第169話 壁に耳あり、背後に…?
「…なんかさー?」
「ん?」
「最近めっきりシスター見なくね?」
ヤマトは執行議会をオルカと共に歩きながら、あくびをしながら言った。
オルカ米の発売開始以降、のんびりと時が流れて感じてついあくびをしてしまったのと…。
実は二人はエリコの様子を見てきた帰り道で、違う話題をしたかったのもあったのかもしれない。
医務室に入院となってしまった彼女は、二人を寄せ付けないどころか顔を見ただけで叫び散らし、『お兄ちゃんを返せ』と半狂乱状態に陥ってしまったのだ。
正直これは堪えた。
それに彼女の為にも暫くは様子を見に行く事さえ止めようという話になった。
ドンヨリと歩いていたのもあり、『そういえば?』と話題を振ったのだ。
イルとロバートが初デートをしたのはおにぎり販売の二日目で、それから三日が経過したがイルはひたすらロバート通いで宮殿にも帰っていなかった。
「僕も最近見ないなとは思ってた。
でも昨日海堂さんに会ったんだけどね?、彼はよく見かけるって。」
「何処でー?」
「ロバートさんの店?
最近は教会とロバートさんの店を梯子してるみたいだよ?」
「…ふーん。」
イルは元々執行議会を活動の中心にしていない。
ので別に顔を見ない日も普通にあるのだが、ヤマトは『ロバートの店との梯子』というのに不快感を抱いた。
単純にイルはヤマトにとって母親のような存在なので、母親に新しい男ができたような、そんなヤキモチなのかもしれない。
「なんかなー!、最近シャキッとしねえなー!」
「?、いつもシャキッとしてるじゃない。
街に出てる時なんか特に。」
「そういうシャキじゃなくて!
こう…なんだ?、……事件的な?、イベント的な?
そういうシャキッ!…が欲しいわけ!」
「不謹慎だなぁ。平和でいいじゃない。
僕は昼寝でもしたい気分だよ?」
「だからそれだよソレ!」
確かに、この三日は穏やかなものだった。
なんせオルカが帰ってきてからイベント祭りで、ヤマトだけでなく誰もが忙しかった。
だがオルカも少し落ち着いてきて、ヤマトも内面が落ち着いたこんなタイミングの平和は、少しあくびが出るような平穏に感じてしまった。
「そういえば、血のコントロールってどうやってやるの?」
「んー?」
「やり方とか詳細、そういえば聞いてなかったなって。何か特別な力を使うの?」
やはり少し暇なのだろう。オルカも話題を振った。
ヤマトは伸びをしながら『んっとねー?』と、とてもいつも通りに話し続けた。
…二人は廊下では比較的王様と政府っぽく喋っていたのに。今ではすっかり気が抜けていた。
「こう…イメージすんのな?
腹の真ん中に血の塊があるのを。」
「…うえ。」
「グロイ想像すんなよ。赤い綺麗な球体をイメージして、そこに全身に巡ってるマスターの血を集めていくのな?」
「うんうん。」
「これが面白いことにさ、一番最初これをイメージした時は腹ん中に球体も無くて。
それなのに全身から血を集めるイメージをしてったらさ、本当に球体が出来上がってくんだよ。
それを繰り返し繰り返し行うことで、どんどん球体が大きくなって、固くなって、勝手に溶け出さなくなってくんだ。」
「それが、コントロール?」
「そう。」
自分の全身を巡る茂の血をそうやって一ヶ所に固めることで茂の血が独立し、ヤマトの自我が守られるそうだ。
だが固めたからといって消える訳ではないので、自由に力を扱えるらしい。
「やっぱマスターだからさ?、体術とか剣術とかに特に優れてるから。
必要な時には力を借りられるようにいつも球体から血を出し入れするイメージトレーニングをしてて。」
「へえ!」
「アネサンやっぱスゲーよ。
説明も分かりやすかったし、実は根気強いし。
…サファイア家なのに癒しの力が使えなくて~なんて言ってたけどさ?、その分家に伝わる特殊な医療術とかスゲー勉強したみたいで。
…コンプレックスなんて抱く必要ねえのに。
ほんと!、見目素行よりも繊細だよな~?」
「!」
やはりヤマトもそれに気付いていたようだ。
オルカはクスクス笑うと、『早くドレス姿が見たいね?』と伸びをした。
「本当だよな!、ゼッテー綺麗だし!」
「だよねだよね!
僕はジルさんだったら肩の出てる型がいいな~♪
…あれなんて言うんだろう。チューブトップドレス??
ほら、首筋と肩が凄く綺麗でしょ?、だから映えると思って。」
「あー分かる分かる!
こう…長いベールをさ?、こう…引き摺って??」
「言い方(笑)!…でも確かにね?、引き摺るって言い方以外思い付かないね。…翻し?」
「それじゃマントじゃんて!」
ギルトは二人の後ろで苦笑いしていた。
話しかけるタイミングを完全に失ったのだ。
(…確かに、そろそろかもしれないな?
