第43話 固い握手

 海堂とギルトは普通に世間話をしながら歩いた。

話の内容はほぼ地方の統治や政治についてで、特に突っ込んだ話はしなかった。


 ギルトはそんな海堂に『おかしいな』と少々訝しげにしつつ歩いた。

二人きりとなった今、彼は自分に胸の内を曝け出すのではと考えていたのだ。

なんせ海堂は統治者としての立場を追われた。

それだけで恨み言の一つや二つや三つは抱いている筈だ。



カツン!



「…オルカ王は。」


「!」



 その言葉は斜め上のタイミングで放たれた。

突然語尾を強められたその声に、ギルトは嫌でも少々身構えてしまった。


海堂は今さっきまで笑っていたのに、今は微笑さえ浮かべずにそっととある場所を指差した。



「…アレは私のアングラの見張りの塔。

地下から延々と階段を上り辿り着く場です。」


「……そうか。…高いな。」



 ギルトが『そうだったのか』と目を細め遠くの塔を認識したのを確認するなり、海堂はクルッとギルトと向かい合った。



「貴方にあそこから飛ぶ覚悟がありますか。」


「……無いな。」


「でしょうね。…私もです。

常識的に考えて、有り得ないんです。」


「…そう…だな。 …?」


「ですが、……彼らは飛び下りた。」


「…彼ら…?」


「オルカ王とヤマト君は、…飛んだ。」


「!?」



 ギルトはついバッ!ともう一度塔の頂を見詰めてしまった。

遥か遥か遠くの…、高い高い見張りの塔。

その頂から飛ぶなんて、……ただの自殺だ。



「…何故。…無茶だ。」


「恐らくはオルカ王のリンク故の暴挙でしょう。

…ですが、もしも無事に下りられるような夢を見たとして。……下りられますか。」


「………」


「確証も保険も無い。…失敗すれば死ぬ。

それでも彼らは飛んだ。…『何故か』?

それはジルとイル、そして茂殿を守りたいという…純粋な愛故ですよ!!」


「…!」


「恐らく王は旅立った。…私はそう確信してる。

あの光はオルカ王だ。

…だから彼はきっと見付からない。

特別でもないヤマト君が共に旅立ったとは考えにくい。

恐らく、王が凱旋を果たす時、またこの国に大きな波が立つ事でしょう。」


「……」


「……貴方は、…悔しいけれど。…マトモだ。」


「!」


「僕が一番失望したのはね!?

僕が未だに憎しみを手放せずにいた事だ!!

大崩壊によって失った僕の家族!、その命の業を未だ貴方に押し付けていた事だよ!?」



 ギルトはハッとし、口を開いた。

だがそれを予期していた海堂は勢いよく『謝らないで下さい!!』…と叫ぶように遮った。



「違うんだ!!、僕は…私は!、謝ってほしいのではない!!

