第68話 突き付ける心

「『そういえば僕が15才の時、カファロベアロはPh2500年でした!今年と同じですねっ?』

…て、三年ズレてんじゃん(笑)」



 柳はコーヒーを飲みながらクスクスと笑った。

彼の座るPCの画面には、彼の後輩が担当する案件が。



「…… …うーん。

おい山崎~?、こっち洗ったんかー?」


「え!?…あ、いやまだです!」


「…あのな山崎?、情報は鮮度が命。

監視カメラならまだしも、人の言なら尚更だぞ。」


「すみませんすぐに電話します!」


「まーて。…案件丸々任されるの初めてで緊張してんよな?、気持ちはよく分かる。深呼吸?」


「はい、すみません…。」


「ん。とにかく焦らずしっかりと終わらせような?

…でな、お前あれこれ考えてテンパりすぎ。

…先ずは案件を理解したら、全体図を描くのな?

そしたら自分がやるべき事が自然と見えてくるだろ?

誰かに聴取して、結果が分かるのが遅い情報から先に回るべきだし、足で稼がにゃならん情報は纏めて一気に回る方が効率的。

…お前料理する?」


「あ、はい。…少しですけど。」


「チャーハン作れる?」


「…はい。…あんまウマくないすけど。」


「はは!、…捜査は料理と似てんだよ。

チャーハンを作るとしてだ、米が無いのに野菜切ってもしゃーないべ?

先ずは米を炊くべ?、時間がかかるから。

で、米が炊けるまでに野菜を切り出して準備する。

調味料までしっかりと並べて、最後にフライパンを出しておけば…全体がスムーズだろ?

要はそれと一緒なんだよ。」


「…めっちゃ分かりやすいです。」


「感心してねえで頭動かせってのもお~💧」



 門松は部屋の角で休憩しつつ口角を上げた。

窓を開け放ち、角の椅子にデーンと座り皆が懸命に働いているのをボーッと眺めるのが、彼なりのリフレッシュなのだ。

…この場所に居る時間が長すぎたのだろう。

リフレッシュの概念がおかしくなっている。


 後輩の面倒をしっかりとみる柳の姿をぼんやり眺めていると、隣に男性がストンと腰かけた。



「…成長したな?、あいつも。」


「おうトミちゃん。…本当だよな?」


「問題児っぷりは年々酷くなるんだけどな?

