第102話 決する突入

「…さて。」


「旗のみ…すかね?」



 動物達と永遠に触れ合っていたい気持ちはあるが、ここに来たのはエルピスの旗を見付けたからである。よって調査をせねばならない。

 近寄って見てみると、旗は洞窟の入り口に刺さっていた。

つまり『この中に入った』という意味だ。

辺りを軽く探してみたが、旗以外に何かを見付ける事は出来なかった。


 その洞窟は崩れた跡が真新しかった。

だが中をライトで照らしてみると、真新しい崩れた跡は入り口1メートル程度で、その奥は天然の洞窟に見えた。

 この時点で四人は首を傾げた。

エルピスは『中に何かある』と気付いたのかもしれないが、ピンポイントで穴を開けるのに成功している。

他に爆破跡も見当たらない。

中から音が聞こえてきたなりして入り口を探したにしても、余りにも中の洞窟と綺麗に繋がりすぎだ。



「…そもそも、中に洞窟…てのが。」


「ですなぁ。…うーん。ダイナマイトにしては穴が小さい。

…シャベルやつるはしで岩を削った跡ならばありますが、全てを手作業で行ったとも思えぬ跡ですな。」


「…エアーズロックを掘る。…って時点で鬼気迫るものがありますよね。

後々の責任問題よりも優先すべき事だとエルピスの方々が判断した。…という事ですもんね。」


「流石僕のコメント見てるだけありますねオルカ君。…僕もそう思いました。

なんだか…『なりふりかまっていられるか』…のようなアクションですよね。」



 奥の洞窟が元々存在していた物ならば、一体誰が、何のために入り口を塞いだのだろうか。

それとも雨水などの浸透で自然と洞窟が出来上がり、外まであと少し。…というところでエルピスが穴を開けたのだろうか。

それさえ定かではない。



チョロ…!



「…ん?」



 その時、ネズミが足元を駆け抜けた。

ネズミは一行が見守る中、平然と洞窟の中を進み見えなくなった。



「…案外、動物が中に入りたがっていたから掘ってみたら洞窟に出た。…とか?」


「……普段だったら『ナンセンス!』と言えるのにな💧」


「…聞きたかったです。」


「あ、ごめんね。」


「しかし、それも本当にアリかもしれませんぞ?」



 藤堂は足元を指差し、辺り数メートルを指差した。



「この穴の近辺に特に糞が多い。

更にはコレを。…爪で掻いたような岩です。」


「…地面にも爪痕が多いですね。

確かにもしかしたら…、もしかする……か?」



『だとしたなら…』と凜は眉を寄せた。

『エルピスが音信不通となったのはここに立ち入ったからなのか?』…と。

となると、自分達も中に入れば音信不通状態確定だ。



(そもそも何故ここに踏み入ろうとしたのか。

…やはり動物達の行動に。…だろうな。)



 動物達は、…自分達を見ていた。

隣に居る肉食獣ではなく、自分達を。

それは『そこに入るの?』と問いかけてきて見えたし、『入っちゃダメだよ』と訴えかけてきても感じた。


 柳は慎重に熟考しながら、凜が見たという夢を思い出していた。

彼は濃い霧のようなモヤの中を歩き、山に辿り着いた。

道中足元には石化してしまった動物達が居た。

そして山を登ってみるとクレーターのような大きな窪みに辿り着いた。



(…ここはエアーズロック。

まあ山?…と言えなくはない?…が、クレーターは流石に無い。

だが注視すべきは道中の『石化した動物』だ。

…オルカのトンボの化石を鑑定に出した時、鑑定士は妙な事を言っていた。

『まるで一瞬で化石になっちゃった…みたいな印象なんだよね。まああり得ないんだけどね?』と。

…オーストラリアの現状はカファロベアロに近付いている。

……夢という曖昧な世界の、その1ピース達をどう解釈するべきか。)



 正直、中に入るのは躊躇われた。

オルカだって、暗い、何処まで続くのか定かではない洞窟への突入を渋っている。

だが確実に、調査隊エルピスはここに入った。

わざわざ穴を掘ってまで入った。

…だとしたなら、ここには何かある筈だ。



「…ふう。」



 凜は小さく息を吐き姿勢を正した。

そして腰に手を当て洞窟を見つめると、『行くしかないね?』と笑った。



「承知致しました。」


「…さ。一度ヘリに戻りましょう?」


「…そっすね。」


「はい。」



 一行は一度ヘリに戻り荷を整えた。

 藤堂は手際よく装備ベルトを装着し、ありとあらゆる物を装備していった。

銃にダイナマイトにライト、消毒薬などの入った緊急キットに、水や簡易食料など。

その余りの量と、重い筈なのにそんな素振り一つ見せない藤堂に、柳は『マジでバケモンかよ』と思った。



「…なんか持ちますよ?」


「ハッハッハ!、老体と侮られては困りますぞ柳殿!」


「うわ面倒臭ぇタイプのじーさんだよ。

席を譲られたなら座っとけっての。」


「ハッハッハ!」



 凜は二人のやりとりに笑いつつ、鞄の中を確認し大きく深呼吸したオルカに歩み寄った。



「…オルカ君。」


「あ、はい?」


「……これを。」



 スッと手渡されたのは手紙だった。

オルカは首を傾げつつ受け取り、裏返してみた。

そしてハッと目を大きくし、凜と目を合わせた。


凜は微笑みながら目を逸らし、少し遠くを見詰めた。



「海堂に、…渡して下さいませんか。」


「…っ、」


「もし読めなかったなら…、君が通訳してあげてくれない?」


「はい。」



 それは凜から海堂へ宛てた手紙だった。

未来の…、金の龍を求める海堂への手紙だ。

 オルカはぐっと込み上げてきたものに堪えながら、手紙をしっかりと鞄にしまった。


そして二人は窓越しに世界を眺めた。



「…重くてごめんね?」


「いえ。」


「そこにね…?、同封したんです。

彼等に渡せなかった…一派の証。

産まれた時に授ける筈だった、金の龍の鍵を。」


「…きっと喜びます。」


「だといいけど。……」



 凜は言葉半ばで空を見上げ、大きく息を吐いた。

そして囁くように言葉を溢した。



「…ねえ。もし明日世界が変わってしまうなら。

変わってしまった世界を生きるのは、明日以降を生きた者だけ。」


「…?」



 凜の言葉はよく分からなかったのだが、何故か印象深かった。




「さて。では参りましょうか。」



 数十分後、全ての準備が整い一行は洞窟の前に立った。

そして大きく頷き合うと、藤堂を先頭に洞窟の中へと突入した。



「…バイバイ。」



 オルカは名残惜しそうに動物達に手を振った。

どの動物の目もキラキラと光り、生きていると教えてきた。


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