第69話 答え無き問い

「は~食ったあ!」


「美味しかったですね~♪」



 門松の奢りでたっぷりと焼き肉を堪能した一行。

この流れだと柳は門松の家に泊まるのが常だ。


 今夜の柳はお酒もたっぷりと飲み、少々フラつきながら歩いていた。

それを笑いつつ支えつつ歩くオルカに、門松の意識は自然と集中していた。


 程なく門松の家に着くと、柳はオルカの部屋を遠慮なくガラッと開け、畳まれた布団にデーンと寝転がった。



「柳さん、まだ布団敷いてないですって!」


「おい柳、お前の布団はあっちにあるだろ💧」


「うっひゃっひゃ!

一緒に寝ようぜオルカ~!」


「柳さん寝相悪いから嫌ですよ。」


(ハッキリ言うなぁ。)


「いいじゃんか!、兄ちゃんが抱き枕にしてやるから来いって!」


「嫌ですよ。最近柳さんイビキ大きくなってきましたし。」


「門松さんよりマシだろがー!」


「まあ、…そうですけどね(笑)?」


「…え。」



 今日の柳はやたらオルカに絡んだ。

もう可愛がり倒したい気分なのだろう。



「悪いなオルカ。お休み?」


「あはは柳さんくすぐったいですよ!?

お休みなさい門松さん!」


「あれぇ~?、まだいたんですか門松さーん!

マジうけんだけどウケる~!!」


「……すまんオルカ任せた(笑)!」


「頑張って寝かし付けます!」



 柳がしつこいので結局一緒に寝るはめになったが、オルカは楽しそうに笑っていた。


酔っている柳が面白くて好きなのだ。

…こんな寛容な子も居るものだ。





…パタン。



「………」



 寝室に入った門松は、ため息をこぼし胃薬を飲んだ。

 昼から半日、柳の言葉が頭を反芻し続けた。



『オルカのためじゃないでしょ。』

『自分のためでしょ。』



「………」



…ショックだった。


本当に、柳に突き付けてもらって初めて俺は自分の気持ちに気付いたから。


…まさかと思った。


俺は本当に『捜索が行詰まってしまった故の話題の消失だ』と思っていたから。

それがまさか…、『カファロベアロの話題を敢えて避けていた』…なんて。

しかもその理由が『オルカに帰ってほしくないから』…なんて。


こんなの、刑事としても人としても失格だ。



「……」



確かに、…可愛い奴だとは思ってたさ。


出会った頃から本当にひた向きだし努力家だし。

それが孤児として育ち過酷な行政の下に生きた故のタフさであることまで引っくるめて…。


だが、それだけだった。

それだけだった筈なんだ。


難民扱いにして籍を入手し保護者になったあの頃だって、親目線みたいな特別な感情なんか抱いてなかったんだ。


…それなのに、どうして。



『お帰りなさい門松さん。』



…ああそうか。 …楽しかったんだ。

オルカの成長を見守るのはなんだか、柳の成長を見守っていくのともまた違って。

だが二人をセットで見ていると、本当に兄弟みたいに思えてきて。


…見守りすぎたんだろう。


家に帰って誰かが居るなんて、親も亡くなってしまった俺からすれば…、新鮮で。

思い出してみれば…、『こいつが居るから帰ろう』と意識していたのは確かで。



「…馬鹿だな本当に。」



いつの間にか、『ずっと見守っていける』と。

そう思い込んでいたんだ。


……いや、更なる偽りだ。


『ずっとこいつらを見守っていきたい』と、

そう願ってしまったんだ。…俺は。



『…ほら?』


『………』


『…ココアのが良かったか?』


『………』



…あの日から、…ずっと。



『お父さん、…残念だったな…?

葬儀とか…何も分かんねえだろ?

