第99話 オーストラリア…?

 給油場に人は居なかった。

完全に封鎖されていた。

だが藤堂は持っていた機材で、なんと施設を稼働させ給油してしまった。



「……自衛隊ってハッカーだったんすね。」


「似たようなものですなワッハッハ♪」



 オルカはBEASTに『ありがとね?』と声をかけ撫でると、ヘリポートの端まで歩き大きく深呼吸した。

初めて吸う空気なのに『懐かしい!』と言いたくなるのはきっと、彼がここを過去のカファロベアロと認識しているせいだろう。





「二人とも、こちらへ。」



 暫くすると凜が声をかけてきて、柳とオルカはBEASTの荷台に乗った。

すると凜は『おかしいです』と、自分と藤堂が感じた違和感について話した。



「まずミストを抜けた途端に、おかしいと。」


「?」


「…えっと、何がすか?」


「太陽です。」


「…太陽?」



 柳はつい、開け放ってあるスライドドアから顔を出し空を見上げた。

スッキリと晴れているわけではなく少々ボンヤリしているが、しっかりと太陽もあった。



「……太陽の、何がそんなに?」


「今日は11月10日です。

日本では初冬ですが、オーストラリアは春の終わりから初夏なんです。」


「…まあ、初夏にしちゃ涼しいすね?」


「……余りに涼しすぎる。」


「……?」


「…日によって多少は変化があるのではないですか?」



 凜は眉を寄せじっと何処か一点を見つめると、また口を開いた。


彼が言うには、初夏のオーストラリアは23度前後の気温で真っ昼間ともなれば夏の太陽を感じるらしい。



「ですがあの太陽からは…、熱を感じません。」


「……熱。」


「それに見ましたか?

どこまでも広がるボンヤリとした世界を。」


「…ボンヤリとした…世界?」



 高度1000メートルから見渡せば、様々な雲模様を見る事が出来る。

特にオーストラリアのような大陸だと、左に雨雲、正面快晴、右にひつじ雲。…など、様々な空模様が確認できる筈だ。

それは日本でも同じ事が言えるだろう。

遮りの無い高台から辺りを見渡してみれば、快晴であっても遠くに雲が見えたり、夕陽にでもなればオレンジ、ピンク、赤などの色とりどりな雲、その反対を向けば夜に入った暗い雲など、様々な空模様を確認することが可能だ。


だが視界が晴れたオーストラリアは、何処まで見渡してみても何も無かった。

それはまるで、雲が空気に溶けてしまったようだと凜は感じた。



「こんなに空模様が一定な筈は無い。

そもそも晴れている筈なのに…晴れていないような。

…ボンヤリと、まるで永遠に続くウスモヤ。」


「更にですな。高度1000メートルとこの地上で気温差が0なのです。」


「…え?」


「気圧にも全く変化無し。

…一応BEASTのメモリで今日のフライトの気圧と気温をチェックしてみたんですが、ミストを抜けた途端に一定となりました。」


「ミスト内は気温27度。

ですがそれを抜けたここは…20度。

これは湿度云々で発生するレベルの温度差ではありません。」



 二人の話を聞きながら、オルカは『確かに』と記憶を思い起こし納得した。


 彼は気候の変動の無いカファロベアロからやってきた。

雨が降らず、風も吹かず、太陽が動いていくだけの空は余りにも味気無かった。

だからなのか、この世界に来てからオルカは空が大好きだった。

強い風に吹かれるのも大好きだ。

だから彼は色んな空を眺めてきた。

時に登山をして360度の空を体感した事もある。


そんな空好きからすれば、ミストを抜けた世界は晴れてはいたが余りにも一定に感じた。

何処までも平坦に。何処までも淡々と続く……



「…ッ!?」



 …そう。カファロベアロの空のように。



バッ!!



