第35話 『愛してる』
王宮に入った茂は最上階の三階を目指し駆けた。
上と通じる階段を上がり廊下に出ると、廊下一面の窓から外が見えた。
「つ…!?」
思わず足が止まりかけてしまった。
轟音を響かせながら、光の線が何本も何本も地表に降り注いでいたのだ。
光が到達した場所からは煙が上がっていた。
人々の叫び声が聞こえる気がした。
「ヤマト…オルカ!!」
二人だけではない、ロバートや店の常連客、海堂達の姿が脳裏に次々と浮かんできた。
このまま理の間に入ったところで、何が出来るのかなんて分からない。
けれど、ここまま世界が滅んでしまうのだけは、どうしたって嫌だった。
「に…兄さん!?」
「!」
その時、廊下の先に息を切らせたギルトが。
茂は一度目を大きくしたが、すぐに真顔に戻り姿勢を正した。
ギルトは汗を拭いながら茂の前まで歩み、ばつが悪そうにしながらも、口をキュッと縛り顔を上げた。
「お久しぶりです、ゲイル兄さん。」
「……」
「…分かっています。…僕は何も隠しません。
ちゃんと罪を自覚しています。」
「……そうか。」
『ならば』…と、茂は大きな大剣を抜いた。
ギルトは眉を寄せギュッと口を縛ると、『お願いです!』と剣は抜かずに必死に訴えた。
「お願いです兄さん!、話を聞いて下さい!!」
「……俺はかつてお前に教えた筈だ。」
ビュンッ!! ギイン!!
「クッ…!」
「己の行動の責任は、己にしかないと。」
「兄さ…ん!?」
「この世界の惨状は全て、あの日のお前の罪そのものだ。」
「っ…、」
「………すまなかった。」
「…え?」
「もっと早く、お前を解放してやるべきだった!」
大剣を受け止めた細いサーベルは、簡単に押し込まれた。
どうにか大剣をいなそうと体術を巧みに用いても、茂の剣と武術の前には何の意味も成さなかった。
「…っ、…お願いだ兄さんッ!!」
「…陛下の命をどうやって繋いだ。」
「違…っ、…僕は」
「……オルカを玉座には座らせない。」
「! …ハ…?」
「陛下の、…彼女の命を繋ぎ直す。
言え!!、あの日!、どうやって陛下の命を繋いだんだッ!!!」
キイン!! ドッ!!!
「!」
「……なんだよ、…それ。」
ギルトは大きく大剣をいなし、蹴りを入れ弾いた。
茂の記憶に無い彼の強さに、茂は一歩引き気を引き締めた。
『15年前とは色々と違うようだな』と。
ギルトはサーベルを持ったまま、うつ向き加減で拳をギリギリと握った。
その心は嘆きに満たされていた。
「…陛下の命を繋いで、…世界を繋ぎ止める…?」
「…そうだ。オルカは玉座には」
「何故ですか。」
「……あの子はまだ何も知らない。
今朝だ。彼が自分の出生を知ったのは。
…今朝なんだぞ!!」
「………」
「そんな子供に世界を押し付けて、…お前は恥ずかしくないのかッ!!?」
顔を上げたギルトの目は、つり上がっていた。
茂は改めて大剣を構えた。
「…今朝己の出生を知ったばかりのオルカ様が、リンクをしながらも平然と立ち、世界を守る義務に目覚められたのを御存知ですか。」
「…!!」
「……何も分かってないのは、兄さんの方だ。」
「……来いギルト。我々親衛隊の決着は」
「決闘を申し込みます。」
「!」
「…僕はね兄さん。陛下の延命などしていない。」
「…ハア?」
「本当だ。…憎しみに、悲しみに負け蛮行に及んだ僕はあの日、…何も出来なかったんだ。」
「………」
そこまで言うとギルトはフルフルと首を振り、構えた。…過去を振り払うように。
その頭にあるのは、今しがたオルカから貰った言葉と笑顔だった。
「僕はオルカ様に、…話さねばならない。
それまでは絶対に死ねない!!
この世界だって絶対に死なせない!!!」
「………」
「兄さんは間違っている。
…陛下の命を繋ぎ崩壊を止める?
だったら僕は!!、あんな政策を強行してまでオルカ様を探しはしなかったさ!?」
「…!」
「兄さんは『普通に生きてほしい』と、己の要求をオルカ様に押し付けているだけだッ!!
…ちゃんとオルカ様のお心を聞いたのですか!
見守りすぎて!!、彼の義務から目を逸らし続けたのではありませんかッ!?」
二人は激しく睨み合いながら剣を構えた。
次に光が空から落ちてきた音を合図に、二人は全力で剣を交えるだろう。
ジリジリ…ピリピリと緊張が空気を震わせる中、空がカッと光り……
ドオオン!! バッ!!
