第54話 五千円の使い道

 横浜本署、捜査第一課。

これが門松と柳の職場だ。

殺人事件、傷害事件、放火事件などの所謂『凶悪犯罪』を取り扱うのがこの捜査第一課だ。

通称『一課』。横浜本署の三階の半分を使用する、大きな部屋でその規模が分かる程の人数を抱える課だった。



ガタン!!



「お疲れ様でした門松警部。」


「お帰りなさいませ。」



 門松と柳が一課の扉をくぐった途端、その場に居た誰もが立ち上がり、敬礼し、二人を労った。



「おうただいま。」


「…やりましたね警部。」


「…おう。キッチリワッパかけてきたよ。」


「っ、…はい!」


「…うっ!…すみま…せん!」


「いいさ泣け泣け。…皆にこんな好かれてなぁ?

あいつも喜んでんだろうよ?」



 二人が小田原に居たのは、苦楽を共にしてきた仲間が事件に巻き込まれ亡くなってしまったからだ。

オルカの事でてんやわんやで忘れられていたのに、ここはお通夜モードで…、嫌でもその現実に対面させられた。


 それでも門松は穏やかだった。

泣いてしまった若手の背をポンポンと宥めては、自分の先輩にしっかりと留守にしたことを詫び。


 柳はそんな門松に、ただ静かに鼻で溜め息を溢した。



(アンタが慰めてどうすんだよ。…ハァ。

慰められんのダルイし、…報告書あげちまお。)


「お疲れ柳。頑張ったな?」


「…うす。」



 湿ったいのは嫌なのに、先輩方はちゃんと柳を労いに来た。

勿論彼の後輩達も、『残念でした』『あの人に恥じぬように頑張ります』と、涙ながらに決意表明を。


柳は『マジで勘弁してよ』と思いながら、警部補である自分のデスクでただ苦笑いで返した。



「ほれほれ。過去から反省点や決意を改めるのは結構だがな~?、俺らが生きてるのは今だぞー。

チャッチャカシャキシャキ仕事しろ?」


「はい門松さん。」


「…あとなあ。こいつシャイボーイだからよ(笑)?

……勘弁してやってくれ?」


「…そうだな門松。」


「門松、柳、お前ら今日は書類上げたら上がれ?」


「どうもです。」



 カタン…と、柳の左隣である警部のマイデスクに座った門松。

二人はつい、空いているデスクをじっと見てしまった。


 一課部屋が見渡せる門松のデスクの前に、向かい合うように並んでいる二つのデスク。

一塊の三つのデスク。

これこそ、彼らのチームだった。



「………」


「………柳?、とっとと書類あげちまえ?」


「…はい。」



 そのデスクに、もうチームメイトが座る事は無い。


言葉にならない、堪えようのない孤独を感じながら、二人はただ仕事をした。





ゴソ… コトン。



 柳が帰った深夜、門松は一人段ボールに荷物を詰めた。

亡くなったチームメイトのデスクを片しているのだ。


すると一人の先輩刑事が無言で作業に加わった。

門松は静かにお礼を言い、少ししてから口を開いた。



「参りましたよ。

あいつ、かなり凹んじまってて。」


「…なのに勝手に片していいのか?」


「うーん。悩んだんですけどね。

妙に繊細なとこあるんで。…俺がやろうかと。」


「確かにな。…柳は本当に、本当に意味が、訳が分かんねえ奴だから💧」


「思考回路がひしゃげてんですよ(笑)

パッと見はただのガキなんですけどね?」


「はは!、…でも、まあ、…よくやってるよ。

お前とこいつに付いてくの、並大抵の努力じゃ勤まんないから。」


「…ですね。息吸うように喧嘩してましたけどね?

なんだかんだ…、お互いにいい刺激だったんでしょうよ。」


「……」


「……」



 パソコンのみが残ったデスクを、二人は暫しじっと見つめた。

まるでそれは、最後のお別れの儀式のようだった。



「…お前の骨はキッチリ拾ったからな。」



 そう呟くと、『そんじゃ今日は…』と門松は帰路に着いた。


『家に帰んの久しぶりだな。……あ?

違えや。今日の昼にオルカ下ろすのに帰ったわ。』

…と思い出すと、門松は路肩に駐車し、手帳を取り出しパラパラと捲り…



「…カファロベアロ。硝国は硝子から取られた。

言語は三つ。オルカの住んでた第三地区にはラティーニ、ジャポーネ、イングラノという三民族が住んでいた。…他の地区に関しては、オルカ自身が何も知らないので不明だが、授業ではそれぞれ地区には特色があり、違う文化を持っていた。…と習った。」



 オルカが話した事をほぼ正確にメモしてある手帳とじ…っと向き合い続けた。


 門松の頭の中には世界地図が完璧に記憶されている。

当然その中にカファロベアロの文字は無い。



「…… …ジル、イルはサファイア家という名字持ちと呼ばれる…カファロベアロに四つしかない特別な家の末裔。

そもそもなんで四つしか名字が存在しないんだ??

