第40話 一筋の光を

「……オルカ。」



 海堂は、オルカとヤマトが飛び下りた塔の頂からじっと王宮を見つめた。


雲の浮いた空を背景にした王宮は本当に美しく、下から響いてくる人々の拍手や歓声も相まってとてつもない感動を覚えた。


だがその胸には複雑な想いが交差していた。



「…この世界はこんなにも、君が教えてくれたもので充たされた。

『雲』、『風』。………

君が王位に就いた事で世界が変化した。」



『ならばこの世界とは、なんと不安定なのか』。



ヒュゥゥゥ……



「……まさか、ここから飛び下りるなんてね。」



 海堂は遥か下の石林を見つめ苦笑し、その場に寝転がり陽を浴びた。


やらねばならない事は山積みだったが、それよりも昨夜の思い出に浸りたかった。



「…話したい事が山程あるよ。オルカ様(笑)?」










 ロバートは地下から飛び出しヒビの入った通りを駆けた。

 あちこちに崩落した建物があり怪我人の姿もあったが、今のところ死者は確認されていない。

それは地震が起きた直後からアングラの者達が人々を地下に避難させたのが大きかった。



「イル…!、ジル!」



『なんだあの鮮やかな空』

『なんだこの…肌を撫でる不思議なものは』。

そう思いながらも、それどころではなかった。

ジルとイル、そして茂とオルカをひたすら案じ目指しているのは王都だ。



「! ジル!?」



 だが、カフェの前で泣いている女性にハッとした。

それが捕らえられた筈のジルで…

しかも泣いているなんて、只事ではない。


ロバートは急ぎジルに駆け寄り『大丈夫か!?』と声をかけた。

ジルはハッと顔を上げ、放心したようにロバートと目を合わせた。



「…ロバート。」


「どうしたんだよこんな所で!?

…あ、…カフェ、壊れちまったのか。」


「…っ、~~…!」


「イルと茂は!?…ってかチビ共が居なくなってて!お前会ってねえか!?」


「~っ、うっ…!」


「…ジル?」



『茂は今、イルとギルトが弔いの準備をしてる。』


 そう告げられたロバートは目を大きく開き、愕然とその場に膝を突いた。

本当に頭が真っ白になってしまった。

『なんで』『まさかあいつに限って』…と。



「………そんな。」


「…っ。」



 ジルはまたボロッと涙を落としたが、乱暴に涙を拭って息を大きく吸い、立ち上がった。



「…ジル、…無理すんな。」


「オルカが居ないの。…ヤマトも。」


「……は?、いや、さっきの鐘の音って…」


「でも居ないんだ。

捜索隊を派遣したくても、今政府は被害状況の確認と国民の救護で手一杯。暫くは探せない。

…鐘が鳴っている間にギルトは理の間に。

でも居なかった。あいつは王宮も探したって。」


「………」



 ロバートの眉を寄せた顔に、ジルは未だ涙を落としながら『和解した』と告げた。

ロバートは呆気に取られ、言葉も出なかった。



「私達はもう、…みんな、罰を受けた。」


「………」


「…だからもう、いいんだ。」


「……そう…か。」


「ギルトに聞いた感じ、ヤマトは茂が亡くなる場に居たみたいなんだ。」


「…  ハ…?」


「でも気が付けば『消えていた』。

…多分茂のAlexandriteで、時間の感覚が」


「まて待て…待て!?」



 ロバートは立ち上がり、鬼気迫る顔でジルと向き合った。



「あいつは、……殺されたのか?」


「違う。」


「………」


「……違うのロバート。……ちがうんだ。」


「………」



 ジルは震えながらまた涙を拭った。

その目は何処か遠く、だが一点だけを見つめていた。



「私は王宮に戻る。…ギルトと一緒に国を、オルカの繋いだこの世界に尽くす。」


「………」


「…でも!、…今日…だけ…は!

『茂の妻』でいたい!」


「! ~~っ、」


「ヤマト…を!、探したいの…!!」



 ロバートは勢い良くジルを腕に包んだ。

彼女の震えに合わせるように彼も上ずった。


こんな時に気丈に振る舞う彼女が見ていられなかった。

本当は何も出来ない程に打ちのめされている筈なのに前を向く彼女が痛々しくて、辛かった。



「あたし…っ、謝れてもないの!

