第170話 鍛練

 広い鍛練場に入ると、ヤマト、ジル、ギルトはジャケットを脱ぎタイを外しストレッチを開始した。

オルカも真似て少し体を伸ばしたが、それよりも壁に掛けられた無数の石剣が気になってしまい、側に寄りじっと眺めた。

ナイフのような小さい物から、小太刀、かなり湾曲した刃のシャムシール、普通サイズの剣、ロングソード、持ち上がる気もしない大剣…等、ざっと数えただけでも15種類以上の石剣が。



「凄い。世界各国の剣がある。……気がする。」


「「マジ!?」」


(あ、聞こえちゃったか。)


「うん。日本の剣はこれが近いかな?

日本刀って言ってね?、これは小太刀くらいのサイズだけど、太刀はもっと厚くて長いんだよ?」



 ヤマトとジルは『へえ!』とストレッチしながらオルカの話を楽しんだ。

ギルトは早々にストレッチを終え、いつも腰に下げているサーベルではない型の剣を持った。

とてもシンプルな形のロングソードだ。



「これらは切れ味こそ無いですが、その分当たるとかなり痛いですよ?、重いので。」


「斬撃ではなく打撃なんですね💧?」


「なんせ訓練用ですから。

ちゃんと鉄製のそれと同じ重さに作ってあります。」


「正に訓練用、ですね?」


「はい。」



 ギルトはオルカに気になる剣を取るように言った。

彼らの鍛練とはこうして始まるからだ。

親が気になる剣を選ばせ、まずはそれに慣れるように訓練していく。


なのでギルトもオルカに促したのだが、オルカは掌をギルトに向け、ハッキリと断った。



「あ、武器とかは結構です僕。」


「…えっと💧、しかしですねオルカ様?

王族とはいえ貴方様は男児。鍛練は必要かと。」


「僕の強さは武ではあらずですので。」 


「……しかしですねオルカ様。」


「僕は人を傷付けるのが嫌いです。

なので僕は武器を持ちません。

武器は身を守る物でもありますが、僕にとってすればこの世界の全てが盾と成り得ますので、わざわざ武器を持つ必要はないんです。悪しからず✋。」



 清々しい程ズッパリと拒否したオルカ。

ヤマトとジルは腹を抱えゲラゲラと笑ってしまった。



「ハハ!、流石は我の塊じゃんっ!!」


「パパと同じ事言ってら!!

無駄ですよ長官!、こういうタイプは頑固すぎて絶対に論破出来ません!」


「……そう…だな。」


(ここで折れてしまっていいのだろうか💧)



 オルカは『海堂さんも?』と興味を持ちヤマトに話を聞きに行ってしまった。

ジルはまだ笑いながらギルトの横に立ち、『いいじゃないかっ?』とレイピアの石剣を持った。



「この後あいつの護身術とやらがどんだけ役に立つか見て!、それで決めればいいさ?

