第53話 どうかしてるよな

 横浜に戻ると門松はそのまま自分の家にオルカを上げた。

駅とは離れた静かな場所に建つ、築35年の木造の古いアパートだ。

3DKと広さはあるが、二部屋をリビングとして繋げて使用しているので、残る一部屋を寝室として使用していた。

窓は二つ。大きな窓が外側二部屋にあり、外はベランダが繋がっていた。



「取りあえず布団は柳の使ってくれ?」


「…はい。」



 オルカは恐る恐る柳を窺った。

案の定柳は『テメエいつかぶっ殺してやるからな』とでも言いたげに顔をひしゃげさせていた。


 小田原から横浜への旅路の中で、オルカは理解したのだ。

この柳という男は…、とにかく門松狂なのだと。


パーキングエリアでの休憩でも、優先してオルカに何を飲むか、何か食べるかと気遣う門松に…、柳は『いつもなら俺がその立場なのに💢!?』…とでも言いたげな顔を向けてきた。


車内でも、いつもならば運転席に柳。助手席に門松なのに…、門松はオルカの為に後部座席に座っていた。

それだけで『邪魔なんだよガキ💢』モードだ。


 故に『柳の布団を借りる』なんて、正直避けたかったのだが…、仕方がない。

オルカは無一文なのだから。


 門松は自分の荷物をその辺に下ろすと、腰を伸ばしキッチンを指差した。



「んーとな。…冷蔵庫分かるか?」


「あ、はい。」


「よし。勝手に使っていいからな?

んでトイレはここな?、風呂はここ。

洗濯物は洗濯機に。……あ。さっきスーパーに寄って必要物資買っただろ?

タオルとかは一回洗った方がいいから…、今覚えるがてら使ってみような。」


「はい。」



 門松はオルカを個人的に保護すると決めた。

本田に紹介された組織や人物には頼らず、どうにかオルカを帰してあげる手段を見付けようと決めたのだ。

故に、オルカは門松の家に居候することになり、こうして家のアレコレを教わることに。


これがまた柳を不機嫌にさせているのを気付いているのかいないのか。

『俺の楽園なのに💢!?』と口には出さずにキレ続けている柳をここまで完全スルーする門松は、ある種凄い。



ピッ! ガコンガコン…



「そうそう!、賢そうな顔してるだけあって飲み込み早いな~!」


「…制服を目指してたので。」


「『賢くて当たり前』って?

ハハ!、言うようになったじゃねえか!」


「…ふふ!」



 なんでも褒めて、なんでも笑ってくれて。

口には出さずとも『大丈夫だぞ』と言ってくれているのが伝わってきて…、オルカは思った。

『この人は本当に優しい人だ』と。



(柳さんが大好きになる気持ちも、分かる。)


「ほら行きますよ門松さん!」


「おーう!、んじゃ俺らは一端署に戻るから。」


「はい!、色々とありがとうございます。

お気を付けて。」



 オルカの言葉ににっこりと笑い皺を浮かべつつ、門松は五千円札をテーブルに置いた。



「何度も言ってるだろ。子供が大人に遠慮するな?」


「!」


「コレ好きに使っていいから。

車ん中でも言ったが、俺は刑事だからよ?

何時に帰れるか、むしろ今日帰ってこられるかも分からない。

冷蔵庫も空同然だから、さっき案内した商店街で適当に食いモンでも買いな?」


「……」


「鍵は玄関に置いてく。

そんじゃ…、心細いとは思うが、あんま根詰めずに楽にしてろ…?」



 そう言うと門松と柳は出ていった。

オルカはリンクし、通貨のデータを記憶した。



「……」



 静かになった部屋でカサ…と五千円札を手に持つと、余りの温かさに勝手に涙が滲んだ。


大金とは言えないが決して安くはない金額を、平然と自分に渡してくれるところ。

他人の自分を信じ、保護し、家の鍵まで預けてくれた門松の優しさは…、緊張し疲れていた心には温かすぎた。



「……ズッ!」



 涙が落ち着くと、オルカは古い部屋を見回し、意を決して立ち上がった。



「…僕は僕に出来ることをしよう。」







「門松さん…正気ですか!?」



 だがこちらは大揉めだ。

車に乗るなり詰め寄ってきた柳に、門松は苦笑いしながら『決定事項』と繰り返した。



「お前にゃ迷惑かけねえってば~💧?」


「そういう問題じゃないでしょ!?

只でさえクソ忙しいのに…あんな爆弾抱え込む必要なんて」


「じゃあお前は拾った猫だの犬だのを即行保健所に送れんのかよ。」


「っ…」


「…保護施設ならまだしも。……

あいつのDNAが地球上に存在しない…は、言いすぎかもだが、少なくとも『人間とはみなされなかった』んだぞ。…そんな奴を、政府だの…最悪はNASAだのに繋がりのある人間に預けられると思うか!」


「…ですが。……」


「いや分かるんだよお前が言いたいことは。

確かにもう…これは警察の仕事の域を越えてるよ。

だがだからといって、俺は公安だの政府にあいつを預けてハイ終了!…とはしたくない。

だから保護するしかなかった。…それだけだ。」


「…です…けど、」



 グッと眉を寄せ口を閉じた柳。

門松はシートを倒し『ふぅ…』と深呼吸し、助手席のガラス越しに自分の部屋を見上げた。



「…盗られちゃマズイ貴重品は全部金庫だ。

あの部屋の何を盗られたって痛くも痒くもない。

…むしろ買い替えのチャンスを貰ったようなもんだ(笑)!」


「……」


「…変な話だよな。

もし帰った時あいつの姿が無くて。

…部屋が荒らされていて。札がなくなってて。

…そうなったらなったで、きっと少し安心する。」


「! ……」



 門松は煙草に火をつけ、苦笑いた。



「お互い夢だった方が幸せ、なんて…

…どうかしてるよな。」


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