来年の頭辺りを目指しておくか…?)
「…にしてもさ!、長官だよ長官!」
(…ん?)
ヤマト、後ろにご本人が居るとも知らずにギルトの話題を出してしまった。
更にギルトは話しかけるタイミングを失い…どころかそっと逃げるかすら悩んだが、自分の至らぬ自分に気付けるチャンスとも思い、更に悩んだ。
そうとも知らず、ヤマトは意気揚々と話した。
「あの漆黒の制服、カッコよすぎねえ!?」
(!)
「ア"ー分かる!!!」
(…そ、…そうですかオルカ様?)
「もうね!、ギルトはほんと次元が違う!
何してても様になって…もう!!」
「なんかさ!、『皆のボス感』みてえなさ?
威厳っつーか、いい意味で圧力スゲーみたいな!」
「そうそう!、それなのに穏やかだから本当に堪んないよね!?
…あれをジルさんが剥くんだよ?
只でさえ色気ダダ漏れなのにさ!?、それをあの!綺麗な!ジルさんが!剥くんだよ!?
こんなの鼻血でちゃうよねっ?
…でもぶっちゃけ見てみたいよね!?」
(オ…オルカ様💧?)
「エロすぎ(笑)!」
「…逆に芸術みたいな絵になりそう。
…僕ね、ギルトがタイを弛める瞬間が好きすぎて!
『エッッロいなあ』っていつも見てる。」
「…お前やっぱソッチだろ。
からかったりしないから、言ってみ?」
「だから違うってば💢!?」
「じゃあ女の良さを語ってみろよ。」
「ヤだよ恥ずかしいだろ!?」
もう声など掛けられない。
ギルトは変な笑顔でそっと歩調を弛めた。
だがオルカが放った一言に、ギルトはまた聞き耳を立ててしまった。
「…ジルさん程繊細な女性だと、僕は無理かも。」
(!)
「あー。…確かにかなり繊細だもんな?」
「そう。支えられる自信がないというか。
情けない話だけど、僕はいつも自分の事で手一杯で。…だからパートナーに選ぶなら、自分の好きなことをしているような…、お互い縛り合わないような?、そんな女性がいいのかも。」
「…ふーん?」
「……いや、分かんないや。
僕は本当の恋をしたことがない自覚があって。
…きっと本当に心の底から好きだと思ってしまったら、何も考えずに突っ走れるのかもしれないね?」
ヤマトは首をカキカキし、昨夜も抱いたモエの事を思い起こした。
毎日帰る度にキスをし、数日おきに体を重ねる愛しさは、確かに本当に恋をしている証だ。
「…どんなんが好みなん?」
「えー。…分かんない。」
「…お子ちゃまじゃん。」
「違うよ💢!?」
その時廊下の奥にジルの姿が。
ギルトは『しまった』と苦笑いし、諦めた。
ジルは一行に気付くと『おう!』と手を上げた。
「何処行くの三人で。」
「…え?」「ハ…!?」
ヤマトとオルカがバッと振り返ってきて、ギルトはにっこりと笑顔で首を斜めにした。
ヤマトとオルカは頭が真っ白になってしまった。
「…ジル?」
「んー?」
「来年の頭辺りに、婚礼を挙げようか?」
「な…!?」
カアッと顔を赤くしたジル。
今の台詞だけで全て聞かれていたと察した二人。
…だが幸いな事に、悪口を言っていたわけではないので焦りは無かったが、純粋に恥ずかしかった。
(クッソ褒めたしハズイ!!)
(…壁に耳あり障子に目あり。…気を付けよう💧)
「ジルは何処に行くんだ?」
「へ!?、…えと、……鍛練場?」
「ほう。」
「ほらこないだ入ったじゃん?
そしたら体動かしたくなって。」
ジルは顔をパタパタ扇ぎながら答えた。
途端にヤマトは『あ。』と小さく声を出した。
「俺も体動かしたーい。」
(なんせ焦ったし発散したい💧)
ジルは快くヤマトの同行を許可し、オルカと目を合わせた。
「アンタも来る?」
「…鍛練場。確かに案内で見たきりです!」
ギルトは口に手を添え、『いいかもな?』と口角を上げた。
オルカは見事な拘束術を扱う。
是非ともその手腕に触れさせてほしいし、王族の教育としても武術は会得すべきだ。
「では皆で手合わせを致しませんか?」
「!」
『ギルトの手合わせが見られる…?』
こんなの、行かない方がおかしい。
「是非とも!!」
(こいつゼッテー見たいだけだな。)
「いいねいいね~!、じゃあ行こう~♪」
ジルはルンルンと皆を引き連れ鍛練場に向かった。
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