第101話 うずうずガララ
バタバタバタバタ…!
オーストラリア探索、二日目。
一行は更に南下し、大陸の中心を目指した。
今日は丸一日フライトに使えるので、調査隊が残した痕跡を探す時間も充分にありそうだ。
調査隊は通称『エルピス』と呼ばれ、オリジナルのロゴも持っていた。
エルピスとは古代ギリシャ語で希望という意味だ。
そしてロゴは羽と花の絵だった。
背景にはオーストラリアの代表とも言えるエアーズロックが描かれ、手前にはオーストラリアの春の花ジャガランダが。そして空を羽が舞っている、絵画のようなロゴだ。
それは『オーストラリアを守りたい』という願いが込められたロゴで、書いたのは調査隊のリーダーだそうだ。
「エルピスが通信断絶を視野に入れない筈がありません。
だから必ず、自分達の痕跡を残している筈です。」
「確かにそっすね。…しっかし、いくら低空低速飛行とはいえ、発見出来るか自信がないすよ。」
「そこは私にお任せを。
箸に気付ける気はしませんが、旗でもあれば一発ですぞっ?」
オルカは話を聞きながら写真をじっと見つめた。
凜が持ってきたエルピスの写真を。
国籍も年齢も性別もバラバラな六人組のチームは、ロゴの旗を持ち良い笑顔を向けていた。
やる気に溢れたような、けれど真剣な。
前向きにと自分を鼓舞しているような笑顔にオルカには見えた。
一番左に写っていたのは燕で、その隣には海堂の姿が。
「……」
「…俺の知り合いの知り合いがこの人。」
「あ。…例の?」
「そうそう。」
じっと写真を見つめていると、ふと柳が隣に座り写真を指差した。
いつか『調査隊のこと何か知らないかな?』と相談してきた柳の知り合いが案じていたのは、エルピスの中で一番若い女性の事だった。
柳は彼女の隣に写る男性を指差し、慣れた手付きで手帳を取り出しパラパラと捲った。
「彼はルーク。彼女の父親。」
「!、親子で調査隊に?」
「そ。彼女はオリビア。
ダチが留学した先の大学で仲良くなったんだとさ?
自然が好きで、普段からチャリティーに積極的に参加するような…、明るくてオープンな子だったらしい。
成績も優秀で、医学者を目指してたんだと。」
「…オリビアさんと、ルークさん。」
「因みにアメリカ人で、ルークはエルピスのリーダーだ。
で、オリビアの隣に写ってんのがアンドレア。イタリア人の男性。
一番右端に写ってんのはエミリー。イギリス人の女性。」
「……」
そして、一番歳上の海堂と燕。
以上六名が調査隊エルピスのメンバーだ。
彼等は普段から交流があり、数年前には共に高山地帯の研究をしていたんだとか。
「そんで今回の未曾有の事態に再結集したらしい。」
「…そうだったんですか。
皆さんとても勇敢なんですね?」
「…ホントだよな。」
『無事だといいな』と顔に書いてあるのに口には出さない柳。
オルカは『きっと大丈夫』と口角を上げた。
「少なくとも僕は海堂さんと燕さんの子孫と思われる方々に会っています。
だから無事な筈です。」
凜はオルカの言葉に『そうなんだよね?』と少し張り詰めていた気を緩め、会話に入った。
「その保険は僕の中で今大きな希望となっています。本当にありがとうねオルカ君?」
「いえそんな。
海堂さんには本当に…、本当にお世話になりましたから。
彼が『何か』に巻き込まれずに済むなら、僕にとっても有難い事です。」
「!」 「…!」
オルカの言葉に微かに目を大きくした二人。
オルカはそんな二人に微笑んだ。
まるで『いいんです』と諭すように。
「!! …凜!!」
「…!」
その時だった。
その異変は突如、本当に目の前に現れた。
藤堂の焦ったような声に慌てて三人は外を確認したのだが、そこには信じられない光景が広がっていた。
「な…んだこれは!?」
「…高度を上げますぞ!」
「……動物達…が。」
「………大地が。」
数え切れない程の動物が集まっていたのだ。
それはヘリだからこそ分かる規模だった。
辺り一面が…大地が…、動物達でひしめいていたのだ。
空も鳥や虫で埋められていた。
故に藤堂は接触事故を避ける為に急上昇した。
柳は半ば放心しながら、眉を寄せ呟いた。
「なんだこれ。…動く大地じゃん。」
「…テレビで見たヌーの大移動より凄いですね。」
「……風の谷のナ◯シカって観たことある?」
「フッ!!」
凜の放心しきった声に柳は思わず吹き出してしまったが、藤堂は呆れたように鼻でため息を溢した。
柳は目線こそ動物達に向けたまま、凜の放心に付き合うように口を開いた。
「大地の怒りが聞こえてきます…?」
「聞こえ…る、…ねえ。」
「…ハァ。凜💧
貴殿はそういうトコロがありますぞ。」
「だってちょっと…、こんな光景、………」
凜はキャパオバ寸前になると少しおかしくなる。
というか本当はオーストラリアに着いた時からずっと頭をフル回転し続けているので、常にキャパオバ寸前なのだ。
オルカは『風の谷??、何処のこと??』と首を傾げてしまっているが。
「…!」
「あ!?、オルカ…!!」
「…はい。…カンガルーだ。」
こんな異様な光景だったが、その恩恵もあった。
オルカは空遠くからではあるが、見たのだ。
