第100話 理由なんて自分で決めればいい

 ヘリの燃料を満タンにするとまた四人はヘリに乗り、ついにオーストラリア本土の空の旅を開始した。



「ひっろー。」


「あ。…遠くに山が見えますね?」



 多少山の隆起はあれど、気候は何処まで行っても平行線だった。

常にボンヤリと晴れ続け、太陽だけが傾いていく。


 凜はそんな世界に、本当にオーストラリアの現状がカファロベアロとの中間なのだと確信していった。



「オーストラリアは地域で天候が違うのに全てが一定。……既に詰んだ気にさせられるな。」


((え。))


「…御当主シャンとして下さいませ。」


「ああゴメン。」



 彼らはオーストラリアの丁度真ん中辺りの上部ダーウィンから、真っ直ぐに南下していった。

目指すは大陸の中心だ。正確に何処に向かうと絞れたなら良かったのだが、調査隊は『大陸の中心を目指す』としかメッセージを残さなかった。

故に曖昧ではあるのだが、それしか手が無かった。


 スピードを緩めながら、慎重に辺りを観察しながら飛んではいたが、人の姿も動物の姿も確認出来なかった。

 途中町にも降り立った。…が、やはりもぬけの殻で誰と接触する事も無かった。


 町は荒れていた。

大きなスーパーとおぼしき建物は窓が割れ、中もすっからかんだった。

それだけでなく一般家庭の窓も割れて、ドアが壊れている家もあった。

道路にはゴミや建物の崩壊した瓦礫が散乱し、燃え尽きた車の姿も。



「…どうしてこんなに荒れて。

何か災害でもあったんでしょうか。」



 オルカの言葉に、凜は何と返そうか悩んだ。

だが柳はしっかりと事実を教えた。



「こりゃ暴動跡だよ。」


「え?、暴動?」


「そう。…ミストがいよいよ危険視されて。政府が警報を出して。…人々がパニックになり我先にと食料確保に暴徒化した。」


「…そんな。」


「よくある話だ。

…普通の家が壊れてんのは強盗ってとこだな。

スーパーに物が無かろうが、家にはあるから。」


「………」


「…よーく見えおけ。

日本じゃまず起きないけどな、世界じゃコッチのが当たり前の光景なんだ。」



 そう語る柳の顔は固かった。

明らかにこの光景を受け入れていない顔だ。

『よく見ておけ』は、まるで自分に投げ掛けた言葉のようだった。


 オルカは複雑な気持ちで町を歩いた。

人の遺体が見付からない事が奇跡に感じる程のこの光景が、カファロベアロの大崩壊後にもあったのか?と…つい想像してしまった。



「……お店から奪って。」


「…ん?」


「人から奪って。…そして人に奪われて。」


「負の連鎖。」


「はい。…こんなの間違ってる。」


「誰だって間違いだって分かってるさ。」


「…けれど、奪われて何も無くなってしまったなら、人から奪わなければ生きてはいけない。

何もしなければ家族が、自分が危ないだけ。」


「そうだ。だから負の連鎖。

…悲しい連鎖だよ。」


「…どうすれば止められたんでしょうか。」


「…いいかオルカ。どんな場面でも言えるのは、パニックってのは本当に危ない現象だって事。

パニックにさえならなければどうにかなった事件や事故は山程ある。

…そんでな?、パニックの恐怖はその場に居た者にしか理解できない。…本当に伝染するんだ。」


「……」


「人から理性や思考を一瞬で消失させる。

…ハタから見てんのと現場は完全に別世界。

だからその場に居もしなかった奴が、後からあーだこうだと言う権利って…多分無い。

…現地は、現場は、……必死だったんだ。」


「…回避方法は無い…んですか?」


「うーん。…無くはないけど、難しい。

『鶴の一声』って言うだろ?

パニックに陥った群衆が欲しいのはリーダーだ。」


「…?」


「つまり、『指示』。」


「!」


「『何が起きてるの!?』『怖い!』『一体どうすればいいの!?』…と誰もが怯え闇雲に駆け出した状態をパニックとする。

それを放置すれば誰もが闇雲に駆けるだけ。

…だがそこに、大きな声で『こっちだ!!』って。

『走るな!!』『大丈夫だから!!』『冷静になれ!!』…と声が掛けられたら?

