第52話 LEDスイッチ

『空』『風』『海』。『電気』『車』。

そして、『時計』。


違和感を感じない本物に触れて、僕は正直舞い上がっていた。

ずっっと抱いてきた疑問の答え合わせなんだから。

どうしたって嬉しくて。



「石で出来た世界…?」


「はい。カファロベアロでは土も植物も絶滅されたとされていました。

でもある日、ロバートさんが教えてくれたんです。

僕らが食べている物は『生物だ』って。」


「へーえ。化石相手にしてっと、やっぱそういう『古代』?…に興味を持つんかね?」


「ロマンだって言ってました。

それで、普段食べてる野菜が植物なんだって初めて知って。…お肉が動物だというのも。

…ロバートさん、『おかしくないか?』って。

『なんでか野菜は植物とみなされない』。

『家畜は動物とはみなされず、絶滅したことになっている』。

僕も確かに。って。

『人類にとって都合が良すぎないか』って言葉には、本当にそうだなの一言で。」


「お前まで違和感を感じた。…と。

成る程なあ。…ロバートさんは思慮深いな~!」


「そうなんです!…普段は明るくて気さくなおじさんで、全然真面目な話なんてしなそうな人なのに、僕嬉しくて!」


「うんうん!」



初めての車の乗り心地は…面白いの一言で。

音がするし、曲がるとグーっと遠心力が働くし、たまに大きく縦に揺れたりするし。


ちょっと匂いには慣れなくて気持ち悪くなったけど、隣に座る門松さんが窓を開けたらすごく気分が良くなったから、とても楽しくなって。


こうやってカファロベアロの事を熱心に聞いてくれると、僕も落ち着くし。


なんだかやっとリラックス出来た気がして。



「は?、お前が『大人』💧?」


「はい。15年前の大崩壊の後に改定された法で、14才から成人なんです。」


「えー💧」


「…日本では違うんですか?」


「現在の法では18が成人だ。

…まあ俺的には有り得ねえがな。

成人ってのは責任能力が備わっているべきだ。

18のガキにそんなんが充分に備わっていると、俺は思えない。」


「…どうして責任能力が必要なんですか?

充分に働ける年齢だと思いますが。」


「…ってことは?、カファロベアロでの成人とは、『就業能力が存在する』…って事なのか?」


「そう教わりました。

ですが本当のことを言うと、僕を探すための法改定だったので、……なんとも。」


「…ん?」


「母が亡くな… …死にかけて、世界は大崩壊を起こしました。

母はどうやったのか、世界を僅かに繋ぎ止めましたが、それも長続きしないと読んだギルトさんが、僕をどうにか探し出すために強行したのがその改定だったみたいです。」


「……母ちゃん、なんでそんなことに。」


「僕にもそれは。…でも、僕はついています。

普通なら…、亡くなってしまった人と再会するなんて不可能ですから。」


「……」


「母は言っていました。ギルトを恨まないであげてと。

僕にはその意味が分かる気がします。

ギルトさんは…、よく知りもしない僕に心から敬意を払ってくれました。

…上手く言えないんですが、彼には事情があったんだって直感したんです。」



 柳は運転しながらバックミラーでオルカを忍び見た。

ついでに門松のことも。



(『敬意を払う』だの、母親を殺した相手を許すだの。…本当に15才か?

普通ならただ『ウゼー』『ぶっ殺したい』『死ね人殺し』だのって喚き散らすとこだろ。

…言葉遣いから丁寧すぎだし、…大人すぎ。


門松さんはあいつの言葉の全てを信じている訳じゃない。今だって真偽を計ろうと言葉を交わしてる。

…けど、それに何の意味があんだよ。

あの絶対的な証拠、照合結果があるせいで…。)



 門松はオルカの世界の事を聞きながら、慎重な構えだった。

柳の言うように絶対的な証拠さえなければ、ここまで彼がオルカに付き合う事はなかっただろう。

だがそれがあるからこそ、門松はオルカが本当に別次元の生物なのでは?という疑念を拭えない。

だからこうやって真剣に話を聞いているのだ。

『もしかしたら本当にカファロベアロという世界が何処かに存在する可能性』を否定出来ないのだ。


そしてお人好しな門松は、きっととても心細いだろうオルカを放ってはおけないのだ。



「…カファロベアロの『硝国』ってなんだ?」


「あ、『硝子』です。

硝子が朽ちない事から取られたと習いました。」


「確かに漢字は同じだが、……」


「…あ。カファロベアロでも漢字は使いますよ?」


「…へ!?」 「!」


「共通語と二言語の、三言語がカファロベアロの常用語なんです。

僕の居た第三地区は、カファロベアロの三大民族ラティーニ、ジャポーネ、イングラノの全てが住んでいました。

…なので三言語全てを使用したんです。」



 門松が眉を寄せ、柳がバックミラーを凝視する中、オルカはカファロベアロで使用していた言語を思い出そうと『うーん』と宙を見つめた。



「!?」


「!!」


「…あ、思い出した。」



 その時、オルカの髪がキラキラと輝き…、門松と柳は目を大きく開けた。

その髪の煌めきはライトアップでは到底作り出せない、髪の内側からの輝きだった。


 柳は余りの出来事に「な!?」…と前のめりにバックミラーに釘付けとなり、「柳ッ!?」という門松の声に慌ててブレーキを踏んだ。



キキイ…!!



