第39話 結ぶ手と離れる手
『ゲイル兄さんが…死んだ!』
カツン… カツン…
ジルは暖かな太陽の光を浴びながら、風に髪を靡かせながら、青空の下を歩んだ。
青い空に浮かぶ白い何かは常に形を変え、時に消え、時に不思議な形を作った。
風石でしか感じなかったような風が、今や世界中に吹いていた。
そんな世界を、彼女は一人歩いた。
脳裏には、ギルトとの対話が思い出されていた。
『兄さんは自ら飛び下りたが、…僕が殺したようなものだ。
…だが、お願いだ。…どうか…信じて欲しい。
……言い訳では…なく、僕は本当に、兄さんを』
『殺そうとしてた訳じゃないんだろ。』
『!』 『…ジル。』
『……分かるよ。……分かる。』
『っ、…すまない!、姉さん!!』
「………」 カツン… カツン…
『…… これが、15年前のあの日の真実だ。』
『…そんな。』
『陛下の言葉に…僕は堪えきれず。
…頭に血が上りすぎて。……
そして、サーベルを振ってしまったんだ。
そして、…あの方が仰っていた事が真実であるのなら、オルカ様が生まれてきたことこそが……と。』
『…だからオルカまで。』
『……冷静ではなかった。
誰もが被害者なのに…っ、僕は全てを…一時でもオルカ様の所為にしてしまった…!』
『………』
『…こんな僕に、歩み寄ってくれたのに。』
『! …オルカに会ったのね。』
『こんな僕の言葉を聞きたいと!
そして聞いて欲しいと…仰って下さった!!
…自害しようとした僕の剣まで止めて下さった。
……そんな優しいオルカ様も目の前で消えた。』
『………』 『……』
『…死刑でもなんでも受け入れる所存だった。
だがすまない、姉さん、イル。
僕はオルカ様と対話をするまで…
約束を果たす日まで、…死ねない。』
「……」 カツン… カツン…
街は…国は……充たされていた。
地震と共に始まった恐ろしい崩壊が、澄み渡る鐘の音によって全て吹き飛ばされたのだから。
誰が見ても美しいと感じる空。
誰もが心地好く感じる風。
暖かな太陽の温もり。
『全ては新王がもたらした恩恵だ』と。
『新王が世界に救済をもたらしたのだ』と…
そう誰もが理解した世界は、愛と喜びに充ち充ちていた。
窓ガラスは良くてヒビ。
家屋も最悪は瓦礫している物があったのに、人々は空を仰ぎ幸福感と共に王宮へ向けて拍手喝采を贈っていた。
ジルはそんな街をただ歩いた。
こんなに世界は人々の喝采に充たされているのに、彼女の耳には何処か遠く届いた。
……ヤマト。…オルカ。……どこ?
『ごめんねギルト。』
『!』
『……ごめん。』
『そんな…姉さん。
全ては僕の責任なんだ。…謝らないでくれ。』
『…っ、……ごめ…!』
『……姉さん。』
…あたしね、オルカ。
『もう二度と昔には戻れない』って思ってた。
陛下を殺した、世界を壊そうとした、オルカを殺そうとした、…多くの人を路頭に迷わせたギルトを許せる日なんて来ないと思ってたんだ。
でもね、ギルトの気持ち…分かっちゃった。
絶対に共感出来ないと思ってたのにさ。
……分かっちゃったんだよ。
『もし、その話を聞かされたのが私だったなら。
…私もきっと、アンタと、…同じように。』
『!』
『きっと…っ、激情してしまってた!!』
『…姉さ…ん!』
『ごめんギルト!!
私本当に、本当に何一つ知らなかったんだね!』
…アンタは、リンクして。……
いつか陛下がギルトに話した…真実に。……
きっと…辿り着いてしまうんだよね…?
『……ギル。』
『ズッ!…なんだいイル。』
『……貴方はこの15年、辛かった?』
『…ああ正直ね。』
『何が一番辛かった?』
『何もかもさ。…でも、一番…か。……
やっぱりお前や兄さん、姉さんに…、ちゃんと聞いてほしいのに…、行方知れずでどうにもならなかったことかもしれないな。』
『……だとしたなら。
貴方はきっと、罰を受けたのよ。』
『…え?』 『…イル?』
『陛下のお言葉にも、続きがあったかもしれないじゃない。』
『!!』
『…続きなんて無かったかもしれない。
けれど、それを知るのは陛下だけだわ。』
『…………』
『貴方は最後まで陛下の話を聞かなかった。
真意よりも早く、…感情に負けて陛下を討った。
だから貴方の言葉は誰にも届かなかったのよ。』
『……そう… そ…うだ。
僕は… …もしかしたら、……あの話には…』
『そして私達はギルト一人に世界の全てを押し付け、オルカにはもっと多くを押し付けた。
…それはギルトが激情したから。
それはオルカを守る為でもあった。
……いいえ全ては言い訳だわ。』
『……っ、』 『~~~…っ!』
『…初めからこうして対話をしていれば。
無理な政策も、オルカの出生を偽る必要も。……
孤児達が路頭に迷う必要も!
シゲちゃんが亡くなることも無かったのよ!
私達は皆!、……罰を受けたの!!』
カツン…!
イルは瓦礫となってしまったカフェ、アイランドの前で足を止めた。
途端に勝手に呼吸が上ずり、堪えきれずに顔を両手で押さえ膝を突き、大声で泣いた。
「茂…!!、茂!!!」
『兄さんは最後にこう言っていた。
人は生きている限り責任を取り続けなければならない。
けれど責任を取ったなら、また前を向き生きていくのも人の義務だ。…と。
…『お前に俺は殺させない』…と。』
『………』
『…ねえ。……もう…前を向きましょう?』
『…イル。』 『……』
『失ったもの…は、戻りはしないん、だから!』
『イル!』 『……』
『私達っ、もう充分に苦しんだわ!!
互いの気持ちを知ったわ!、責任は取ったの!
だからもうっ、私達…、また、手を取り合って生きていきましょう!?』
ジルはギルトとまた心を通わせられた温かい心と、茂を失った冷たい心に…、どうにもできずにひたすら泣いた。
確かに前を向く自分と、この場所で死んでしまいたい自分がひたすら戦い続けた。
「ごめんねヤマト…!!、ごめんね!!!」
ヤマトは瓦礫の裏で箱をギュッと握り、去った。
ジルの泣き声を背中で聞きながら、一度も振り返ることはなかった。
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