群れでピョンピョンと飛ぶカンガルーを、確かに見た。
「っ…!」
また夢が叶った感動にオルカはグッと口を縛り胸に手を当てた。
夢が叶えば叶う程、何処かが叫ぶのだ。
『嬉しい』と同時に、『さみしい』と。
見渡す限りが動物に埋められた世界は蠢く大地にしか見えなかった。
草食も肉食も、鳥も、小動物も大型動物も、ありとあらゆる生物が何故かひしめき合っていた。
「……」
「…なんか、…これ。……」
「ええ。僕もそう思います。」
「私もですな。…確かに情報なら届いておりました。動物が移動していると。
…まるでミストから逃げるようにと報じておりましたが。……」
「これはまるで、『何かに引き寄せられている』みたいだ。」
一行は動物達と同じように一点を見つめた。
遥か遠くに、動物達が向かう先にあったのは…
「エアーズロック。」
「…そこを中心に動物達が集まっておりますな。」
「…ヘソ。」
柳が呟いた言葉にオルカは首を傾げた。
『ヘソ?』と。
だが写真を撮ろうと思い立ち、疑問は流れた。
オルカはたまにスマホが圏外になっていないかのチェックもかねて写真を撮っていたのだ。
カシャ! カシャ!
「…これ、パッと見なんだか分からないですね。
ただの地面に見えます。」
「俺も撮っとこ。 …ほんとだ。
でもアップしてビックリ!…ってネタになるよな。」
「はい(笑)」
ヘリはエアーズロックの周りを何回か旋回し、降りられる場所を探した。
本音では危険すぎるので降りたくないのだが、こんな異常事態が起きている場所こそ調べるべきなので、降りるしかないのだ。
だがどこも動物達が邪魔で降りづらかった。
何故かヘリの爆音に余り反応してくれないのだ。
もっと高度を落とせば流石に散るとは思うのだが、藤堂的には確実に安全な場所に降りたいというのが本音だった。
「…!!」
そして凜は見た。
エアーズロックの壁際に、……旗を。
「ここだ下ろせ藤堂!!」
「…御冗談を。」
「冗談じゃないよ!!
エルピスの旗が刺してあった!!」
「!!」 「マジすか!?」
「マジです!、…少なくとも彼等はここに来た。
とにかく降りて確認せねば!」
「…!」
オルカも旗を視認した。
とても長い棒の先にはためく、美しいロゴを。
バタバタバタバタ…!
ヘリはゆっくりゆっくりと下降し、どうにか着陸することが出来た。
やはり爆音と爆風が下りてくると動物が逃げてくれたのだ。
だが、着陸出来たからといってホイホイと出られる状況ではない。
なんせ…動物の数が多すぎるのだ。
凜は慎重に窓の外を観察した。
「…どうやってコアラがこんな所に。
木が…、ユーカリが無いのに。……。」
「こんな風に地面を歩くコアラはレアですぞオルカ殿~。」
「…ですね?」
「ああはいはい、カンガルーにワラビーね。
オーストラリアの代表です。…可愛いなぁ。」
「…フッ!」
「うっわやっぱり居たかタスマニアンデビル。
…え!?、クロコダイル!?」
「マジ!?、うっわマジじゃんヤバッ!!」
「ここはノーザンテリトリーのステップ気候。
…それなのに他の州でしか生息してない生き物まで集まってる。…本当に変ですね。
…まあ今更ですが。」
「…流石詳しいなオルカ。」
オーストラリアと一言で言っても広い。
地方で気候が違うのに、ここにはオーストラリア全土の生物が集まって見えた。
だがよく観察してみれば…、狩りも始まらないし縄張り争いも起きやしない。
『ただ集まっているだけ』に見えた。
「……だったら。」
「人間である自分達が降りても攻撃はされないのでは。…すよねぇ?」
「勇気は必要ですが、………」
「…因みに。」
藤堂はレーダーをじっと見ながら口を開いた。
オルカは正直、動物の録画と写真撮影に夢中だった。
「因みに~……ロックオンの、あれ。
アレはどうやらこの中から発信されているようですな。」
「…… へ!?」
「…この中…から?」
藤堂が指差したのは、エアーズロックだ。
柳と凜は思わず『ええ!?』と岩肌を見つめてしまった。
「…所謂、人外の目線的なやつぅ~?」
「ああ。いいですね柳殿ソレ採用です。
途中から『何かに見られ続けているようだ』と感じておりました。」
「!!、…例えばソレを、『何かからの目線』を、この動物達も感知していたら…?」
「ああそっか!!、人間には分からない…こう、動物的本能で感じるこの…何か?に?引き寄せられたからここに大集合!ってんなら合点がいくかも!?」
「そして機械もまたその何かを感知し、このように『ロックオン』という形で認識した。
…ふむ。不思議な事ではありますが、確かに合点がいきますな?」
オルカは三人の推理に耳を傾けつつも、堪えられない衝動に落ち着きを無くしつつあった。
動物園でもサファリでも、当たり前に動物とは接触出来ない。
『触れ合いコーナー』なる場所で、少しの時間触れ合えたりするだけだ。
だがオルカは本当は、動物と全力で戯れてみたかった。
猫カフェは通い尽くしたし、ドッグランも通い尽くした。
だが、足りないのだ。
彼が求める触れ合いは…、そのお相手は、今目の前に居るような野生動物達なのだ。
ガラッ!!
