第42話 喉を通らぬ労い

 国民が王位就位式典で王都に集結し、一週間。

国の被害は各地方の統治者達によって順調に明らかになった。

それらのデータを元にギルトは予算を振り分け…制服を各地に放ち……と、多忙を極めた。


 だが式典最終日の今日、ギルトはジルとイル、ロバートと海堂を個人的に呼び、もてなした。

それはオルカがとても世話になった者達への労いと、謝罪の意味が含まれていた。


 執務室に案内された海堂は、軽く挨拶をして雑談を始めた。



「…立派な黒炎石のデスクですね。」


「ありがとう海堂。

まあ僕の私物ではないがな?」


「…コクエンセキなんかあったか?」


「第五地区の外周で産出される石です。

…化石商なのに御存知でないとは驚きです。」


「俺はポケットサイズの店長なんだよ💢!?」



 海堂はギルトに対し友好的だった。

…少なくとも、表面は。


彼は打倒政府を目論むレジスタンスであったのだが、それはギルトが圧政を強いていた故の話だ。


先日の統治者集会でもギルトはとても誠実に接し、この一週間で新しく発表された国政についても彼の真摯な姿勢が垣間見えた。

よって海堂は政府打倒の意向を一旦封印し、ギルトという男の真を慎重に見極める事にしたのだ。


 全員が集まると、ギルトはグラスをワインで満たし、それぞれと目を合わせた。



「…改めて。オルカ様が大変お世話になりました。

私の至らなさから始まったこの15年間、オルカ様を守り導き愛してくれた事に、心から感謝致します。

…どうかオルカ様が繋いでくれたこの縁が、我々はもとい、国の新たな力となりますように。

そして悲しみを礎に、より崇高な世界を目指し邁進していく事を私は誓います。」


(うわー。こいつ本当に地位ある身分なんだなー。)


(ロバートさん、そのお顔は如何なものでしょう。)


(…考えてる事メチャバレだぞロバート。

まあこいつだけが一般人だもんな。こんなモンか。)



『今夜、ここに新たな絆が生まれた事に感謝し、共に新たな世界を感じよう』。

…とギルトはグラスを上げた。

皆もグラスを上げ、世界と新しい縁に乾杯した。





「今日もごちそうがどっさりよっ?

…ほらジル!、一杯食べてねっ?」



 テーブルに並ぶ御馳走を取り分けるイル。

そんな彼女をじーっと見つめ、ロバートは「変な感じだな?」と笑った。



「修道服の姿ばっか見てたからさ。

…普通の服着てるの変な感じだよ。」


「似合わないかしらっ?」


「似合ってるよ普通に。

…髪も黒くしてんのばっか見てたから。……

お前らって本当に姉妹なのなー?、似てるわー。」


「あまり似てるとは言われないのよっ?

ジルはスレンダーだし美人だけど、私は抜けてるし……スレンダーじゃないし。」 ズーン…


「?、スゲースタイルいいじゃん。

アレだろ(笑)?、イルは女の子らしく可愛らしいけど、ジルは粗暴で乱暴で無愛想だってんで!」



ゴッ!!



「いっ…てえ!?」


「アタシはスレンダーな美人で近寄りがたいけどイルは朗らかでオッパイ大きくて話しかけやすいってなあ💢?」


「お前そーゆートコだぞ💢!?」


「もっぺん蹴るか♥️?」


「ごめんなさいジル様勘弁して下さい。」



 隣に座り仲良く話すイルとロバート。

一人掛けのソファーで足を組みながらそんな二人にちょっかいをかけるジル。


 ギルトと海堂は共に、そんな三人をじっと眺めてしまった。



「…こんな感じだったのですね?」


「…ん?、お前もこの中に居たんじゃないのか?」


「いえまさか。…まあ今だからゲロりますが、私はアングラを統治しておりまして。

主にジルとばかり密会していたのですよ。」


「ああ!、…納得した。」


「…何にです?」


「第三地区のブラックロードの治安の良さは僕の耳にも入っていた。

…成る程な。統治者が仕切っていたとは。

それで先日の『戦争』の話に繋がるのか。」


「ええ。…先日はありがとう御座いました。

お役人をお借りできたので流血沙汰を回避することが出来ましたよ。何よりでした。」


「あ、…ああ。」



 ギルトでさえ、海堂にはなんだかただならぬものを感じた。



「…そう言えば。」


「…ん?」


「貴方はジルの婚約者だと伺いました。」


「…!」


「名字持ちの家の者は皆、婚約者が?

