第64話 研究をしよう

「柳さんの家初めてです。」


「言っとっけど何もねーから。」



 バイキングでの食事中、門松に電話がかかってきて彼は中座してしまった。

職場からの呼び出しだ。

これはよくある事だったが、こんな事がある度にオルカは門松が本当に忙しい人間なのだと痛感した。


 柳も慣れたもので、『どしたんすか?』と普通に訊ね簡単に案件を聞き『行ってらっしゃい頑張って』と端的に送り出した。



『良かったじゃないすか。

取りあえず蕎麦食えて(笑)?』


『本当な~?

んじゃ行くわ。悪いなオルカ?』


『いえ、お気をつけて。』



 三人の休日に何処かに出掛け、三人で一日を終えたことなど、この三年で二回も無い。



「まっ!、今日は好都合だったなー?」


「…柳さん、どうして門松さんには」


「まあ待てって?、とりまシャワー浴びてい?」


「あっはい勿論です。」



 柳の家は門松のアパート程古くはないが築20年は経過しているアパートで、六畳の和室と十畳程のリビングダイニング、そしてお風呂とトイレがあるだけの、広く感じる家だった。


色んな小物がコチャコチャとある部屋を想像していたオルカは、本人が申告した通り何も無い部屋に少々驚かされた。



「……僕の部屋より質素💧?」



 門松の家の一室を個室として間借りしているオルカよりも物が無い気さえする部屋だ。

 寝室にしている和室には簡素な布団と背の低いタンスだけ。

リビングと和室の間の区切りにはハンガーがかけられていて、スーツ一式はここにかけられていた。

リビングにはテレビすらなく、あるのは低いテーブルと座布団、ノート型PC、それにタブレットやスマホの充電ケーブルだけ。

 普通サイズの部屋がそれなりに広く見えるのはこの所為だろう。



「……」



 だが一点でオルカは目を止めた。

それは寝室の低いタンスの上で、オルカは微かに口を開けるとそのタンスに歩み寄った。



「……君が、『あーちゃん』?」



 タンスの上には二枚の写真が。

そして線香立てとりんと、遺影が置いてあった。

簡易的な仏壇なのだろう。



「…もしかしてこれ、柳さんかな?

じゃあ隣は…お父さん…?」



 小さな女の子が輝くように笑っている写真の隣には、卒業式に撮られたと思われる写真が。


青とグレーのお洒落なブレザーを身に纏いピースする、恐らくは柳と思われる青年の隣には…、同じようにピースするいい笑顔の男性の姿が。



「……なんかこれじゃ、柳さんまで亡くなっちゃってるみたいだな💧」



 そっと苦笑いするとオルカは冷蔵庫を開けて、『ふぅ』と鼻で溜め息を溢した。





ガラガラ…



「フィ~スッキリした~!  …って、…ん?」



 シャワーを浴び終わり透けガラスの引戸を開けリビングに戻った柳は首を傾げた。

オルカが居ないからだ。

 低いテーブルに目を落とすと、自分のキーホルダーが丸々消えていて、『ああ外に出たのか』と納得し、髪を乾かした。


 すぐにオルカが帰ってきて柳にキーホルダーを返却した。

やたらビニール袋を持ち帰ってきたオルカに首を傾げていると、オルカは柳にビールを出し、雑談をしながら料理を始めた。


メニューを聞くとお味噌汁とつまみとのことで、柳はケラケラと笑い『サンキュー♪』と缶を開けた。



トントントン…



「……柳さん。」


「んー?」


「冷蔵庫、スッカラカンじゃないですか。」


「あー。…だって寝るだけだし?」


「門松さんの家にはいつも来るのに?

この家に帰る時間は無い。と?」


「おーう!、門松さん家はメシもセットで出てくるしなー!」


「ちゃんと食べなきゃ駄目でしょ💢?」


「…でたー。門松さん仕込みのお説教~。」


「真面目に聞いて下さい。」



 …といった理由で買い出しに行ったそうだ。

 柳は怒られてもケラケラと笑うだけで、オルカが用意していく漬けマグロや牡蠣のガーリック炒め、牛肉のスパイス炒めなどを『最高♪』と堪能した。


 オルカは呆れつつもしっかりと柳の好きなつまみでテーブルを埋め座り、ジンジャエールで乾杯した。



「さってと!、んじゃ早速やってくかー。」


「…え。もう始めます?」


「おう!、別に俺が酔っててもお前が酔ってなきゃ順調に進むし?」



 まだまだ食べ飲みながら、とてもフランクに検証は始まった。


 テーブルにタブレットを置きビールを飲み、柳はオルカに検証内容を説明した。



「今日からやるのは、早く言えば『研究』な!」


「…研究?」


「そ!、謎解きだよ。

この地球にカファロベアロは存在しない。

…だったらリンクを通しカファロベアロのデータを入手しながら、『カファロベアロとは何なのかを研究する』んだ。

名は体を表すって言葉があるだろ?

