第168話 エンジン始動…?
お祭りさながらの王都を歩きながら、ロバートはおにぎりを二つ買った。天むすと山菜漬けを。
「さてと、イルは教会かね?」
勿論行き先はイルのいる場所だ。
彼がおにぎりを二つ買ったのは、イルと一緒に食べる為だったのだ。
「!!」 バッ!!
教会に入ろうとしたロバートだったが、とある光景が目に飛び込んできて慌てて身を隠した。
そ~っと移動し窓からチラリと中を覗き見てみると、やはり思った通りの光景が。
(…政府の制服。)
自分よりずっと年下の20代中頃と思われる、端正な顔立ちの誠実そうな男性。
その男性の前で首を傾げるイル。
実はこんな光景を、ロバートは何度も見てきていた。
(…またか。)
じっと見ていると、イルが突然パシッと両手で口を塞いだ。
そして顔を赤くし、困ったように首と肩をすくめた。
彼はイルに告白しているのだ。
イルは突然の告白に驚き口を塞ぎ照れてしまったのだ。
「…… …ハァ。」
ロバートは中を見るのを止め、教会の壁に背を突き大きくため息を溢した。
さっきまでいい天気だと感じていた空が、不必要な程に晴れて感じた。
教会のブロックの壁も、今はやたらとゴツゴツして感じるし、敷石を踏む音もいつもより大きく感じた。
「………」
…もう何度もなくこんな光景を見てきた。
その度に、本当に俺はイルに釣り合わないんだと実感した。
だってイルは名字持ちで。俺は平民で。
…それだけじゃなく、血を飲んでいるから長生きだ。
只でさえ年上の俺と付き合ったら…、歳の差は開くばかり。
今でさえ兄貴にしか見えねえのに。
それはすぐに父親になって、最後には介護になる。
「……身を…」
身を引かねえと。
こんな光景を見る度に、何度も何度もそう思うのに。
…駄目なんだ。
ただ好きで。…だが不毛で。
だがどうしたって身を引けず、ズルズルと。
…告白する勇気もないくせに。
誰かのものになってしまうのだけは嫌で。
「…ハア。」
ほんと、…何してんだろうな、俺。
「…あら、…」
「!」
「やだ…来ていたのね?
こんな所で何をしているのっ?」
イルはいつもと同じ様に笑った。…つもりだった。
だかその笑顔も雰囲気も悲しげで、ロバートは彼女が告白を断ったのを察した。
…これもいつもの事だった。
ロバートは無理をしている彼女に暫し思考し、『別に?』と笑った。
「お客さんがいたからここで暇潰してた!」
「…っ、…見ていたの?」
「何が?」
「……」
「政府だからお前の部下かな?って。
仕事の話だったら邪魔しちゃ悪いだろ?」
ロバートの言葉に明らかにイルはほっとした顔をした。
彼女はあんなシーンをロバートにだけは見られたくないのだ。
そんな純真なイルに嘘を吐いてしまった罪悪感から、ロバートの胸はチクッと痛んだ。
「…食べるか?」
「あらおにぎりっ!」
「どっちがいい?」
「うーん。お腹空いたしこっちの大きいのを貰ってもいいかしらっ?」
「お。ナイス。俺は逆に胃もたれしてたからこっちのサッパリが良かったんだよ♪」
二人はいつものようににっこりと笑い合い、自然と並び歩きだした。
おにぎりを食べながら賑やかな王都内を闊歩するのは、普通ならばデートだ。
だが二人にとっては日常だった。
「…少し座るか。」
「ええそうねっ?」
二人は騒ぎから離れた公園のベンチで休むことに。
綺麗な彫刻が何個も並び噴水がある、王都の中でも大人っぽい公園だった。
白い石で造られた可愛いベンチに座ると、二人は少しボーッとしてしまった。
お互いに考えてしまっているのだ。
「……なあ、…イル?」
「なあに?」
「俺達って…さ、」
「っ!」
改まった話の雰囲気にイルは少し緊張した。
今さっき告白されたばかりなので、自動的に頭が恋愛の話が来ると思い、身構えたのだ。
鼓動は突然大きく鳴り出し、つい微かにスカートを握ってしまった。
ロバートは空を眺めながら、『もういっそこの勢いで告白してしまおうか』と思った。