…まあ100%の効力じゃねえけど、必ず皆一瞬止まる。一瞬だけ冷静になる。ここが大事だ。

…よくあるのがな?、そこで皆を待たせたり、焦る気持ちを汲まない行動をしちまうと、パニックが再燃する。『信じられるか!』『従ってたら死んじまう!』…みてえな。…映画でもあるじゃん?」


「はい。」


「…多分、リーダーとなる人間の素質なんだよ。

大声で皆の注目を集めた直後に、どれだけ的確な指示が出せるか。…相手の気持ちに寄り添いながらも、キチンと誘導出来るか。

…人ってな?、手持ち無沙汰よりも何かをしている方が落ち着く動物だから。

『老人に手を貸して』『子供を探して』『皆を誘導して』…と、如何に多くの人間に仕事を与えられるか。」


「………」


「………まっ。頭でいくら言おうが実践出来るかは俺にも分かんねえけどっ!」


「フフッ!」



 凜は柳とオルカの後ろを歩きながら『これが柳君の教育か』…と感心してしまった。

決して嘘で世界を塗らず、けれど割り切りきれず。

そんな心を二人で共有し、『何がいけなかったのか』『どうすればこんな事が二度と起きないのか』を探す。


『話してもしょうがない』と割り切る事も時に必要だが、柳は敢えてオルカに考えさせるのだ。



「…なんか、王の教育係みたい。」


「こら御当主、聞こえますぞ?」


「だって…さあ。…いや~出来た子だ。」


「…御子息だって思慮深くいらっしゃいます。」


「…いや別に今うちの子は関係ないでしょ💧」



 藤堂は口角を上げ、『しかし御立派ですな?』と柳とオルカの背を見つめた。



「恐らくは…、カファロベアロなる国に帰還した後、オルカ殿に何があってもいいようにと…、柳殿はありのままを、思い付く限りの対策をパターンを、教えるのでしょうな?」


「!」



 凜は微かに目を大きくすると、『そうかもね?』と微笑んだ。

切なくも納得のいった顔で。



「…さて。やっぱりここももぬけの殻だね?

野生動物も不気味な程居ないし、取りあえず景色の綺麗なところで一晩越そうか!」



 気が付けばもう夕方だ。

だが空は色付くことなく、ただ太陽は地平線に沈んでいった。


 一行は見晴らしのいい高台にヘリを下ろし、そこで野営をする事に。

BEASTの機内にはまだ充分な食料と水があり、一週間は問題なく食べていけそうだ。



「行くぞオルカアッ!?」


「思いっきりやっちゃって下さいいいいっ!!!」



 だが問題は風呂である。

別に我慢出来ない事はないのだが、一行はミストの異常な湿度の中を通ってきた。

…野営場からすぐの所に川があったなら、冷水といえど体を洗わずにはいられなかった。



バチャン!!



「ううっ…ツ!?」


「…お?、意外と冷たくない感じ?」


「……柳さんもどうぞ!?」



バチャ!!



「うっおつめ……た!!!」


「アハハハハハハ♪!」


「騙しやがったなオルカ!?」


「わっ…と!?」



バチャーン!!



 下着一丁で川ではしゃぐ二人を眺めながら、『若いなあ』とゆっくりと体を流す凜と藤堂。


この二人は…、というか藤堂こそが一番冷水に気を付けなければならない。 …のだが。



「この程度の冷水でだらしないですぞ柳殿!!」


「うっわ!?マジ来んなバケツはいらねって!?」


「ほれほれオルカ殿もご一緒に!!」


「ちょ…!?」



ボチャアッ!!



 なんでか藤堂まで若者の仲間入りをしてしまった。

凜は鼻でため息をつくと、自分に被害が及ぶ前にとっとと体を洗い、ヘリに向かった。





パチパチ…



 夜には焚き火をして体を温めた。


 柳とオルカは焚き火の横に寝転がり、夜空をじっと眺めた。

こんな広大な光無き大陸ならば、星が、銀河が一人占めできたと思う程に星が見える筈なのに、いくら空を眺めても星一つ見付けられなかった。



「…なあ。」


「…?」



 暫く夜空を眺めると、柳はゴロンとオルカの方に向き直った。

オルカも首を傾げゴロンと体を返し、柳と向き合った。



「カファロベアロに月ってあったん?」


「……あ。」


「無いん?」


「無い…かもしれないです。

あれ?、そういえば…月…月~~…」



 オルカは夜にあまり出歩くタイプではなかったし、授業で習った覚えも特に無く。

なので『多分無いかと』と答えた。

柳は『ふーん?』と眉を上げると、考え深げに目を逸らした。



「…俺さ、知らなかったよ。

普段別に気にしてなかったのにさ…?

