第50話 とんでもない縁を引く
取りあえず門松はオルカを保護した。
その理由はオルカという存在が謎すぎたからだ。
自殺志願者という疑念も残っているし、言い出したらキリがない程、疑問と疑念しかなかったからだ。
これが一般人ならば、警察に連れていって保護してもらい終了となるが、門松と柳はその警察官なので…、その手は使えない。
カチャン…
『とにかく寝ろ?』…とオルカを寝かせた深夜。
門松はホテルに許可を取り、オルカが現れた温泉を調べに入った。
「………」 ガラガラ!
いつも肌身離さず持ち歩いている手帳を胸に、脱衣所から温泉に出ると、先ず気になったのがオルカの出現ポイントだ。
「…やっぱ、中に居たら見えるよな。」
上から改めてお湯を見てみたが、やはり透明度が高く床石がハッキリと見えた。
ここに肌色があったなら、いくら柳と話しながらお湯に浸かったとはいえ気付けそうだ。
次に着目したのは温泉の向こう側だ。
「あらよっと! ……うーん。
まあ潜伏出来なくはないか?」
向こう側はほぼ崖だ。
人工的に補強して整地されていて転落防止のネットも設置されている。
「俺らが入ってきて慌てて身を隠したとして。
…問題はあの、水しぶきだ。」
ガラッ!
「!」
「…はあ。やっぱここでしたか。」
「そういうお前だって来てんじゃねえか。」
「門松さんが来たから来たんですよ。」
ここでうんざり顔の柳が合流した。
彼は面倒そうに「で?」と腰に手を当て眉を上げた。
門松は「見てみ?」と柳を傍に呼んだ。
柳は温泉の囲いの岩が滑らないかと警戒しつつ、トントンとテンポよく門松の隣にしゃがんだ。
「よ…っと!…一応服脱いどいた方がいいですかね?」
「どっちにしろ脱げ柳。」
「いやんエッチ!?」
「アホか。…少年が潜伏していたとした時、俺らに見えたのかの検証」
「いや分かってますよ冗談ですって。」
柳は温泉の向こう側に顔を出し、やはり『う~ん』と腕を組んだ。
そして天井を見つめた柳の考えている事が、門松には手に取るように分かった。
「仮にここに潜伏していたとして、どうやってあんな水しぶきを発生させたのか。…だろ?」
「ですよね~。…いや、分かってんですよ。
あんな爆発みたいなの…、ちょっと飛び込む程度じゃ上げらんない。」
「……よし、検証だな。」
「…ハア。…俺だけ怒られるのとか御免すよ?
従業員にキレられたら門松さんの責任ですからね。」
「ハハ!、俺らは今やパートナーだろが冷たいこと言うなよな~♪」
ケラケラと笑い飛ばした門松に苦笑いの柳。
彼はササッと服を脱ぎ、腰にタオルを巻いてきた。
「確か~…この辺でしたよね。」
「おう。」
「潜りますよ~?」
「ん。」
ザボ…と潜ってみて思ったが、これは大人の体を隠せる程の湯量ではない。
浅すぎるのだ。
『だがこれが子供だったら?』と思考したが、正直幼児ならまだしも、オルカ程背があったら体を隠すのは無理そうだ。
門松は『んー』と悩み、寝転がるよう指示した。
柳は言われた通りに横になってみたが、体は嫌でも浮いていくし…、寝転がる事で酸素が余計に鼻から逃げてしまった。
そうすると当然空気が上がってくるのが丸見えだし、そもそも肌色が丸見えで存在感が剥き出しだ。
ザバッ!
「ブファ!? あ~しんど!どうでした!?」
「…うーん。……やっぱ無理あるよ。」
「分かってましたよっと💢!」
「そう怒んなって。…じゃあ次な。」
『湯船の中に隠れていた』線は消えた。
お次は『温泉のあちら側から飛び込んだ説』だ。
「…まあ正直、これも薄いんですけどねぇ?
俺らほぼこっち見てたじゃないですか。
…てか、そういう向きに作られた銭湯だし。」
「まあなあ?」
絶景を見せる為、この温泉の目線は一方通行になるよう設計されている。
後ろには脱衣所。左右は壁。正面はオーシャンビュー。
そこからスッとお湯に飛び込みでもしたら視界に入っているだろうとは思うのだが、まあとにかく検証してみた。
柳は向こう側に行き、「行きますよ~?」とあちら側から手を振った。
「おう!」と答えた門松は、水が爆発した瞬間向いていた方角をよく思い出し、なるべく忠実に角度を再現した。
スッ! ボチャン!!