ヤマトに…巻き込んでごめん、って。

…でも本当に愛してる…って!」


「つ、……ん。」



 ロバートはジルを離すと腕で涙を拭き、口角を上げ頷いた。

ジルも指先で涙を拭いながら、必死に笑った。



「…王都に入って真っ直ぐ、一番奥にある白い大きな建物の左右に王宮に繋がる階段がある。」


「!」


「階段を上ったら…、王宮の庭に出る。

…イルはそこに居る。

もう各地区の境界も王都の境界も取り払われた。

…普通に入れる筈だけど、何か言われたら『ジルの友人』って言って。」


「……分かった!」



 タッと駆け出した背に、『熱いから気を付けて』とジルは声をかけた。

ロバートは『熱い?』と思いつつも手を上げて答えた。


 ジルはロバートの背に『本当にありがとう』と呟くと、大きく息を吸った。



「ヤマト!? …ヤマト!!」



 茂の妻として、カフェのマスターの妻として最後にしたかったのは、ヤマトを抱きしめる事だった。

ちゃんと抱きしめて、大丈夫だよと声をかけ、そして茂の死にきっと痛んでるだろう胸を癒してあげたかった。



「ヤマト!!…ヤマト!? …ヤマト!!!」



 彼女はずっとヤマトの名を呼びながら探した。

思い当たる場所全てを、何周も何周もした。



 途中海堂達に会うと、ヤマトとオルカの捜索を頼んだ。



「二人とも…行方不明…?」


「そう!、お願い力を貸して!!」



 海堂は『まさか…』と溢した。


その驚愕したような戸惑ったような顔にジルが訝しげにすると、海堂は口に指を添え眉を潜め、『光が』と話した。



「僕は継承の鐘が鳴った時塔の頂に居たんです。」


「…あの地震の中よく行く気になったな。」


「オルカとヤマト君が塔の頂に通じるドアに入っていたからですよ。人を異常者を見るような目で見ない💢」


「ああそうなの。ごめん。」


「ええ。だから塔へ上ったんですが……」



 そこに二人はおらず。

『まさか』と地震が起きる中下を覗いたが…、二人の姿は無い。


『何処に消えた』と焦る海堂は、突然届いた轟音と共に空を覆った雷雲を見た。



『……世界が終わる。』



 そう直感した。

するともう塔から下りる気が失せ、ただじっと王宮を見つめた。

どうやったのかは分からなかったが、きっとオルカはあそこに向かったんだろうと。


そしてもう、誰にも何も出来る事は無く。

オルカにしか世界を救う事は出来ないのだろうと。



ドオオンッ!! ドオオンッ!!!



『…これが『雷』か。』



 次々と爆音と共に地表に落ちる光。

何本もの雷を感じながら、海堂は王宮を見つめ続けた。



「その時、……鐘が。

そして大きな音と共に一筋の光が空に吸い込まれるように上がり、雷雲を突き抜けたのです。」


「…らいうん?」


「あの空を覆った黒い物の事です。

…オルカが昨夜教えてくれた中にそれが。」


「……」


「まあ、それは置いといて。

…そして光が突き抜けた場から放射を描くように雷雲が消し飛んだんです。」



『!! …雲…が!?』



 そして世界は美しく生まれ変わった。

風が頬を撫で始め……

海堂は『やったんだ』…と、胸を押さえた。



『やったんですね!、オルカ!』



 だが何故か、あの雷雲を吹き飛ばした…空に上がっていった一筋の光が脳裏に残り続けた。



「…オルカが消えたのだとしたら。

あの光こそが、……彼だったのでは…?」


「……そんな!、まさか!?」


「まだ彼の疑問の答えは開示されていない。」



 ツバメや仲間達が訝しげに首を傾げる中、海堂はジルとしっかりと目を合わせた。



「…『本当の世界』というものに、彼は旅立ったのかもしれません。」


「!!」


「彼は歴代初の男児。…14の誕生日を迎えても見目に変化の無かった王族。

そして彼だけが知る…、言葉、物質。

……彼は間違いなく、王族の中でも特別です。」


「っ!」


「!」



 ジルがピクンと体を強張らせたのを海堂は見逃さなかった。

動揺するような場面ではない彼女の緊張に、海堂は目を細め問いかけた。



「…何を知ったのです。」


「!」


「…貴女が長官と和解なんてね。あり得ない。

…かつての婚約者だろうが、容赦なく胸に剣先を突き立てた貴女が。」


「………」


「…彼が前王殺害に至った理由も。

そこにあるんですね。」


「……」


「…ジル。」


「……っ、」


「………」



 だが彼女は何も答えなかった。


海堂は固く口を結ぶジルの顔をじっと見つめると、『はあ…』と小さく溜め息を溢した。



「……まあいいです。

…僕の疑問の答えは、いつかオルカがくれる。」


「!!」


「皆!、怪我人を救護しつつヤマト君の捜索を!」


「…海堂…ありがとう!!」



 だが、捜索は虚しくも空振りに終わった。




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