…15年。15年も経ったのに心の整理が出来ていなかったのが嫌なんだ!!!」


「…しかし、」


「一つだけ教えて下さい。」


「…ああ。」


「貴方はあの日、『世界が崩壊するとしかと理解した上で、それでも王の首をはねた』のですか。

…それとも、『単に感情に負け、後先考えず行動してしまった』のですか。」


「………」



『彼が何故王を殺害したのか』。

 その理由は公開されていなかった。

プライベートでジルとイルと付き合いのある海堂とロバートにさえも。

三人は封印したのだ。

ギルトと和解するに至った、『あの日の理由』を。


故にギルトは軽く目を伏せ、先ずは『すまない』と謝罪した。



「彼女を討った理由については、語れない。」


「構いません。」


「…先の質問の答え…は、……」


「……」



 言葉に詰まるギルト。

海堂は荒ぶる心を必死に落ち着け、『僕は!』と再度口を開いた。



「親衛隊である貴方がどう思うかは存じませんが、僕はオルカ王を、……親友だと思ってる。」


「!」


「ずっと年下なのに。…立場も違うのに。

けれど僕達は本当に大切な時間を共有した。」



君が飛び下りたあの塔の頂で夜通し語った夜。

あの夜がね…?、未だに忘れられないです。



「僕の疑問と彼の疑問。

僕の秘密と…彼の秘密。

全く接点の無い、共通点すらない。

…けれどあの日確かに、僕らは通じ合った。」



……またあんな夜が、きっと来る。

きっと。…きっと。


だからこそ僕は、決別を果たさねばならない。

『命の責任を人に押し付けてしまっていた自分』と。



「だから僕は、オルカ王が信じた君を信じたいんだ。」


「!!」


「…彼への罪悪感から自殺しかけた事。

彼を降り注ぐガラスから守った事。

…そして彼が確かに君を守り、親愛を向けたと。

その事実を、『事実だ』と信じたいんです。」



『だから…』と海堂は微かにうつ向き額に指を添えた。

 ギルトはその行動を、悩ましさ故の苦悶の現れかと思ったのだが…、ゆっくりと顔を上げた海堂の目が完全に据わっていて…、違うと理解した。



「本当に真実を語ってくれないとね。

…本当に困ってしまうんですよ。ボク。

本当の本当にね。今だけは真実を語って下さい。

でなければ貴方は一生後悔する事になりますよ。」


「わ、分かった。」



 指の隙間から覗く目が恐ろしすぎてつい引いてしまったが、ギルトはしっかりと海堂と向き合った。



「オルカ様が14才になられていないのに陛下が亡くなられれば世界は崩壊する。

…それを僕は知っていた。知識として。

我が家にも当然受け継がれてきた理だった。

…だがあの日の僕は、…何も見えていなかった。」


「………」


「僕は感情のままに。…怒りに身を任せ、陛下に剣を振ってしまったんだ。」


「…………」



『ちゃんと分かっていた筈なのに。

僕は怒りと嘆きを抑える事が出来なかったんだ。』



「…だから、オルカ様を探す為にあんな悪政を。」


「………」


「……これが、真実だ。」



 ギルトの言葉に海堂は一度グッと目を瞑り、『ハア!』と大きく息を吐いた。

そして、『よかった』…と項垂れた。



「!」 (…よかった。…のか…?)


「…全てを理解した上での凶行だったのなら。

きっと私は君を許せなかった。」


「!!」


「……よかった。…人は…人である以上。

時に感情に、心に、負ける時だって……ある。」


「…海堂。」


「私がオルカ王とヤマト君が飛び下りた話をしたのはね長官。

…その勇気が余りにも眩しく、余りに強く。」


「!」


「余りにも…、胸を打たれるものだったから。」


「……」


「…きっと金の龍とは、あのような美しい人を差しているのかもしれない。」


「…?」



 海堂はそうポツ…と呟くと、スッキリとした面持ちでギルトと目を合わせ、手を差し出した。


ギルトは不思議そうにしつつも、しっかりと海堂と握手を交わした。



「……素敵な世界にしていきましょう。」


「!」


「私達は今日から、……仲間です。」



 ギルトは目を大きく開けたが、照れたように笑った。

その笑顔を見た瞬間、海堂の心はもっと晴れた。



「ありがとう海堂。」


「私に出来る事があればなんなりと。

…まっその時は見返りは覚悟の上でね(笑)?」


「ハハ!、中々の要求が飛び出しそうだな(笑)?」



 二人は式典という名のお祭りの中を並び歩き、王都の門に辿り着いた。


『ではな?』と踵を返したギルトの背に、『あっと!』と海堂は声をかけた。



「…ジル殿について。」


「…!」


「茂殿が亡くなり、きっと息子のように可愛がっていただろうオルカ王とヤマト君の行方不明に…。

彼女は恐らく限界です。」


「…分かってる。」


「だから、貴方が支えなさい。」


「っ!」



 ギルトは口をキュッと縛り海堂と目を合わせた。

海堂は苦笑し、『きっと大丈夫』と頷いて見せた。



「昔の事も、今の事も。

全て引っくるめて…、ありのままで話せばいい。

そしてちゃんと聞いてあげるんです。

…さっき、対話の重要性がまた再確認されたでしょう(笑)?」


「! …はは。……本当にな?」


「…愛しているのなら。」


「……」


「……ジル殿が茂殿に罪悪感を抱き続けたのと、同じになってはなりません。」


「…!」



 パチッ…と合わせられた目に、海堂は諭すような笑みで返した。

ギルトは考え深げに、少し遠くを見詰めた。



「今この時に、責め合うのを完全に断ち切るのです。…今なんですよ。その時が来たんです。」


「…いいのだろうか。

彼女がきっと一番辛い時に…、そんな話を」


「言い方は考えねばならないでしょうね?