「う…ヒェ!?」「な!?」「オル…ッ!!」
そして堪えきれない衝動は、……行動へ。
ザッ!!
三人が顔を青くする中、オルカは大地に降り立ち平然と動物達に向かっていった。
柳はワタワタと銃を持ち自分も降りた。
凜も慌てて降りようとしたのだが、『私が!!』と藤堂が引き止め、ヘリに残された。
ザッ… ザッ… ザッ…
オルカはゆっくりとカンガルーに近寄っていった。
そのすぐ隣にはクロコダイルが居て、熱いのかなんなのか口を開いていた。
「…こんにちは。」
だが萌えを前にした…興奮しきったオルカには、動物達の野生の圧など微塵も効かなかった。
そして柳がオルカの腕を掴もうとした寸前、彼はカンガルーに触れた。
さら… なでなで。
「…… …う… わぁぁぁああ~💗💗💗」
初めての野生との接触、憧れとの触れ合いはもう堪らなかった。
柳はオルカの甘過ぎるため息と高揚しきった顔にガックリと項垂れた。
「…腹立つわあその顔。」
「や…柳さん。すごいです。
意外と剛毛で…短毛で…筋肉で、固くて……
門松さんの上腕二頭筋とそっくり💗」
「ブワハハハハッ!?」
「あ…ああもう…ぁぁぁ~ぁ~~…💗!」
「ヤメ…止めてマジで!!」
柳が大声で笑おうが動物達はほぼ無反応だった。
怒って襲ってくる気配も、怯えて逃げ出す気配もない。
『なんだこいつら?』『こいつらも来たのか』
…とでも言いたげな、その他への反応とまるで同じだった。
「…ほーう!、これはこれは、…珍妙ですなぁ。」
「藤堂さんもどうですかこの…胸筋💗」
「…では。 …ほうお見事ですなカンガルー殿!」
「……よく触れんなアンタら💧」
藤堂も危険ではないと判断したのか、オルカと共にカンガルーの胸筋に感動した。
柳は『ムリ』『普通にムリ』と、お触りは拒否だ。
凜も下りて、ワラビーを撫でてみた。
『なに?』と顔は上げども、ワラビーは逃げずにそこらをピョンピョンと跳ねた。
「……なにこれ。…天国?」
「確かにそのレベルですなー!
…いや~、…いよいよ世紀末といった感じで」
「古い。」
「わぁぁ…💗!、…だから君の骨はああいう形をしてたんだね…💗?」
「…ん?」 「…骨?」
また始まってしまった。
オルカの『君の骨は~💗』に首を傾げ高速瞬きをした二人に、柳は冷めた苦笑いを向けた。
「勘弁してやって下さい。こいつの癖なんです。」
「…ほう。」
「…癖。」
「あ…💗、やっぱりワニの牙ってこうなんだ💗
君は三本抜けちゃってるから520万円くらいかな💗?、あっ!、君は若くていい牙だね800万くらい!?」
「…癖💧」
「…癖ありですな。」
『ひどい癖だな』とは思ったが、オルカは彼ではないかのように顔を高揚させウフウフしている。
こんなに幸せそうな人を見る機会なんて滅多にないと感じるレベルの顔だ。
よって三人はオルカを放置した。
何故か動物達は持ち前の警戒心も縄張り意識も、野生の全てを何処かに捨ててきてしまったかのように大人しかったからだ。
(野生動物をここまで好きに触る事などこれっきりでしょうな。)
(しかし、これはこれで不気味💧
あ~可愛いなコアラ。……)
「…藤堂。」
「はい?」
「写真撮って。」
「はいはい。」
凜一族はグローバルな事で有名なのだが、実はミーハーな事でも有名だった。
…これがミーハー心と言えるかは微妙だが、こんな事態の最中に記念撮影と洒落込むのだから、タフなのは間違いない。
柳もオルカと動物達を何枚も撮った。
ワニ相手を撮る時はかなりハラハラしたが、オルカはホックホクの良い笑顔だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます