第34話 砂上の城
グラグラ!!
「キャアッ!?」
「な!?」
イルは牢の中で地震に見舞われた。
思わず声を上げたが、その悲鳴さえ消されてしまうほどあちこちから歪な音が響いてきた。
見張りをしていた政府の女性も椅子から転倒し、ひたすら頭を抱え揺れが収まるのを待つしかなかった。
暫くすると遠くから爆発音が響き、牢の廊下の窓にヒビが入った。
「い、今の…は!?」
「…なに。…空が!!」
「!!」
窓の外は昼だというのに暗かった。
その原因が空を覆った黒煙のようなものだとは理解できたが、一体何が起きているのか分からず、二人はただ恐怖に堪えるしかなかった。
そんな中イルは、見張りの女性が怪我をしたと気付いた。
きっと椅子から転倒し激しい揺れに見舞われたからだろう。
膝とモモの横が広範囲に擦りむけ、かなり出血してしまっていた。
「…あなた。見せて?」
「え!?」
「怪我しているわ?」
だが女性はキッとイルを睨み付け、『誰がアンタなんかに!』…と吐き捨てた。
思わぬ嫌悪を向けられ、イルはビクッと胸の前で手を握った。
「そもそもっ、アンタ達が逃げたから!!」
「………」
「だから世界はこんなになっちゃったのよ!!
…残ってくれたのは、ギルト様だけ。 ……
本当にこの国を想ってくれていたのは!、あの方だけだった!!」
「………」
「大崩壊に屈した…臆病者!!!」
この瞬間、イルはハッとした。
確かに自分は女王殺害の現場に居合わせ、オルカまで手にかけようとしたギルトから幼いオルカを守ろうと王都を離れた。
だが確かに、オルカを隠すことばかりに気を取られ、国の再建には何も貢献していない。…と。
「………」
そして明らかなのが、オルカを見付ける為に大量の人が犠牲になったという事実だ。
法が、国の方針が変化していく度に『またオルカの炙り出しだ』と、ジルと茂と三人で項垂れたものだが…。
(私、一度でも対話を図ろうとした…?)
一度もギルトと話し合った事が無かったと気付かされた。
(もし、…対話をしていたなら。
もっと早く…何かが好転…していた…の?)
ロバートを逃がす為、ギルトの前に自ら姿を現した彼女はすぐに車に乗せられた。
車内には、ギルトと彼女だけだった。
『最悪はこの場で殺される』と覚悟を決めた彼女にギルトが一番最初にかけた言葉は…
『……久しぶり。』
『!』
『…ハァ。…やっと落ち着いて話せるね?
…元気そうだね。……よかった。』
「…つ、」
…私はその言葉に、…激昂して返してしまった。
『よくも『よかった』なんて言えるわね』…と。
…けれど、よく考えてみれば。 ……
落ち着いて、冷静になってみれば。
あれは、……本当の真心だわ。
私の空白の15年間を案じ、そして安堵してくれた言葉だった。
「アンタ達が帰ってきたからまた大崩壊が起きてるんじゃないのッ!?
アンタ達は一体何がしたいのよ!!
ギルト様の15年をっ、どうしてくれるのよ!!!」
イルは額を押さえ、唇を震わせながら涙を落とした。
自分が生きてきた世界こそ、ギルトが必死に繋いだ世界なのだと。
「ア"アッ!!!」
ゴッ!! …パラパラ
「クッッッソ…ギルトがアッ!!!」
ジルは、大荒れだった。
先ず目が覚めた瞬間に、そこが執務室だと理解した瞬間に『負けた』という事実に直面し、…キレ。
そしてよく見てみればそこが執務室と繋がるギルトの個室。……つまり、昔の茂の個室であった場所だと実感するなり、…キレ。
そして窓も扉も頑丈すぎて破壊出来ない事にキレ…
武器も火をつけられるような道具も無い事にキレ…
キレにキレ続け大暴れし続け、…既に六時間。
もう既に勝手にへーへーになってはいるのだが、彼女の数多の怒りは冷めることなく燃焼…いや、爆発し続けていた。
美しい調度品(シックな石のデスクセット、時計、本、本棚、チェスト、飾り、壁など)は破壊し尽くされている。
だがここまで暴れても、まだ暴れ足りなかった。
「ブッ殺してやる…あのっ、裏切り者!!