落ちた。
と同時に二人は強く床を蹴り飛び出した。
だがその剣が届くか否かの瞬間、茂はハッと目を大きく開けた。
「マスターッ!!」
ヤマトの声がしたのだ。…自分の背後から。
茂は反射的に大剣の角度を変え、ギルトの首を狙っていた軌道を無理矢理変更し、ただサーベルを弾いた。
ギルトは『え?』と眉を寄せ、距離を取った。
『子供の声?』と茂の背後を見てみると、オルカと同じ位の少年がこちらに走ってきていた。
「…………」
「ハ…ハア!!、やっと追い付いた!!
…って!?、なんで長官がここにいんのおっ!?」
「……お前…は?」
訝しげにするギルト、『え!?、じゃあオルカはどこ!?』とキョロキョロするヤマトに…、茂は『冷静に』と己を律し、深呼吸した。
ヤマトの前で流血沙汰など出来やしない。
それにこの先の理の間まで連れていくなど、もっと出来やしない。
「……フゥ。…何故お前がここに居る。」
「そんなん!、マスターを一人で行かすなんて出来ねえって!!」
「!」
「ここに入る前にこいつとオルカが会っちまったから!、マスターにどうにかしてもらおうと思ってずっと追っかけてたんだよ!
…こいつがオルカをどっかに隠した!(多分!)
だからマスター!!、オルカを助けて!!」
「………」
『陛下のご友人か』と目を大きくしたギルト。
茂はギルトに背を向ける訳にもいかず、時間もズルズルと流れていくしで、困ってしまった。
彼はゲイルとしてならば決断が早く冷静なのだが、茂として接してきた者達の事となると、心ばかりが突き動かされて頭が回らなくなるのだ。
「……ここで待てヤマト。」
「ハ!?、なんでだよ嫌だし!!」
「俺はギルトと、…理の間に行かねばならない。
…教えただろう?、理の間に名字を持たない者が入ると…?」
「!」
『体が砂のように朽ちて、死んでしまう』。
『それはムリだわ』とヤマトは頷いた。
素直なその反応に茂は微かに口角を上げ、大剣を背中の鞘に納めた。
それを見たギルトは冗談抜きに驚いた。
茂が引いてくれた事にはもちろん、ヤマトに向けた優しい顔に。
「………」 (…大切な子…なのか。)
「……行くぞギルト。」
「…はい。」
ドンッ!!!
「わあっ!?」 「!!」 「な…!?」
促された彼はサーベルを仕舞おうとした。
…だがその時、一際大きな地震が起きた。
地面を突き上げてきた振動でヤマトの体は浮き、茂でさえ抗えず浮いた。
瞬間で窓ガラスは全て割れ、飛び散り、茂は瞬時に『まずい!』…とヤマトを腕に包んだ。
ズッ…!
そして揺れに体を浮かされてしまったのは、ギルトも同じだった。
「… …あ …ア"… あ"ああア"ア"ッ!?」
ギルトは思わずサーベルを離し、手をガタガタと震わせながら一歩、二歩と下がった。
「そん…そんッな!?」
茂は胸に感じた熱い衝撃に目を大きく開け、ゆっくりと腕を開きヤマトを確認した。
だが胸を貫いたサーベルの剣先は、ヤマトの顔の真横を掠め頬の上を軽く切ってしまっただけで、直撃してはいなかった。
「…なに。…なに今の…今のも地震…?」
「………」
動揺する小さなヤマトに、茂はにっこりと笑った。
そして目を閉じ、ゆっくりと息を吸った。
「『Alexandrite』。」
……ピタ。
茂がポツリと呟くと、…世界が停止した。
ヤマトは急に静かになった世界で、一体何が起きたのかと顔を上げ…
「…ツ!?、マ…マスター!?」
茂の左胸を貫くサーベルに気付いた。
『なんで!?』『とうしよう!?』と激しく動揺したヤマトの腕をしっかりと掴み、茂は穏やかな声で諭した。
「大丈夫だヤマト。…時は止めた。」
「…へ!?、…エッ!?!?」
「正確には、俺達の時間だけが異常に早く進んでいるんだがな?、…まあ止まったようなものだ。」
「……いやっ、そうじゃなくて!?剣…が」
「聞けヤマト。」
「早く病…病院に!?」
「聞くんだ!!」
ビクッ!
大きな声にヤマトは肩を揺らしたが、茂は笑顔のままゆっくりとしっかりと話した。
そんな穏やかで真っ直ぐな雰囲気に、ヤマトもどうにか呼吸を荒らすだけでいられた。
…本当は、叫びだしそうな程動揺していた。
「いいかヤマト。この力は俺のコランダム家にだけ受け継がれてきた力、『Alexandrite』。」
「…あれきさんど…らいと?」
「そうだ。…長くは持たない。
故に時間がないから要点だけを話す。」
「……う、うん。」
『俺の血を飲め』。
この言葉に、ヤマトは眉を寄せ目を泳がせた。
だが茂は真剣な目でヤマトと目を合わせた。
「俺の血を飲めば、お前はここから脱出出来る。」
「……ヤ…」
「…分かるだろう。…俺は死ぬ。」
「つ!?、い、嫌だッ!!!」
「…ヤマト。」
「死…死ぬとか簡単に言うなよ!?
