第103話 本当の冒険
ピチョン…
洞窟内は想定よりも遥かに広かった。
時折水滴が上から落ちてきたが、足元には特に水溜まりも無く、どちらかといえば洞窟内は乾燥して感じた。
自分達の足音や声はかなり響いた。
広い洞窟内で反響した音は変な角度からあちこちから聞こえ、少し酔ってしまいそうになった。
オルカと柳は時折こんな洞窟内を撮影した。
低いところでも約3メートルの高さがあり、基本的に5~7メートルは高さと広さがある洞窟は、広すぎて逆に不気味だった。
「…ハア。ヘッドライトってこういう時は便利だよな?」
「ですね?、…でも首がしんどいです。」
「わーかーるー。」
だが柳がいつも通り軽いノリで話してくれるのでとても気が紛れて助かった。
本当に、いつもの笑顔とギャグなのだ。
それは柳がいつも通りを心掛けているからだった。
やはり彼はお兄ちゃんなのだろう。
「クッハー!、しっかし妙に疲れるな!」
「地味に隆起がありますからね。
…二人は登山とかあんまりしない?」
「しないすね!」
「遊びに行った時に少しだけ。ですよね?
でも数日三人で筋肉痛に苦しみました。」
「おやおやなってませんな~!
爺が一番アクティブですぞっ?」
「アンタはバケモンだからいいだろ!」
「柳さん💧」
洞窟は派手に曲がりくねりはしなかった。…が、凜が言った通り地味~に隆起があった。
たまにゴロゴロとした岩を越え、また平坦に。
また岩を越え…平坦に。を繰り返した。
精神的な緊張も合間って三人はかなり息切れを起こしたが、藤堂は軽く汗を拭う程度だった。
「ハア…ハア~~!!
ちょっと藤堂!、もう少しペース落として!」
「しんど…い…ですね!?」
「あああああ酒飲みてえ…!!」
「…僕も。…オルカ君は何が好き?チューハイ?」
「僕は…未成年…なので!」
「うわ本当のいいこだったんですね君。
僕んトコの子達なんて17になる頃には飲み慣れてますよ。」
「…え。」
「ぶっちゃけそんなもんすよね。
…俺はこいつに酒飲ませたかったんすよ?
でも門松さんが『お酒は二十歳になってから』とか言っちゃって。 …ハア!
てか、…フウ! …それを律儀に守る…こいつも!ちょっと…ハァ!…やっぱ……アホ…で!」
「柳さん一端休憩しますか💢?」
「今時のガキって皆そんなにいいこなの!?って!?思ったん…すけど!、よくよく考えた…ら!
こいつ今時の子とは言いきれんし…て!」
※お酒は二十歳になってから
話しながら歩くと更に息切れした。
藤堂は三人の様子に一度足を止め、休憩がてら血中の酸素濃度を測定した。
「…ふむ。やはり少し酸素が薄いか。
皆様これを。酸素です。」
スポーツマンなどがよく吸っている酸素を渡され、三人は順番に吸っていった。
時計を確認して驚いたが、まだ洞窟に突入してから30分も経過していなかった。
「ウソじゃん…💧」 ズーン!
「…ですがそこそこの距離を歩いた気がします。」
「僕もです。…藤堂?、このまま進んで大丈夫そうですか?」
藤堂は空気の成分を見ているのか、なにやら機器を持ち歩いていたのだが、凜の問いかけに頷いた。
「特に問題無いですな。」
「…しかし、不気味な程に広いねぇ…?」
「はい。…人工物…では、ないですよね?」
「僕の見解だと自然物だけど、どうかなぁ?
