第65話 走馬灯
『入学おめでとう。』
『あーちゃんの分まで頑張ってね…?』
…そんな顔で言われても嬉しくねえよ。
ガチャン!!
『フザケるなよ!?
辛いのは俺だって同じだろ!?
それ…なのに!!、なんで自分だけが地獄味わってるような顔して…!!』
『もう嫌なのッ!!!』
『つ…!』
『頑張っても頑張っても…!
何をしてたって…あの子のっ、影…が!!!』
『……同じこと、楓に言えるのか…?』
『つ…』
『引っ越せば満足なのか…?
…家に居るのが辛いから浮気をしていいのか?』
『~~っ…』
『……俺達に振り回される楓が一番不憫だよ。』
だったらやめてくれよ。
…喧嘩なら俺が学校行ってる間に済ませてくれよ。
…こんなんじゃ泣きたくても泣けねえよ。
……このままじゃ、あーちゃんが自分のせいだって天国にいけねえよ。
『ごめんね楓…』
母親が家を出たのは、あーちゃんが死んで二年後だった。
俺は笑顔でヒラヒラと手を振った。
『ちゃんと結婚しろよ?』…と。
その時、どう思ったんだろうな?
俺の笑顔と言葉に、あの人は泣いてた。
『オトーン、弁当。』
『ああありがとな楓!、行ってくる!』
『いい歳して寝坊とかダサー!』
『悪かったって!!、じゃあな!?』
『うぃー行ってらー。』
高校時代の記憶は酷く曖昧だ。
入学式があったのは、妹が亡くなってまだ一ヶ月の頃で。
まだまだ家の中も俺の心もお通夜モードなのに…
辺りには桜が舞ってて、……
温度差に、ひたすら目眩がした。
中学ん時のダチも一人も居ないし、ただ淡々と授業を受けていた気がする。
でも何のために勉強してるのか、いつも分からなかった。
大学を目指す気も無いし、文法や言葉遣いに直結する現国ならまだしも、こんな数式だのが何の役に立つのかと。
両親は母親の浮気をきっかけに離婚した。
だから俺は学校が終わったら家帰って家事をやんなきゃならなかった。
父親の稼ぎはしっかりとあったし、離婚で母親に払うモンも特に無かったから家計には余裕があったが、俺は学校の無い日にはバイトを入れた。
なんかちょっと、家が余りに静かで。
全てが揃っていた頃と余りに違くて、居づらかったんだ。
でも家事は嫌いじゃなかった。
というか、親父は本当に家事が苦手で。
『しゃーねーな俺がやってやるよ』って、なんか笑っちまって。
弁当箱埋めるのすら最初は苦戦したけど、慣れてくればどってことなくなった。
むしろ…、お金貯めて引っ越したかったんだ。
てか、最高に綺麗な家を建てたかった。
親父もきっと俺と同じように、この家の温度差に疲れている筈だから。
綺麗な新築を建てて…、それでやっと区切りっつーか、リセットになるような気がして。
この家はじいちゃんが中古で買った家だったから老朽化も進んでたし、丁度いいじゃんて。
…それを話したら、親父は笑ってた。
なんとも言えない顔で。
…多分、俺への罪悪感に苛まれていたんじゃないかな。
『苦労かけてごめんな』って、何度言われたか知れねーもん。
コトン… チーン…
『おはようあーちゃん。
今日のモーニングは卵ボーロな!』
『あ!?、ヤバイもうこんな時間!?
ごめんなあーちゃん行ってくる!!』
チーン!!
『オトン弁当💢!?』
『ああっと悪い!!鍵閉めといてくれ!?』
ドタドタ…バタン!!
『……ハア。…あんな親父だけどさ?
事故とかに遭わねえように見てやってな(笑)?』
妹の髪を切ったり服を選んだりが、妹の遺影のお世話に丸々代わり…、三年。
高校もあと一ヶ月で卒業だ。
毎日朝晩とお水とお供え物を替えて。
どんなに忙しくてもりんだけは鳴らして。
…なんだかんだ、俺と親父は立ち直ってた。
あんなに苦しかったのに、今では二人で笑って生きる事が出来てた。
…マジで三年で凄いなって。
妹の死から始まり、親の喧嘩を毎晩聞いて。
離婚して、家事までやるようになって。
マジでたった三年しかたってないの?って位、気が付けば成長した気がして。
『…お仏壇も新しくしような?
兄ちゃんが買ってやるから♪』
高校卒業が近付けば近付く程、俺はワクワクしていた。
…多分、スタートが悪すぎたんだろうな。
碌に友達も作んなかったし、欲しかったのは卒業証書だけなんだから…、そりゃつまんなかったよ。
でも卒業しちゃえば、俺は好きに生きられる。
学校に拘束されて、『何のための時間なんだろう』ってダラダラ考える必要もなくなる。
やりたいことが全部やれる!
やってみたい仕事が山程ある!
親父は『転職し続けるのはオススメしないぞ』って苦笑いしてたけど、…そうか?
