第38話 影と光
誰も居ない廊下を二人で無言で進んでいると、ふとギルトが口を開いた。
「よくもまあ、…ぬけぬけと。…な。」
「…え?」
「あの日の責任を取れずに、ズルズルと。
…彼女に何か言えた口ではないよな。」
ギルトの切ない苦笑にイルはグッと口を結び、パッとうつ向き足を止めた。
ギルトも止まり、『こんな事になったのは僕の所為だ』と、グッと眉を寄せ口を縛った。
だがすぐにイルが震えていると気付き見てみると、彼女はポロポロと泣いていた。
「ご…め!」
「!」
「ごめんねっ!、ギル!」
「……イル?」
イルは顔を両手で覆い、わっと泣き出した。
ギルトは『何故お前が謝るんだ』と、少しオロオロしながらイルの腕に手を添えた。
だがその体温が、優しさが、イルをもっと泣かせた。
「私一度も貴方と対話しなかった!!」
「…!」
「貴方が陛下を…っ、その事実ばかりに気を取られて!、『何故』と繰り返すばかりでっ!!
『何故』と貴方に問わなかった!!」
「!」
「そうよねっ!、こうなることは目に見えていたんだもの!!
陛下がああなってしまっては…世界は存続出来ない!、そんな事分かりきっていたのに!!」
「…イル。」
「貴方がオルカを探すのは道理なのにっ!!」
『法を犯した者達まで面倒を見れる程の余裕は国に無かった。
オルカを玉座に座らせなければ世界そのものが壊れてしまうからどうしても炙り出す必要があった。』
泣きながらイルはそう言った。
ギルトは彼女の言葉を聞きながら、すーっと胸が軽くなっていくのを感じた。
それは彼女の語る事が、全て事実だったからだ。
「ごめんなさいギル!!
私達は…っ、私達の知る貴方を信じるべきだったんだわ!」
「…止めてくれイル。
…全ては、…大崩壊を引き起こした僕の」
「それだって理由があったんでしょう!?」
勢いよく顔を上げ、イルはちゃんとギルトと向き合った。
ギルトはグッと眉を寄せ、小さく頷いた。
「ちゃんと聞くわ…ギル。」
「……ありがとう。
けれど、無理に僕を許そうとしなくていい。」
「……」
「僕は許されたいから話すのではない。
…ただ、真実を知った上で。
その上で僕への心を決めて欲しいんだ。」
それだけ言うとギルトは『ほら?』と廊下の先を示した。
イルは頷き、15年前と同じようにギルトの隣に並び歩いた。
ギルトはこの後すぐにイルを大浴場に誘い、体を清めるよう促した。
「すまないイル!、昔の服で大丈夫か!?」
『ええありがとう。』
「では僕は」
『そこに居てくれる…?』
「…分かった。」
彼はずっと脱衣所で腕を組み、誰も浴場に入れなかった。
その間、山程を考えた。
先ずは国の被害状況から把握せねばならないし…
本当にやることは山積みだ。
だがまず、何よりも優先すべき事がある。
それこそが対話だ。
ジルとイルに15年前の大崩壊の理由を説明し、更には茂の死を告げ…
そして二人がもしここに残るのならば、三人で一丸となり国の復興に取り組まねばならない。
そしてもし二人が出ていくと言うのなら、全てを一人で進めるつもりだった。
すぐにイルは出てきた。
だが着替えた彼女は顔を真っ赤にして、ギルトも少し苦笑いしてしまった。
「恥ずかしいわっ💦!
絶対に変よ!、若作りだと言われてしまうわっ!」
「平気さ。……だが、まあ。…なんだ?
目のやり場には困るが。」
彼女が15才の頃に着ていた服しかここにはない。
その頃の彼女は今程女性らしい体ではなかった。
…故に、昔着ていたワンピースでは小さいのだ。
白い膝丈の、当時は清純そのものの雰囲気だったワンピースが…、今ではなんだか夜の前の雰囲気をかもし出してしまっていた。
(15年とは恐ろしいな💧)
(こんなのロバートに見られたら死んでしまうわっ💦
ああもおどうして私ってこう…っ、あちこちムチムチでスリムじゃないのっ💦!)