…海堂達なら分かったのかもね?」
「そのエルピスの痕跡も無いし。
…でもま、泥道でもないし仕方ないか。」
「さて、…そろそろ行こうか!」
「はい。」
洞窟は何処まで行っても岩だった。
そして進む内に一行は首を傾げ始めた。
「エアーズロックの中…下?…に居るってだけでもかなり不思議なんですが、…その、……
僕たちはたまに…岩を上ってますよね?」
「あ~言わなかったのに💧」
「ご!、ごめんなさい凜さん!」
「でも分かるぜオルカ俺も思ってた。
…大して曲がりくねった道を進んでる訳でもねえからこのままじゃエアーズロックを横断するじゃんて!しかも地味に上に上がり続けてるから…エアーズロックの上に出ちまうんじゃねえかって!」
「そうですそれです!」
彼等は『エアーズロックを下から上に斜め横断しているのでは?』という懸念を抱き始めたのだ。
確かに体感ではそう感じた。それにもう洞窟に突入して1時間以上経過している。
いくら大きなエアーズロックであっても、横断するのに1時間はかからない。
凜は膝に手を突きグッタリと項垂れ、柳にケラケラと笑われた。
「なんかもうっ…自分の感覚が信じられなくなってきた!」
「超分かる~!」
「…それに僕、実はさっきっから過去を回想してて。」
「え。」「えー。」
「これ有名なアレじゃん…って。
ダメだよダメ。こんなのなんたらフラグじゃんて頑張って思考を切り離そうとするんだけどどうしても初恋とか失恋とか初めての海外とか…色々思い出しちゃって!」
「あちゃ~。…それ死亡フラグすね!」
「ああ言わないでっ!!」
「ふふっ!、凜さんの初恋、興味あります。」
まずいフラグが立ち始めた。
藤堂は『もう御当主💧』と呆れているが、実は自分も妙に過去を回想していて、少しゾッとした。
(…てか、俺もなんだけど。)
(実は僕も回想してたんだよね💧)
(…黙っておいた方が良さそうですな。)
…これは、更なるフラグなのだろか。
全員が何故か過去を回想していたのだ。
それも、振り払えない程強い思念で。
休憩を終えまた歩き出したが、過去の回想は収まるどころか悪化していった。
いつの間にか誰一人会話すること無く、気が付けば自分の過去を対話していたのだ。
だが誰にも何の自覚も無かった。
何故歩いているのかさえよく分からない程にずっと過去がループし続けるのだ。
心ここにあらずという言葉そのものだった。
「…っ、」
…カタ!
辛い過去を持つ柳にこの現象は大ダメージだった。
だんだん吐き気を催してきた柳は、遂にフラつきが限界に達し膝を突いてしまった。
息は妙な程に乱れ、うつ向いた顔からは雨のように汗が滴った。
「ハァ…ハァ… っ、……親父…。」
ここに居る筈がないと分かっているのに、父親の姿が見える気がした。
父親が自分に手を伸ばし、そこに車が
「柳さん!」
「!!」
ハッ!…と柳は現実に戻された。
何が起きたのか分からず声の主を見つめると、涙ぐみながらオルカが自分を揺さぶっていた。
そんな彼の顔も青く、心細そうだった。
「大丈夫ですか!?」
「…あ。…うん。……大丈…夫。」
「良かっ…た!」
「……なんだよ。…大袈裟だな。」
オルカは柳の過去の一端を知っている。
だからかなり心配したのもあったのだが…、大きな要因は別にあった。
オルカは涙ぐみながら、グッと歯を食い縛りながら洞窟の奥を指差した。
柳はボーっとする頭で洞窟の奥を見詰めた。
すると少しづつだが景色がクリアになってきて、音がハッキリと聞こえるようになってきた。
「海堂!!…海堂!?」
「燕!!、起きなさい燕!!」
「…!」
聞こえてきた声に柳は目を大きく開き、まだフラついたが無理矢理立って二人の元へ駆け付けた。
そこにはエルピスの皆が倒れていた。
一番手前にイタリア人男性のアンドレア。
次に燕。…そして海堂の姿が。
その奥にはイギリス人女性のエミリーが。
「なん…で!!、…おい!、おい聞こえるか!?
オリビア!?…ルーク!!!」
そして更に奥にオリビア、そして先頭にルークが。彼等は1~2メートル感覚で倒れていた。
柳も必死に皆に声を掛けたが、誰一人意識を取り戻さなかった。
「…でも、生きております。
酷く衰弱しておりますが、…生きてる。」
「…皆、ここに到達するまで、…もしかして過去と対面していたのでは?」
「!…してました。」
「…僕もです。」
「そう。…僕もです。
…いつから会話をしていなかったのかすら、今となっては思い出せませんが、会話の余裕が無い程全員が記憶に縛られていたという事です。」
凜は冷や汗を拭いながら藤堂に目線を送った。
彼はあらゆる機器を順繰りに確認し、皆と向き合った。
「幻覚作用のあるようなガスは一度も感知しておりません。」
「いや、流石にそれは無いでしょ!
