第44話 ジルとギルト

 ギルトは緊張した面持ちで王宮二階のジルの部屋の前に立った。

その手にはまるでお守りのように法石が握られていた。



「…スゥ… ハァ。」



 目を閉じゆっくり大きく深呼吸すると、ギルトは意を決しドアをノックした。



コンコン…



 ジルは服をベッドに大量に広げながら首を傾げ、『どうぞ?』と声をかけた。





「…服の整理かい?」


「そう。…だって15年だよ?

着れるのなんか数個だし。」


「…まあ元々僕らはプライベートの服なんてほぼ無いからね。…一夜あれば整理も充分終わるか。」


「そうそう。」



 懐かしい個室で、懐かしい二人、懐かしい空間。

ついジルもギルトも昔を思い出してしまった。


 煙草に火をつけたギルトは、15年前ジルが着ていた服を懐かしく見てしまった。



「…私達ってさー。一目で名字持ちって分かるように子供の頃から制服だもんねー。」


「子供用のね。…10才になれば親衛隊見習いとしてこの白と金の制服を着て。」


「そうそう。…公私の区別の無い世界だからねー?

制服脱ぐのなんか寝る時くらいでさー?」


「…プライベートで外に遊びに出る時くらいしか私服なんて着ないのに、イルはいつも服を欲しがっていたね?」


「私言ったもん。『意味なくね?』って。

そしたらあの子、『だって可愛い服が着たいもん!』ってさ。

うっわー女の子だ~…と思って。」


「…姉さんはシャープな服ばかりだったもんな。

制服だって、スカート可なのに『スラックスで』。

リボンでもいいのに『タイで』。」


「お前アレだろ。それロバートのやつだろ。

『イルは可愛いのにジルは~!』みてえな。」


「いや?、姉さんは昔から綺麗だ。」


「……まあね?」



 二人はクスクス笑い合い、ベッドの上に乗せられた服を見詰めた。

どれも大人っぽいワンピースばかりで。

それはまるで、茂に恋をして背伸びをしていた頃がそのまま形に見える気がして。

 ギルトは目を逸らし、意を決した。



「…姉さん、折り入って話があるんだが。」


「……私も、アンタに話さなきゃと思ってた。

…私が15年間どうやって生きてきたのか。

…どうしてゲイルが茂となったのか。」


「!」


「私ねギルト。……茂の奥さんだったの。」


「!!」


「奥様と娘さんと決別して…、私を選んで生きていくって決めたゲイルが、茂だったの。」


「………」



 ジルは全てを話した。

オルカを連れて逃げ海堂に匿ってもらった時から、妻子を亡くし消沈する茂を励まし続け、結ばれたこと。カフェをオルカの就職先として立ち上げ、政府の目から逃れてきたこと。全てを。


ギルトは『茂の妻』という事実にこそ目を大きくしたが、後はただじっとジルの言葉を聞いた。


ヤマトをカフェで働かせた話には、茂がヤマトに見せた優しい表情や行動に納得したし、まさかずっと王都に一番近いエリアに住んでいたなんて目から鱗だったし…

それらからジルの必死さが伝わってきて、本当に無益にすれ違い続けてしまったのを痛感した。



「……ごめんね。」


「…え?」



 ジルは話し終えると、眉を寄せながらギルトに謝罪した。

ギルトは眉をしかめ、何の事か訊ねた。



「…茂と結ばれたこと。」


「何を言うかと思えば💧

…気にしないでくれ姉さん。そもそも僕から婚約破棄したようなものじゃないか。

…あんな別れ方だったんだ。気にしないでくれ。」



 二人の婚約は当然、先王殺害で破棄状態になったとジルは考えていた。

これまで一度だって茂と結ばれたことについて、ギルトに罪悪感を抱いた事など無かった。

だが和解した今となっては、『裏切ってしまった』『何一つしてあげられなかった』と、まるで15年溜まった罪悪感が溢れ出したように自分を責めてしまっていた。



「私ね、…嬉しかったんだよ?

アンタが婚約を申し込んでくれた時。」


「! …そう…だったんだね。」


「うん。…一生言わないつもりだったけどね。」




『姉さん。…僕と婚約してくれないか?』


『… ……  … ハッ!?』


『姉さんの気持ちは分かってる。

…ゲイル兄さんはとても素敵な人だ。』


『!! ………』


『…だが、その、……兄さんには家族が。

僕はもう姉さんの寂しい顔を見たくないんだ。

…いつだって、笑顔でいて欲しいんだよ。』


『………』


『今は無理かもしれない。

だがもし、少しでも僕を男として見られるのなら、僕はいつまでだって待つよ。

…どうしても僕を男として見られなかったなら、婚約を破棄してくれて構わない。』


『… ……ギルト。』



 それはジルが18才、ギルトが15才の頃だった。

ギルトは振られると思っていたのだが、ジルは『いいよ』と答えた。



『!! …本当に!?』


『…うん。』


『~~っ、ありがとう姉さん!!』



 脳裏に甦った思い出にジルは微かに微笑み、ゆっくりと目を閉じた。



「私確かに、ゲイルが好きだった。

小さい頃は憧れで…、おっきくなったら恋愛感情で。

好きで好きで…。でも、絶対に報われなくて。

…それがアンタにバレてたなんて、もっと最悪で。

……でもあの日婚約を申し込まれた時、すごく不思議な感じがしたんだ。

『ああ私きっと、この恋が終わったら…、ギルトのこと好きになる』…って。」


「!」


「カッコイイなとは…、思ってたんだよ(笑)

いつの間にか背は抜かれてるし、顔もスタイルもどんどん良くなるし。…声もセクシーだし。

それなのに可愛いし…無敵じゃん? って(笑)」


「…そんな風に思ってくれていたのか。」


「うん。あの日からね?、…まだゲイルのことばっか目で追っちゃうんだけど…、胸は痛まなくなったの。…誰にも言えずに押し殺してた苦痛もあったのかもね?

…それとも、アンタとの未来が楽しみになってたのかな。」


「………」


「……今、一番悲しいのは…ね?

茂がアンタの気持ちを知れずに…、死んでしまったことかもしれない。」


「っ…!」



 ジルは顔を歪め両手に顔を突っ伏した。

ギルトはたまらなくなり彼女を抱き寄せようとしたが、体に触れる直前に止まり、手を引っ込めた。



「ごめんねギルト!!

あたしっ、アンタに沢山もらったのに!、何一つ返せてない!!」


「っ、…いいんだ姉さん。

仕方ないこと…だったんだ。

…もう責めるのは互いに止めると誓ったろう?」


「ごめんねっ!!」


「……姉さん。」


「こんなあたしを好きになってくれたのに…!」





…パタン。



 ジルと話を終え部屋に戻ったギルトは、暗い部屋でボーっと宙を眺めた。



「……オルカ様。」



 そして小さな法石を握り締め、その場にズルズルと座り込んだ。


 指を組み両手で包む法石に、ギルトは泣きながら祈った。



「どうか…っ、彼女を呪縛から解放して下さい!!

もういいよ…と!、解放してあげて下さい!!」



 ずっと慕い続けた茂と結ばれたのに、妻子に対し罪悪感を抱え続け。

今度は茂が亡くなり、ギルトへの罪悪感に苛まれ。


ギルトからすれば、余りにジルが哀れだった。



「どうか…オルカ様!!

彼女の御霊をお救い下さい…!!」



『抱きしめたいのに抱きしめられない』。

そんな胸の軋みよりも、ジルに救われて欲しかった。




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