彼女は結局ギルトのジャケットを再度羽織り浴場を後にした。
ギルトはベスト姿のまま、いよいよ緊張してきて碌に会話も出来なかった。
二人はこれからジルの元を訪れるのだ。
「……緊張してる?」
「……吐いていいなら吐くレベルでな。」
「…そうよね。……でもね、ギルト?
私ね実は今、…とっても嬉しいの。」
「何故だい。…理解を示してくれたのは嬉しいが、まだ何も聞いていないじゃないか。」
「だって、やっぱり貴方は貴方だったもの!」
「!」
「優しくて紳士でっ!
…貴方は昔のまま。ちゃんと貴方だわ!」
「…イル。」
『だから大丈夫。しっかりと話して。
ジルだって落ち着けばちゃんと聞いてくれるわ?』
屈託の無い笑顔に『昔のままなのは君の方さ』と、ギルトはフッと笑った。
「テッ……メエッ!?」
だがまあ、ジルは一筋縄ではいかなかった。
ドアを開けるなり蹴りは飛んで来るし。
イルが間に入れば入ったで『テメエあたしの可愛い妹に変態プレイでもさせる気かッ💢!?』とブチギレてくるし。
その言葉にイルはガンッ!!とショックを受けて凹むし、もう話をするどころではない。
それに、こんなジルらしさを感じれば感じる程、ギルトの胸はギシギシと軋んだ。
彼女がずっと茂を愛していたのを、ギルトは知っていたのだ。
だからこそ茂の死を告げる恐怖と、茂が亡くなってしまった事実にどんどんギルトは追い詰められた。
だが、彼は引かなかった。
それはオルカの言葉の熱が強く自分を支えていたからだった。
「死ねよこのっ、大罪人がッ!!」
「姉さんお願いだ落ち着いてくれ!!
僕らの私闘は御法度だ!!、僕らが争うのなら」
「決闘を申し込む。」
「!!」
「そうだよギルト。私達親衛隊で私闘は御法度だ。
もしどうしても主張を譲れぬ場合は決闘で決着を付けるのが我々のルールだ。」
「ジ…ジル駄目よ!?」
「私のレイピアを寄越せ。」
「…本気なのか姉さん。」
「冗談で決闘が申し込めると思うか。」
ギルトは茂に決闘を申し込んだ覚悟を思い出し、『そうだね』と覚悟を決めた。
この決闘では相手の息の根を絶つ事も許されている。
正に『命をかけた戦い』だ。
ズキ…!
「ツ…!?」
「とっととレイピアを寄越せ!!」
「…あ、ああ。…ほら。」
「……イル下がってな。」
「ねえ…待って!、お願い!!
決闘するのならっ、せめて話を聞いてからに」
「アンタだってあの場に居たよねイル。
こいつは陛下の首を飛ばすだけでは飽き足らずっ、オルカまで手にかけようとしたんだぞッ!!」
ズキ…!
「それ…は、そうだけれど!?
ギルは昔のままっ優しいギルのままよ!?
私はジルよりそれを知ってるわ!!」
「…アンタは優しすぎるんだよイル。」
「お願いよジル!!
本当は私達に争っている時間は無い筈よ!?
オルカだって行方不明なのに」
「だからとっととケリ付けんだよッ!?」
ズキン!!
