第51話 本当の世界

カチ… カチ…



……あ。…この…音は。



カチ… カチ… カチ…



…不思議だな。

この音の正体が時計と分かってしまったら、それはそれでなんとなく落ち込んだ。


コアが時計だったなら納得しかなかった。

…というか。……うん。…そう。

多分ロマンが半減してしまったんだろうな。


…ロマン…か。

ロバートさん、元気かな?



カチ… カチ…  カチン!



…ギルトさん。……大丈夫かな。





カチン!!



「!!」



 耳に響いた金属音にハッと目を覚ますと、慣れない煙の匂いがした。

目に飛び込んできた見慣れない部屋の光景に、オルカは思わずビクッと肩を上げ体を起こした。



「…!」


「…お?、起きたか。…おはよーさん?」


「………」



 煙草を吸う門松と茶を飲む柳。

二人を見た途端にお湯にバチャンしたのを思い出したが、オルカは何よりも二人の装いに驚愕し、目を大きく開けた。



「せ…制服の方だったんですか!?」


「…ん?」 「…ハア?」


「そっその制服は、どの役職の物なんですか!?」


「……『制服』。」



 門松はスーツの裾を持ち『これか?』と首を傾げて見せた。

オルカはコクコクと興奮しながら頷いた。



「…制服つーか、これは背広だ。」


「…せびろ?」


「所謂スーツな?、働く男の戦闘服!」


「やっっぱり制服の方だったんですね!?」


「……えと、…まあ…制服~?と?

言えなくもないか柳?」


「知らね。」



プイッ!



 惜しみ無く不快を露にした柳に苦笑いの門松。

オルカは、門松の態度が昨日と比べやたら朗らかで穏やかになった事にも、柳の態度が悪化したのにも首を傾げた。


だが、二人がスーツと分かったのは最高だった。

カファロベアロでは、制服の者は皆王都を中心に働いている。

なので、少なくとも王都には辿り着けると踏んだのだ。

…つまりオルカは、この小田原を、『カファロベアロ内の何処かの地区だ』と思い込んでいるのだ。


これは正直、悲しい誤解だった。



(やった!、王都まで行けばギルトさんを探して万事解決だ!)


「…それでなオルカ。

俺達は仕事でここに来ててな?

もう帰らなきゃいけないんだよ。」


「あっ、そうなんですねっ?

だったらついでに王都まで送って頂けませんか?」


「…『王都』。」


「はい!、よかった~💦

僕は第三地区から出た事がなかったんで、ここがどの地区なのか分からなかったんです!

ですがお二人が制服の方だったなんて!

…僕、物凄くラッキーでした♪」


「………」



バンッ!!



 門松が言葉を失う中、柳が突然バンッ!!とテーブルに手を落とした。

オルカは驚き肩を上げ、門松は眉を寄せ柳に目線を送った。



「止めろ柳。」


「あのさあボウズ。ハッキリ言わせてもらうけど」


「柳!!」


「この日本に王都なんて存在しねえんだよ!?」


「…え?」


「柳ッ!!」



 激しく叱咤された柳だったが、彼はイライラとオルカと目を合わせた。

門松は『駄目だこりゃ』とうんざりと首を振った。



「あのなあオルカ王(笑)?

ここは!『日本』!!、『Japan』!!」


「…にほ…ん。」


「そ!、天皇こそいらっしゃれど!?、王都なんて洒落たモンは無いし!?

そもそもカファロベアロなんて国はこの世界の何処にも存在しねえんだよ!?」



 バン!…と置かれたタブレット。その画面には地球が。

柳の言葉に愕然とするオルカは、地球を見せられても何を見せられているのかすら分からなかった。



「もしお前が地球人じゃないってんなら地球の外観くらい分かるべっ💢!?

ほら見てみろよこの…青い惑星を💢!?」


「……」 ←ちょっと笑いそうな門松


「これが俺らの『世界』!!

因みに現在地はここ!!、…この…日本の…ここ!

神奈川県小田原市!! オッケー!?」


「…やーなーぎ。もう止めろ?」



 オルカは愕然とした。

もし柳の言うように、自分の現在地が日本の小田原という所なのだとしたら。



「…どうして。…こんな所に。」


「……分からないのか?」


「…分かりま…せん。

なんで。…ほ、本当にここは…ニホン?…で。

カファロベアロは、……存在しない…?」



 門松は悪いと思いながらも頷いた。

オルカは『そんな…』と、ただ茫然とした。


そんなオルカに、柳の怒りも流石に少し治まった。

だが同時に、『やっぱり嘘を吐いてるようには見えない』…と、別のどうにもならない苛つきを覚えた。



「……あのさ。…一個聞いていい?」


「は…い。」


「…なんで日本語喋れんの?」


「…!」


「俺はお前がカファロベアロとかいう国から来た。

…と信じてる訳じゃない。

けどなんつーか、…大人的?、…刑事的~結論?

