3章 僕だから出来ること

第107話 帰還した先

ザッ!!



「…!」



 突然足の裏に強い衝撃を感じ、オルカはハッと目を開けた。

するとそこは地下ではなく、…水辺だった。



「!」



 静かな、まるで水盆のような…辺り一面の停止した水。

その水面はただ白い壁を映していた。

遠くにある、白く聳え立つようなミストの壁を。



「……」



ザリ…



 足元は土に見えたが、足で退かしてみると土ではなかった。

しゃがみ手に持ってみると、石化した茶色い土だった。



「…帰って…きた…?」



 見覚えの無い世界に暫し悩み、オルカは水へと歩んだ。

立地的に見て、恐らくだがこれは海水。海だ。

だが風もなく揺れもない水面は余りにも不気味で、とても海などには見えなかった。

まるであの世と呼ばれる場所に迷い込んでしまったような、そんな錯覚を起こした。


 しゃがみ込み指先で水面をつついてみると、放射状に美しい波が立ち…消えていった。



「『停止した世界』。…そんな感じ。

こんな石は日本には…あっちには無かった。

…やっぱりここは、カファロベアロ。」


『はいそうです』


「…!」



 頭の中に響いた声に、オルカは目を細め立ち上がった。

この声が何なのかなんて、聞く必要もなかった。



「…コア。」


『はい』



 オルカはグッと口を縛った。

散々コアへ抱いた不信は消えてなどいない。

むしろ柳と凜と別れた直後に、まだ余韻が残る心が一番話したくない相手が、コアだった。


 オルカは不機嫌に眉を寄せ、海を背中に歩きだした。

辺りはうっすら霧が張っていて視界が悪く、悪夢のようにどんよりと曇って感じた。



「どうして僕をあっちに送ったの。」


『貴方に見て貰いたかったからです 最後の王』


「っ、…その呼び方止めてくれない?」


『ですが貴方は紛れもなく最後の王です』


「!」



 ピタ…とオルカの足は止まった。



「…なんで『最後』なの。

まるで最初から、『僕で最後と決まっていた』ような口ぶりだけど。」


『その予定だからです』


「……」


『貴方は門松と柳 そして凜 夜明と出会い 答えに辿り着きました

ワタシは貴方方の出した結論を否定しません』


「…随分と流暢に喋るようになったじゃない。

あんなに色々と返答拒否してくれた癖にさ。」


『それはあの世界がベース つまりは本当の世界であったからです

ワタシはこのカファロベアロにて 貴方達ダイア家を正しい結論へと導く為のナビゲーターでしかありません 故に 余りに多くを発言する事に意味は無く また 貴方がリアルに本当の世界を体感し その尊さ 価値を 己で理解する必要がありました』


「…じゃあ君が流暢に喋り出したのは、ここがカファロベアロだから。自分の世界だから。

…そしてエネルギーが満タンに充たされ、本当の力を…その実力を存分に発揮できるようになったから。…ってことだね?」


『その通りです 以前のワタシにはここまでハッキリとした自我は存在しませんでした

それこそがエネルギーが充たされた証拠です』


「……僕の母さんの法石によって。」


『正確には 貴方が王位を継承した事によって』


「……」



…柳さん、門松さん。

僕は、帰ってきましたよ…?



 オルカは宛もなく歩きながら小さくため息を溢し足を止めた。

地図を元に言うなら、海があることからここはカファロベアロの外周の筈だ。



「…ここは何処の5エリアなの?

僕が居た第三地区?」


『そうです ここは3-5地区 貴方が育った第三地区の最も海に近い場所です』


「…そう。」



『やはりか』とオルカは辺りを見渡した。

本当に…何も無い世界だ。



「…!」 (ん?)



 だが暫く歩くと水の音が聞こえてきた。

オルカは『水?』と首を傾げ、濃い霧の中を音を頼りに進んだ。

するとすぐに川に辿り着いた。

川と海は繋がっているのだから、納得した。



(なんだ川か。

そういえばそれぞれの地区に用水路があって、それは川になっていくって授業で習ったもんな。)


『この川の源流は 貴方の生家 王宮です』


「…へえ。王宮から。……」


『正確には 王宮の深部から涌き出る湧き水が 各地方に等量分配されている物が 川です』


「なるほどね。」



 コアと話していると、どうしてもあの地下の光る石が脳裏にチラついた。

柳と凜は、藤堂は、海堂達は大丈夫だったのか。

オルカは神妙な顔をしながらも、コアに答えが聞けなかった。



チャプチャプ…



「…唯一の音、ありがたい。

ここは音さえ無く感じて、…物悲しいな。」



 川のせせらぎは本当に耳にも心にも優しかった。

オルカは眩しい太陽や風、雨や雪をつい思い出し無性に寂しさを感じたが、『しっかりしろ』と自分を鼓舞した。



(自分の意思で帰ってきたんだろオルカ。

…とにかく、カファロベアロの現状を確かめ… )


「…え?」



 オルカはバッと跳ねるように川から離れた。

だが直後には川に飛び込むように入り、ザバザバと水を掻き分けた。



「だ!、大丈夫ですか!?」



ザバッ!!



