第41話 終焉と始まりの日
タッタッタ!!
ロバートは執行議会の横を抜け、長い階段を数段飛ばしで駆け上がった。
ジルが告げた通り、本当にどの制服にも足止めされる事はなく、それが逆に変な感じだった。
「なんっなんだ…この熱さ!?」
そしてジルが言っていたように、熱かった。
王宮に近付けば近付く程にどんどん熱くなってくるのだ。
只でさえ全力疾走を続けているロバートには、この熱さはかなりこたえた。
「…茂。」
『イルとギルトが弔いの準備を』と言われた場に自分が向かっているのなら。
茂は王宮で亡くなったということになる。
…が、ジルは茂が殺害されたのを否定した。
『意味が分からない』とはずっと感じていたが、彼女の『和解した』という言葉を信じ、進むしかなかった。
「!!」
やっと階段を上りきると、王宮の尊厳な佇まいにロバートは目を奪われた。
息は上がり汗もポタポタと落ちていたが、『ここが…』と、つい足を止めてしまう程の美しさだったのだ。
「…スゲー。 …じゃねえやイルは!?」
ハッと我に返りまた駆け出すと、すぐに人影が見えた。
石柱の手前に並ぶ若い男女の背中に、ロバートは心底安堵して叫ぶように声を張った。
「イル!!」
「!!」
バッとイルは振り返り、目を疑うようにロバートの姿に釘付けになった。
「ロバート…!!」
「……」 (なんだあいつは。)
ギルトが軽く眉を寄せる中、二人は衝突するように抱き合った。
「ロバート!…ロバート…!!」
「良かった無事で!!」
背中にギュッと回る手、抱き寄せる頭の感触をグッと噛みしめ、ロバートは苦笑いしながらイルを離した。
イルも顔を赤くしながらロバートから離れ、『来てくれたのね?』と一生懸命笑った。
その瞳から涙がポロポロと落ち、ロバートはグッと眉を寄せ、…イルの背後を見つめた。
「……茂。」
茂は眠っているように穏やかな顔をしていた。
黒と金の立派な制服を身に纏い、腹の上で指が組まれ、横には彼の大剣が。
「~~っ、……茂…!!」
「触れるな。」
「つ、……お前が『ギルト』か!」
ついキッと睨み付けてしまったが、彼が『触れるな』と言ったのは、茂にではなかった。
彼が触れるなと指示をしたのは、辺り一帯を包む熱く黒い何かだった。
「こんな物、今さっきまで存在しなかったのだ。
この熱、…恐らくはコレの影響だろう。」
「…え!?、コレが無かったってのか!?」
「ええ本当よロバート。
…さっき確認したのだけれど、コレは王宮の後ろの地面から溢れだしたようなの。
…そして王宮を包むようにぐるっと回って……」
「……ここまで包み込んだ。…ってのか。」
彼等には分からなかったが、熱源の正体は溶岩だった。
王宮の背面から噴火し、ゆっくりと溢れた溶岩は王宮を左右から包んだが、偶然なのか何なのか。茂を避けるように進み、そしてオルカが王位に就いた途端に赤々とした熱と光、そして勢いを無くし、固まった。
イルとギルトとジルが茂を弔いに来た時、その光景は余りにも不思議かつ、涙が溢れるものだった。
まるで茂に敬意を表するかのように、彼の遺体を綺麗に避けていたのだから。
ロバートがその光景、そして茂の死に涙する中、ギルトはフッと微笑んだ。
「…ゲイル兄さんは、『茂』に身をやつして?」
「ええ。……えっと、ね、…ギル?
彼は化石店の店長をされていて…
私達に色々と協力してくれたの。」
「そうか。…数々の非礼を詫びさせてくれ。
僕はギルト・フローライト。
知っての通り、仮の政府長官だ。」
(…『仮』?)
「…ロバートだ。
まさか本当に和解したとはな。
…正直まだ目を疑ってるよ。」
「……僕もさ。」
「!」
「…兄さんは亡くなってしまったのに。
…何故僕はこんなに、…果報者なのか。」
「………」 「…ギル。」
ポタ! …と頬を伝い落ちた涙に、ロバートは『許そう』と思った。
勝手に心が許してしまった感覚だった。
歯を食い縛り茂の死に涙する顔が、嘘だなんて思えなかった。
『こんなにちゃんと人の心があったなんて』
『俺はどこかでこいつを、悪魔のように心無い人間だと思い込んでいたんだ』…と。
「兄さ…ん!」
「うっ!」
「…イル。」
「シゲちゃ…ん!!」
次の日。新王の誕生が世界に報された。
と同時に、新王オルカこそが世界を救った救世主であることが公表された。
そして、各地方を固く閉ざしていた門は完全に解放され、出入りが自由となる事。
王都へも出入りが自由となる事。
地震で倒壊した家屋の修繕を国が行う事などが発表された。
ギルトは執行議会で、イルとジルと共に並び立ち国のこれからについて話した。
その声は拡張機を使い全国に流され、三人の前には王都近辺の人々が大勢集まっていた。
「皆でまた一から頑張っていこう。
オルカ様のもたらした恩恵に恥じぬよう、国と人々がまた手を取り直し、一丸となって復興を果たそう。」
『地方の権利も以前のように地方に返還する。
先ずは前任の統治者に一時その権利を与えたい。
名を呼ばれた統治者達は政務執行議会に今日中に足を運んでほしい。』
海堂は拡張機でギルトの声を聞きながら、ボーっと宙を見つめた。
『政治さえ元通りか』…と。
地震によって皿や棚は倒れてしまったが、流石なもので、このゲートはもうすっかり元通りに片されていた。
お茶のカッブ片手にボーっとする海堂に対し、ツバメは拡張機の声に耳を澄ませ続けた。
「…君の恩恵は凄まじすぎますね。オルカ。」
「…呼ばれましたよ海堂さん。」
「そりゃ呼ばれるでしょうよ。
…他の皆に会うのは15年ぶりです。
あ~…皆年食ってるんだろうな。」
「……嬉しくないのですか?」
ツバメの言葉に海堂は微かに目を大きくし、直後にはフッと笑い、お茶を飲んだ。
「そりゃ嬉しいですよ?」
「…それにしては、以前のようなギラギラ感が感じられませんが。」
「ウルサイんだよお前は。」
海堂は伸びをしながら立ち上がり、アングラの窓口、ゲートを見回した。
『長かったな』…と。
「…嬉しいよ。
皆がやっと、日の光の下で健全に生きていける事が。」
「!」
「僕は統治者になりたかった訳じゃない。
…僕はただ、皆が豊かに幸福になれる道を探しただけ。その最短が、統治者だっただけ。」
「………」
『こういう人だよな』とツバメは笑った。
「付いていきますよ海堂さん。」
「…ん。……さーって!
