第62話 確かな邂逅に、叫ぶように
「…オルカ様?」
!!
「……今、… …気のせいか? ……」
……ギルト…さん!?
ハッキリと聞こえた声に目を開けると、ギルトが居た。
だが彼は辺りをキョロキョロするばかりで、オルカとは目が合わない。
え、…なに!?
驚愕しつつもギルトに駆け寄ろうとして、ハッとした。
自分の体が無いのだ。
落ち着こうと深呼吸すると、呼吸する感覚はあるのに、自分の意識だけがふわふわ浮いているような感覚がした。
それを裏付けるように、ギルトは首を傾げていた。
…見えてないんだ。
意識だけが……帰ってきた?
辺りを見回してみると、そこがとても綺麗な調度品に囲まれた部屋だと分かった。
シックな色のクローゼットに、ベッド、デスク。
見たことは無かったが、豪華さから長官執務室の隣にあるギルトの個室なのではと察した。
……ギルトさん。
つい、じっとギルトを見つめてしまった。
綺麗なサラサラの黒髪に、透き通るような紫の瞳。
懐かしすぎる顔だった。
懐かしすぎて愛しくて、勝手に涙が零れ落ちた。
ギルトさん。……大丈夫だったんですね?
…良かった。…良かった。……本当に。
「…今日…だもんな。
幻でも相見えたいと、…願ってしまうさ。」
綺麗な声。…ああ、ギルトさんだ。
…本当にギルトさんだ。
ギルトは窓辺に歩み、暗い世界をぼーっと眺めた。
きっと夜なのだろう。
だが外からは微かに賑やかな曲が聞こえてきた。
…何だろう。
夜なのにこんな、…お祭りみたいな。
「…18才…ですね?」
!!
「……きっと、とても美しくなられたでしょう。」
……まさか。 …今日…は……?
「オルカ様。…いつの日も、僕は貴方様を想っております。
…どうか貴方がこの日を、……
孤独ではなく、誰かと…
心許せる誰かと過ごしていますように。」
…ギルト…さん!
ギルトは切なく微笑み、首を振った。
そんな背中を見ているだけで、オルカはたまらない気持ちになった。
「………」
…大丈夫ですよギルトさん。
僕はとても優しい人に囲まれています。
「……」
僕も、…僕もずっと、貴方を想っています。
「……ハァ。」
ギルトはため息を溢し、タイを外しその辺に放った。
そんな仕草まで、オルカには格好良く見えた。
……それにしても。…どうしてこんな。
これはリンクの一種…なんだろうか。
オルカは廊下に移動しようとしてみたが、動けなかった。
まるでギルトに憑いている幽霊のようだと少し笑ったが…、それにしても分からなかった。
何故突然、意識だけでもここに帰ってこられたのかが。
チャリ…
!
音がしてギルトに目線を戻すと、彼はネックレスのトップをつまみ、見つめていた。
それは間違いなく、三年前のあの日に割った法石だった。
ちゃんと…届いてたんだ!!
「……オルカ様。」
ギルトは法石を持ったままソファーに寝転がり、日に透かすように掲げた。
なんだか照れ臭くなり、オルカは気まずく頬を掻いた。
ギルトはオルカが居るとも知らず、法石の欠片を額に押し付け……
「…っ……!」
!!
…涙した。
「今…何処に居られるのですか…!」
……ギルトさん。
「ご無事なのですか!
18の誕生日を…無事に…迎えられたのですか!」
…っ、
「何をしていても!
どうしたって!、貴方のことばかり考えてしまうのです!!」
ボロッとオルカの瞳からも涙が零れた。
『ここにいるよ』…と伝えたくてそっと手を伸ばし頬に触れると、ギルトはハッと目を開けた。
パチ…!
「!」
!
確かに目線が繋がった。
ギルトは体を起こし、何も無い宙を手でかいた。
「…オルカ様?」
…うん。…僕はここだよギルトさん。
「っ、…いらっしゃるの…ですか…?」
うん。…うん。……居るよ?
ガバッ!!
突然ギルトが体を起こした。
辺りをキョロキョロし、額を押さえ、また辺りを見回した。
ギルトは確かに頬に温かい温度を感じた。
それが何かなんて分からなかった。気のせいだと思うのが普通だ。
だが彼はそれを、オルカの愛だと疑わなかった。
「…っ、オルカ様聞いて下さい!!」
…え?
「世界の理は!!
コアこそが…このカファロベアロを」
プツン…
「おいオルカ。…大丈夫か?」
「ッ…!?」
バッ!!とオルカは身を起こした。
呼吸を荒らしながら辺りを見回すと…、そこはギルトの個室ではなく自分の部屋だった。
そして目の前に居るのは…、ギルトではなく、柳だった。
柳は悪夢でも見たかのように汗を拭い胸を押さえるオルカに、「大丈夫か?」と声をかけた。
「怖い夢でも見たんか?」
「……ゆ…め。」
夢なのか現実なのか、分からなかった。
だが確かに、確かにギルトは何かを伝えようとしていた。
そして…
「… ~~ッ!!」
こ…の……っ!?
「卑怯者が!!」
「!?」
そして確かに…、コアが強制的に自分を帰還させたのは……明らかだった。
「フザ…フザケんな!?」
「お…い、オルカ!?」
「お前はっ、何がしたいんだよッ!!!」
枕元に置いてある法石を掴み投げようとするも…出来なかった。
もし法石が壊れてしまったなら…、本当に帰る道が閉ざされてしまうかもしれない。
悔しさと怒りに声を荒げ、彼ではないかのように怒鳴るオルカの背に手を添え、柳は『落ち着けって!?』と諭した。
「どうしたんだよ!?」
「…都合の…いい!!」
「!」
「……もしギルトに何かしてみろ。
完膚なきまでに叩き壊してやるからなッ!!」
ガンッ!!
乱暴に置かれた法石、そして言葉に…
柳はオルカが寝ている間にリンクしたと直感した。
「オルカ、何があった。」
「…ギルトに会いました。」
「……ギルトって、……あの?」
「はい。」
イライラも後押しし、オルカは見たもの全てを柳に話した。
柳は真剣にオルカの話を聞き、時に感極まって涙を溜めるオルカを励ました。
「そしたらギルトさんが何かを伝えようと。」
「! …何て言ってた。」
「確か…」
『オルカ様聞いて下さい。
世界の理は、コアこそがこのカファロベアロを 』
そこで目が覚めたという話をすると、柳は目を細めじっと思考した。
その顔はオルカの知らない、刑事としての顔だった。
(明らかにギルトにオルカは見えていなかった。
だが『居る』と確信したんだろう。
…問題はオルカの存在を信じた途端に、ギルトがメッセージを送ろうとした事だ。)
明らかに慌てたような。
…そう、例えるなら、『必死に』。
(会いたいと願っていた人物に会えたかもしれない。
そんな瞬間に何かを伝えようとするなら…
それが緊急だったか。…余程普段から『伝えなきゃ』と思い続けでもしなければ咄嗟には出てこない。)
『コアこそが、このカファロベアロを 』
顔を洗い着替える為に部屋に戻ったオルカに、あぐらをかき口元に手を添えたまま、柳は言った。
「リンクしろ。オルカ。」
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