だって一生に一つの仕事しか出来ないとか、勿体ないじゃんか!
…いや、まあ、それもカッコイイけどさ?
俺はしたい事を全部したいんだよ!
でも未来の選択肢の中に、スタイリストは無かった。
『無事に今日を迎えられました。
いつもありがとなあーちゃん。』
『…行ってくるな茜。楓、忘れ物無いか?』
高校の卒業式、俺はいいって言ったのに親父は有給を取ってくれた。
入学式以来だ。誰かと通学路を歩くのは。
『なんか色々あったなー』って呟いたら、親父は『ジジくせ』って笑ってた。
卒業証書を受け取って壇上を下りる時、俺は目敏く親父を見つけ思いっきりピースした。
クラスの席に戻ると、隣の子が『柳君の笑顔初めて見たよ』って笑った。
皆の笑顔が、これからどうなっていくのか。
俺の笑顔も、どうなっていくのか。
入学式で抱くべき感情を、俺は卒業式でやっと知ったんだ。
クラスメイトは親の涙を笑っていた。
俺はなんでか、そんな彼らを『子供だな』と思った。
パチパチパチパチ!
保護者や先生達の拍手の中、体育館を後にする寸前、俺は振り返り壇上を見つめた。
そして想像した。
校長先生から卒業証書を渡され、笑顔で俺にピースをして階段を下りる……妹の姿を。
『……っ!』
そしたら途端に泣けてきて。
教室に戻っても机に突っ伏して泣き続けて。
クラスメイトはそんな俺にガチで驚愕しつつも、『おめでとう』『やったじゃん』って。
『妹と一緒に卒業したんだろ?』…って。
俺はその時初めて、クラスメイトが俺の事情を知っていた事を知ったんだ。
『なんで知ってんの泣かせないでくんない!?』
『いやなんか、…入学式で話してんのを?
ちょっと聞いちゃった?っていうか?』
『…ぶっちゃけ有名だったよ💧?』
『嘘だろマジであり得ないんだけど!!』
こんなにクラスメイトと喋ったの、初めてだった。
誰もが俺を気遣いつつ見守っていてくれたなんて…
マジで奇跡に感じて。
マジでいい奴らすぎないかって。
なんでか最後に、俺を中心に全員で写真撮って。
そしたら先生まで泣き出すし、…もうちょっと、『一生ものの感動だ』と、冗談抜きに思った。
『今日なに食べたい?』
『いーよ普通で。』
『焼き肉にするか!』
『いや聞けよ!』
『なんだ、寿司にするか?』
『……焼き肉♪』
『そう言うと思って予約してんよ!』
『ハハ!、なんだよそれ!』
俺は最高の気分で。
校内を親父と歩くのは本当に妙な気分で。
見事な快晴で。桜は満開で。
『俺の人生にはもう、何の障害も無い。』
本当に、そんな気持ちだった。
キイイイイ!!!
『かえ…ッ…』
ドッ!!
『キャアアアアアッ!?』
『なに!?』『うそ!!』
その事件はニュースになった。
『卒業式を終えた学校の校門に車が突っ込んだ』という…凄惨で胸が痛む事件として。
だが画面には、規制や警察車両は映れど…
血の跡が映る事はなかった。
『………』
救急車に乗せられども、俺の手当てなど消毒程度で済む筈なのに。
救急隊員は親父に押され倒れた時に出来た擦り傷を丁寧に消毒し、保護テープを貼った。
警察に保護されども、言えることなど無い。
『車のブレーキ音が聞こえた気がした。
でも押されて倒れて。気が付けば車が門に突っ込んでた。』
俺に言えたのはそれだけだし、警官が欲しいのもその証言だけ。
『………』
ただ、涙が止まらなかった。
親父は車に気付き、咄嗟に俺を押したんだろう。
その所為で腰から車にぶつけられ、壊れたミラーにベルトが引っ掛かり…、そして校門に衝突した反動で派手に地面に叩き付けられた。
クラスメイトも三人犠牲になった。
その内の一人の保護者も車の下敷きになった。
『…お父さんの電話帳でな?、お母さんの連絡先分かったから。
今から来てくれるって言うから…』
『………』
『……』
聴取が終わった後現れた三十代に見えるスーツの刑事はとても親身にしてくれた。
きっと俺が、涙は流せど声を上げて泣きもせず、ただじっと座り続けたからだろう。
温かいコーヒーを出してくれたり、『残念だったな』『親戚は?』と俺を気遣うその刑事に、『この人は優しいんだろうな』と思った。
けれど、何の言葉にもなってくれなかった。
『楓…!!』
程なくして母親が迎えに来た。
会うのは一年ぶりだし大して変わって見える筈がないのに、『誰だこの人』と俺は思った。
『こんなことになって…っ、…うっ!』
彼女は泣いていた。
上ずりながら俺を案じ、何度も抱き締めてくれた。
けれど何故なのか、俺は不快で。
正直、会いたくなかったのが本音で。
…でもなんでそう感じるのかが分からなくて。
彼女が家を出ていく時も、複雑な気持ちはあれど『幸せになって欲しい』と応援していたのに。
嫌いとか、ウザイとか…、そんな気持ちなんて抱いていなかったのに、何故かこんな時に…、彼女という存在に嫌悪感しか抱けなくて。
『大丈…大丈夫だからね?