ギルトは精神的な胸の痛みとは別に、妙な痛みを胸に感じてきた。
それは立ちくらみがする程強烈で、息が苦しく、全身が重く…
(…あの時の、オルカ様が黒い石を取り出された…
あの時のようなっ、痛みだ。)
痛みは秒刻みで悪化していく気がした。
だがギルトは平然を装い、レイピアを構えたジルと向き合った。
「……次は小細工すんじゃねえぞ。」
「…あ…ハハ。」
ギルトはフラフラしながらもベストを脱ぎ、『これでいいかい?』と笑った。
そして冷や汗を垂らしながらも、タイを弛めシャツの襟に指をかけた。
「……なんなら、これ以上も脱ぐかい?」
「テメエのヒョロガリなんざ見たくねえんだよ。」
「ハハ…酷いな姉さん。
僕はこれで ツ… …モテる方なんだけどな。」
「『自称モテ男』は実はモブだって知ってっか?」
「本当に酷いな姉さん。」
イルはギルトの表情に違和感を感じ取り、訝しげに眉を寄せた。
いつの間にか顔色が悪いし、なんだか時折変な咳をしている。
「……ギルト?」
「…イル、下がっていてくれ。」
「……待って…ねえ、…何か、……変よ?」
「死期でも悟ったんだろ放っとけイル。」
「本当に姉さんは容赦ないね。 ゲホッ!」
「待っ…待って、本当に。……ギル」
ゾワッ!!!
イルが席を立った瞬間、イルとジルの全身に鳥肌が立った。
身の毛もよだつような、感じた事もないような悪寒が一瞬で全身を駆け巡ったのだ。
二人の目線は一点に集中した。
ついに胸を押さえた、ギルトの背後に。
ブワッ…
「つ…!?」
次の瞬間、突然ギルトの背後に真っ黒な何かが現れ、ジルは反射的にレイピアで刺した。
だが微かに人型を模したような真っ黒な影は、レイピアをすり抜けギルトを覆った。
「ヒッ…!?」 「な…!?」
ガタンッ!!
「ウ"ッ…ア"…!?」
直後にはギルトが床に倒れ、胸を押さえ苦しみだした。
その悶えようは尋常ではなかった。
我慢強く忍耐強いギルトがここまで声を荒げ全身で悶えるのなど、二人は本当に初めて見た。
「ギッ…ギルト!?」
カランカラン!
ジルはレイピアを放りギルトに駆け寄った。
黒い影はギルトの全身を包み込み、いくら手で払おうとしても空を切るだけだった。
「なにっ、どうしたのギルト!?」
「ガッ …! …ア" ッ!!」
「どうっどうしたのねえ!?
イル!!、何か…どうにか出来ないの!?」
「癒しの力が発動出来ないの!!
なんで!?、そんなっ、力が使えないわ!?」
「そんな!!」
『呪われろ』 『呪われろ』 『呪われろ』
「ア"! あ"…グッ…カッ!!」
「やっやだギルト!?、ねえ!?」
「どうしようお姉ちゃん!?」
パキ… ィィイイイイイイッ!!!
「!!」 「え!?」
黒い影がギルトに完全に同化してしまう…その時だった。
突然三人の前に閃光が光り、四つに割れた。
そして一つはイルの前に。一つはジルの前に。
そして残りの二つはギルトの上に飛び、まばゆいばかりの光を放った。
その光は影を一瞬で吹き飛ばし、ギルトは解放されたように悶えるのを止め、大きく息を吸った。
「……なに…これ。」
「…綺麗。」
そして石はジルとイルの手の中に納まると光を失い、コロンと転がった。
ギルトの前には一つだけ石が残り、苦痛から解放されやっと目を開けた彼の前にコロンと転がった。
「ハア…ハア!! …痛み…が…?」
「!! ギルト…大丈夫!?」
「!」
ジルが血相を変えて自分を心配してきて、ギルトは目を大きく開けた。
心底自分を案じてくれているその顔に、ギルトは涙を溜め、…告白した。
「すまない…姉さん。」
「…え?」
「…うっ!!、……ゲイル兄さん…が!!」
「………」
激しく上ずりながら茂の死を告げたギルトに、ジルはただ目を大きく開け…
イルは口を押さえ、泣くしかなかった。
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