第175話 蜜より甘いもの

ドオオオン!! ドオオオン!!



 王都が何者かに襲撃を受ける中、バグラーは鼻唄を歌いながら湯から上がった。



「フウ!、スッキリ爽快っと。」



 脱衣所に出るとかなり体躯のいい制服の男性が倒れていた。

バグラーは彼の服を脱がせると自分が着て、『少し小さいか?』…と呟いた。

シャツとスラックスだけを拝借し、ベストとジャケットは気絶する彼にかけた。

 少し癖のある白髪交じりの茶髪をグイッと指で上げると、彼はペシペシと気絶する男性のおでこをはたいた。



「悪いね?、ちと借りるぜ。」



 バグラーはトルコが鍵を開けた後、共に三層を出て二層に入った。

そこまで行けばもう迷うことはない。

よってトルコはすぐに女性牢を目指した。



『アンタの無事が確認されなきゃこっちが困るんだ!もう十分もしない内に王都で騒ぎが起こる!

それに乗じて外に出ろよ!?』


『ふーん?』



 バグラーはトルコの背を見送り、『うーん?』と首を捻って思考した。



『…まだ十分もあるじゃねえか。

それよりも、風呂だな。

こんなナリじゃオルカに会えやしねえよ。』



 そして堂々と廊下を闊歩し、大浴場を探した。

道すがらで呼び止めてきた者を片っ端から殴り気絶させ服を物色したが、かなり大柄な自分に合いそうな物は無かった。



『困ったな。…全裸って訳にはいかねえだろう。

だがしかしコレ汚えし着たくねえしクセーし。』



 …と悩みながら歩いていると、前からかなり大柄な制服男性が。

バグラーは『いいのが居るじゃん』…と、声をかけられる前に殴り気絶させ、ズルズルと大浴場を探した。

だがなかなか見付からず、仕方なく気絶させた男性の所持品を漁ると、手帳に地図が入っていた。

これは政府に入ると必ず取得する、執行議会の地図だった。

それを見て大浴場を見付け、彼は御機嫌に風呂に入ったのだ。



「…さてと。取りあえずオルカを探すかね?」



 王都に砲弾を叩き込み騒ぎを起こしているのは、既に出所した彼の仲間だった。

トルコと密会したあの女性を中心に組織された、バグラーを救出せんとする集団だ。



「うーん。王様は普段何処に居るんだ?

やっぱ王宮か?」



『取りあえず上を目指そう』…と、彼は歩いた。

 トルコに急ぎ外に出ろと言われていたのに、意に介さず廊下を闊歩した。





「!!」


「か…海堂さん!!」



 攻められていたのは王都だけではなかった。

海堂の役所から煙が上がり、人々が散るように逃げているのが見えた。


 海堂は歯を食い縛り、自分を下ろすように言った。



「けど…!、一人じゃ!?」


「いいから君は王都へ!!」


「ですが!?」



 海堂はオルカの腕を強く掴み目を合わせた。

『信じろ大丈夫』…と書いてある瞳に、オルカは意を決し役所の前に下りた。


 海堂は石板からパッと飛び下り、『行って!!』と大きく声を張った。



「僕のアングラは弱くない!!

君は早く王都に行き鎮静を図りなさい!!」


「っ、はい!!」



 オルカは信じ、飛ぶしかなかった。


 海堂は鋭く役所を睨み、護身用のナイフを持ち正面から堂々と中に入った。



何処のクソがこんな事を。

…まあいい。何処の屑でも、僕を怒らせた事を後悔させてやる。



 案の定、役所の中は戦地となっていた。

あちこちで剣を持った者達が好き勝手に暴れ、数名のスタッフが相手取っていたが、海堂が予想した通り、スタッフ以外は無事に逃げたようだ。



「よくやったお前達!!」



 海堂は堂々と声を張った。

途端にスタッフは『海堂さん!!』と士気を上げ、襲撃者達はニヤリと笑った。


 海堂はその笑みに『ん?』と目を細めた。

そして気付いてしまった。

彼らがバグラーの一味であることを。



(しまった!、まさかこの騒ぎは…誘導か!!)


「久しぶりだね海堂サーン!」


「あん時は世話になったなあ?」



 彼等の狙いを海堂は察した。

『バグラーを牢から出すためだ』と。

そしてここまでの騒ぎが起きてしまっているということは、恐らくバグラーを救出する算段は終わり、更には実行された事を意味していた。



「…プリズンブレイク、とはね。

ここで暴れたのは復讐と、戦力の分散を図る為か。

…相変わらず小さい脳みそだ。」


「言ってろ!!」


「よくもあんな所にブチ込んでくれたわね!?」



 海堂はいきり立つ彼等を鼻で笑った。

その目はツバメが居ない事を確認した。



(王都に車を飛ばしたな。バグラーの脱獄を報せる為に。

流石ですツバメ。ここは任せなさい。)



 海堂はニタ…と笑い、腰に手を突き顎を上げ彼等を見下した。

それを合図にするかのように、スタッフが一斉にロビーに集まった。



「非…ッ常にナンセンス!!

…復讐は蜜より甘いとでも思っています?」


「胸糞悪い奴だな相変わらず。」


「とっととやっちまえ!」


「復讐よりもっと甘いもの、教えてあげましょう。」



 海堂は向かってきた数名の攻撃を難なくいなし、それぞれの腹に蹴りを入れた。

蹴りを入れられた途端に彼等は嘔吐し、動けなくなった。


 海堂は踞る一人の背にゴッ!!と足を落とし、ナイフをくるりと回した。



「復讐より甘いもの。…それはね?」



グリグリ…!



「己の信念の為に!、命を懸ける事だよッ!!」



 それはまるで咆哮だった。

元アングラのメンバーは襲撃者を容赦なく打ち取っていった。


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