第12話 目を細め狙うもの

「……やはり、血…か。」


「ええ。…一体何が。」



 政府は水道水の大元、世界の水石の前に立ち、眼下に広がる鉄臭い血液に眉を寄せ、鼻にハンカチを当てた。

 上を見てみると、洞窟の上部から水石に血が滴り落ちていた。



「……水石は、最初に取り込んだ水分と同じ物を放出する。…やがて小さくなりその身を使い果たすまで…、その最初のデータは失われない。」


「……だとしたなら、…コレは……」


「水石に『リセットが起きた』。

…そしてリセットした張本人こそ…」


「……あの…滴る血。…ですか…?

一体あれは誰の…いや、……何の…。」


「………まあ、僕にも詳しくは分からんがな。

『構造上、理論上、それ以外説明できない』だけさ。」


「ギルト様!」



『ギルト』と呼ばれた背の高い若い男は振り返り、面倒そうに目を細め、『何だ。』…と返した。

 彼の周りは誰もが彼より年上だったが、誰もが彼に敬意を払う行動をしていた。


 政府の白制服はまるで軍服で、白地に金の刺繍が施された物の上に彼だけがマントを羽織っていた。

…その真っ白な制服が、彼の真っ黒でサラサラな髪と、鋭い射抜くような深い紫の瞳を引き立てていた。



「水石の研究者の方が到着されました。」


「…お呼びしろ。」



 入ってきたのは物腰の柔らかい優しそうな男性だった。政府の制服を身に纏うのは同じだったが、ギルト達とは違う腕章を着けており、ハットも制帽てはなく至って普通の物だった。



「すみません遅くなりまして。」


「いえ。御足労頂き有り難う御座います。」



 ギルトは敬意を込め胸に手を当て、パサッとマントを翻し岩の足場を行った。


 地下深くにあるこの空間はとても広く、真ん中には大きな直径20メートルはある水石が。その下には水受けがあり、石の周りをグルリと回れる岩の足場が。足場は三段階の高さが用意されており、今二人が居るのは最下部だった。



「……これは…酷い。」


「…どう見ますか?」


「………」



 研究者はじっと上を見上げ、眉を寄せた。

ギルトは鋭い目を彼に向けたまま、静かに待った。



「……何故…なのか。 …いや、しかし。」


「…率直なご意見をお聞かせ願えればと。」


「……ありえないことに。…データがリセットされたのでは? …としか。」


「………」



 研究者は眉を寄せながら、『破棄しかない』と告げた。

ギルトは小さく息を吐き、『やはりそうですか。』…と制帽を直した。



「…まあ幸いにも、予備の水石は確保済みです。

致仕方無し。…そちらにシフトしましょう。」


「あ、あの…!」


「…はい?」



 足早に立ち去ろうとしたギルトに、研究者は声をかけ引き止めた。

何かとギルトが振り返ると、彼は切なく眉を寄せ、シフトチェンジにどれくらいの時間がかかるか訊いた。

 ギルトは軽く片眉を上げ、しっかりと研究者と向き合った。



「…石の起動自体は造作もないですが、水道管の組み替えには多少なりかかります。」


「…ではその間は、……」


「……ああ!…ご心配なく先生?

政府からも支援として国民に水石と呼び水を支給し対策を。これでシフトチェンジ程度の間ならばどうにか生活していけるでしょう。」


「……そう…ですね。 …

有り難う御座います。」


「………」



 研究者の浮かない顔にギルトは首を傾げ、何か気になる事があるのかと問いかけた。

すると研究者は困ったように首に手を添え、ここに来る前に出会った少年の話をした。



「実は…、外の落ちてくる水に当たってしまった少年が、アレルギーを発症していまして。」


「! …… …アレルギー?」


「ええ。一人が完全に踞ってしまっていて、もう一人のシャツを頭に被せ対策をしていたのですが、そのシャツも変に茶色になっていましてね…?

医者に診せようとしたのですが、アレルギーの薬があるから大丈夫…と。

…近所の方なのか、知り合いの方とおぼしき方が『予備の水石があるから薬を飲ませられる』と言って頂けたので任せたのですが、…なんだか心配で。

私もここに向かう道中でしたので、仕方なかったといえばそうなんですが、……可哀想で。

もっと何かしてあげれば良かったなと。

…ああいう体質の子はそれだけで苦労します。

……只でさえ未知の水が降り注ぎ、…更に水道水まで鮮血と化してしまった。…なんて、……

だからなるべく…なるべくで宜しいので、どうか対策を急いで頂ければなと。」



 ギルトは目を細め…、ふっと微笑んだ。



「ええ勿論で御座います。

我々は善良な国民に全力で投資すべき存在。

…流石は先生です。僕もそのように高い意識を持続せねばならないと、改めて痛感致しました。」


「いえそんな!……では、お願いしますね?」



 踵を返した研究者を、今度はギルトが引き止めた。



「今後の為にも、その少年について詳しくお聞かせ願えませんか…?」


「? …ええ結構ですよ?

…まあ、先程話したより多くは特に出てこない気も致しますが(笑)」



 ギルトはにっこり笑い、『いえ充分です』…と、研究者を連れ出ていった。






ガチャン…!!



「オルカ…!?」



 夕方、カフェにイルが駆け付けた。未だ降り続く雨に彼女はびしょ濡れになってしまっていたが、迷わずオルカに駆け寄り抱き締めた。



「…シスター。」


「~~っ、…良かっ…た!」


「…心配かけてごめんなさい。」



 イルは涙目になりながら、茶髪に染められたオルカの頭をゆっくり撫でると…、パッとヤマトに向き直り立ち上がった。

そしてそのまま、椅子に座るヤマトを抱き締めた。



「…!」


「~~っ、ありがとうねヤマト!」


「……べつにっ?」


「ごめんなさいね…っ、ありがとうね…!?

良かったわ二人が無事で!!…良かったわ…!!」



 ヤマトは少し赤い顔で、ニッとオルカに笑った。

オルカもやっと息が出来た気がしてほっと安堵し、窓の外をぼんやりと眺めた。


結局、茂もジルも多くは語らず。

ヤマトとオルカは、地毛を知られていたのではなく、染めてたと知られていただけと結論付けた。









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