お前が絡むと煩くてしゃーないよ。

…でもまあ、後輩の面倒は見るんだよなぁ?」


「上司への噛み付きは変わんねえけどな?」



 休憩中の門松の隣に座ったのは、門松と同期の刑事だった。今となっては唯一の同期だ。

名前は『富澤』、あだ名は『トミー』や『トミちゃん』だ。


二人とも柳が本署付きの刑事になった頃から知っているので、なんとなく感慨深く柳を眺めてしまった。



「…しかし、未だに分かんないんだよな。」


「んー?」


「あいつが『門松さん』の理由。」


「言い方選べよ。」


「お前にしか懐かないし。

…地味に気になってんだよずっと。」


「……」


「二言目には『門松さん』の門松狂。

全てにおいてお前優先なのに、『うわ門松さんシャツだっさ』とか普通に言うし。」


「おい傷を蒸し返すな。」


「……お前は理由知ってんのか?」



 富澤の言葉に、門松は端的に『さあ?』と返した。

富澤はすぐにそれを嘘だと見抜き、『へえ?』と意外そうに眉を上げた。



「その様子じゃ、プライベートでも仲良いって本当なんだな?」


「?、…仲いい…つーか、…まあ。

普通に交流はしてるが。…お前だってそうだろ?」


「俺は飲み会程度だよ。」


「…淡白だなあ。」


「普通だろ。…こいつらとプライベートまで一緒に居たら、スイッチ切り替わらなくてオカシクなるわ。」


「…そうか?」



 実は門松には仕事とプライベートのオンオフが無い。

職種に関わらず、殆どの人間がその切り替えをしてプライベートでリラックスやリフレッシュをするのにだ。



「お前って本当にオープンな💧」


「??」



 彼は昔からこうだった。

何に対しても分け隔てなく常にオープンで。

余計な見栄や意地が無いとても素直な人間性は、そこに居るだけで自然と人が集まるような穏やかなオーラを放ち続ける。


 それだけでなく門松はとても頭が良く、高校も大学も良いところに入った。

大学でもかなりの好成績で、そのまま大学に研究者として残る事さえ可能だった程だ。


大手企業や海外への就職も十分可能だった彼が選んだ職業は…、警察官。

これには大学の教員達もかなり驚かされたが、所謂キャリアコースを目指しているのかと思い直し、納得し応援した。

だが彼はキャリアコースには進まず、わざわざ地元の地方警察を選んだ。


 彼には職業に対する差別意識も皆無なのだ。

彼の『偉い』『すごい仕事』の概念は、『如何に善行を行っているか』で決まる。

いくら有名な大手企業で働いていようが、例えば政治家だろうが…、門松にとってそれは『ただの社会人』でしかないのだ。

『人は働くだけで社会に貢献している』という概念を持っているので、その点を褒めることはまず無い。

『アルバイトだろうが正社員だろうが、人は誰しもが社会に貢献している』…と。


だがもし積極的にボランティアを行っていたり寄付を行っていたりするような人間が居たなら、『お前スゲーな!』と心の底から尊敬をする。


忙しい仕事の合間に海でゴミ拾いをしたり、震災後のボランティアに名乗り出たりする人間に対しては、尊敬の念を抱いて仕方ないのだ。

それはボランティアとは言えないような、小さな物事でも同じだ。

例えば、車椅子の人に頑張って話しかけて押してあげる若い子、地球の為に天然素材の洗剤を使う人、誰かが物を落とした時に『落としましたよ』とちゃんと声をかけられる人……など、ある種では普通とも言えるような、だが『確実に善行であること』に重きを置く。


 そんな考えを持っているのだから、やはり彼自身も常日頃から立派な人間であるべき事を心がけていた。

道路にゴミが落ちていたならなるべく拾おうとするし、部屋に入ってしまった虫を一生懸命外に出そうとする。

悲しそうにしている人が居たなら素直に胸が痛むし、どうにかしてあげたいと知恵を回す。

困っている人が居たなら自分から声をかける。


それが例え、温泉を弾き飛ばしながら突如出現した謎の少年だろうが……



『キキイッ!!!』



…入院服のまま車の前に飛び出した青年だろうが。

放置なんて絶対にしないのだ。



「…柳は猫だからよ。」


「は?、猫💧?、……犬だろどちらかといえば。」


「ツーンとして見えて、人から受けた恩は一生忘れねえのさ?」



 意味深に笑い伸びをした門松。

富澤は『いや絶対に犬だろ』と納得出来ぬ様子で、同じように伸びをした。



「おい柳!、そろそろ行くぞ?」


「あっはい門松さん。」


「ありがとう御座いました柳さん!」


「はいはいじゃーな。」



 隣を行く存在に、なんとなく意識が集中した。

忙しくタブレットを操作する顔は疲れていたが、しっかりと地に足を突け、生きていた。



(…あの日からもう12年か。

道理で歳食う筈だよな俺も。)


「……ああそうだ門松さん。」


「ん?、メシ食ってからにするか?」


「それは当たり前なんすけど、……

オルカについての確認なんですが。」


「…オルカ?」



 柳は廊下を歩きながら、タブレットを操作しながら、淡々と訊ねた。



「最終的な目標は、『元の世界に帰してやる』。

…で、間違いないですよね。」


「…!」



…ピタ。



 柳の言葉に、自然と門松の足は止まった。

柳は鋭い目付きで立ち止まり、『どうしました?』と淡々と訊ねた。



「…いいんですよね?」


「……そりゃそうだろ。」


「!」



 門松は、『なんで止まっちまったんだ今?』と自分自身に対して疑問を抱きつつ、キョトンとしながら答え、また歩き出した。


柳はそんな門松に、微かに目を大きくした。



「でもよ~?、本当に無いんだよカフェ💧」


「……アプローチを変えました。」


「うん?」


「カフェという存在の研究をして、そこから糸口を掴めないかと。」


「…… ああ。…ああそうか。

『カフェが何処に在るのかを探す』から、『カフェそのもの』にフォーカスしたのか!」


「…はい。」


「ああそっか成る程なあ!

…あーそうかその手があったか!!

目から鱗だなこりゃ!」


「…はい。」



『カフェ』とは、人前でカファロベアロについて話す時に使用する隠語である。

 一番最初カファロベアロという言葉が覚えられず、柳が『カフェ…ロベリオ??』と間違えていた事から引用された。


 門松にはこの発想がなかったのか、『そうだよな!』と何度も繰り返しながら歩いたが…、柳はその隣で『アンタがここにフォーカス出来ない筈がないだろ』と、眉を寄せていた。


その顔を門松は見なかったが、悲痛な顔だった。



「んじゃ俺もその方向でやってみるかね。」


「…門松さんなら凄い結果を残しますよ。」


「まーた。…昼にイイモンが食いたいからってお前は~♪」


「…はは。」



 門松には、何故今胸の内がスッキリしていないのかが分からなかった。

だが柳には、そんな門松の胸の内が見えていた。


 車に乗って、いつもより喋る自分に門松は微量な違和感を感じたが、柳は門松の内心が辛すぎて、胸がズンと重く痛かった。



「しっかしお前、立派になったなぁ?