「!! ヒッ…!?」



ボチャン!!



 オルカは震えながら口を塞いだ。


 彼が川に流されてしまった人だと慌てて抱き上げたのは、死体だったのだ。


青白い死体はただ、静かな川に流されていった。



「な…なに!!、なんで人の死体…遺体…が!?」


『誰からも教わらなかったのですね』


「なんっなんの事!?」


『このカファロベアロに微生物は存在しません』


「だから…だから何なの!!」


『故に地中に遺体を埋めた場合 その遺体は永遠に形を留めたまま 腐ることすら出来ません』


「っ…!」


『大崩壊以前は火葬が実施されていました ですが大崩壊で出た遺体は数知れず

故に川に遺体を流したのです』


「そん…な!」


『それからカファロベアロで執り行う葬儀とは 遺体を川に流す事となりました』



 オルカは顔を青くしながら海の方角を見つめた。



「それじゃあ、…あの海…には……」


『はい 大崩壊後亡くなった全ての人が』


「っ、」



 海に触れてしまった指が、気持ち悪かった。

全身に立った鳥肌に堪えるように腕を抱えると、またオルカは立ち上がった。



…ザ! …ザ。



「…じゃあ、こういうこと?

君が僕を『ここに帰した』のは…

『幼少期に知ることが出来なかった、カファロベアロの全貌を見てほしかったから』。」


『その通りです』



『成る程ね。』と目を瞑ったオルカ。

 つい癖で法石を探したが、柳に渡したのを思い出し、口角を上げた。



(そうだった。…ふふ! …元気出た。)



 柳を、力強く抱かれた感触を思い出すと途端に心に余裕が生まれた。


 すると、不思議な感覚が全身を充たした。



「…ん?」



 そこら中から自分が注目されているような…

いや、声を掛けられているような。

つい足元を見つめたが石化した土があるだけで、他には特に何も見当たらなかった。



「…もしかして、君達の声…目線?…なの??」



 つい足元に話しかけると、代わりにコアが答えた。



『貴方はワタシと繋がる唯一の存在』


「…らしいね。」


『つまり貴方は この世界のありとあらゆる物に干渉する事が可能なのです』


「…ありとあらゆる物に、干渉。」



 首を傾げると、コアから映像が送られてきた。

それは日本へ発つ寸前、ギルトが目の前で自殺を図った時の映像だった。



「!」 (…ギルト。)


『この時の貴方には確信があった筈

『この世のありとあらゆる石を自分の意思で操れる』と』


「…あ。」



 確かにそうだった。

無根拠な自信だったが、確かにオルカはギルトが首を切ろうと構えたサーベルを空中で止めた。



「…そうか。サーベルは恐らく鉄製。

元々はこのカファロベアロの鉱物だから…」


『そうです それは鉄に限った話ではありません』



 オルカは足元の石をザリ…といじった。

本来は土であった物も、今では石と化している。

 土だけではない。ありとあらゆる物が石で出来ているこのカファロベアロにおいて、オルカの力は正に…



『万物を操る力です』


「………」


『この世界において 貴方が支配出来ない物など一つも存在しないのです』


「…君は僕を暴君にでもしたいわけ。

ヒトラー?、イディ?、それともレオポルド二世?

どれも御免だよ。」


『いえ ただ貴方は未だに『自分は特別なのだ』という自覚が不足しています』


「…! ………」


『故に自覚して頂きたいのです』


「……」



『一理あるな』とオルカは微笑み、『そうだね?』と大きく深呼吸した。



「君と敵対してても始まらない…か。」


『ワタシに敵対の意思はありません』


「…けど、誘導ならするでしょ?」


『……』


「お。無言?

…君にも人らしい一面があるじゃない。」



 コアが『ありがとう御座います』と返答してくると、オルカはニコッと笑った。



「嫌味だよ。」



 そして足元に力を込めた。

足の下の小さな石達に意思を送り込んだ。



…ふわ!



「お…と。…うん。いけそう。」



 バランスを崩しながらも、オルカは土石を集め作った岩盤を宙に浮かせ、そのまま飛んだ。

浮石でなくとも浮けるんだなと思いつつ、クスクスと空の旅を楽しんだ。



そう。僕はカファロベアロの王。

僕がここに帰ってきたのは…責任を果たす為。



「…王様、頑張るぞっ!」



 たった一人の喝入れに見えて、彼は一人ではなかった。

彼の心の灯台達が皆『頑張れ』と背を押してくれていた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る