マスターがっ死ぬワケないじゃん!!」
「……ヤマ」
「そんなん飲まねえしっ、マスターおかしいよ!!
マスターが死ぬわけない!!!」
「………」
「死ぬ…わけ…っ、~~っ!」
涙を落とす歪んだ顔に、茂の胸は激痛を放った。
それはサーベルが刺さる痛みよりも、よっぽど大きい気がした。
「っ、…大丈夫だヤマト。
お前が俺の血を飲んでくれれば、俺はお前の中で生き続けられる。」
「…!」
「…お願いだ。俺はもう形ある者としてお前を守れない。
だから、見えない力となってお前を守りたいんだ。」
「…………」
「俺の血を飲めばお前は俺の力を受け継げる。
…強くなれる。脱出出来る。
だがこのままただ俺が死ぬだけでは…、お前はギルトに捕らえられてしまうかもしれない。
……お願いだヤマト。」
「………」
『卑怯だよ』…と、ヤマトは更に顔を歪めた。
その涙を落としながらも覚悟を決めたヤマトの顔に、茂はもっと微笑み、…ゆっくりとヤマトの顔を包み胸に引き寄せた。
ヤマトは茂の大きな手に頭を包まれ、震えながらも目を閉じて誘われた。
サーベルの刺さる、…胸に。
「……大丈夫だヤマト。」
「っ、……」
震えながら溢れる血を口に含んだ。
鉄の味が口に広がり眉を寄せたが、ヤマトは言われた通りに血を飲んだ。
温かく飲みづらいその血に、茂の生を感じた。
ゴクン…ゴクン… ドクン!!
「…!」
ヤマトの体が内側で大きく脈打った。
自分の中から自分が持っていなかった力が溢れ、目に見える気さえした。
茂はそれを確認すると、霞んできた世界で胸のポケットから箱を出した。
青いリボンの付いた、小さな箱を。
「……ヤマト?」
「…?」
「誕生日、おめでとう。」
「!!」
小さな箱を渡されたヤマトは、また涙をボロッと溢し箱を受け取った。
茂は『当日に渡せなくてすまない』…と、ヤマトを離した。
「……行くんだ。」
「っ!!」
「……さあ。」
「………ヒッ…うっ!、…ううっ!!」
ヤマトは上ずりながら茂から一歩離れた。
箱を胸に握り締め、涙をボロボロと落としながらも…、また一歩下がった。
茂は『強い子だ』…と呟くと、ふと首を斜めに苦笑いした。
「……家族だけなんだ。」
「…え?」
「俺達が血を与えるのは、…家族にだけなんだ。」
「………」
『俺は本当は、息子が欲しかったんだ。』
「つ…!!」
膝を突いたまま、サーベルが刺さったまま微笑む茂とじっと見つめ合うと、ヤマトは踵を返し廊下を走った。
茂はじっとその背を見つめ、『愛してる』と笑った。
アングラを出ていく時にはちゃんと言えなかった言葉を、やっと口にする事ができた。
フッ…
世界が元のスピードに戻った。
ギルトはガタガタ震えたまま、うわ言のように『違うんだ』『兄さん』…と繰り返した。
「………」 スッ!
茂は動揺するギルトの声を聞きながら立ち上がり、窓へと歩んだ。
そして振り返り、真顔でギルトと向き合った。
「覚えておけギル。」
「にっ…兄さん…」
「人は生きている限り、責任を取り続けなければならない。」
「!!」
「……だが責任を取ったなら。
また前を向き生きていくのも、人の義務だ。」
『お前に俺は殺させん。』
そう言うと茂は、腕を回し背中からサーベルを引き抜いた。
ギルトは茂の行動に驚愕し、『駄目だ!?』と手を伸ばし駆けた。
「そんなことしたらっ、血が!?」
ふわ…!
「ツ… 兄さんッ!!!」
微笑み窓から身を投げた茂に、ギルトはその場で膝から崩れ座り込んだ。
「そんな…そんなッ!!、ア"アアアアアッ!!!」
……陛下。 私はちゃんと、導けたでしょうか。
茂は浮遊感の中、そっと目を閉じた。
心は信じられない程穏やかで、悲しみも恐怖も存在しなかった。
…いつからだったのだろう。
特別な想いをヤマトに向けていたのは。
…いつからだったのだろう。
いつから私はこんなに、…深く。
眩しい光と共に思い出が次々に甦った。
『ああ幸福な人生だった』と、茂は笑った。
…愛してる。 ……ジル。
「Corundum…」
ドッ!!!
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