集会に参加したら戦争の準備しなきゃねー!」
「……なんですって💧?」
「嫌ですねツバメ、君らしくない。
…疲れが溜まって思考能力が低下中ですか?」
「…その様です。…で、何と戦争を?」
「そんなのアングラの巨悪組織ですよ。」
「あー忘れてたあ~💧」
「いつか奴等を一掃出来る日を夢見ていたんです。
あいつら…人身売買まで手を出して。
…集会にてジルを通し長官にお目通り願い、政府の許可と助力を得て颯爽とゴミ掃除をせねばね?、僕の統治は始まらないからね。
…ああ、あと役所も新設しないとね?
まあ綺麗な更地のままだし国が費用出してくれるってんだしそこは難なく終わるかな。
それまでアングラの皆には地域復興に尽力してもらうとして…。役所が建つ前にスタッフの面接しないとね?、あと外周の方まで視察に行かなきゃならないし。…… …僕があと五人欲しいな。」
(やっぱギラギラだこの人。)
ツバメは苦笑いしつつも、嬉しそうに笑った。
「付いてきます、海堂さん。」
『今夜から一週間、オルカ様の王位継承記念式典を王都内にて執り行う。
伝統料理や酒を囲み、皆で盛大にお祝いしよう。
寝る場を無くした者達には宿を用意した。
勿論遠方から参加した者も泊まってくれて構わない。
…こんな時だからこそ、皆で悲しみも喜びも分かち合おう!』
「………ハッ!」
ヤマトはギルトの言葉を鼻で笑い、お祭りモードとなった国民達の歓声を聞きながら、更に一人で嘲笑した。
「何も知らねえで。……バカな奴ら。」
そしてギュッと胸を押さえ、ギリッと歯を食い縛った。
「マスターを、…殺した癖にッ!!」
「うっ…!、兄さん…!!」
茂の埋葬は慎ましやかに行われた。
ギルトは、彼の葬儀を国を上げて執り行おうとしたのだが、ジルがそれを止めたのだ。
『名字もちの葬儀は厳粛に国を上げて執り行われてきたけれど、今は国民を安心させてあげないと』と。
そして三人で話し合った結果、茂の死は公表せず、また何故再度大崩壊が起きたのかも伏せ、ただ『新王が世界を救ったと報じる』という結論に至った。
それは国民をこれ以上不安にさせない為で、『全てを公表すれば良いという訳ではない』というジルの考え故だった。
『全てを告白してアンタが牢に入ったら、もう回らないしね。
それに真実なんて告げたら、大崩壊よりも国中がパニックと絶望に包まれるよ。
…私達がしっかりと前を向き、そして国民に尽くすことこそが…、やはり私達の罪滅ぼしだと思う。
…今は、それでいいと思う。』
『……分かった。姉さんがそこまで言うのなら。』
こうしてギルトは毅然と、しっかりと明るく拡張機を通し国民に語りかけた。
その声、顔には一点の曇りも無いように皆には見えたが、彼の心は叫び続けていた。
茂の死への嘆きと痛みに張り裂けそうだった。
そして大仕事が終わり執り行われた茂の葬儀で、彼は膝を突き突っ伏し泣き続けた。
「ごめんなさい兄さん!!、兄さんっ!!!」
その傍らにジルはずっと付き添っていた。
それこそが、ギルトへの愛情だった。
『あんたを恨んでなんかないよ?』
『殺したんじゃないって分かってるよ』
『大丈夫だよ』
『茂が自ら死を選んだことこそ、あんたへの愛情の形だったんだよ』…と。
イルはずっと、同席してもらったロバートの手を握り泣き続けた。
ロバートも、いよいよ茂の遺体が王宮の裏にある墓地の地下深くに下ろされ…墓石で蓋がされると、堪えきれずに上ずり泣いた。
「うっ!! …おい、お前!!」
「!」
「もう二度と…二度と…ッ!!?」
ギルトの胸ぐらを掴み上げそこまで言うと、ロバートは拳を震わせながらうつ向き、ただボロボロと涙を落とした。
ギルトはそんな彼に更に上ずりながらも、『ああ。』と返した。
「僕は…オルカ様が繋いで下さったこの世界を、以前よりも愛に満ちた世界に…してみせる。」
それは誓いだった。
この場に居る者だけでなく、茂への誓いだった。
「この命尽きるまで。…必ず。」
ジルとイルは賑やかなお祭りの中ヤマトを探したが、見付けられなかった。
その後何日も何日もあちこちを探したが…、遂にヤマトを見付ける事は叶わず、ジルとイルは王宮に戻った。
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