第131話 兄弟との再会

「う…わあ!」



 外に出たオルカは歓声を上げた。

街中の壁に飾られたガーランドや旗は風に靡き、オルカの象徴である白と赤に染められて。それはそれは豪華で華やかな飾り付けだ。

祭り専用のテントがメインストリートだけでなく全ての道に設置され、そこに各地方から持ち寄られた御馳走がずらりと列び、あちこちから音楽が響き、人がこれでもかと行き交い食事やダンスを楽しんでいた。


日本でお祭りは何度か体験したが、この騒ぎはその比ではない。

正に名物と呼ぶに相応しい催しだ。



「す……ご!」


「ハハ!」


「いやこれ本当に凄いよ。

…見たことない料理も多い。」


「全部、お前の恩恵なんだぜ?」


「?」



 ヤマトは『国を挙げたお祭り』というものを詳しく教えてくれた。

どうやらカファロベアロには祭りの種類があるらしく、地域で行う普通の祭りと国を挙げての祭りの二種類があるそうだ。



「地域のは…普通に地域で行う祭り。

その地区の統治者が認めた催しで、経費も主催者が捻出する。

観光の目玉になってるから結構力入ってて。

それぞれ特色があるから面白いぜ?」


「へえ。…やっぱりパパが統治者なだけあって詳しいね?」


「まあね。で、国を挙げた祭りは特別で。

期間中はメシ代もホテル代も全部タダなんだよ。」


「…ん!?」


「つまり『皆で心行くまで楽しもう』って事。

普通の祭りじゃ、普通に露店で金払って食事を買うわけさ。

だが国を挙げた祭りでは全部無料。

無一文で訪れても好きなだけ飲み食いして、しかも部屋さえ空いてりゃ泊まれるってわけ。」


「…それ凄くない?」


「だからスゲーんだって。

国が皆の為に金を出してくれるのさ。

そりゃ皆、全力で楽しめるわな?」



 ヤマトが腕を広げ見せてきた物。

そこら中にある露店の食べ物が…全てタダ。

こんなの、盛り上がらない筈がない。



「…俺もデータで見ただけだけど、三年前までは凶作でさ。」


「!」


「備蓄出来てんのは、石だけ。

この世に無限にある石だけ。

食料の備蓄は殆ど無かった。

…でも三年前、お前が王位に就いてからは世界の全てが豊かになった。

水の質さえ向上した。

凶作は完全に終わり、豊潤そのものへ。」


「……」


「だから世界の全てが…、正しく、あるべき場所に収まったんだ。

…今の成人年齢は18だぜ?

当然、孤児が路頭に迷うなんて事もない。」



 ヤマトが笑い、オルカも笑った。

意図せずも嬉しい情報続きで、照れ臭くもなった。



「さて。そんな恩恵をもたらした本人が祭りを知らないんじゃ話になんねーよ?」


「…うん。……でも、どっから回ればいいのやら。

広いし多すぎるし、…目が回りそう。」


「はは!、目が回っても祭りは終わんねえぜ?」



 ヤマトはニッと笑い、白い制服でオルカの腕を引いた。

オルカは異世界の服を着て楽しそうに笑った。



「先ずは肉食わねーと肉!」


「あはは! …!、待ってヤマト。」


「ん?」






「…あれがオルカ王。妙な服着てんな。

一瞬誰かと思ったわ。」


「ヤマト嬉しそう!

オルカ兄が帰ってくるの、なんだかんだ一番楽しみに待ってたもんね!」



 楽しそうに何かを相談する二人を、影から見守る集団が。

彼らは賑やかな祭りの中なのに建物の影に潜み、じっと二人を見ていた。



「……楽しそうにしちゃって。」


「だってヤマト兄はオルカ兄は好きじゃん?