から言えばお前の正体は不明だったのな?」


「…?」


「色々あんだよ流せ!!

…でさ、最初っから疑問だったわけ!

『なんでドライヤーも無い世界から来た癖に日本語しっかり喋れてんだよ!?』…ってさ!?」


「…………」


「……その理由、どうにか立証しろ。

門松さん?、じゃなきゃ俺は認めない。」


「……」


「色んな要因がこいつを謎と証明しましたよ。

それは俺だって認めますよ。

…こっちの警察だのあっちの公安だのに押し付けるのだって正直気乗りしませんよ!

…けど、俺はどうしたってこいつの日本語についての懸念を拭えません。」


「…フゥ…。」


「納得のいく答えを貰わねえと。 ……

悪いけどなオルカ。…俺らは暇じゃないんだ。」



 オルカは柳が何を言っているのかを正確に理解出来た訳ではない。だが、『確かにどうして言葉が分かるんだろう?』とは素直に思った。


もしも柳が言うようにここが違う世界なのだとしたら、言葉だって違う筈なんじゃないのか?と。

それに確かに、よーく冷静に回想してみれば、カファロベアロとは言語が違うのを実感した。


 門松は煙草の煙を吐きながら、うつ向き目を大きく開け続けるオルカの横顔を忍び見て、『まあ、なんだ?』…と煙草を消した。



「チェックアウトまでまだ時間もある。

…取りあえずさ?、お前の事教えてくれよ。」


「!」


「こうして出会ったのも何かの縁だ。

もしかしたらお前の話を聞けば、お前を家に帰してやる方法を思い付くかもしれないだろ?」


「……いいんですか?

僕は、…自分で言うのも何ですが。

貴方達からすれば何の関係もない人間です。」


「…お前本当に15才か💧?」



 門松は苦笑いしながら、『子供が大人に遠慮するもんじゃない』…と笑って見せた。



「!」 (…『子供』?)


「ほれほれ。…お前の15年を語ってみ?」



 柳が嫌々タブレットを。門松がくたびれた手帳を出し、いよいよオルカの本格的な聴取が開始された。


オルカは何を話したらいいのか分からなかったので、自分の生い立ちから始まり、疑問を抱き生きてきたこと。そしてつい昨日(体感)、自分が王家の末裔だと知り、リンクという現象も経験し……

と、ざっくりと話した。


 柳と門松は時折眉を寄せながらも、オルカの言葉をメモする手を止めなかった。



 途中から物語を聞いている気分になり、半夢中になりながらも…、聴取は終了した。


そして終了したらしたで、二人は唸ってしまった。



(どうすんすかコレ…もお~。

……重症だよ俺の頭もこいつの頭もおっ💢!?)


(うっわー。…これが映画なら良かったんだがなあ。

…これを現実と受け入れるのには抵抗が。

…だがしかし、俺は刑事だ。

固定概念に縛られていては  ……うーん。

しかし常識を重んじるのも法というルールに則るのも俺の仕事なんだよなぁ。)


(もおヤダ帰りたいッ!!

門松さん家に上がり込んでしこたま酒飲みたい!!

勿論門松さんの奢りで焼き肉とセットでッ💢!!)


(……ほんと、変な話だよな~。

こいつの語った世界…人生こそ、昨夜の照合結果の裏付けと、……言えなくもない事。

……あ~…なんか頭がパンクしてきたァ。)



…ショート寸前である。


 色々ゴチャゴチャ考えても仕方ない!!…と、柳はスッとオルカと目を合わせた。



「…陽光で光んの?、…髪が?」


「あ…はい。…白く…虹色っぽく。」


「…『虹』が何だか分かんの?

そっちの空は~…一定なんだろ?」


「…そういえば不思議ですね。

ですが皆、虹色と聞けばカラフルな色が混ざった綺麗な色だと認識してます。」


「…ふーん。………

じゃあ…さ。……デッキに出てみてよ。」



 柳は窓を指差した。

オルカの言葉の証明の為である。

オルカは二つ返事で「いいですよ?」と窓辺に。


クレセントも問題なく開ける姿が、今となっては違和感だ。



(窓は仕組みが一緒ってわけ??)


(…そもそも、『ヤマト』は日本名なのにカタカナ。

ロバートは洋名。…ジル、イル、ギ…何だっけ?

ああギルト。…これも洋名。

それなのに『茂』?、『海堂』?

…和洋折衷だな。…てか、漢字まで書けるってどういうことだ?)