とにかく、…帰ろう?
明日からは…、私の家に来て?』
『……』
『…お葬式とか、私が全部やるから。
だから大丈夫だからね!、楓。』
母親は親父を愛していた。
けれど妹の死に堪えきれず、家の外に安らぎを求めた。
どちらかといえば逃げるような…
ある種では自傷ともいえる逃避行動の末、浮気をしてしまった。
決して親父に愛想を尽かせたわけではない。
だからなのか、彼女は本当にボロボロ泣いていて。
俺の腕を支える手も、ずっと震えていた。
『………』
だがそんな愛情溢れる手に、俺は堪えられなかった。
……パ…
『一人で帰れる。』
『…え?』
『アンタは自分の家に帰んなよ。
…葬式も俺が一人でやるし。』
『な…なに言ってるの!?
あなたまだ18になったばっかなのに』
『18才って大人だし。』
『…楓!、すごい…ショックなんだよね!?
大丈夫だから!、お母さんがちゃんとあなたを』
『だからいいって!?』
『っ…!』
俺だってこの人に愛されている。
それをちゃんと実感してた。
離婚した後だって、誕生日にはプレゼントが送られてきたし、正月には年賀状とお年玉が送られてきたし。
親父が亡くなって本当に悲しんでるのだって、ちゃんと…ちゃんと分かってた。
だけど、俺は突っぱねた。
本当に嫌だったんだ。
…触れられるだけで鳥肌が立つ程。
『いいから…帰れよッ!!!』
俺は一方的に会話を切り上げ、走って帰った。
俺はスーツの刑事が教えてくれた相談所に電話し、葬儀の段取りや遺品整理の相談をした。
次の日には弁護士が来て、遺産相続について詳しく説明してくれた。
どうにかなりそうだと俺はホッとした。
墓もあるし、家族葬で送ればどうにかなる。
あちこちの手続きは大変だったけど、別に時間もあったし、どうにかなった。
…でも。
『では、お父様に最後のお別れを… 』
『… …… ア …… あ …』
『! …大丈夫ですか?、柳さ』
『ぁ… アア"…!!!』
葬儀で俺は、気絶した。
親父の遺体が家にある間、俺は本当に忙しくしてて。
だからちゃんと向き合ったのは、本当に出棺の時で。
その時からなんかおかしくて。
足の感覚が無いし、視界はグラグラするし。
そして最後の別れに花を手向けようとした瞬間…
白く、別人のようになってしまった親父の…その顔を見た瞬間…
『もう会えないんだ』『もう動かないんだ』…と。
そして、『俺は本当に独りぼっちなんだ』と。
それに気付いた瞬間に、意識が遠退いて。
気が付けば斎場の控え室で寝かされてた。
『柳さん…?』
『! ……あ…れ?』
『大丈夫です。…お水飲めますか?』
『…はい。…ありがとう…御座います。』
スタッフの対応は本当に親切だった。
なんせ高校を卒業したばっかの子供が父親を送り出すんだ。
…考える事は多かったんだろう。
その後の事はぼんやりとしか覚えてない。
周りが色々とやってくれて…、流されるように親父は燃えて…綺麗な壺に納まった。
そして俺の生活は、元に戻った。
ジャー… …キュ。
『………』
誰も居ない家で、自分の為だけに家事をやる。
…なんて、出来なかった。
体は『あーメシ作んねえと』って立ち上がるのに、野菜を洗ったりしてたら…、急にスン…て何かの熱が冷めて。
今までなんとも思わずに出来てた事が、急に気合いを入れても出来なくなってて。
『……』
チーン…
妹のお供え物は交換するのに、親父の好きな酒も毎日交換するのに…
自分の面倒は何一つ見れなくて。
増えた遺影によってなんとなく豪華に見える仏壇の前で、昼夜もよく分からないままぼんやりと過ごした。
ドンドン!
『…楓?、居るんでしょ!?』
ドンドン!
『……バイト…してるのかな。』
『心配しすぎだろ。
…本当に葬儀まで自分でやったんだろ?
そんなしっかり者なんだから大丈夫だよ。』
『でも!?』
葬儀から三日後には母親が来た。
俺はインターホンにもドアを叩く音にも返さなかった。
スマホの電源も切っていた。
ただ、ひたすら眠くて。
何度も起きるのに、眠くて。
ふと気が向いた時にお供え物を替えて。
トイレに行って。…またすぐに仏壇の前に寝転がって。
夢や希望や展望は、いつの間にか俺の中から喪失していた。
あるのは時間だけ。
その時間さえもう感じない。
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