「………」
「ふーう怖かった! …どうでした?」
「ま……っる見えだししぶきが足んねえ。」
「分かってましたよもおっ💢!?」
やはりこれも違った。
柳はうんざりと冷えた体をそのまま温泉で温め、門松は横にしゃがみ天井を見つめた。
「ここに来る前なあ?、この温泉にダイブ可能な部屋を割り出して乗客名簿確認したんだよ。」
「…斜角から推測するに、ダイブ可能なのは3~5階だとこの温泉を中心に横三部屋まで。
5~7階だと横五部屋すけど、……」
「死ぬな。」
「ですね。」
「…だがしかし?」
「その線もナシ。…何故なら?」
二人は天井を見つめた。
穴どころか傷一つついていない天井を。
「飛び下りだったんなら、屋根とオルカが無傷だった事がおかしい。」
「潜伏してたんだとしたら、白シャツ着てたあいつにゃキツイし、潜水訓練でも受けてなきゃ厳しい。」
「…あっちから飛び込んだとしても?
正直丸見えだったし、あんな爆発みてえな水しぶきは大人でも上げらんなかった。」
「………」
「………」
二人は両手を上げ、『お手上げだ』とアクションした。
「どーすんです?」
「…ちょっと兄貴に相談してくっわ。」
「えー!?」
「さっき連絡したら署にいるっつーからよ。」
門松が『兄貴』と呼んだのは、実の姉の夫だった。
彼はこの小田原の警察署に勤務する刑事なのだ。
「取りあえず…、指紋とDNA調べてくる。」
「ハア!!、門松さん!!」
柳はウンザリが限界に達し、大きく圧をかけた。
門松はそれに少し驚き、『なんだよいきなり大声だして』と眉をしかめた。
「アンタね!?、こんなん地元警に任せちゃえばいいでしょう!?」
「…いや、まあ、…そうかもしれんが、」
「俺らはやることやったと思いますよ!?
なんでもかんでも首突っ込んで!、あんな虚言症のガキなんざ放っとけばいいんですよ!!」
「………」
うんっざりと言い放たれた言葉に怒るかと思いきや、門松はクスッと笑い、しゃがんだまま頬杖を突き柳と目を合わせた。
「あのなあ柳?、いつも言ってんだろ?
人生は一期一会。…出会いってのはな?、お互いにとって必ず意味があるんだよ。」
「………」
「俺らが挙げてきたホシとだって…同じだ。
俺らは彼等が踏み外してしまった人生のレールを、壊し、また作り直す為の最初のきっかけ。
リセットの役割りなんだ。」
「言っときますけどね!?、そんな綺麗事言ってんの門松さんくらいすよ!?」
「ハハ!、知ってんよ!」
「……」 (ハァ…💧)
「人がどう言おうが関係無い。
少なくとも俺はそう信じて仕事してるし、お前だってなんだかんだ言ってもこの仕事好きじゃねえか。
…だからな柳?、俺は出来る事はしてから止める。
…お前の言いたいことは分かってる。
でも俺は、こんな場所で衝撃的に出会ったあの子供だって、やっぱり縁が繋いだんだと思ってる。」
「………」
「…縁が繋がって。
まさかと思うような感動が起きる事がある。
…そう教えてくれたのは、お前だろ(笑)?」
門松はそうにっこり笑うと立ち上がり、ぐーっと背中を伸ばした。
柳は少し口を尖らせ不服そうにしつつも、ザバッとお湯から出て脱衣所に向かった。
「んじゃ俺行ってくるから。先に寝ろ?」
「ハアッ!!、…行きますよ。」
「…いや、帰り遅くなるし」
「アンタの車転がすのは俺の役目なんだよ!?」
「………」
超プンスカしつつ、『ああもおっ💢!?』とキレつつもズンズンと行ってしまった柳に、門松はクスクスと笑ってしまった。
柳はいつもこうなのだ。
本当に付き合わなくて良いと門松が思っていても、勝手に、悪態を吐きつつも付いてくるのだ。
「…ほらな?、全ては縁。…だろ?」
「なーにブツクサ言ってんですかキモイすよ!?」
「うっわー可愛くねえ~。」
「むしろ逆に可愛いって言えよ!?