 もう疑問という疑問がしっちゃかめっちゃかに混ざり合う中、オルカは窓を開けた。



ぶわ…!



「…!」



 強い風が全身を通りすぎていった。

オルカは一瞬戸惑い目をグッと瞑ったが…



「!!」



 美しすぎる…眩しすぎる世界に、目を輝かせた。



「……空…だ!」



 ぼんやりと晴れた空ではない、雲が浮かび太陽が眩しい空。



「風…!!」



 見えない大きな力。

心地好くも少し恐怖を誘うような風。



「!! …海!!」



 青く青く広がる…広大という言葉が何よりも似合う海。


全て。世界の全てが煌めいていた。



……そう。…そうだ。

この光景こそ…僕が描いていた世界だ!!



「…っ、」



ついに…ついに僕は見たんだ。

…感じてるんだ。…僕の妄想かもしれないと、何度も目を逸らそうとし続けた…『本当の世界』を!!



「!」



……あれ? …ちょっと待って。



 自然と流れていた感動の涙に気付く暇も無く、オルカはハッと目を大きく開けた。


『もしここが自分の違和感の正体だとしたなら。』

『ここが『本当の世界』だとしたなら。』



カファロベアロって、……何なんだ。



 オルカはクルッと振り返り、半ば放心しつつも強い瞳で門松と目を合わせた。


門松は突然雰囲気を変えたオルカに『!』と驚きつつも、「なんだ?」と笑顔を作った。



「…時計を、見せて下さいませんか。」


「時計?、…腕時計でいいなら。」



バッ!!



 門松の言葉半ばに腕時計を持ち凝視したオルカ。

柳は眉を寄せ、変化の無い髪を慎重に観察していた。



(…時計だ。僕の認識する時計…そのものだ。

12個の区切りに棒が三本。)


「じゃ…じゃあ、『電気をつけて』下さい。」


「…えっと。…はいよ?」



パチン!



 電気パネルをパチンと押すと、ライトがパッと点灯した。

 オルカは『やっぱり!』と、次々に疑問の証明をしていった。


 あれもこれもと試し、オルカは確信した。

『こここそが本当の世界だ』と。



ダッ!!



「ツ…!?」 「ちょ…!?」



バッ!!



 突然窓に駆けたオルカに、柳と門松は反射的に追いかけた。

オルカはデッキの手摺にバッと手を突き下の道路を見つめた。

…背後で自殺を案じた二人が凄い形相でずっこけたとも知らずに。



「…!、車!!」



 道路にはやはり、オルカの思う通りの車が。



(間違いない。ここは僕の違和感の正体だ!!

…ニホン。…その名は覚えがないけど!

でも間違いない!!)



 クルンと振り返ったオルカは、二人が床に四つん這いに崩れているのを見て首を傾げた。



「…どうしたんですか?」


「なんでもないぞー。」


「なんでもねえよっ💢!?」


「そ、…そうですか。 …?」


((ビビらすんじゃねえよ…ッ!!?))



 二人が四つん這いなのは…、安堵と僅かな苛つき故だったが、オルカの興奮は収まらず。

あっちに行っては『やっぱり!?』

こっちに行っては『やっぱり!!』を続けた。



 門松はデッキに出て煙草に火をつけ、急に生気を帯びたオルカを不思議そうに見つめた。

そんな門松に、柳は小声で話しかけた。



「光んないすね。髪。」


「……なー。」


「…なーにが『なー。』…すか。

呑気すぎるでしょアンタ。」


「いや~…なんか。……

水を得た魚って、この事をいうんだな~って。」


「………」



 二人は確かにオルカの頬を流れた涙を見た。

そしてやっと、イキイキするオルカの姿に『子供だ』と思うことが出来た。


 門松はふと、忙しく動き回るオルカから目線を外し柳と向き合った。

柳は目があった瞬間、眉を寄せプイッと顔を逸らした。



「昨夜決めた通り、あいつは俺が保護する。」


「……」


「横浜に連れて帰る。 いいな。」



 柳はグッと口を縛ると、『何の証拠も見てねえのに』とボソッと吐き捨てた。

だが門松は、『証拠なら確かな物が一つだけあるだろ』と返した。



「照合結果。」


「…でも!?」


「これは決定事項だ。

今後の事は今度、俺が考える。」


「っ、」


「お前にゃ迷惑かけねーから安心しろって?」



 門松はニカッと笑ったが、柳は『そうじゃねえんだよ』と奥歯を噛み締めた。


柳は自分が面倒な展開に巻き込まれるのが嫌なのではないのだ。

門松が自分から負担や徒労を背負い込むのが嫌なのだ。



「……チッ!!」


「まあそう怒るなっての!」



 門松は時間一杯までオルカの好きにさせようと、ただ見守った。


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