第130話 力の抜けた小さな一言
コンコン!
仕度が終わる寸前、ノックが鳴った。
オルカは鏡で全身をチェックしながら返事を返した。
「どうぞ?」
ガチャン…
「…おはよ。」
「あ、おはようヤマト!」
扉を開けたのはヤマトだった。
ヤマトはオルカの服装にハタ…と目を止め、不思議そうに首を傾げた。
「…なんで袖がボロボロの着てんの?」
「これはあえてなの。ダメージ加工。」
「…敢えてボロを纏うん💧?」
「ボロじゃないよよく見なよ💢!?」
「……ああ。…わざと布を折り返さず?、糸…じゃなく生地を…ヒラヒラさせてんのか。
…確かによく見りゃボロじゃねーや。」
「そ!、敢えてなの。」
「……ふーん?」
この服のポリシーをこの国に浸透させるのは大変そうだ。
この国では男はきっちりシャツしか着ないのだから。
オルカは髪にピンをクロスさせ、ニッコリと鏡の中の自分に微笑んだ。
「よし!、…完璧ですよね柳さんっ?」
「……」
「仕度できたよヤマト。行こ?」
「おう。」
ヤマトは『確かに似合ってる』と、本当にマジマジとオルカの服装を眺めた。
白グレーの髪に瞳と同じ赤色のピンをクロスさせ、スレンダーなスタイルだからこそ似合う襟が広く袖が長く丈も長い上着。
下はシンプルに黒だが、ブーツに裾を入れる事で男らしさが出て、全体的にお洒落だ。
少し中性的な印象は受けるが、それも服の型やバリエーションで変化するのが予想出来た。
「……なんか、スゲー、…なんだろ。
『ザ・オルカ様』て感じ?」
「ブッ!?、やめてよヤマト。」
「いやマジで、…流行んじゃね?
『オルカ様発祥のオリジナルファッション』て話題になれば、若い奴なんかこぞって着たがるだろ。」
「! …ほんと?」
「うん。…まあ年上からは『お前にゃ似合わない』とか散々言われるだろうけど?、若者にゃそんなん関係ないしな?」
「……」
『それは朗報だ』と思った。
「お洒落革命起こしますか。……凜さん。」
「……まあ俺は着ないけど。」
「なんで!」
「なんでって、似合わねえから?
…長官の方が似合うんじゃね?」
「…!」
ヤマトからこんな形でギルトの話題が出るとは思わず、オルカはピタッと止まってしまった。
ヤマトは少し目を大きく開けると、すぐに話題を変えた。
「…で、何処に行かれますか?」
「…え。分かんない。」
「……え。」
「いや、なんとなく勢いで、気合いで部屋を出ただけだから。
…僕は先ず何処に行けばいいのかな?」
「…お戯れを。…フ!」
ヤマト、うつ向き爆笑中。
廊下に出たならしっかりと立場を守らねばならないので余計に可笑しくなってしまったらしい。
オルカもうつ向き肩を揺らし、通り過ぎる制服達に笑いながら挨拶をした。
「…ふう。…さてオルカ様。」
「……ブッ!」
「お腹が空かれているのではないですか?
折角の祭りです。…外でお食事を摂られては?」
「あーっはっはっは!!」
「…おい(笑)!」
「そ、そうだねそう致しましょうかアハハハ!!」
「…ですよ。」
二人で笑いながらギルトの執務室に赴くと、ヤマトはドアの前で自然とオルカの前に出てノックをした。
返事があるとドアを開け、真顔で『どうぞ?』という顔をして促した。
オルカは冗談抜きにカッコイイと感じ、部屋に入りながらも顔はヤマトを見つめ続けた。
無理のある体勢で歩いていくオルカに、ヤマトは吹き出してしまった。
「あの…オルカ王。…お顔が何故かこちらを向いたままなのですが。」
「…さっきの、カッコ良かったあ!」
「はい(笑)?」
「やっぱヤマト、凄くカッコよくなったよ!
…真似できる気がしないもん。
スマートにスッと、コンコンで、ガチャンで。」
「?」
二人のやり取りにギルトは腰に手を突き口角を上げ、ちらりと奥の部屋に繋がるドアを見た。
「オルカ様にもしかと身に付けて頂きますよ?」
「…え。」
「この国の男なら出来て当然の作法です。
いざ女を口説こうと思った時、しかとレディーファーストを身に付けておかなければ恥をかくのはオルカ様ですよ?」
「え!?」
オルカは『そんな大袈裟な!』とグルンとヤマトに向き直り同意を求めたが、ヤマトはうんうんと納得していて……
「……」 (日本人にはキツイよ~💧)
深く項垂れた。…自分の国籍も定まっていない。
そんなオルカに隠れてクスクス笑うと、『さ?』とギルトは促した。
「小難しい話は落ち着いてからに致しましょう?
今はまだ、貴方様には休息が必要です。」
「…!」
「暫くはこの国を知る為だけに時間を使いましょう?
オルカ様は第三地区から出た事がありませんでしたし、国の偵察ということで旅行と洒落込むのもいいですね?」
「…いいんですか?、そんな、…感じで。」
ヤマトは後ろで手を結んだまま、『宜しいのでは?』と穏やかに言った。
オルカはまたヤマトに向き直り、昨日とは一変したヤマトの雰囲気に少々疑問を抱きつつも、こうやって三人が同じ空間に自然な空気で居られるのが嬉しかった。
「本来オルカ王の職務とは『存在する事』です。」
「その通り。…国を知る事は、何よりも貴方に必要な教養なのです。」
「…そう…ですか。」
「…ですので。」
「?」
ギルトは顎でヤマトに合図した。
ヤマトは頷き、オルカを促した。
「この国の祭りを、先ずは楽しみましょう。」
「!、うん!」
スマートにオルカを外に出したヤマトはドアを閉めようとしたが、…また開けた。
「……長官も、どうかお楽しみ下さい。」
「!」
「右も左も分からぬオルカ王を導くのは、貴方です。」
「!!」
ギルトの目が大きくなる中、扉は閉まった。
「………」
一人きりになった空間で、半ば放心しながらギルトは扉を見つめ続けた。
敵意の無い、力の抜けた本心をくれたヤマトに、思うところは多かった。
「……大切なのは理解…か。」
そっと一人笑うと、ギルトは奥のドアを開けて中に入った。
ベッドにはジルが寝ていた。
ギシ…
彼女の穏やかな寝顔を撫でると、今更だが幸福感が腹の奥にじんわりと広がった。
「…ジル、起きろ?」
「…!」
「ほら、祭りに行こう?」
未だ外には出た事がない彼女を自然と祭りに誘うと、彼女はニッパリ笑って伸びをした。
「風呂に入ったらね?」
「!」
ギルトはまた嬉しそうに笑い、彼女にキスをした。
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