第104話 夢の抽象性

 藤堂が抜けた洞窟探索はかなり心細かった。

なんせBEASTに乗った時から彼はいつだって冷静で的確で、それでいてユニークなムードメーカーで。

心が自然と彼を頼りにしていたのを痛感させられた。


 だが三人は先に進んだ。

エルピス調査隊は洞窟の奥を目指し進んでいたが途中で倒れてしまったのだ。

彼等の志を継ぎたい気持ちと、少々のワクワクドキドキの好奇心。そして何よりも『この奥には一体何があるのか』という疑問が三人の背を強く押した。



「…やーっぱオカシイすよね。」


「うーん。…ですね!」


「やっぱり変ですよね。

いくらなんでも…、もうエアーズロックの外に出ている筈なのに。」



『この洞窟の奥に何があるのか』…も気になるが、何よりも今は『なんで外に出ないのか』が気になった。

 藤堂と別行動を開始してもう一時間。

休憩は一度、20分程休んだだけ。



「…実はこの洞窟はやんわりと湾曲していて実はエアーズロック内をくる~っと回ってる。…とか?」


「あり得ますよね。…凜さんはどう思います?」


「…実は既に僕らは異世界に迷い込んでいる。」


「!」 「やめてくっさいよ💧」


「次元の狭間に迷い込み…、ある筈の無い出口を探し彷徨っている。 …とか!!」



 下からライトで顔を照らした凜がバッ!と振り返ってきて、オルカは冗談抜きに驚いてピッ!と肩を上げた。

暗い洞窟内ではなかなか迫力があったのだ。

だが柳はスン…と冷ややかな目線を凜に送った。



「いや古すぎ。」


「ですよね~!、でもこんだけ暗い洞窟ならいけるかな?って思って!」


「んなん怖がるのガキくらいなもんすよ。

…だろオルカ?」



 オルカは更にピッ!と体を固め、『ソウデスネ!』と返した。

途端に二人は『ん?』と眉を上げた。



「お前、まさか今のにビビッタん~?」


「おやおや!、オルカ君はオカルト系苦手なのかな?

いいんですよ全然!、人には得手不得手というものがありますからっ♪怖いもんは怖いですよねっ?」


「べ!、別にそんな! ……」



 否定しようとしたオルカだったが、確かに少し怯えたのも事実なので、否定しきれなかった。

案の定二人に散々からかわれ、オルカは少しムッとした。…ので、話題を変えた。



「そういえば安心しました。

正直、凜さんの夢の通りに山を登ったりしたらどうしようと…実は懸念していたんです。

やっぱり怖いじゃないですか。

クレーターの光がミストを吸って…爆発、とか。」


「分かるチョー分かる!

俺もさ、ドストレートに夢を鵜呑みにしゃいけないだろうなとは思ったんだけどさ、やっぱ山を登る事になったらドン引きしてたと思う!」



 凜は先頭を歩きながら少しキョトンとし、『うーん?』と顎に人差し指を添え思考し、口を開いた。



「僕の夢はドストレートに?、現実をあるがままに見る事もありますが、とても抽象的な事が多いんですよ?」


「…と、言いますと?」


「上手く説明出来ないんだけどね…?」



 どうやら夢の中に出てくる物質や形状や事象は、後になり振り返ると『ああそういう事だったのか』と納得するものが多いそうだ。



「例えば~…。…ある日見た夢でね?

僕がとても小さくなってるの。」


「小さく?」


「どのくらい小さいんですか?」


「そりゃもうアスファルトすれすれ!」


「ちっさ!」


「でしょ?、で、僕は道路の上を必死に走ってて。

なんで走ってるのかはよく分からなかったんだけど、とても体が辛かったの。

…お腹が痛くてね?、心細いし、泣き出したい感じで走ってて。」



 凜が小さいまま走り続けると、車が遠くから走ってきた。

余りの大きさに恐怖し身を縮めると、もうお腹も痛いし怖いしで動けなくなってしまったらしい。



「そしたらね、急にうちの土地の子が現れて!

僕は『あ!、サク君だ!』って思ったんだけど、声が出なくて。

そしたらなんとね!、サク君が僕を抱き上げるの。

視界がグーっと高くなってまた怖くてさ!」


「…ん?、サクって…『花丘朔』すか?」


「そうそうこの間迎えに来た花丘ね?

