第47話 門松と柳
チャポン……
「あ~~~ …生き返るぅ~。」
「うっわオッサンくさ!
…てか門松さん邪魔。なんで階段に座っちゃうんすか。」
「邪魔とか言うなよ。…温泉といや半身浴だろ?」
「え?、……泳がないんですか?」
「……え…?」
カポー…ン…
男が二人温泉に入っていた。
小田原にあるホテルの温泉だ。
大浴場ではなく家族風呂で、予約した時間帯は貸し切り状態に出来る、海が一望できる極上の温泉だ。
岩で囲まれた温泉は直径4メートル程の円形で、竹や桜の木やモミジがあり、今の季節はモミジが紅葉していた。
すぐ後ろにある高いホテルから見えないようにしっかりと屋根と壁がありプライベートが守られる、素晴らしい温泉だった。
「うっひゃー! ……最高!!」
「署長に感謝だな~。」
「ハ?、…いや当然しょ。
俺ら弔い合戦を終えたんすよ?
…これでもボーナス足んねえくらいですよ。」
「お前なあ柳。…そーゆートコだぞ本当に。」
湯の中に下りる階段に座り温泉を楽しむ中年男性の名前は『門松』(カドマツ)。
『オッサン』と思わず言いたくなる立ち振舞いをよくするが、話し方は比較的穏やかで『先輩』と呼びたくなるような包容力と厳しさがあった。
顔は比較的怖面で、体格も178センチ無駄肉ナシ!…とイカツめだ。
白髪交じりの黒髪を邪魔そうにオールバック状態に纏め湯を楽しむこの男は、刑事だった。
さっきっからこの門松に文句を言ったり、温泉で泳ぐ発言をした男性は『柳』(やなぎ)。
門松よりずっと年下で27才だったが、彼等は同じ署で働く刑事だった。
湯に浸かり和むと、ふと二人はボーっと景色を眺めた。
「……終わりましたね。」
「…ああ。…よく頑張ったな柳。」
「別に。 ……… …ズッ!」
「……」
「…別に?、俺はあんな奴好きじゃなかったし。
…邪魔ってか、……邪魔だったし?」
「…滅多なこと言うな?
今だけは憎まれ口叩かず、……素直になれよ。」
「俺が素直になったってあの人喜ばねえし!」
「……まあ、確かになあ💧?」
刑事である二人が何故こんな温泉でのんびりしているのか。
それは彼等が大きな仕事を終えたからだ。
実は彼等は横浜の刑事で、三人でチームを組んでいたのだが、一人が事件に巻き込まれ殉職してしまったのだ。
彼等は犯人を追いこの小田原まで足を運び、そして見事、廃ホテルに潜伏していた犯人を自らの手で逮捕した。
今夜は、そんな大仕事を終えた夜だった。
「…… ズッ!!」
(素直…ちゃあ素直なんだけどなあ💧)
亡くなったチームメイトを想い鼻をすする柳に、門松は苦笑いした。
柳はチームの中で一番年下で、亡くなったチームメイトと二人で育てていたようなものだ。
柳と殉職した刑事はいつも喧嘩ばかりしていたが、こうやって涙する柳の姿を間近で見ていると、どうしたって可愛かったし、思うことは多かった。
「……あ。そういや姪がこの近くに住んでてよ。」
「いやそれ、『姉の家がこの辺で』で良くないすか?」
「姉貴なんて可愛くねえから姪でいいんだよ。」
「マジイミフ。」
「…『いみふ』?」
「意味不明て意味すよ。」
「へえ~!」
「…門松さんは結婚とかしないんすか?」
「それを言うなら若いお前の仕事だろ~?
お前はイケメンなのに中身が酷すぎる。」
「ヒッドー。…まあ門松さんに女なんて出来たら全力で破局させますけどね。」
「ストーカーマジいみふ~!」
「使い方が地味にチゲーですよこれだからオッサンは。」
「………」
「……ズッ!」
『マジ可愛くねえ』と思った門松。
折角門松が話題を逸らそうとしたのに、相変わらず鼻をすする柳。
二人は二人なりに、仲間を悼んでいた。
「…明日からまた日常だ。…気張れよ?」
「うっわ聞きたくねえ。」
「お前なあ💧」
バチャーン!!! ザバァッ!!!
その時、突然温泉が弾けた。
それはもう内部爆発を起こしたかの様に。
水柱は目隠しの屋根に勢いよく当たり、二人もお湯を頭からかぶった。
「……え。」 「……え?」
ザバ…!!
訳が分からず放心する二人の目の前で、はぜた湯の中から少年が勢いよく立ち上がった。
「プハッ!?」
「…………」 「…………」
「…な、なに!?、……熱い!?」
「「……………」」
二人は愕然と、服を着たまま突然現れた少年を凝視するしかなかった。
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