あたしを舐めんじゃねえぞっクソガキがアッ!?」
ガンガン!!ゴッ!!
もう何度蹴ったか分からない扉を再再再度蹴り、ジルは扉に両腕を突け項垂れた。
その頭にあるのはオルカのことだった。
「…どうしよう。…無事…なの?
どうしようギルトがまたっ、…また!!」
『貴様さえ生まれてこなければ!』
「っ、…」
15年前の大晦日が嫌でも甦った。
『確かにギルトはそう言っていた』…と、そう思う度に焦りが彼女を蝕んだ。
「………」 …ギシ!
項垂れるようにソファーに座ると、途端に部屋がとても静かに感じた。
ゆっくりと目を開けると、窓辺に見える気がした。
『……ああジル。…どうした?』
黒と金の制服に身を包んだ、…ゲイルの姿が。
「……窓辺が好きで。
…よくそこで本を読んでたっけ。」
物心ついた頃から傍に居て、憧れだった人。
いつも物静かな雰囲気を纏い、おおらかで、優しく笑ってくれた人。
「………」
ジルは次々と甦ってきた思い出に目眩を覚え、目元を押さえフルフルと頭を振った。
「…感傷に浸っている場合かジル・サファイア。
…今はここから脱出し、なんとかしてオルカを」
グラッ!!
「!!」
グラグラ…ガタガタガタガタ!!
「地…震!?」
大崩壊でも感じたことのないレベルの揺れに、ジルは反射的に頭を抱えソファーの上で身を縮めた。
だが既に彼女自身でクローゼットもチェストも、背の高い家具は全て倒されていたので、何かの下敷きになることはなかった。
だが余りに強烈な揺れに、ソファーから落ちてしまった。
「…大きい!、こんなの、建物がもたない!!」
ジルは激しい揺れの中、壊れた家具の間を這いながら窓を目指した。
それは被害状況を確認するためだった。
大崩壊後、あらゆる建造物は強度を上げ建築されていたが、想定を遥かに上回るこの地震に、大被害を懸念したのだ。
グラグラ…!!
「ツ! …オルカ…ヤマト!!」
二人の安否を気遣いつつもどうにか窓に辿り着いた頃、少しだけ揺れが収まった。
ジルは窓に手を突け、王都を見下ろそうとした。
ドオオオオンッ!!!
だがその時、思わず耳を覆ってしまう程の轟音が響き、黒煙が一瞬で空を埋めた。
「な!? 後ろ!?、後ろから…流れてきた!?」
その黒煙は執行議会の裏から流れてきたように見えた。
だが彼女の居る執行議会の背後にあるのは…、王宮のみだ。
「つ…!!」
黒煙は彼女が見つめる中、見える限りの全ての空を埋めてしまった。
ふと落ちていた時計を見ると、何故か白い筈の台の石が真っ黒に染まってしまっていた。
ジルは歯を食い縛り涙を落としながら、『ついに…なの?』…とその場に崩れた。
「どうしてこんな事に…!!
陛下!!…陛下!!!」
そして、泣きながら天を仰ぎ叫んだ。
「誰か…たすけてッ!!!」
グランッ!!
「!!」
突き上げてきた振動、カタカタガタガタとどんどん大きくなる音、そして足元を掬われるようにも感じる揺れに、茂でさえも立っていられず倒れた。
「…地震。 …… …大きすぎる。」
バリバリ!
「!」
バリン!! ガチャガチャ…バリン!!
直後には廊下の窓が割れ、そこら中に砕け散った。
茂はどうにか廊下に手を突けバランスを取ろうとしたが、不可能だと察し大人しく揺れが収まるのを待った。
「……度重なる地場狂い。…雨。…地震。
…まるで、大崩壊の続」
ドオオオオンッ!!