…その辺の自由は存在しないのですか?」



 海堂の目線の先には…イルが。

ギルトは気まずそうにしつつも、『特には』と返した。



「結婚相手なんか好きに決めるさ。」


「…貴方達の『結婚』とは、籍以外にも儀式的なものが?、例えば…『血を飲ませる』…とか。」


「! …何処で知った。」


「茂殿から。…まあかなりかいつまんだお話ではありましたが、伴侶に血を飲ませるのでは?というのは私の憶測です。」


「……💧」


「…成る程。特別な血ならではの、ユニークで神聖な儀式ですね?」



『やりづらいなこいつ💧』と苦笑いのギルト。

話しながらも、彼はチラチラとジルを窺っていた。


それはジルの顔色が悪く、お酒にも余り手をつけず食欲も無いのを案じての事だった。

…が、海堂からすればそれは、『ギルトの気持ちは今でもジルに向いている』ように見えた。



「……コホン。…ジル?」


「ん?」



 ふと海堂に声をかけられたジルは振り返り、グラスを持ち二人の傍に座り直した。

彼女は彼女で、ロバートがイルに気があるのを知っているので気を回したのだ。


それに気付いた海堂はついクスッと笑ってしまい、ジルに首を傾げられた。



「なにさ?」


「いえ何も。」 (二人揃って年上がお好きで。)


「…姉さん。どうやらゲイル兄さんは随分彼に信頼を置いていたようだね?」


「え?、…いや、違うと思うけど。」


「おや酷いですね~!」


「茂はアンタのこと多分苦手だよ。」


「…だが、血に関しての話を兄さんからと。」


「…さあ。…まあ知ってるってことは?

茂が話したんだろうね。…別にいいだろ。」



 グラスを持ち座り直したのに、飲まない。

イルが取り分けてくれた料理にも手を付けない。

それに表情が動いているようで、動いていない。


ここに居る誰もがそんなジルの症状に気付いていたが、口には出せずに居た。



「……ところで、なんだけどさ。」



 そんな彼女はヤマトについて二人に相談した。

海堂には『見付かった?』

ギルトには『どうやれば姿を消せるかな?』と。


途端に二人は眉を寄せ『うーん』と腕を組んだ。



「確認ですが長官。

彼は突然消えたが、確かにそこに居たんですね?」


「…ああ間違いない。

恐らくは兄さんが僕を警戒し逃がしたのだろう。

…オルカ様に関しても似たようなものだが、彼の場合は彼でさえ消える事を意図していない印象だった。

その…ヤマト?…に関しては、ある種予測可能というか、兄さんならば有り得るかな。…と。」


「……私…さ。」


「?」 「?」


「ずっと考えてたんだけど。……

こんだけ探しても、遺体さえ見付けられないのって、もしかして私を避けてるからなのかな…?」


「……避ける理由が思い当たりませんが。

ヤマト君は貴女達を本当に愛している印象でした。

むしろ『よかった無事だった!』…と駆け寄ってきそうなイメージです。」


「私もそう思ってた…んだけどさ。

…でも、こんだけ見付からないってことは、そうなのかな?…って。」


「………」


「……僕との和解を『裏切り』と感じた。」


「……」 「……」


「その可能性はあるんじゃないか?」



 歯に衣着せぬ男だな…と海堂は思った。

罪を受け入れ和解出来たからこそなのか。

少々気まずそうにはしても、ギルトは話題を避けず真っ向から向き合って感じた。


『ヤだな本当に印象が覆る』…という言葉が自然と胸に浮かんだ瞬間…、海堂は気付いた。



(…僕は彼を、未だに『恨んでいたい』のか。)


「…姉さん。こう言ってはなんだが…

正直明日から僕らは激務となるだろう。

…だから、…何というか、……

心配しすぎて余計に疲弊していないかい…?

僕はそれがとても心配だ。」



 ジルは端的に『大丈夫』と返した。

ギルトは『そうか』…と、ワインを一口飲んだ。



(…絶妙な距離感ですねー。)


「…とにかく、引き続きオルカ様とヤマトの捜索は続けていくよ。

だから、…どうかなるべく、…リラックスを。」


「ありがとギルト。…海堂もありがとね。」


「…いいえ。」



 ジルはこの後すぐに自室に引っ込んでしまった。


 数時間後お開きになると、海堂は『下まで送って下さいませんか』とギルトに微笑んだ。


ギルトは『分かっていた』とでもいうかのようにあっさりと了承し、二人は執務室を後にした。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る