第19話 国を包むパニック

 モエは取りあえず一ヶ月このカフェに住む。

故にしっかりと仕事を覚えようと、精力的にオルカに仕事を習った。

 オルカは孤児院育ちだし面倒見がいいのでモエとすぐに仲良くなり、しっかりと仕事を教えた。

…内心では『こんな小さいのに働かなきゃいけないなんて…』と、少々的外れな心境ではあったが。



……グイ。


「!」 (…あれ?)



 だが、モエに仕事を教え初めて一時間が経過した頃、オルカは違和感を感じた。

ほんの一時間前まで普通だったモエの顔が、赤身を帯びてきたのだ。

更にはたまに小さく息を吐き、おでこを腕で擦ったりしていた。



「…ちょっとごめんね?」


「……え…?」



『まさか?』…と思いオルカはモエの額に手を当てた。

 するとやはり、彼女は発熱していた。



「! …熱がある。」


「え?…そん…なこと、……」


「いいから座って?

マスター!、モエちゃんも熱を」



ガランガラン…!!



 裏で仕込み中だった茂を呼んだ時、突然カフェのドアが開き男性が飛び込んできた。

オルカはまだ開店していない旨を伝えようとしたが、彼は『氷をわけてくれないか』と酷く焦った声でオルカに詰め寄った。



「…え?、…氷を?」


「病院が一杯なんだ!!

…だが、水石が配られたのがさっきでまだ製氷出来てないんだよ!」


「え…と!?」



バタン!!



 困惑したオルカの背後から大きな音がして見てみると…、モエが椅子から崩れ落ちたのか床に倒れていた。



「!?…モ…モエちゃん!?」


「っ、この子も…か!!」


「なに、何なんですか!?」


「うちも家族が全員高熱で倒れたんだ!」


「っ!?」


「どこもかしこもそんなんばかりで…、病院に連れていってもどうにもならない!」



『まただ』…とオルカの腕に鳥肌が立った。

『昨日と同じだ何か異常事態が起きている』…と。

 オルカは氷のある場所を男性に教え勝手に持っていくように言うと、自分でも驚く程の大声を出した。



「マスター!!?」



 茂は『ん?』…と眉を寄せすぐに裏から出てきた。

そして床に倒れるモエ、焦り緊迫した顔のオルカ、カウンター内から『貰うよ!?』…と氷を見せ外に走り出た男性に、ハッと目を大きくした。



ガバッ!!


「…氷水を持ってこい。」


「は、はい!!」



 急ぎモエを抱え寝室に飛び込むと…



「!! …ヤマト!?」



 ゼエゼエと苦しむ、…ヤマトの姿が。

意識が無く異常に汗をかき苦しげに胸で呼吸するヤマトに…、茂はグッと口を縛りヤマトも抱えた。

そして走り病院に連れていこうとした時、オルカがどこも一杯だと告げた。



「! …病院が…一杯?」


「さっきの方がそう言ってました!

彼のご家族も皆発熱したって!!」


「!」



 オルカの言葉に茂は急ぎ外を見た。

するとそこかしこで『どうしよう』と子供や家族を抱え戸惑う人々の姿が。

 ゾッとした茂は急ぎジルの自室を開けた。

彼女も発熱してしまったのではと案じたのだ。



ガチャン!!


「ジル!?」


「うっわわあ!?」



 彼女は無事だった。

むしろ変装を解くのに風呂に入ったのだろう。

髪は濡れているし、薄手のロングワンピースの下には何も着ていなかった。

 ジルは顔を真っ赤にし、同じく顔を真っ赤にしたオルカに『回れ右いっ!?』…と叫び、茂をキッと睨み付けた。



「夜這いは夜にしろよっ!?」


「街がおかしい。」


「……はい!?」


「そこら中に病人が溢れている。」


「…なに言っ…」



 茂の抱えるヤマトとモエに目を止めた途端、ジルはハッと目を大きくし、駆け寄った。

そして意識がなくなってしまう程の高熱を出している二人に触れ、急ぎ状況を聞いた。

 状況を聞いてもこの発熱の原因は分からず、ジルはその辺にあった上着を羽織ると外に飛び出した。



「……なんだよ…これ!?」



 外に飛び出すと、オルカの言う通りそこら中がパニックだった。

子供を抱え病院を目指す者が多かったが、いざ病院に辿り着けてもとんでもない行列でどうにもならない状況なのが見てとれた。

ジルは息を切らせながら茫然と立ち尽くし、大崩壊後にも起きなかった異常事態に本当にどうしたらいいのか分からなかった。



「ジル…!?」


「!!…海堂!!」



 その時海堂が駆けてきてジルの腕を掴み、人混みを抜けた。

彼はこんな時でも動揺を顔には出さなかった。



「海堂これ、一体何なの!?」


「…モエは?」


「!…そうっ、モエも高熱を出して!!」



 それを聞いた海堂は口に手を添え『やはり』と目を細めた。

ジルは片手を頭に当て、辺りのパニックに当てられぬよう必死に呼吸を落ち着けた。



「…うちのシマでも高熱で倒れた者が。」


「そん…な!」


「憶測…ですが、昨日の塩辛い水を浴びてしまった者だけが、…高熱を。」


「!!」


「彼等の意識のある内に確認した事実です。モエも昨日塩辛い水を浴びてしまいました。」


「……じゃあ原因は、…病…ではなく…?」


「恐らくは塩辛い水でしょう。

うちに限っての話をするならば、高熱を出した者達が同じ場に居た事実はない。

…唯一の共通点が塩辛い水です。」


「…………」




…ヤマトはオルカを探しに外に出た。

…モエも塩辛い水に打たれてしまった。

私は、…打たれていない。




「……」




…でもオルカは、…熱を出してない。




 海堂は辺りを冷静に観察しながら、問題は山積みだ。…と目を細めた。



「恐らくこれは感染症の類いではない。…が、このまま死者がでてしまうようならそこから感染症が蔓延する可能性は充分にある。

…医者に聞いた話では、この高熱の原因が彼等にも特定出来ていないとのこと。

そこの病院も他の病院ももう一杯一杯。

…それなのに医者が出来る処置は氷水で患者の体を冷やすことのみ。

…もし大量に遺体が出てしまったなら、地下に棄てられるのは明らかでしょう。」


「………」


「そうなれば、…分かりますね…?」



『オルカを匿っている場合ではなくなってしまう』



 ジルは一歩、二歩とその場で後退りした。

海堂の言葉で気付いてしまったのだ。

『茂も塩辛い水に打たれた』と。



…ダッ!!



 無言で駆け出したジルの背をじっと見つめ、海堂は踵を返した。

そしてツバメと合流すると、病人を役場跡の広間に集め、地下の氷を全て解放し病人の処置に回すよう指示を出した。



「…『金の龍よ大いなる加護を授けたまえ』。」



 そう呟くと、『おまじないに頼るとはね』…と一人苦笑した。



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