…こてんぱんに負けたらオルカだって考えるだろ。

その後に説教なりなんなりすればいい♪」


「…そうだな?」



 微かに微笑むと、ギルトは温度を変えた。

ジルも温度を変え、二人はバチッと目を合わせた。

二人とも好戦的ないい顔だ。



「姉さんと手合わせなんて何年ぶりだい?」


「単純計算18年ぶりだな?」


「…さあやろうか。…今日は私が貰うぞ。」


「ナマ言ってんじゃねえよガキが。」



 …物凄くバチバチだ。

実はこの二人、武道においては幼い頃からのライバルだった。


 幼い頃はジルの方が年上な上に鍛練を怠らなかった為、ギルトは負け通しだった。

だがその悔しさをバネとし、ギルトはかなりハードな鍛練を続けメキメキと力を付けた。

そして彼が13才の頃、16才だったジルに初めて勝利してからは勝敗は五分五分だった。


そして大崩壊で袂を別ち、18年。

久しぶりに因縁の手合わせとなった訳だ。

これは闘志が溢れてしまうのも仕方ない。



「よーっし!、私に賭けていいぞお前ら!?」


「…いや俺、ここの使い方すら知らな」


「フ!、寝惚けないでくれないか姉さん。

勿論私に賭けるだろうヤマト?」


「あ、それ脅迫すね?、オッケーです~。」


「…じゃあ僕はジルさんで?」


「じゃあとはなんだじゃあとはっ💢!?」


「ジルさんが負ける筈がありません!!」


「分かりゃいいんだよ!」



 本当に滾っている。

二人は待ちきれないのか、さっさと鍛練場の真ん中に歩んだ。

 ルールは簡単だ。どちらかが降参するか、武器を弾き飛ばすか、完全に相手を打ちのめしたら終了となる。


 ヤマトは二人の持つ武器を見て、首を傾げ口に手を添えた。



「長官はサーベルでなくていいのですか!?」


「…よく聞けたねヤマト。」


(あんなバチバチな人達に質問なんて、僕には出来ないよ。)



 ギルトはロングソードを軽く振りながら答えた。



「そのサーベルは我が家の家宝でな?」


「ああ!」


「…似合いすぎじゃない?」


「だが私は本来はこの剣が一番合っていてな。

サーベルでは正直軽すぎて。」



 ジルはレイピアを振りながらニヤッと意地悪く笑った。

ギルトはこれだけで嫌味なり挑発なりが飛び出してくると察し、目を細めながら口角を上げた。



「ハッ!、私に勝てるの筋力だけだもんな!?

そりゃ多少なり重い剣じゃないとそりゃキツイよなあっ!?」


「フン、いつまでも昔の話をしないでくれないか?

私はとっくに姉さんの技術を超えているぞ。」


「言ってくれんじゃねえかテメエ。

構えな。泣かせてやるよ。」


「そっくりそのままお返ししよう。」



 完全にバッチバチだ。

オルカがヒヤヒヤと、ヤマトがワクワクと見守る中、二人は互いに構え睨み合った。


 そして緊張が走る中、二人は同時に飛び出した。



ビュン…!



 先ず振ったのはギルトだった。

だがジルはスッと屈み、下から鋭いカウンターを入れた。ギルトは剣でそれをいなし、距離を取った。

だがジルはそこから蹴りを交え巧みにレイピアで攻撃した。



キイン! キン!



 二人の剣が当たる音は、石剣なのにまるで金属音のようだった。

互いに一歩も譲らぬ攻めの姿勢でどちらもまだ一撃も与えていないが、とんでもなく激しい打ち合いだ。

 見事な剣劇にヤマトとオルカは『おお!』っと興奮した。



「スッゲー!!、カッケーー!!!」


「頑張って二人とも!!」



 ジルはスタミナが少ない。のでそろそろ勝負に出る事を決めた。

レイピアは突きに特化した武器だ。なのでギルトの重い一撃を完全に受けるのは無理がある。

なのでいい角度で来た攻撃をいなし、そのまま一気に反撃すると決めた。



ジャジャジャジャ…!!



 そしてその時が来た。

ジルは剣の腹で器用にギルトの剣をいなすと、目にも止まらぬ早さで真っ直ぐにレイピアを押した。

長い手足を活かしたその技は彼女の身長を無視したように遠くまで伸びた。



「…フ!」



 だがギルトはそれを見切っていた。

むしろ待っていたように身を翻し避けると、伸びきったジルの腕が持つレイピアの柄を見事に打ち上げた。



「!!」



ガンッ!!   カランカラン!



 ギルトが弾いたレイピアは高く上がり、遠くへと落ちた。



「おおおおお!!」


「凄いよギルト!!」



 これにて勝負は付いた。ギルトの勝ちだ。

 ギルトは剣を振ると、ジルに握手を求めた。

ジルは悔しそうにするかと思いきや、パアッといい笑顔で笑い握手に応えた。



「今のすごかったじゃん!、私の負けだ!」


「姉さんこそ流石の剣劇だった。

あの技は、知っていねば避けることなど不可能だろう。」



 気持ちのいい握手を交わした二人に、オルカは立ち上がり手が痛くなる程拍手をした。



「なんって良い勝負なんですか!!

その本当に心の底から相手を讃える握手とか!?素晴らしすぎて夢に見そうです!!」


「ありがとー?」


「ありがとう御座いますオルカ様。」



 ギルトは少し照れながら笑った。



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