 ガードレールに突っ込む直前に車は止まり、門松は汗を垂らしながら『ドアホッ💢!?』と怒鳴り柳の頭を殴った。

柳は殴られ痛かったのだが、もうそれどころではなかった。

ハンドルを握りしめる手の感覚は遠いし、心臓は早鐘だし…



「お前…運転手がよそ見すんな💢!?」


「ハア…!! ……ひかっ…た。」


「…い、今のは何ですか。…門松さん。」


「今のは急ブレーキ!!

このバカがよそ見して事故りかけたんだ💢!!」


「……ひか…た…」


「おい聞いてんのか柳ッ!!」



 バッ!! …と振り返ったが、もうオルカの髪は明るい白グレーに戻っていた。

オルカは今リンクした意識さえなかったので、何がこんなに柳を慌てさせたのかさえ分かっていなかった。



「……どうやったんだよ!?、今の!?」


「え!?…な、何が…ですか!?」


「髪だよ!!」


「!」



『ああリンクしてたのか』…とやっと納得したオルカ。

 そんな間の抜けたオルカの顔に、色々と限界にきていた柳はサイドブレーキを引きバン!!とダッシュボードを叩いた。



「お前…っ、髪にLEDでも仕込んでるわけ!?」


「……える…?」


「柳落ち着け!!アホ丸出しだぞ!?」


「だっ…だって見ましたよね門松さん!?

こいつ…髪が…ガ…!?」



(『エルイーディー』ってなんだろう?)…と思った瞬間、リンクが起きてLEDについてのデータが頭に流れ込んできた。


門松と柳は、また光った髪の毛に再度驚愕した。



「…… わあすごい。

LEDってライトなんですね!」


「………」 「………」


「…あ。…ああそうか!

どうして日本語が喋れたのか分かりました柳さん!

ここに来る直前にリンクが起きたみたいです!

…日本語ってジャポーネに近い言語だったみたいです!

だったら僕でも覚えやすいです。」


「………」


「…母国語に、…日本語は無いん…じゃ、」


「大分違いますけど、似てるんです。

それをリンクで解読可能にして、話せるようにしてくれたみたいですね。」


「…………」


「…なんで今、それが分かるわけ?」


「なんで…なんでしょう。

でもリンクってこうなんです。

こう…教科書というか。なんというか。

望むものに答えてくれるというか…?」


「………」 「………」


「分からない事があると、頭に答えが流れ込んでくるんです。

だからあの落ちてくる水が雨だと分かったし、海水って物なのも分かったんです。

…あれ?、でも雨って…、海水じゃないよな。

…大崩壊の影響だったのかな。」


「………」 「………」



 キラキラと…、それは輝いている。

白く発光し、根本から毛先まで、本当に虹色のように淡く、キラキラと。


 門松と柳はそんなオルカの髪に愕然と釘付けとなってしまった。



「…すまん一本いいか。」


「いたっ!」



 門松はついオルカの髪を一本抜いた。

柳は『よく触れんなそんなモン』と、今度は門松にドン引きだ。


門松は抜いた髪を黒い手帳の上に置き、抜いても構わずにキラキラと光る髪の毛をじっと観察した。



「…あ。…そうか。

分からないことがあったらこうやってリンクしてしまえばいいのか。」


「……」 「……」


「今まで質問攻めにしてしまってすみませんでした!

これからは多分、大丈夫です。」


「…う…ん。」



 もう突っ込みどころさえ失いつつある柳。

むしろもう燃え尽きたように微笑を浮かべつつある。



(…酒のみてえ。)


「…オルカ。リンクすると、髪が…?」


「あ、はい。こうやって光るみたいです。

…でもあっちだと陽光でも光ってたのにな。」


「…何か陽光に違いがあるのかもな。

…で、…リンクしたら、…答えをくれる?」


「はい。」


「それは、…誰が…何が?、答えてくれてるんだ?」


「……多分…コアです。」


「世界のコトワリ…カファロベアロの…核?

…それは『物』なんじゃないのか?

お前は『大きな時計みたいな物』って。」


「そう…なんですけど、『コアと繋がる事をリンクという』と聞きましたので、…コアかと。」



 オルカでさえその辺りの事は何も分からない。

茂に軽く概要を教わったが、ほぼ実践で得た経験しかないのだから。


 半疑問に返答しつつも一生懸命なオルカに、門松は眉を寄せ問いかけた。



「…じゃあ何か?

その時計仕掛けの何かは、この世界の事さえ全て知っているって事か…?」


「…!」


「カファロベアロの事柄に答えてくれるのは…

まあ、分からなくもないんだが、……

どうしてカファロベアロには…存在しない?

こっちの世界の…、しかも、日本の事まで分かってしまうんだ…?」


「………」



…そうだ。…なんで…?



「……いや~、…そんなん、……そん…なん、」


「…アカシックレコードってやつじゃないですかー?」


(生きてたのか柳。)


「ほらなんか、スピ的なやつで言われてんじゃないすか。

『この世の全てがそこにある』…的なー。」


「!…この世の全て?」


「おーう。」


「…お前そんなん何処で知った。」


「アニメ。」



 柳はシートを倒し、半現実逃避しながら答えた。

だが門松はじっと口に手を添え…

オルカは新たに生まれた疑問に鳥肌を立たせた。


 柳はボーっと半笑いで宙を眺めつつ、ふと思った。



「お前、なんだっけ?

ホウセキってのを持ってるとリンクするんだっけ?」


「あ…はい。そう聞きました。」


「そんじゃソレ、LEDスイッチじゃん。」



『アッハハハ!』と笑い出した柳。


オルカは苦笑いしながら、『そうですね』と答えるしかなかった。


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