こんなプリプリしながらも付き従ってて偉いね可愛いね一生面倒見てやる。って言えよ💢!?」
「すまん。本当に嫌だ。」
「そういうトコ好きなんすよね~♪」
「…俺はお前のそーゆートコほんと分かんねえ。」
二人はこうしてオルカに関する全てのデータを持ち、門松の義理の兄が働く小田原本署まで赴いた。
「……ウッソだろ。」
「…ちょ、待て。…これ何案件だ💧?」
だが待っていたのは、衝撃的な事実だった。
門松の義理の兄『本田』(ホンダ)も、パソコンの前で眉を寄せじっと画面を見詰めてしまった。
実は門松は、オルカに飲み物を飲ませおやつと言ってガムも噛ませ、指紋と唾液を採取し、更にはドライヤーをかけた時に抜けた髪の毛まで持ち寄ったのだが、どのデータも存在しなかったのだ。
それはデータバンクに登録が無いというレベルの問題ではなく、『指紋とDNAがオルカに存在しない』という結論だった。
本田は定年間近の刑事だったが、最新の技術にしっかりと付いていっている刑事で、ネット犯罪やIT技術に関する犯罪に非常に強く、更には遺伝子、血液型、SNSの投稿から犯人の行動や性質を見抜きプロファイリングを完成させてしまうような半学者の刑事で、そういった捜査方法について警察外でも教鞭を執る程の敏腕刑事だ。
なので、彼がミスるとは正直思えない。
ゆっくりと話し、いつでも穏やかで静かなオーラを放つ本田でさえ、今はシン…と無言だ。
だが彼は取り乱したりはせず、ゆっくりと背を伸ばし門松と目を合わせた。
「…本当にこのガム噛ませたんだよね?」
「噛ませた。…でも慣れないっつって長くは噛ませらんなかったが、今までならあの時間でも充分採取出来てた。」
「……検査機器イカレたんじゃないすか?
指紋が現人類の構造と違うだの?
唾液と髪の毛から採取したDNA配列が地球上の生物に存在しないだの(笑)!
じゃああいつは宇宙人なのかって(笑)!」
「………」
本田は柳の笑いをじっと見詰めると、プチッと柳の毛を一本引き抜いた。
思わず「いてっ!」と声を出した柳。
だが本田はその毛を持ち、構わず歩き出した。
二人は本田の後に続き廊下を抜け、DNAや指紋を鑑定する機器のある部屋に入った。
「現在この国では、産まれた瞬間にDNAが採取されマイナンバーと共に登録、保管される。
…2000年前期まではこの制度は投入されていなかったが、現在では先進国でこの制度を導入していない国は無い。
…それ故に、鑑定技術は飛躍的に向上し?
今では指紋の照合ならば数秒。
DNAの照合でも、国外まで含めたワールドバンクを使用したとしても10分あれば結果が分かる。
…勿論それは人に限った話だが?
もし猫のDNAを照合しようとした場合、エラーコードが表示される。…例えばこうやって。」
本田は機器に細い毛を一本入れた。
それはここに保管されている猫の毛のサンプルだった。
照合開始ボタンを押すと、数秒後には機器のパネルに『Error』の文字が。
本田が詳細という文字をタップすると、『照合結果、猫』…と表示された。
門松は口に手を添えながら結果を見詰め、柳は『へえ』と初めて見る作業に興味を示した。
そんな二人の前で本田は猫の毛を取り出し、先程抜いた柳の毛を機器にセットした。
「そして体毛からDNAの照合は難しいとされていた時代は100年以上前に終わりを告げている。
…今では長さ1センチも体毛があれば?」
ピー! ピー!
ものの数十秒で、画面に『照合終了』の文字が。
本田は指でチョイチョイと二人を呼び、先程の部屋へと戻った。
そしてパソコンに送られたデータを確認してみると…
「『照合結果・Human』
『柳楓・横浜市在中・27才・男性』。」
「うっわ~~。…なんだろこの不快感。」
しっかりと柳のデータが表示された。
柳は『プライベートが消失した気分💧』となんだかウツくなったが、本田はクルリと椅子を回し、眉を上げ柳に微笑んだ。
「…データサンプルどうも?」
「いや破棄して下さいよ髪!?」
「……髪がなくなった頃にまたおいで?
そしたらなんとなくホッコリするから。」
「本当に嫌なんで今すぐ破棄して下さい💢!!」
「…本田さん、機器の精度は?」
「まあ100%とは敢えて言えない。
それはどの機器でも同じだ。
相手が機械であれ人であれ、『100%』と断言するのは危険な行為だ。…が、この署の機器は最新。」
「……」
「緊急時用故に数こそ少ないが?