ん?、なんで分かったの?」


「名刺。」


「ああそうだったね!

でさ、それ小学生の頃の朔君なんだけどね?

彼が僕を抱っこして…なんとうちの土地に連れてきてくれたの。

夢はそこで覚めてさ?」


「へえ!」


「…不思議な夢ですね?」


「でしょ?、僕はそれを見た朝、『ああこれは只の夢かな?』って思ったの。

予知夢とかではないやつかなって。」



 それは最近見た夢ではなく、当時ほぼリアルタイムで見た夢だったらしい。

凜はその日から花丘がランドセルを背負って学校に向かう姿を見る度に『ありがとね?』とクスクス笑ってしまったんだとか。



「そしたらさ、数日後の夕方に。」


「お?」


「朔君がさ、……猫を拾ってきたの。」


「!」 「あ!」


「でさ詳しく聞いたらさ、その子猫は道路の端に踞ってたんだって。

車が来たから道路の端に寄ったら、偶然にも反対側に子猫が踞って動けなくなってたのを発見して慌てて保護したって言うのさ!

そんでね?、子猫を病院に連れていったら、お腹の中に水が溜まっちゃってて。

それが辛くて動けなくなっちゃってたんじゃないかってお医者様がさ!」



 つまり凜は、その猫の目線で夢を見たのだ。

凜は子猫の状態を聞いてとても納得したらしい。

『それじゃお腹も痛いよね』と。



「こんな感じでね?、後になってやっと納得って事は多いんですよ?」


「…ユニークスキルっすね~。

じゃあ例の夢も後々納得!みたいな展開になり得ると?」


「うん!」



 明るく言い切った凜の…、その清々しさに、なんだか寒気がした柳とオルカ。

『だって考えたってしょうがなくないっ?』とでも言いたげな開き直りは、正直恐怖を抱くに充分だった。



「…現実とならぬ事を祈るしかねえな?」


「…ですね。」



 苦笑いの二人。海堂達を発見したことで本当に元気になりルンルンと歩く凜。

…確かに、この先に何が待ち受けていたとしても、自分達が『行く』と決めたのだから…、受け入れるしかないのは事実だ。


 洞窟はこれまでと同じように時折岩を越え平坦に。

そしてまた岩を越え…と、上へ上へと向かって感じた。

三人はただ楽しく雑談しながら進んだ。

色んな懸念はあったが、進むしかなかった。




キィ…!



「!!」



 だが突然リンクを感じ、オルカはハッとして足を止めた。



「リンクです!」


「!」 「!!」



 オルカの声に柳と凜も勢いよく振り返り足を止めた。

オルカは慎重にリンクに集中した。



「……!」



 するといつもの言葉ではなく、とても抽象的な感覚だけを感じた。

その感覚は洞窟の奥から感じた。

…何かから呼ばれているような。いや、まるで兄弟がそこで待っているような…不思議な感覚だった。



「…奥に、何か…が、あります??」


「…いや俺達が聞きてえの!」


「僕も大概ですが、君も髄分と抽象的だね。」


「すみません…。」



 とは言いつつも二人の心臓は跳ねていた。

オルカが『何かある』『何か感じる』という事は…

奥にあるのはオルカに関係する何かということなのだから。

未来から来たと思われるオルカに関係する物が現代にあるとしたなら…、やはりオーストラリアに起こる『何か』に関係しているとしか思えなかった。



(あ~…ついにこの時が来ちゃった感じ?

マジで腹括れ俺。…冷静に、…冷静に努めろ。)


(…あの夢が現状を暗示していたと仮定するなら、あの山とクレーターは一体何を差していた…?

…ここはエアーズロックの内部。

クレーターなどある筈もないし、僕らは確かに少しづつ上へと登ってはいるけど、…山とはとても呼べない。)



 二人はそれぞれ思考しつつ、先頭をオルカに変更し進んだ。


 オルカの頭は妙にスッキリしていた。

二人とは対照的に恐怖が皆無なのだ。

この先にあるとおぼしき物が何であれ、不思議と怖くはないのだ。



(…変な感じ。)



 何かに導かれるようにスイスイと進み…

ついに三人は洞窟を抜けた。


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