…内一つはオルカのダイア家。

もう一つはカファロベアロの最高指揮官、ギルトのフローライト家。…もう一つはコランダム家。

……確かこれ、全部石の名前だったよな?

…石。…『石』…か。

『全てが石で出来た世界』。……

食べ物は普通に存在してるイメージだったな。

『バーガー』『焼き肉』『フルーツ』『フィッシュ&チップス』『ミートパイ』だの。

…だがそれらの原料の詳細は伏せられ …いや、伏せられたというより分類を分けられたという印象か?

あくまで家畜は家畜。…動物とは別の分類。

野菜は野菜で、植物に分類しない。

…だが実際、木だの花だのをオルカは見た事がないという。…つまり、確かに…食べる物以外には植物や動物が本当に存在しない可能性がある。

…鳥や虫さえ見たことがないなんて、普通じゃねえもん。」



 ハタ…と目を止めたのは、オルカの過去に関するメモだった。



「…孤児として育ち、14の成人に合わせ就職。

その実はオルカの炙り出し。

…母親は殺されかけたが生きていて、どうにか世界を繋いでいた。

この辺あいつ濁すんだよなぁ。

…被疑者はギルト。…だがオルカは被疑者に対し抱いていた怒りを、実際に会い言葉を多少交わしただけで消失させてしまった。

その理由は被疑者の、王への献身。………」



 じっと目を細め、門松はページを捲った。



「塩辛い雨、大地震、…噴火、落雷。

再度起きた大災害に、もう時間がないと察したオルカは王宮内部の理の間と呼ばれる場所へ向かおうとした。…が、何故か一瞬でその場に飛んでいた。

…ワープって、科学的には不可能なんじゃなかったっけか? …まあいいか。

…で、そこでコアと呼ばれるカファロベアロの核が時計であると判明。

…時計。……時計っつーのは、時間の流れを物質化させた物だ。…なんでコアが時計である必要が?

…で、まさかの母親との再会。

エメラルドグリーンの髪と瞳の母親が、自身のホウセキをコアに投げ入れるように指示。

…オルカは言われた通りにホウセキを投げた。

…そこでオルカはまた何処かに飛び、暗いが不思議な光のある空間に。

…そして急に何かに引っ張られ、…俺らの前に。」



 考察した事をメモに書き足しながら、改めて門松は思った。

『まるで神様か何かが、俺らの前にあいつを呼び寄せたみたいだ』…と。



「…………」



『この縁にはなにかある』。

オルカについては謎ばかりだったが、門松はそう確信していた。

『あの場所でオルカに出会ったのは偶然じゃない。何かが俺達を引き合わせたんだ』と。



「……ふぅ。…なんで俺なのか。

ただの一介の刑事だぞ俺は。」



 シートに凭れ軽く伸びをすると、『あ。』とつい口から言葉が漏れた。


オルカの為になるべく早く帰ろうと思っていたのに、車を止めて考察までして…、もう既に日付が変更している。



「しまった~💧」



 家に帰り電気を点けると、すぐに気付いた。

家がキレイに掃除されていることに。



「……オルカ?」



 中に入ってみると…、オルカは机に突っ伏し眠ってしまっていた。

『布団で寝ろっての』と苦笑いしながら起こそうとした時、門松は気付いた。



「!」 (まさかこれ、…メシ?)



 キッチンに、ラップをかけられた茶色いシチューが。


そのラップはテロテロで…、ゴミ箱には失敗したラップのゴミが何個も。



「…………」



 あるにはあったが殆ど使っていない炊飯器の電源が入っていて見てみると、水かさを間違えたのかお粥のようなご飯が。



「………」



 冷蔵庫を開けてみると、シチューの鍋が入っていた。

門松と柳が車内で飲んでいたお茶も数本ストックしてあった。

他にも梅干しやノリ、卵といった、簡単にご飯に使える食材も。


 門松は思わず鼻をすすり、『オッサンにはきついよ』と涙を乱暴に拭った。


この家の全てが、オルカの努力に充ちていた。



「…そうか。

これがお前の五千円の使い方。…か。」



 門松は毛布をオルカにかけると、風呂に入りシチューを食べた。


普通に美味しい出来に、『流石はカフェのスタッフだな?』と門松は笑った。



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