俺が指定した機器だ。…国が認定する鑑定施設の物に引けは取らないよ。」
本田と門松はじっとパソコンの画面を見つめた。
そこには『UNKNOWN』の文字が。
オルカの指紋がクッキリと浮かんでいるが、見るからに自分達の指紋と形が違う。
DNAにおいては『UNKNOWN』の文字一つ。
猫や犬、ハムスターや兎、スズメやカラスといった日本人に馴染み深い生物のDNAだけでなく、世界中の生物のデータが保管されている筈なのに…、UNKNOWN。
それはつまり、『未知の生物』という事だ。
門松は画面に目を向けたまま掌で顔を撫で、放心したような、詰まった声を出した。
「………こう…きた……かあ~。」
「…うーん。俺も本当に初めて見たねコレは。
なあ柳?、その子なんていうか、…足あった?」
「最先端刑事に古典的幽霊の概念ぶつけられるとか、余計に心がグチャグチャになる💧」
「だってこんなのさ、もう幽霊とかUFOだよ。
…いや、辺な話。…幽霊なら指紋あるかもね。」
「UFO…て、…ええ💧?」
「だってその子さ、まさかの地目だったんでしょ?
カラコンじゃなくて、…天然の赤い瞳。
多種多様な見目の人間が増えたとはいえ、『赤い瞳』は未だ確認されていないのに。」
「そうなんですよ。『カラコン外せ?』って言ったら、『あ。これは元々です』…ってな。
まあそれが嘘かは朝になりゃ分かるからよ?
カラコン着けたまま寝たら流石に目にダメージがあるし。」
「一応『温泉は目に入ると悪いから!』って目をザバザバ洗わせました。…けど、『水が変な匂いするし目に滲みますね』…とか言いやがって。
…そんなん小学生までに慣れろよって。」
柳がうんざりと話し終えると、本田は椅子にグッと寄りかかり『ほらね?』と手を上げた。
「以上の言と遺伝子照合結果から導ける解は…
『彼は地球外生命体である』。…これ一本。」
「いやっ…本田さ~ん💧」
「じゃあ柳が別の解を導いて?
…門松は?、別の解が浮かんでる?」
「………」
「『オルカ・C・ダイア』…か。
グレーの髪に深紅の瞳。…出身は硝国カファロベアロ。…15才。…謎の小爆発とも言える水飛沫を上げて突如として温泉に現れた、…少年。」
本田は微かに口角を上げながら、二人と目を合わせた。
「これは警察の管轄じゃない。」
「!」 「……」
「強いて言うなら、………」
ホテルに戻る車の中で、門松はじっとタブレットを見つめ続けた。
オルカの照合結果、UNKNOWNの文字を。
柳は運転しながらあくびをし、鼻でゆっくりと息を吐き、意を決し口を開いた。
「…どうすんです?」
「………」
「本田さんが言ったんですよ?
『警察の管轄じゃない』…って。」
「………」
「……俺もそう思います。
本田さんが紹介してくれた公安の方か、政府にパイプのある研究者の方に…、取りあえず連絡してみましょうよ。」
「………」
だが門松は答えなかった。
ただじっと柳のタブレットを見つめ、一言も喋らないままホテルに着いた。
そして部屋に静かに入ると、疲れきった顔で眠るオルカの隣にそっと腰を下ろした。
……サラ…
そっと頭を撫でると、オルカは微かに眉を寄せ寝返りを打った。
その仕草に、反射的に『可愛いな』と口角が上がった。
こいつが小田原を知らなかった事や、ドライヤーのかけ方、日本通貨さえ知らなかった事が『真実である』…と、照合データが証明してしまった。
…と、言えるわけだ。
今手中にあるのは『全てが謎である』…という証拠だけ。
だがそれは言い替えるなら、『彼が何も分からない事こそが正常』…と、言える。
「つまりお前は、…嘘を吐いていない…?」
だとしたならば。…こいつはきっと、本当に、帰り方が分からないんだろう。
もし…、もしも宇宙人が居たとして。
彼等も人間と同じように…、最初は子供で、ゆっくりと大人になっていくのだとしたら…
彼の孤独や不安はきっと、俺の想像を絶する。
「……ハァ。」
門松は小さく溜め息を溢し、柳が見守る中宙を見つめた。
「…とんでもない縁を引き当てちまったなぁ。」
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