悶々としたまま中途半端な距離を保ち続けるよりも、イルに自由を与えることの方が先決なのではと。
「……俺達…って、…」
「…ええ。」
イルは期待していた。『告白してほしい』…と。
正直ロバートの自分に対する態度は兄目線や友人ではないような気がしていたからだ。
だが私みたいな小娘…とも思っているので、もしロバートから告白してくれたならこんなに嬉しいことはないのだ。
カファロベアロは比較的レディーファースト社会なこともあり、告白するのは男性から。というのが一般的なのも大きいだろう。
イルはドキドキしながらロバートの横顔をじっと見つめ続けた。
「…俺達…も…~…」
「っ、ええ。」
「……付き合い…」
「っ!!」
「…付き…合い……長いよな!」
だが、駄目だった。
本当に勢いで言いかけたのに、言えなかった。
ロバートは『ああもう俺ってほんと救いようがない』と自分に呆れ、イルはシュン…と収まっていく鼓動と同じ様に目線を下げた。
「…ええそうねっ?」
「…だよねぇ。」
「……」
「…ど、どんなんがタイプなん?」
「!」
だがロバートは踏ん張った。
もうこんな距離感が限界なのだ彼は。
なので少しでも自分を奮い立たせようと、今まで避けてきた恋愛についてのトークを振った。
イルはかなり驚いたが、遠回しにロバートに想いを伝えるチャンスだと思い、意を決してロバートの腕に手を回した。
スルッ!
「私の好みの男性のタイプ?
確かにこういう話をするのは初めてねっ?」
(うっおビックリした急に腕抱くかどうしたあ。)
「…だよな?、やっぱギルトみたいなイケメンにはキュンキュンくんじゃねえの?」
「確かにギルトはとっても素敵よ?
でも私はもっと、自分らしく伸び伸びしていて、一緒にいて楽しい男性が好きなのっ!」
「へーえ!、ちょっと意外かも。
…ほら、こういう言い方はなんだけどよ?
正直育ちもいいしさ?、かなり紳士なのが好みなのかと思ってたわ。」
「紳士なりは簡単に見て取れるわけじゃないわよっ?、優しさと同じだもの!、みーんな形が違うし表現の仕方も違う。
私はギルトみたいな真っ直ぐな紳士より…も…」
イルはきゅっと口をつぐみ、意を決して、勇気を振り絞り言った。
「ロ…ロバートみたいな。
心の奥が温かくなる、ようなっ?
…そ、そんな…アットホームな…殿方…が!」
「…え?」
「だだだだって!?、だってとっても素敵よ!?
飾らないしオープンで太陽みたいで温かい毛布のようでステ…素敵よっ!?」
「っ、」
途中から恥ずかしさが限界に達し、顔を真っ赤にしながらモタモタと早口に捲し立ててしまったイル。
だがその威力は、半端なかった。
カアア!
ロバートは20年以上ぶりに顔が爆発するのを感じた。
イルがお世辞で言ってくれている訳ではないのが長い付き合いなのだ。分かってしまった。
そうなると嬉しすぎて恥ずかしすぎて…。
パタパタパタパタ!
「あ!、…熱いなあ!?」
「そうよねごめんなさいっ!!」
「いや、そ、…嫌…なわけでは」
「…!」
バッ!とイルが真っ赤な顔で自分を見上げてきて、ロバートは『まさか…』と目を大きく開けた。
そして次の瞬間には、勝手に口から零れていた。
「…デート、しないか?」
イルは口をムグムグと歪め、更に顔を赤くしながら『はい。』と答えた。
「はい。行くわ?、何処でも!」
「…えっと、じゃあ、…いつ行く?」
「貴方に合わせるわ?」
「…じゃあ、この後…とか」
「勿論行くわっ!?」
「!、じゃあ四地区は?」
「勿論よっ!」
二人は勢いのままデートをすることに。
少し放心しながらポーっと歩く二人が目指すのは、一番のデートスポットの王都ではなく、ベリーとチーズが有名な第四地区だった。
イルはロバートの腕を握り続けていた事に気付けぬまま。
ロバートも気付けぬまま、二人は王都の第四地区のゲートを目指し、歩いていった。
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