第201話 煙草さえ残らずに

「どうしたのヤマト!?、早く行かないと!?」


「…なあ、オルカ。」


「なに!?」


「……壊せ。」


「…… え?」


「この世界を、……壊せ。」



 ヤマトの言葉にオルカは愕然と目を見開いた。

だがヤマトは真剣に続けた。



「もしお前の子供が生まれたとして。

…その子供にお前は、その責任を押し付けるのか?」


「…!」


「何も話さない事が、真実を告げない事が…、お前に出来るのか?

いやそれだけじゃない。コアに封入されたこれまでの歴史全てを、子供に見られないよう細工する事が可能なのか…?」


「………」


「…あいつに従うのだけはゴメンだが、俺は正直、…っ、…正しいのは、オーストラリアを取ることだと思った。」



 オルカは眉を寄せヤマトと目を合わせ続けた。

 ヤマトは、今まで誰もくれなかった意見をくれた。

誰もが決断を出せなかったのに、切なく顔を歪め本当に辛そうにしつつも、ヤマトは自分の出した答えをオルカに教えてくれた。

何故かオルカは、反対の意見なのにホッとしていた。



「っ、…だってさ!、柳ってきっとさ?

本っ当に…いい奴だったんだろ?」


「っ、……~~…うん。」


「普通出来ねーよ。…未曾有の事態に巻き込まれてる場所に、行くことを許可すんのも、同行すんのも。並大抵の勇気と決断じゃなかった筈だよ。

…お前の為に、凜にまで話付けてさ。

……そんな人が、…殺されたんだ。」


「つ…!」


「殺されちまったんだ。

その歴史の上に、今のカファロベアロがあるんだ。

…もしこれが一周目と同じメンツで、同じ犠牲で作られた世界なんだとしたら、…俺はっ、多分、…カファロベアロを取っていた!」


「~~…うん。…うん!」


「でも柳は!、本当に巻き込まれた!!

だったらもうっ、全てを…リセットして…でも!

柳に礼をしねえと!、俺は生きていけない…!!」


「ヤマ…ト!」



……サラ!



「!」


「…血が、…溶けた。」


「砂…に!!、急いで出て!!」


「…いや、もう間に合わない。」



 ヤマトの指先が砂になった。

ヤマトを守ってくれていた茂の血が、燃え尽きたのだ。

 オルカは必死にヤマトに出るようにいったが、ヤマトには分かった。

この砂化は、一度光に触れたらもう止められないのだと。


 ヤマトは最期を覚悟し、指先を溶かしながらオルカの腕を強く掴んだ。



「カファロベアロを壊せ。柳を救え。」


「出来…ないよ…僕には!」


「じゃなきゃお前は、絶対に後悔する。」


「…!」



サラサラ…ザラ…ザラザラザラ…



「っ、大丈夫だ。痛みは無い。誰にも無い。

きっと世界は綺麗にほどけていく。

根っこから消えるんだから。

大崩壊みたいな惨事にはならない。」


「ヤマ…ト!!」


「お前の務めを。責任を果たせ。」


「!!」



僕が生まれてきた、…責任。



「そして柳を救え。

それこそが、正しい選択だ。」



ザラザラザラ…



 ヤマトは足が砂と化しガクンと膝を突いても、強くオルカの腕を掴み続けた。

すぐにその腕が砂と化しても尚、ヤマトは強い瞳でオルカを諭し続けた。


 オルカは涙をボロボロ落としながら、ヤマトを強く抱き締めた。

どれだけ上擦りながら名前を呼んでも、力を注いでみても、ヤマトの崩壊を止める事は出来なかった。



「…ありがとなオルカ。」


「ヤマト!!、嫌だ…ヤマト…ッ!!!」


「お前の兄弟やれて、…幸せだった。」



パパ、モエ。 …ごめんな?


家族として正しく居られなくて。

…碌に恋人もやれなくて、…ごめん。



「……煙…草…」


「っ、うん!」


「…マ ス… ター… …  」


「今…つけるから!」



 イルは目に飛び込んできた光景に、歯を食い縛りスカートをまくり上げた。

そして右ももに巻かれたベルトからオルカの法石をバッと出し、ヤマトに投げ刺した。



ザラ…!



 直後、ヤマトは砂となった。

服も煙草も…、ヤマトが身に着けていた何もかもと共に、砂となった。



「ヤマト…!!」



 オルカはその場に四つん這いに項垂れ、大声で泣いた。

最後に茂からのプレゼントである煙草を吸わせてあげられなかった事が、何よりも辛かった。


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