この世の全てには必ず意味がある。

例えば俺の『柳』という名前、漢字にだって、何故こういう形になったのかの理由が存在するのな?

だから『カファロベアロ』という名前自体にも必ず意味がある筈だし、リンクという現象にも、もっと多くの可能性がある筈だ。

そして、こうやって物事を突き詰めていけばお前はその道のプロになる!

そしたら帰る手段も見付かるかもだろっ?

なーのーで、研究を行う。」


「ああ!、今までのように『探す』のではなく。」


「そ!、俺は行ってねえからよく分かんねえけど、門松さんは大学で結構研究とかしてたみたいだぜ?

…まあ、一番そっちでズバ抜けてんのは本田さんだけどな。」


「…本田さん?」


「あーいやなんでもねえわ。

…尊敬はしてっけど苦手なんだよあの人。」


「?」



 『まあいいや始めるべ!』…と研究は始まった。


 柳はまず、とにかくリンクさせた。

これまで『使わない方針』でやってきたので、オルカは未だにリンクの詳細を知らない筈だと踏んだのだ。



「ギルトの夢だって、絶対リンクだろ。

…まだまだこのスイッチには謎が多い。」


「…三年前にこの石が何の石なのかを鑑定に出したましたよね?、結果ってどうだったんでしたっけ?」


「炭酸塩鉱物。」


「…あ。炭素を含む鉱物ですか。」


「そ!、透明度は高いから希少らしいけど、じゃあ何の鉱物なの?って聞かれると分からなかったらしいぜ?

まあ門松さんも色々警戒して深追いはさせなかったからなんともだけどな。もう少しちゃんと調べさせたら特定も出来たかもな?」


「ですね。」



『ダイヤモンド』『サファイア』『フローライト』『コランダム』。

 名字持ちが全て石に因んでいるので興味を持ち、今では鉱物にかなり詳しくなったオルカ。

テレビや店頭でそれらの石を見ると、つい目を止めてしまうそうだ。



「あっそうだ。スイッチ貸せ。」


「?、はいどうぞ。」



スタスタ…コトン。



「よし。スイッチに触れてなくてもリンク出来るのかの検証スタート!」


「ああ成る程!、ではいきますよ?」



キラキラ…



「……いや、余裕で出来んじゃん。」


「…ですね。」



キラキラキラキラ~



「……チョー順調じゃん。」


「何の違和感もなくリンク出来てます。

…ハア。また『僕の謎シリーズ』か。」


「ん?、…ああ思い出した!!

『ダイア家初の男児』だの!

『歴代女王は常に淡く髪が光ってたのにお前は陽光に反応する』だののやつか(笑)!」


「あー思い出したくない💧

茂さんも『すまんよく分からん』ってハッキリと言ってたんですよ。

…つまりこの研究は、僕の研究と同義なのか💧」


「…ドアにかけとく?『オルカ研究同好会』って」


「やめて下さい💢!!」



 やはりオルカの特性と、これまでの王族の特性には違いがあった。

柳はそこに注目した。

『何故オルカだけが特別なのか』と。


 そしてリンクを続けていく内に、オルカは『記憶が見られる』事を発見した。

それはコアがデータの様に貯蔵している映像を引き出すような感覚なんだそうだ。



「ふーん?、……じゃあさ、歴代女王の人数とか、容姿とか名前とか、分かる?」


「…… …分かりそうです。」


「んじゃ書いてって!」


「…どの程度詳細に?」


「なるっべく詳細に。

色も細かく、顔の輪郭とか目の形とか、服も。

あとそれぞれのスイッチの大きさや形、色、そしてスイッチ使用時の発光の有無だの」


「分かりました全力の研究ですね。」


「当たり前だろ気張れや。」



 他にも、三年前にも書かせたコアの絵を見て、『コアの現在』が見られるのかを確認したり…


王族以外の記憶が見れるのかを検証したり…


 研究は進みに進み、柳の酒も進み…

いつの間にか研究を開始して5時間が経過していた。



「……って柳さん!?」


「んー?」


「もう11時ですよ!?」


「…だから?」


「寝ないと!!」



 朝の早い柳への当然の深夜通知だったが…

柳はキョトンと首を傾げた。



「いや、別に慣れてるし。」


「ええ!?」


「一昨日も二徹明けだし。」


「だからほんのりと声がいっちゃってたんですね!?」


「…そうだった(笑)?」


「でも今日はお酒も飲んでますし!?」


「あー。…まあ、」


「いいから寝て下さいっ!!」



 休みの日くらい早く寝て欲しいオルカ。

色々と慣れすぎてどうでもよくなっている柳。


 オルカは必死に柳を布団に寝かせ、『うひゃー💧』とリビングに項垂れた。



(門松さんで分かってたけど!

日本警察…オカシイよ!!)



 そういう彼も朝からバイトである。

 育ち盛り眠り盛りのオルカは、歯を磨くとすぐに座布団を並べ寝転がった。


 そして独特な疲労感の中、『なんだかんだ楽しかった』とクスクス笑い、眠った。




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