「へ?」 「オルカ!?」



 オルカは衝動的にヘリを飛び出した。

そして顔を青くしながら開けた場所まで走った。



「……嘘だ。」



 空はぼんやりと晴れていた。

寒くもなく暑くもない気候の上を、ボンヤリとした何の熱も感じない太陽がポツンと存在し。



「………」



 風も無い。髪の毛一本すら靡かない。

こんなに広い外に居るのに。

…すぐ数メートル先にある背の高い雑草達も、一本も揺れていなかった。

それどころが虫一匹、鳥一羽すら確認出来ない。

…姿どころか鳴き声一つ聞こえてこない。


 こんなのは…、まるで……



「おいオルカ!、どうした!」


「……カファロベアロと同じです。」


「…は?」 「!!」 「!」


「この…熱の無い太陽。

澄みきる事の無いボンヤリと晴れた空。

暑くも寒くもない一定の気候。

動物も虫も居ない。…風も、……無い。」


「!!」



 柳も雑草に目を落とした。

いくら風の弱い日なんだとしても、微動だにしない草には違和感しか感じなかった。

耳を澄ませても目を凝らしても、自分達以外の生物が見付けられなかった。


 凜も目を大きく開けた。



「…これがカファロベアロの気候だとしたなら、変な話ですが…、納得がいきます。

……オーストラリアは、こんな世界じゃない。」


「まさか、ミストを境に…もう……?」


「まさかそんな!!」



 オルカは焦り、『ここは何処!?』とコアに訊ねた。

するとすぐに返事が返ってきた。



『オーストラリアです』



 オルカは柳と目を合わせ、『オーストラリアだとコアは言っています』と眉を寄せた。


柳は『ん?』…と瞬きをした。



「…今、リンク…したんか?」


「え?…はい。」


「ん??、も一回してみ?」


「えっと、…はい。」



 柳に言われ再度オルカはリンクした。

今度は『本当にここはカファロベアロじゃないの?』と。

するとすぐに返事が返ってきた。『はい』と。


 オルカは『リンクしましたよ?』と振り返り、何度も瞬きを繰り返す柳と目を合わせた。



「…どうされました?」


「…いや。……髪が光ってねえ。」


「……エッ!?」



 鏡で確認しながらリンクしてみたが、確かにいつもならキラキラと輝く筈の髪がグレーのままだった。


オルカは人生初の『光らない髪』に…



「また!!、僕の…!!、謎なのッ!?」



 …とキレ、地面に四つん這いに崩れた。

柳は『やっと普通の人みたいに光んなくなったのに』と思いつつ、オルカの背にポンと手を乗せた。



「ドンマイ?」


「なんっなん…っですかねもおおおおっ!!!」


「…それじゃLEDじゃねえじゃん。」


「その点ではありがたいけれども…っ!!」


「…でも、ま。…確かにここはまだカファロベアロじゃねえみたいだな?」



 柳は立ち上がり、『こいつ、カファロベアロだと陽光で髪が光ってたんすよ』と太陽を指差した。


藤堂と凜は空を見上げ、『確かに?』とやんわりと首を傾げた。



「…リンクでも光らない。陽光でも光らない。

…ここは今、オーストラリアとカファロベアロの中間…という事なのでしょう…か。」


「…いやはや。私から言わせれば柳殿はタフでいらっしゃいますなぁ?

私なんぞ、光る髪など見てしまった日には大騒ぎ致しますが。」


「大騒ぎしましたし事故りかけましたよ。」


「それは危ないかなぁ💧」



 そう。ただの慣れである。

あと常識だの正常だの、その辺の感覚が完全に麻痺しているだけだ。


 オルカはスックと立ち上がり、『もういいや』と膝をパンパンと埃払いした。



「今さら僕の何がどう変化しようが驚く程の事じゃないや。」


(麻痺ってますなぁ。)(大丈夫かなこの子💧)


「だぜオルカ?

グダグダ言うよりとにかく進め。…だぜっ?」


「ですねっ?」


「「タフだな~。」」



 オルカ&柳ペアに苦笑いの藤堂&凜ペア。

まだまだオーストラリア渡航は始まったばかりだ。


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