…ここ、色々と相談のってくれるから。

やんなきゃいけないこと、…教えてくれるから。』



夢を叶えて貰ってたのは、…俺なんだ。





『息子が大変お世話になりました。』


『…いえ。……じゃあな?』


『……はい。』



刑事になって、世の中や人の裏側や…闇。

そういったものに数多く触れた。


それらは人の心を惑わせる。

『何をしたって世界なんか良くならない』

『正義なんて存在しない』

『人なんて所詮はこんなものだ』…と。


そうやって諦めて埋まるのは簡単だ。

飲まれ流される方が楽な人間が大半だ。

そうやって長いものに巻かれないとその世界で生きていけないなんてのは、ある種の社会の常識だ。


だが、俺は嫌だ。


自分の進んだ道なんだ。

それをねじ曲げようとする社会、組織、人間が居るのが文化なのは関係無い。


問題は『俺がどうしていきたいか』だ。


だから俺は折り合いというものに重点を置いた。

つまりは『上手くやる』という事だ。

相手も自分も傷付けず、双方の主張尊厳を守り、問題を解決に導くこと。

そこに意識をフォーカスし続けていたら、なんだかんだと上手くいった。


…まあ、争うしかなかった時は腹括って全力で争ってはきたが。



『アンタは帰んなよ。』


『楓!』



…そんな俺でも、どうしても慣れられないものがあった。


例えばこの青年が正にそれだ。


ただボロボロと涙を落とし続けた青年。

…聞けば、迎えにきた母親は一年前に離婚して家を出たと言うし。


…まだ18才なのに。

父親の葬儀を執り行うなんて…辛すぎる。



『…うっ!、ごめっごめんね楓!!』


『……すみません、お母さん?』



こんな時なのに母親を拒絶するんだ。

…きっと心の整理がまだまだ追い付いていないんだろう。



『きっと今彼は必死なんです。

人の手を借りずに生きていかねばと、きっと。

18は成人こそしていますが、…俺からすれば、やはりまだまだ子供です。

…心の整理をさせてあげないと。』


『でも!、一人で家になんて…!』


『…先程の様子でも、そう思われますか?』


『つ…!』


『お母さんからすれば…、そりゃお腹を痛めて産んだ子です。いつまでも母親です。

けれど彼の気持ちにもなってあげないと。』


『……』


『少しだけ、…時間をあげてみてはどうですか?』



あんな風に家族を失ってしまった。

突然一人ぼっちになってしまった人間を、それなりに見てきた。


その度に胸が痛んで仕方なかった。


俺に出来る事はなんだろうと。

何がしてやれるのかと。


…相談所は教えた。

…俺が呼んでしまった母親に、俺なりに出来る助言はした。

きっとやれる事はやった。


…だが心が叫ぶんだ。

『もっと何か出来ることがあるんじゃないのか?』


今でも分からない。


全ては余計なお世話なのだろうかと。

それとも、少しは役に立てたのかと。


…答えなど、手に入らない。




『……ふああ! …ねみぃ。  うわ!?』


キキイイイ!!!



そして『俺は無力だ』と、この日思い知った。



バタン!!


『だ…大丈夫か!?  …!!』



入院服のままの…青年。

車の前に、…何かに手を伸ばしながら平然と歩き出たのは、間違いなく、あの柳楓だった。



『当たってない。…が、……』



いくら揺さぶっても。

いくら声をかけても。


車は当たらなかったのに、寸前で止まったのに。



『…分かるか?、…おい!?』


『………』



彼はただ瞳を開き、何処か遠くを見つめ、何もかもに無反応だった。




ピ… ピ… ピ…


『本当に申し訳御座いませんでした…!!』


『…いえ。…それよりどうしたんです。』



病院に連れていくと医者と母親に頭を下げられた。

そりゃ血相も変わる。

不祥事な上に二次被害の寸前だったんだから。

…だが過ぎたことなんかどうでもいい。

気になるのは青年の様子だ。



『実は、あれから何度家を訪ねても変化が無くて。

…流石におかしいと思って、警察に連絡して鍵を壊したんです。

…そしたらあの子が、仏壇の前に倒れていて。』


『!』


『…お風呂も入らず食事も摂らず、ずっと仏壇の前に…っ、居たみたい…で!』


『……』


『それで緊急入院…したんですが!

先生の話を聞いて…病室に戻ったら!

あの子が居なくなっていて!!』


『……』


『本当に…本当に…申し訳ありませんでした!』


『…お母さ』


『本当にありがとう御座いました!!』



……


ただ、悲しかった。


彼が手を伸ばしていたのはきっと…

亡くなった父親と妹だったのだ。


聞けば酷い脱水と栄養失調だったという。

だとしたなら、意識が半ば飛んでいてもおかしくない。



『……ごめんな。』



そんな状態で彼は…

家族を追い求めていたんだ。



『…でもな?、……その願いは…な…?

叶えてはいけないんだよ。…青年。』



俺は彼の願いを打ち砕いた。

…人を轢かずに済んだ安堵は確かにあるし、亡くなった家族の後を追うなんて…そりゃ良くはない。


けれどきっと青年にとって俺は…

願いを打ち砕いた敵でしかないんだろう。



『何かあったら連絡して下さい?

横浜本署に勤務してますんで、そんなに遠くもないですし。』


『何から何まで…本当にありがとう御座います。』



結局俺は、何も出来なかった。


葬儀は無事に終えられたそうだが…

もし俺があの日、彼に相談所を教えなかったなら…

もしかしたら彼は母親と共に父を送り出し…

こんな事にはならなかったかもしれない。


…もし俺があの日母親に『距離をおけ』と言わなかったなら…

あの後二人はちゃんと話し合い、和解とはいかずとも共に悲しみを分かち合えたかもしれなかった。


…答えなどない。…分かってる。


けれど俺は、青年を病院に送り届けるだけで結局何も出来ずに病院を後にするしか出来なかった自分が…



『~~ッ…!』



死にたくなる程、憎かった。


それから数年間、俺は淡々と過ごした。

いくら自責しようが、『正しかったのか』の答えは自分の中には無い。


だったらもう…、やるべき事をひたすらやるしかない。


周りには散々言われた。

『身がもたないぞ』と。


…それがどうした。…だから流されろと?

俺にとってそれは逃避でしかない。

…例え答えなど絶対に手に入らなくとも。

俺は俺の信じた道を進むしかないんだ。


それでも…、心に出来たアザが消えることはなかった。

どれだけの人間の逮捕状を申請しても。

遺族に寄り添ってみても。


『自分の行動が善行なのか』の答えが見付かることはなかった。



『死ねよクソがッ!?』


『おい火!、火つけちまえ!』



そして青年を轢きかけて二年後、俺はまた運命と再会した。


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