スタイリストが柳さんですから。
…それでオシャレにならないなら、相手にセンスがないんですよ。」
「よく言うよお前!」
「…最後に、赤ピンをクロス。」
「…そ。…忘れんなよ?」
……ヤバ。 …行ってほしくない。
「…っ、 あー、今な?
ぶっちゃけお前に一番伝えたい事~を?、探してんだけどさ、…出てこねえわ。
なんか色々ありすぎて。」
「僕もです。…というか、門松さん相手ならまだしも柳さんに改まるとか、…恥ずかしいです。」
「こっちの台詞だっての!」
言うな。絶対言うな。
何の為にここまで来たんだよ。
こいつを帰すと誓ったのは…俺自身だろ。
折れるな。ちゃんと送り出せ。
それが門松さんを裏切ってまでここまでこいつを連れてきた俺が、最後まで通せる意地だろ。
『ありがとな…?』
「!」
その時、フッ…と門松の笑顔がフラッシュバックした。
初めて横浜本署に配属された朝。
ボロボロの心でボロボロに泣きながら、門松にやっとお礼を言えた時。
門松がくれたたった一言のその言葉と笑顔の理由を、柳はやっと理解した。
ああ…そうか。
何にも負けず、ただ優しく見える門松さんも…
きっと、悩んでいたんだ。
そしてきっと、ずっと、俺を気にかけてくれていたんだ。
…きっと『自分は正しい行動が出来ているだろうか』と、門松さんも不安だったんだ。
…なんで今まで気付けなかったんだろう。
自分の身に置き替えりゃ…なんなく想像できた筈なのに。
父親亡くして放心する子供…
入院服で自分の車の前に飛び出した子供…
行き過ぎた喧嘩で、火をつけられかけた…
これら全てが、たった一人の、同じ人間の身に起きたのを…、最前線で見守ったんだ。
…そんなん、悩むに決まってる。
いや、俺の事だけじゃない。
門松さんは優しいから…、きっともっと多くの人の事で悩んでいた筈だ。
答えなんて返ってこないのに、『大丈夫かな?』って、案じ続けた筈なんだ。
…でも俺は、門松さんの前に現れた。
『門松さんの確かな答えとして』。
「っ、……オルカ。」
「…はい。」
ああそうか。…そうだったんだ。
だからあんなに門松さんは泣いていたんだ。
…良かった。俺ちゃんと、あの人の役に立ててた。
ちゃんと俺の願いは……叶っていたんだ。
柳は大きく息を吸うと、あの日の門松のように微笑んだ。
そして全力で心を込め、言った。
「ありがとな…?」
「!」
『またこの言葉だ』とオルカは思った。
ここ最近の柳がくれるこの言葉には、いつも独特な熱が込められている気がした。
そして思った。
一番柳に伝えたい想いは、同じだと。
「…僕の方こそ。」
「…そう?」
「本当にありがとう御座いました。」
「…礼なら門松さんに言えや(笑)?」
「ふふっ!」
「……」
「……」
オルカは赤ピンに微かに触れると、柳の手を取り自分の手を重ね、離した。
柳は目を大きくし、掌に残った法石を見つめた。
「…お前…これ。」
「持っていて下さいませんか。」
「でもこれは、お前の大事な…」
「だから、…です。」
「……」
「柳さんは、…僕の半身です。」
「!」
「だから、…持っていてほしいんです。」
柳はじっと法石を見つめ、『分かった』と強く握った。
ザ…
まだ少し気まずいまま、オルカは石に向き直った。
するとオルカの体が微かに光りだし、柳と凜は目を大きく開いた。
オルカ自身も驚き、自分の腕や体を見つめてしまった。
本当に、…今が、…お別れの……
途端に腹の奥から寂しさが込み上げた。
一気に涙で視界が滲んだ。
「オルカ!!」
「っ!」
もう振り返りたくなかったのに、柳の声に応えずに背を向けたまま行くなんて出来なかった。
涙をボロボロ落としながら、歯を食い縛りながら振り返ろうとした時…
ガバッ!!
「つ…!!」
「~~~っ…!!」
柳の腕に包まれた。
柳の香水の匂いがした。
こんな事をするタイプではないのに、柳は自分を抱き締めてくれた。
その背は上擦っていた。
耳には涙を押し殺す息が届いた。
「柳…さん!」
「~~っ、…大丈夫だから!、全部うまくいくから!」
「っ、はい!」
「お前なら…大丈夫だから!!
お前は…イルとジルに!、茂に!ヤマトに…海堂に!」
「~~つ…!」
「俺と門松さん…皆に!、育てられたんだから!!
自分の決断に自信を持て!!
お前ならっ、絶対に大丈夫だから!!!
絶対!!…絶対…大丈夫だからな!?」
柳の体に強く強く腕を回し、『最後だ』とオルカは泣きながら笑った。
「はい。柳さ 」
だが、フッ…と声は途絶えた。
柳は確かに抱いていた筈のオルカが消失し、茫然と自分の腕を見つめた。
凜は目を大きく開け、オルカが光の筋となり昇っていった上空を見つめた。
「……行ってらっしゃい、オルカ君。」
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