…別にあっち側に付いたって訳じゃない。」


「……だといいけど。

今じゃ一番ターゲットに近いんだ。

…それに役職もある。裏切ったら一番厄介なんだよ。」



 リーダー格であろう男性の隣にスッと女性が並んだ。

彼女はとても大人っぽく美人だが、かなり鋭い目をしていた。



「ヤマトが私達を裏切る筈ないよ。」


「…ま、オルカ兄に会えたのは俺も嬉しいよ。」


「私も。…だからヤマトも同じ。」


「……」


「ヤマトも私達も、オルカ兄を敵に回す気なんか無いじゃない。……変な言い方しないでくれる。」



 男性は女性に『はいはい』と手を上げて見せた。

そして露店のお酒をパッと手に持ち、皆に掲げて見せた。



「俺達の復讐はこっからだ。

いいなお前ら。…気合い入れろ。」


「はーい!」「うす!」「おう!」


「んじゃま、…挨拶すっか!」






「……だからさヤマト?、皆で焼肉を」


「オルカ兄!!」


「…!」



 かけられた声にオルカは勢い良く振り返り、ヤマトは静かに目を大きくした。



「みんな!!」


「キャー久しぶりオルカ兄っ!!」


「お久しぶりっす!!」


「皆…久しぶり!!、大きくなったね!?」


「オルカ兄も別人みたいっ!!」



 オルカは孤児院の兄弟との再会に最高の笑顔で応えた。

彼らはオルカとヤマトより下の子達で、この三年で自立した子供達だった。

イルの孤児院に居るのは彼らよりも年下の子達なのだ。


 オルカは会いたかったと皆とハグをした。

だがとある女性にハグをしようとして、ガチンと体を固めてしまった。



「…まさか君は、…ジェシカ?」


「そうよ?」


「……大人っぽくなったね驚いた。

驚きすぎてハグ出来なかったよ。」



 フワフワのゴージャスな黒髪に、出るとこの出たスタイル。

オルカでさえ年上の女性と見まごう程大人っぽいジェシカは、腕を組み少しムッと口を尖らせた。



「…なによ。結局ハグしてくれないわけ?」


「あ、ごめんね?」



 お兄さんの顔に戻りつつも照れながらジェシカとハグをしたオルカ。

ジェシカはしっかりとオルカの体に腕を回し、ギューっと子供の頃のように抱きつき頭を擦り付けた。



「…さみしいことしないでよね。」


「ごめんごめん。…ビックリしただけだよ?」


「なにそれ!、あたしとは普通にハグしたのにさー!」


「そんなことないよエリコ?

みんな大人っぽくて素敵だよ?」



 ヤマトは騒ぎには入らなかった。

だが、先程少々辛口に二人を見ていた男性の隣に立ち、誰にも聞こえぬよう声を抑え話した。



「どういうつもりだトルコ。」


「何が?」


「……」


「俺らはオルカ兄に挨拶しに来ただけだよ。

…何か問題でも?」



 トルコはチラッと通りの奥に目配せをした。

そこには歓声を受ける白いドレスを着たジルと、皆に手を上げにこやかに対応するギルトが。

 ヤマトはハッと目を大きくし、「お前ら!?」と雰囲気を一変させたが、トルコに酒を渡され、口を縛った。



「俺らは祭りを楽しみに来ただけ。……だろ?」


「……」


「…まあ、本当の祭りはまた今度。…ってな?」


「………」



 トルコはヤマトの肩にポンと手を乗せ、オルカとハグをしに行ってしまった。

ヤマトは口をきゅっと結んだまま、ただ彼らが居なくなるのを待った。






「はあ…。まさかあれがジェシカなんて思う?

ううん思う筈がないよ。でしょヤマト?」


「…ああ。」


「綺麗になったね~!

…やたらヤマトの腕を抱いてたけど、……

付き合ってるの?」


「チゲーし。」


「…そう。」



 兄弟と別れた移動の最中、オルカは首を傾げた。

なんだか兄弟と再会してから、ヤマトが心あらずな気がしたのだ。

皆に聞いた話では、ヤマトは未だに皆と交流があり仲良くやっているという。

…それなのにこの対応はなんだか違和感だった。



「…ね、ヤマト!」


「!」


「さっきの話なんだけどさ!」



 オルカは兄弟に中断された話を改めてヤマトに話した。

するとヤマトは途中からいつも通りに戻り、楽しそうに笑ってくれた。



「んじゃまずは皆を探さねえと。

…てかオッサンなんなのマジで。

なんかシスターにべったりっつーか。

…まさか、ストーカー…?」


「違うと思うよ(笑)!?

…勘だけど、二人はいい感じなんじゃない?」


「えええええ!?、いや、…ナイだろ(笑)!」


「…そこまで言わなくても。

僕はお似合いだと思うけどな?」


「いや、歳の差!!」


「愛に歳の差なんて関係ないよ。」


「…そう… …えええぇぇ…?」



 二人は先ずジルを捕まえた。

なんせ彼女の行くところ行くところ『綺麗!』『素敵!』と歓声が上がるのでチョロかったのだ。



「ジルさん!」


「よーうオルカ飲んでるかあっ!?」


「飲んでないよ。…ねえ皆で焼肉に行かない?」



 ギルトは目をパチパチし、これでもかと並ぶ露店を見つめた。



「…失礼ですがオルカ様。

折角の祭りなのに、何故焼肉に。

…その、こんなに色々と選べますのに。」


「でも僕は皆で焼肉が食べたいんです。」



 ジルはハッと目を大きくし、食い気味に『いいよ!』とオルカの腕を掴んだ。

急に距離を詰められてオルカは赤面し、ギルトとヤマトは『ウブいなぁ』と思った。



「いいじゃん焼肉!、行こう行こう!」


「…しかし、ジル。」


「いいじゃないかギル!、祭りはまだまだ続くんだ!」



 ジルは『イルとロバートを探すんだろっ?』と悪戯っぽくオルカにウィンクした。

途端にボン!と顔を爆発させたオルカ。

これには流石にジルも気付き…。



「なっに真っ赤になってんだよギャハハハ!!」


「だ…だって!?」



 …爆笑した。

ヤマトが『どんな対応をするのやら?』とギルトを苦笑いで見つめると、ギルトは眉を寄せ小さく溜め息を溢し、ヤマトに呟いた。



「ドレス姿で爆笑するか普通。」


「…へ(笑)?」


「まったく。 …ジル!、オルカ様を余りからかうな!」


「悪い悪い!、おっかしくて!」


「まったく!、オルカ様はまだ二人しか経験がないんだ。それに両者共に本気ではなかったという。

つまりそれは!、全くの未経験と言わざるを」


「あー。止めてやってくっさい。」



 またジルにからかわれる羽目になったオルカ。

ヤマトは苦笑いしながらオルカを救出し、先陣きってイルとロバートを探した。





「…おいトルコ!、あれ!」


「!」



 そんな一行を、トルコ達は見ていた。

ギルトと共に歩み、…楽しそうに笑うヤマトを。



「…なんっだよアレ!?」





「…………」



 そんな子供達を…



「……ふぅ。」



 海堂は見ていた。




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