第66話 帽子をかぶせたその時
ピッ ピッ ピッ…
『………』
気が付けば、知らない部屋にいた。
俺はいつも通り『仏壇…』と起き上がり、首を傾げた。
『…あーちゃんが居ない。』
…本当は、何処かでは分かっていた気がする。
『ここは病院だ』って。
でもなんかこの時の俺は、頭がなんかのフィルターに覆い被せられてしまったかのように、思考と現実が一致しなかった。
『あーちゃんと親父は何処だ?』って、それだけだった。
『……ああ。…そうだった。』
『どこ?、どこ?』と二人を探し…、何故か唐突に実感した。
『二人はもうとっくにいないんだ』…って。
『…………』
…本当に、聞こえた気がした。
何かの糸がプツン…と切れてしまった音が。
「酷い脱水状態ですし、栄養失調です。
危なかったですが、一日入院して点滴をして、しっかりと食べれば大事ないですよ?」
「ありがとう御座いました先生。」
「…あと、メンタルのケアをした方がいいかなと。
お父さんが目の前で轢かれたんですから。」
「はい。」
「しかし、良かったですよ本当に。
…鍵を壊したんでしたっけ?
人命には変えられません。…いい判断だと私は思います。」
「…何度、時間帯をずらして様子を見に行っても、ポストもそのままだし、いつも灯りがついていなくて。
旦那には止められたんですが、……
本当に、壊してでも入って、…私も良かったと思っています。」
カラカラ…
「…え!?」
「……お母さんはここでお待ち下さい!」
「ウソ!!、何処に……楓!?」
ペタ… ペタ…
……帰りたくて。
…でももう、帰りたい場所なんて何処にもなくて。
ペタ… ペタ…
思い出すのは…、妹が生まれた頃ばっかで。
最高に幸せだったその頃が、俺に手を振っている気がして。
『こっちにおいで』って。
ペタ… ペタ…
ブロロロロ…
…ピタ。
車が通る度に勝手に足が止まった。
こっちに向かってくるって恐怖が体を固めた。
でも車は突っ込んでこない。
『親父には突っ込んだ癖に。』
俺の足スレスレに残ったタイヤ痕。
車の下から伸びる、ダランとした女性の腕。
壊れた校門。そこら中から上がる叫び声。
体を僅かに痙攣させながら、耳から血を流す親父。
『なんで俺だけ生きてんの…?』
俺が死ねば良かったのに。
俺が轢かれれば良かったのに。
あーちゃんの時だって。
親父の時だって。
『にーたん!』 『楓!』
……ああ。 …今行くよ。
キキイッ!!!
ピピピピピピピピ!
「…!」
クツクツ… トントン。
「…………」
柳はむくりと体を起こし目覚ましを止め、寝惚けたまま、キッチンでパタパタと動くオルカの背を見つめた。
「……… オルカ。」
そしてオルカに声をかけると、オルカは「あっ起きました?」と炊けたばかりのお米を混ぜた。
「朝食すぐに出来ますよ?
…って酷い顔ですよ柳さん!?」
「………」
ブッスーと歪んだ顔。
目の下には隈、眉間にはシワ。
『署内随一のイケメン』と自負する柳とは思えないブサイクぷりにオルカは思わず吹き出し笑ったが、柳はボリボリと頬を掻き、手をフラフラと動かした。
「タブ。…俺のタブ開いて検索かけて。」
「? …はい。……なにを調べるんです?」
(変な夢でも見たのかな?)
「『走馬灯を見た 対処法』。」
「はい。…走馬灯を見 なんですって!?」
「マジだから。
俺今日仕事休む。仕事してる内に死ぬから。」
「ちょ…柳さん!?」
本当に布団に寝直した柳に慌てて駆け寄り、バサッと布団を剥いだオルカ。
柳は完全に膨れっ面となり、「休む。…って門松さんに電話して。」と平然とねだった。
オルカは苦笑いして布団の横に座り、『怖い夢でも見ましたか?』…と首を傾げた。
…パチ。
「……べっつに?」
「じゃあずる休みになっちゃいますよ(笑)?」
「へいへい。」
…三年あれば、人は変われる。
「頂きまーす。 …あー味噌汁沁みる~♪」
「…味付けどうですか?」
「ウメーよ?」
そして一瞬で、地獄にでも落ちれる。
「お前もバイトだろ?」
「はい。」
「んじゃ学校終わるタイミングに合わせて迎え行くから、今夜も研究な。」
「…でも、門松さん家の家事をやらないと。」
「いいよいいよ明日で!
俺から言っとくから。『門松さんばっかオルカメシ食えてずるいんで、あいつ暫く俺が預かりますんで』って。」
「ええ…💧」
「俺の横柄っぷりには慣れてっからへーきへーき!」
「……分かりました。
…本当に仕事切り上がります?」
「多分!」
「怖いなあ。だったら僕普通に帰って待ってますよ。」
「へーきへーき! …多分!」
「ええー。」
俺がこいつを敬遠してたのは…
存在と発言が意味不明っていうのもあったけど…
多分、『15才で激動の人生を送ってる』という、自分との共通点があったせいだろう。
自分を見てるみたいで、苛立っていたんだろう。
まあ、門松さんの超ド級のお人好しっぷりを知ってるってのもあったけどさ。
…ほんと、箱に入った捨て猫なんて見かけた日には、背広着てようが抱っこして『どうしよう柳?』…だもん。
ずーっと公園に居る子供にも話しかけるし。
変なアザがある人にも話しかけちゃうし。
不良少年ズの喧嘩に割って入っては、『どうしたんだよそんなに苛ついて?』って話聞いちゃうし。
ほんっと、只でさえハマ署随一の敏腕刑事で通っててクソ忙しいのに…、自分から面倒事を拾いに行っちゃう人だから。
だから、余計な負担を抱えて欲しくなくて…、オルカに噛みついてたのは、確かだった。
「んじゃ行ってくんわ。」
「待って下さい柳さん!一緒に出ます!」
「…へ?、だってバイトまだだべ?」
「門松さん家じゃないんですから!
柳さんの家の合鍵は持ってないですから僕!」
「あー。…忘れてた。」
「もう…💧」
でもこいつに帽子をかぶせた…あの瞬間。
驚いてパッチリでかくなった目を見た瞬間に…
『人は変われる』って事を急激に思い出したんだ。
『こいつが妄言を吐いているにせよ、本当にどっか異世界の王様なんだとしても。
こいつだって必ず自分の意思で未来を切り開ける時が来る』…と、思い出したんだ。
そしたらなんか、…急に敬遠していた気持ちが消えて。
『帰してやらなきゃ』って気持ちしか残らなかったんだ。
「……なあオルカ。」
「はい?」
「……」
『帰りたいのに帰れない』
『途方もない孤独感』。
俺とは違うけど、でも同じ痛みにこいつが押し潰されないように。
今度は俺が守ってやらなきゃ。…って思ったんだ。
「…」
「…今朝の柳さんは、少し不思議ですね?」
「……そう?」
「はい。…昨日話したから…なんですかね?」
『お兄ちゃん。…って感じがします。』
「…!」
「なーんて。…厚かましいですね(笑)?」
柳はフッと笑い、車に乗った。
オルカも助手席に乗り、門松の家まで送ってもらった。
「ありがとう御座いました柳さん。
お仕事頑張って下さい。」
「おーう。んじゃ学校終わりなー?」
「はい。連絡待ってます。」
家にタタッと駆けていったオルカの背に、柳は小さく呟いた。
「お前みたいな可愛い弟、いらねーよ?」
その顔は満足そうに微笑み、その胸はかつてない程に充たされていた。
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