星が…月が無いと、こんなに味気ないんだな。」


「!」


「特に注目なんかしたことなかったのに。

…でも、確かに見てたんだよな俺。

仕事終わって車に乗る…僅かな時間に。

…車下りて家に入る…僅かな時間に。」


「……」


「……やっと分かったよ。

お前の為にあちこち遊び行ってたつもりが…

お前に教えられてたんだ。…ずっと。」


「…え?」


「『空って綺麗なんですよ?』

『毎日違うんですよ?』

『星って瞬いているんですね?』

『月って本当に綺麗ですね?』

『この美しさは当たり前のものじゃない。

ただそこに居てくれるのは当たり前じゃない。

全てが奇跡のように煌めいているんだ』。」



 目を大きくするオルカの前で、柳は穏やかに笑い、目を閉じた。



「…お前のためじゃなく、俺のためでもあったんだ。」


「…柳さん。」


「お前に教えてるようで…、俺が教わってた。」


「なに…言ってるんですか。

僕は…僕だってずっと、何度も柳さんに」


「だーかーら。…そゆこと。」


「!」



 柳は笑い、オルカに拳を向けた。



「俺らは…教え合う為に出会った。」


「っ、」


「理由なんて、……ソレでよくねっ?」



 オルカはグッと柳の言葉を噛み締め、『ですね?』と拳を当てた。



「その理由、採用します。

…事実とか、もうどうでもいいです。」


「ハハ!、でたよ!」



 こうしてオルカの中でまた一つ疑問が消えた。

『何故僕は二人と出会ったのか』。


オルカがその答えでいいと納得できたのはきっと、柳が心からそう思い言葉にしてくれたからだろう。


 凜はそんな二人を見つめ、微笑んだ。

本当に二人は支え合って見えて、いいこ達だな?と微笑んでしまったのだ。

そして凜は焚き火に交じり、寝転がった。



「柳君は本当に朗らかですよね?」


「いや、藪から棒に何すか。」


「ふふっ!、オルカ君もそう思わない?」



 オルカは柳に足でゲシゲシされながら、はいと答えた。

柳は『でたー』と呟き、二人は笑った。



「本当ね、柳君は生まれ持った性質が、気性が穏やかだと思います。」


「皆こんなもんじゃないですー?」


「まさかそんな筈無いよ。」


「…生まれ持った気性って、そんなに違うものなんですか?、こう何というか、生き方?…で、形成されるものではないんですか?」


「はいベストクエスチョンで賞。」


「ふふ!、ありがとうございます柳さん。」



 凜は眉を寄せ笑いながら、どんな人生かで確かに性格は変わるけれど、生まれ持った気性には皆差があると話した。

 そして例に夜明を挙げた。

柳は興味を持ち、しっかりと耳を澄ませた。



「夜明はね~、かなり気性が荒いんです。

家庭環境も良いし社交的な祖父の血を見事に引き継いで穏やかな性格にはなりましたけどね?

根っこはかなり激しいんですよ?」


「…そっか。性格というものが、生き方で左右されるものなんですね?」


「そうです。流石賢いですねオルカ君。」



 夜明は性格こそ穏やかになったが、それでも根の気性の荒さが出ることはよくあるそうだ。

例えば彼はイジメが嫌いだそうだが、小学生の時に影でイジメを行う現場を見てしまい、その場でボコボコに殴ってしまったらしい。



「気持ちは分からなくはないんだけどね?

普通は『やめなよ』と声をかけたり、先生や親に相談したり…が普通でしょ?

だって人なんか殴った事無かったんだよあの子。

それなのに一言もかけずにいきなりグーパン。

しかも一発じゃないからね。」


「…キレやすいという事ですか?」


「うーん、そういう訳じゃないんだけどね?

あ。でも多分、家庭環境が悪かったらムショくらいは入ってたんじゃないかな?」


「ははは!!」


「柳さん💧」


「今でも本気で怒ったら制御不能になる程です。

…でも?、柳君はそうはならないでしょ?」


「…!」



 確かに…と柳は思った。

自分の反吐が出るような体験をしたが、先ずはいつだって口から入っていたし、喧嘩に明け暮れていた頃もやり過ぎることは無かったし、心を麻痺させていた感覚ならあった。



(それが気性の差…?)


「僕もね、根の気性は少し荒めです。

でもそれらはね?、自覚すればコントロール可能なんですよ?

人は訳が分からないものにはとても弱いけれど、理解したならちゃんと操る力があるんです。

…人ってスゴイよねぇ?」



 凜は沁々~っと伸びをした。なんだか眠そうだ。


 三人は焚き火を切り上げ、ヘリの中で寝た。

眠りの間際、オルカは自分の気性はどんなだろう?と考えながら眠った。

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