これなら俺達ももう一人を迎えられるかね?」


「ゼッテー要らねえ。」


「…お前なあ?」


「もうペアになって三年すよ。

もう今さら三人目なんか要らねえっしょ。」


「…お前なあ💧?」


「なんすか。後輩育てるのにだってちゃんと俺貢献してるじゃないすか。なのにわざわざ三人目が必要な理由が分かんねえすよ。」


「…💧」


「よっし。…じゃあ昼すね?

…あの家系ラーメンなんてどうです?」


「いいな。」



…この人、マジで気付いてなかったんだ。



「…実はこの一週間、カフェの研究してたんすよ。」


「…なんだよだったら初めからそう言えよ。」


「…まあ、……」



…痛い。


この人が本当に優しい人なんだって分かっている分、無意識な事が、…余計に痛い。



「………なあ、…柳?」


「…なんすか。」


「得体の知れねえコアの支配するカファロベアロと、…この世界。

…どっちで生きてく方があいつは幸せなんかな?」


「っ…」



『本当は帰ってほしくない』んでしょ…?



「……」


「折角あんなに勉強頑張ってるのによ?

…籍だってもうあって、あいつは歴とした日本人な訳だろ?

…そりゃ帰してはやりたいけど、…なんだろな?

なんかこう…、…モヤモヤすんだよ。」



お願いだから、……俺に言わせないでくれよ。



「…なにアマ言ってんすか。」


「…!」


「あいつは王族なんすよ。

…その責任を放置したままで、あいつが本当に心の底から笑える日なんて来る筈がない。」



なんで世界で一番大事な人に…

わざわざ俺が突き付けなきゃなんないんだ。



「…っ、……

…『オルカのため』じゃないでしょ。」


「…ん?」


「『自分のため』に、あいつに居てほしいんでしょ。」


「!」


「だからズルズルと。… 何が『目から鱗』だ。

門松さん程の人が、俺程度の人間でも思い付くアプローチを思い付けない筈ないじゃないですか。」


「……」


「アンタは本音ではあいつに帰ってほしくないんだよ。だからカファロベアロの話題を避けるようになったんだよ。そんだけ可愛くなっちゃったんですよまるで親戚か…本当の自分の子供みたいに!

…でもアンタの良心はそれを絶対に許さない。

だから見て見ないふりを…気付かないふりをし続けたんだよ!?」



 門松の大きくなり続ける瞳を、柳は運転のせいにして見なかった。

…見られなかった。



「……へーえ。」


「…なにがへーえだよ。」


「こりゃ、……目から鱗だな?」


「…!」



 だが門松は心を暴かれても、怒りもせず悲しみもしなかった。

ただ穏やかに笑い、ギャグにした。


柳は途端に息が出来て、『バカじゃねえ?』と、安堵から笑ってしまった。



「ああ~もう~…今夜は焼き肉すね!」


「なんでそうなる。」


「…そういえばなんすけど、オルカも焼き肉コンプレックスつーか、やっぱ思い入れがあったみたいですよ?」


「………」


「ほら、茂が『本当は焼き肉を食べさせてあげようと思っていたんだが』…って別れたせいで。

…そんなトコまで俺と似てんのかよって、なんか笑っちまいましたよ。」



 柳の言葉に、門松はふと首を傾げた。



「…お前『も』?」


「……え?」


「焼き肉に、なんか思い入れがあったんか?」


「!!」



『しまったコレ門松さんには言ってなかった!!』と目を大きくした柳。

門松は相変わらずのキョトン顔だ。



(ど!?、どーしよどうしよ!?)


「…あとなあ柳?」


「な、なんすか。」


「…もういい加減、肉がもたれる💧」


「ブワハハハハハッ!?」



 柳のエピソードは、笑いへと変わり流れた。

だが…



「おいオルカ!!、今夜は焼き肉だ!!」


「わあっ!?、いいんですかっ!?」


「…おーう。…たーんとお食べ。」


「「イエーイ!!」」



パン♪



 焼き肉は、しっかりと実行された。


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