「つ…!?」
ブワッ!!
「……な…」
爆音、そして黒煙。
あっという間に暗くなった世界に、茂は直感した。
「…陛下の命が、…尽きようとしている。」
どんなカラクリなのかは分からないが、この世界が存続出来ているのは首を落とされたオルカの母が未だ、なんらかしらの形で存命しているからだと茂は確信を持っていた。
だが、15年前の大崩壊と酷似する現象、更には追加の謎の爆発音とおぼしき音、そしてこの黒煙に…
『終末の時が来た』…と、察してしまった。
「…………」
途端に世界が無音となった。
激しい揺れ、黒煙への恐怖は確かに感じているのに…
妙な焦燥感に襲われ、心が無となってしまった。
「………」
彼が居るのは執行議会の三階だ。
あと一階分上がれば、ジルが居る。
急げばきっと、最期を共に迎えられるだろう。
「………」 タッ!
だが茂は、上へは向かわなかった。
上へ続く階段とは正反対へと廊下を駆け目指すのは…、王宮だ。
「……ヤマト。」
…何故なのか。
ジルの事で一杯だった頭の中が、今ではヤマトの事で一杯になっていた。
毎朝『おはようございまーす!』と元気に扉を開けてくる…あの笑顔を思い出した途端、正に火事場の馬鹿力と言えるような力が腹の奥から沸き上がり、未だ激しく揺れる世界で立ち、走る事が出来たのだ。
その胸には『止めなければ』という思いだけが強く強く反芻していた。
「…三階でラッキーだったな。
ここからならば別廊下で王宮に辿り着ける。」
記憶のままの廊下を駆け、扉を開けた。
ヤマトは扉を開け中に消えた人物が茂だと気付き、荒れた息で必死に叫んだ。
「マスターッ!!!」
「…!」 ピタ!
茂は一瞬…微かに呼ばれた気がして足を止めた。
だが『まさかな』…と、王宮へと繋がる廊下を駆けた。
「ああもおっ💢!?」
時々揺れに足を取られ転びながらもヤマトは茂の跡を追った。
オルカがギルトと接触したのはもう疑いようがない。
「でもっ、俺には何も出来ない!!」
だからこそ茂にどうにか追い付かなければならないのだ。
だが揺れのせいで距離はどんどんと開いていった。
ヤマトが王宮へ繋がるドアを開けた頃には、茂は王宮の庭に辿り着いていた。
タッタッタッ!
「ハァ…ハアッ!、待ってろオルカ!!
絶対マスターを…連れてくからな!?」
「! ……赤い…?」
王宮の庭に出た茂は強烈な違和感を抱いた。
空の黒煙の中に、何か赤い光が見えるのだ。
それはキラキラと…ピカピカと、不思議なギザギザを描き、消えてはまた現れを繰り返していた。
「……っ、」
『今はそんなのどうでもいい』…と、茂は王宮の最上部、三階にある理の間を目指した。
ガチャン!!
「マ…スっ、…マスター!?」
息を切らせ王宮の庭に飛び出たヤマトは、微かにだが茂の背を捉えた。
綺麗な白い飾り柱の間をすり抜ける背を…微かに。
「マスター!! …ねえ!?、マスター!!?」
ゴロ…ゴロゴロゴロ…
「つ…!?」
茂を追っていた足は、空から聞こえた不気味な音に思わず止まってしまった。
空の何処から聞こえてくるのかも分からないが、その音は信じられない程低く、不気味に響いた。
「…… …ヤバ。…戦意喪失してきた💧」
もしオルカがここに居たならば、きっとこの現象の名前と内容を教えてくれただろう。
そうすればまだ恐怖も軽減してくれるだろうが、知らない場所、たった一人きりという現状では、心が折れてしまう程の恐怖があるだけだった。
「…と、とにかく、…マスターを追わないと。」
ヤマトは空を不安げに警戒しつつ、茂が入ったと思われるシックな茶色の扉を潜った。
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