…ですが彼女は今きっと、自分からは話せない。」


「!」


「…ならば。敢えて彼女が胸の内を、心を吐き出せるよう気を回す事こそ、男の努めでは?」



 海堂のクスッという微笑みに、ギルトは眉を寄せクックと笑った。



「勝てないな海堂。

…そんな大人しそうな見目の癖に、中身はなんと雄々しい事か。」


「伊達に長生きしてないよ坊や(笑)?」


「……『ダテニ』?」


「…あっと失礼。なんでも御座いません。」



『あとね。』と海堂が腰に手を突き、『まだあるのか』と苦笑いしたギルト。

だが海堂と話すのは好きだと感じた。



「聞きましたよ。…『黒い何か』について。」


「ああ~アレか。

…今でも自分に何があったのか分からんよ。」


「それは恐らく、『呪い』です。」


「……『ノロイ』?、なんだそれは。」


「人が人を貶め、苦しめ、悲しませ、最悪は殺す為に放つ邪気というものです。

我が家では呪いというものは語り受け継がれてきたんです。」


「………人が人を… ……邪気。」


「そうです。…貴方が呪われるのだとしたら。

恐らくは先王か………」



『世界の理、そのものなのでは?』

 その言葉にギルトは眉を寄せ腕を擦った。


 海堂は『石を』…と、ギルトを呪いから守ったと思われる石を見せるように促した。

 ギルトが懐に手を入れ取り出すと、その小ささに少し驚かされた。

光を放ち呪いを吹き飛ばしたのだ。てっきり大きかったり形が特別なのではと期待してしまっていた。

だがその石はとてもシンプルな形だった。

高さは3センチ程度で、直径は1センチ程。

綺麗な円柱ではなく、綺麗に割れたかカットしたかのような形をしていた。



「…イルとジルのも?」


「似たようなものだ。」


「…割れたような。 ……

確か、突如として光が現れ、そして割れ…

貴方の元に二つ飛び…、更に光った。」


「二人が言うにはな。

僕は正直それどころではなかったからな。」


「……もう一つは?」


「分からない。姉さんもイルも焦っていたし定かではないが、僕の元には二つ飛んだように見えたと。」


「……だが残ったのは一つだけ。 …!!」



 石をまじまじ見詰め思考していた…その時、海堂はハッと気付いた。

その石の色は…まさしく。



「…オルカ王の法石。」


「…… なアッ!?」


「と…と!?、貴方ね!?命を助けて頂いた法石を落とすなど不敬極まりないですよ💢!?」


「す…すまない💧」



 海堂は『ったく💢💧』と見事に空中キャッチした法石の一部を見詰めた。

水に薄い黒を溶かしたような色は、まさしくオルカの法石と同じものに感じた。


 ギルトは『まさか』とじっと石を見つめてしまった。

法石を割ることが出来るなんて聞いた事もなかったし、しかもオルカが消えた後この石は現れたのだから尚更現実味が無かったが…

確かにオルカは一度、目の前で謎の胸の痛みを消し飛ばしてくれた。…と。


 海堂は微笑みギルトに石を返した。



「…良かったですね?、長官。」


「…?」


「貴方は、…許されています。」


「!  っ…~~!」


「貴方はオルカに愛されていますよ…?」



 ギルトはその場で涙を落とし続けた。

そして、いつかきっと来る再会の時までに、この世界を、オルカの世界を美しく愛の溢れる世界にすると誓い、そして、オルカが大切にしていたジルをどうにか支えていこうと決めた。



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