俺ら全員が…会話不可な程過去と対面したんすよ!?」
「…僕もそう思います。
今となってはもう…どうやってここまで歩いてきたのかすら。」
藤堂の持つ機器からは確かにガスなどは検出されなかった。
だが藤堂は無言で凜にとある機器を手渡した。
「…!」
「それはBEASTに搭載されている程の精度はありませんが、…レーダーです。」
「…これ…は。」
「はい。例の『人外の目線』。
その発信源が近い。」
柳とオルカは目を大きく開けた。
全ての状況を照らし合わせると、つまりはこういう事になるのだ。
『人外の目線に近付けば近付く程記憶が掘り起こされた』『そして自分達と同じようにエルピス一行も過去に振り回され…彼等はここで力尽き倒れてしまったのではないか』。
柳は冷や汗を拭いながら、『だからか』と口を縛った。
ガスも無いのにこんなに順繰りに人が倒れる筈がないのだ。
精神が限界に達し気絶したのなら、納得だった。
「…俺らも同じ顛末を辿る寸前だった。…って訳かよ。」
「良かった…!」
「! …オルカ。」
「良かったです…っ、柳さん!」
オルカは震えていた。
『柳になにかあったら』…と本当に心配したのだ。
先程彼は何故か急にハッと現実に引き戻された。
そして足元のエルピス一行に気付き、慌てて彼等をスルーしかけていた凜と藤堂を揺さぶり現実に引き戻した。
だが柳の姿が無く探したら、誰よりも後方で顔を真っ青にして両手を地面に突いてしまっていた。
声をかけたが反応がなく、数十秒必死に揺さぶりながら声をかけ続けようやく柳の意識が戻ってきたのだ。
「よか…良かった…!」
「…悪いオルカ。大丈夫。」
「しかし、顔色が真っ青ですよ柳君。」
「大丈夫です。」
…大丈夫に出来るかは、俺次第なんだから。
柳はスッと姿勢を伸ばし、『どうしますか』と凜に目で問いかけた。
凜はここで引き返す事が出来るのだから。
凜と藤堂の目的は海堂と燕を保護し、連れ帰ることなのだから。
凜は皆の注目が集まる中、顔色が真っ白で体温も低い海堂と燕を見つめた。
彼等は衰弱しきっている。
一刻も早く栄養剤を投与する等の処置が必要だ。
「……藤堂。」
「は。」
「彼等を任せました。」
「……」
「先ずはここで出来る限りの処置を。」
藤堂は、目を大きくした柳とオルカの前で暫しじっと凜を見つめ、『はい』と答えた。
「変な病原体が原因で倒れている訳でもなし。
脱水の緩和と保温ならば、私の装備でどうにか。」
「分かりました。…行きますよ柳君、オルカ君。」
「い…や、いいんですか!?」
柳はつい凜を引き止めてしまった。
この先に心強い藤堂は居ないのだから。
更にはいつまた先程のように過去に縛られる現象が起こるかも知れない状況だ。
だが凜は笑顔で腰に手を突いた。
その自信満々で好戦的な笑顔に、柳は一瞬瞳を奪われた。
「ここで引き返すなんて、ナンセンス!」
「!」
「わあっ!」
「…ふふ?、これは本当の冒険ですよオルカ君!」
「…!」
本当の…冒険。
「君が今居るのは未開の地!
幾重にも苦難を重ね…それでも行くんです!
この先に何があるのかを確かめるために!」
「…はい。」
「君の夢なんでしょう?」
「っ、…はい!」
「僕も海堂と燕を発見出来て、ようやく心が解放された。
…ここからはもう…さ?
なるようにしかなんないしどうにかしていこう!」
「はい!」
ニカッと少年のように笑い、オルカを元気付けてくれた凜。
柳は苦笑いし、ポリポリと首を掻いた。
(この人のこういうトコ、好きだな。)
「さあ行くよ!」
「はい!」
「…御当主。最低限の装備はお持ち下さいませ。
探検家ならば当然の装備ですぞ。」
「水を差すな藤堂!!、…柳君持って!?」
「へいへい。」
消沈していない凜は意外とちょっと、アクティブというか、…横柄というか。
だが柳は『元気になっちゃって』とクスクス笑うだけで、不満は溢さずに藤堂から機器を受け取り扱いを教わった。
そして別れ際、藤堂は深く柳に頭を下げた。
「こんな主人では御座いますが、どうぞ宜しくお願い致します。 …こんなですが。」
「なんだと藤堂!?」
「いいっすよ藤堂さん。
…多分すけど、こういうトコがまた彼の持ち味なんしょ?」
柳の言葉に藤堂は一度目を大きく開けると、優しく細めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます