第174話 両手と額で伝える想い

「今日は何時に帰ってくる?」


「うーん。いつもと同じ位じゃねえかな?」



 玄関でヤマトはモエにキスをした。

するとすぐに海堂が来て、靴を履いた。



「…どっちが籍を抜けるんです?」


「私が抜けようかなって!」


「あらそう。…じゃあモエが嫁いでくるんですね?

良かったじゃないのヤマト。」


「俺は別にどっちでもいいって言ったのに、こいつが私が抜けるって聞かなくて。

…なんか俺は政府だからそういう籍の変化とかは無いにこしたことないだの何だの。」


「おや既に愛情深いじゃないの。

…こんな息子ですが、どうぞ宜しくお願い致します。」


「アハハやめてよお父さん!」



 ヤマトとモエは付き合ってすぐに海堂に報告した。

海堂は少し驚き、ヤマトに不誠実な女性関係について質問したが、ヤマトは切ったと断言した。

 最近のヤマトから察するに、その言葉が信用に足ると海堂は考え、二人を祝福した。


 将来的には、モエが成人になると同時に海堂から籍を外し、ヤマトと結婚出来る状態にするらしい。



「じゃあ行ってくる~!」


「はーい頑張ってねー!」


「モエ今日は学校休みですもんね?、何かするの?」


「うーんまだ分かんない。

あっ!、洋服でも見に行こっかな♪」


「うんいいんじゃないです?」



 海堂とヤマトは同時に外に出て、綺麗に左右に別れた。

役所は右にあり、王都は左にあるのだ。



「じゃあねパパ~!」


「パパ言わない。…気を付けてね?」



 海堂は4エリアを目指した。

例の米畑の、一番最初に稲が生えてきた場所。

そこから、ずっと探していた物が見付かったかもしれない…と連絡が来たからだ。



(…念のために初めからオルカ君を呼んでおくか?)



 海堂は悩み足を止め、振り返りヤマトに声をかけた。



「ヤマト!?」


「なに!?」


「着いたらオルカ王に、4エリアの畑で待つと伝えて下さい!!」



 ヤマトは、こんな別れ際にパパが声を張るなんて珍しいな。と思いつつ、手を上げ返事をした。





 トルコは巡回に訪れた監守に時間を訊ねた。

監守は首を傾げながらも、『八時半だ』と答えた。



「面会でもあるのか?」


「…いや?、こんな所に居ると時間の感覚がおかしくなるからよ?」


「確かにな。…嫌ならより誠意的に奉仕に励め?

取り組んだなら取り組んだだけ、ゴールは近くなるぞ?」


「はいはいありがとさん?」



『あと三十分か』…とトルコは深呼吸した。

 次の巡回は一時間後、これなら首尾よく進めそうだ。

 その瞳はもう迷っていなかった。

信念さえ感じる、強い決意に溢れた瞳だった。



「……エリコ。」





 ヤマトは王都に着いてすぐにイルと出くわし、共に執行議会に入りオルカを探した。

 イルはいつもよりルンルンして見えた。



「それにしてもどうしたのかしらねミスター海堂。

4エリアってお米の畑だったわよね?」


「そう。…また新種でも生えてきたかね?

…だったら俺が呼ばれるか?」


「うふふ!、でも新種だったら楽しいわねっ?」


「まあねえ。…国民はイベントに飢えてるしねえ?、良い刺激かもね?」



 オルカはやはり長官の執務室に居た。

ジルは昨日から二地区に仕事に出ていて、そろそろ帰る予定だ。



「おはよう御座います。」


「おはようヤマト!」


「おはよう。イルもおはよう?、今日はこっちか?」


「ええ!」



 ヤマトはすぐに海堂からの伝言を伝えた。

オルカは何だろうとは思いつつ、『じゃあ行くね?』とデッキに出た。



ザラザラザラ!



「じゃあ行ってきまーす!」


「はいオルカ様。お気を付けて。」


「飛ばしすぎんなよー?」


「はーい。」



 あっという間に小石を集め固め、オルカは飛んでいった。

ギルトとイルとヤマトは惚けながらオルカを見送り、やっと仕事の話を始めた。





 オルカはあっという間に4エリアに到着した。

海堂は車を使って移動したのに、オルカと数分しか違わず『凄いねえ?』と朝からオルカを褒めた。



「空だと直線だし早いですね~!」


「そうなんです。…で、どうされました?

なんだか人も多いですし、…トラブルですか?」



 以前は誰も居なかったのに、今日は畑に人が溢れていた。

よく見てみると彼らは畑から少し離れた一角に集まり、ドヨついて見えた。


 訝しげに目を細めたオルカに、海堂は深呼吸してオルカと向き合った。



「あのねオルカ君、これは僕の憶測なんだけど。」


「?」


「…多分、米が生まれきた理由が、…そうかと。」


「え?、僕が望んだ云々でなくてですか?」


「…うん。」



 海堂は人を散らした。

 彼らは海堂から依頼を受けこの辺りの地下を調査していた者達だった。


そして海堂が何故この辺りの地下を調べたのか。

それは彼がふと思った憶測故だった。



「…オルカ君、そこにあるの見える?」


「……」



 海堂に促されクレーターのように掘られた穴の中を覗き込んでみると、確かに何かがあった。

化石のようにも感じる、岩ではない何かだ。


オルカは首を傾げ、『何かありますね?』と海堂と目を合わせた。

海堂は独特な温度の瞳でじっとオルカと見つめ合うと、調査の者達を全員返してしまった。





 トルコは牢の中でそっと閉じていた目を開けた。

そして隠し持っていた荷物を全て持ち、牢の鍵を開けた。



タッタッタッタ!



 そして小走りで三層を目指した。

他の囚人は単身で駆けていくトルコに、見間違いかと瞼を擦った。





 二人きりになった畑で、海堂はバツが悪そうに地中の何かを指差した。



「…あれを外に出せますか?」


「え?、…どうでしょう少し待ってください。」



 オルカは何かに集中した。

すると妙な反応を感じた。

ここの世界の石達とは違う、違和感のある反応だった。



(なんだろうこの感じ。…鉄…だよな?、多分??

…これ、錆びてるな。上げられそうだけど、折れたら厄介かもしれないから…、周りの土石で包みながら上げてみるか。)



 意識を集中すると、それは思っていたよりもかなり大きな塊だと分かった。

オルカはそれを下ろす場所を先ずは決め、手を翳した。



ザアアア…!



 土石に綺麗に覆われた巨大物が地中から出てきた。

海堂はその大きさに目を大きく開け放心した。

パッと見た感じでも5、6メートルはありそうで、土石に覆われた真っ黒な姿はまるで…。



「怪物のようですね。……」


「僕もちょっと驚きました。

…置いたら土石を解除するので全貌が見れますよ?」


「…そ…う。」



 オルカはゆっくりと巨大物を地面に下ろした。

そして土石を解除するとザラッと土石が落ち…。



「ツ…!?」 パシ!!



 オルカは驚愕に目を見開き、両手で口を塞いだ。



なんで。…なんでこれが…こんな所に…!!



「……BEAST。」



 巨大物は、BEASTだった。

全てが錆び付いてしまっているが、間違いなく自分をオーストラリアまで運んでくれた、あのヘリコプターだ。


オルカは勝手に込み上げた涙を堪えきれず溢し、海堂は気まずそうにオルカの隣に並んだ。



「やはり、そうでしたか。」


「なん…なん…で!」


「米ですよ。」


「…!」


「君は教えてくれましたね?

『この世界にある物ならば自在に操れる』と。

だが不思議そうにしていました。

『オーストラリアにお米なんてあったのかな?』。」


「!!」


「…つまり、そういう事です。

君はこれに乗り、オーストラリアにやってきた。

…そしてこれの中には、米があったのではありませんか?」



 そうだった。藤堂は食料を現地調達出来なかった時の為に、パンや米を大量にBEASTに詰んでいた。

そしてBEASTは、この世界に起きた何かにより地中深くに埋まっていたのだろう。

だからこそ米はここに生えてきたのだ。

藤堂が乗せてきた米を媒体に、オルカの米は誕生したのだ。



「そん…な…!!」



 海堂がここに居るからまさかとは思っていたが、これで確定した。

恐らく藤堂達は、日本に帰れなかったのだ。

でなければここにBEASTがある理由が無い。


更に、この国に『藤堂』という名は存在しない。

それどころか、『凜』も『柳』もだ。


海堂がそうしたように、もし凜達が生きていたのならきっと名字を名として受け継いだだろう。


 確証など掴みようがないが、このBEASTと名の無い現実こそ、彼等の絶命を意味していた。



「嘘…だ!!」


「…っ、」


「そんな…なんで!!、どうして…ッ!!!」


「…オルカ君、まだ確定した訳では」


「僕には分かるんです!!」


「……」


「海堂さんとツバメさんがそうしたように!

あの人達なら必ず…必ず血を残す!!

名は体を表すと…あんなに強く語ってくれたんだ!」


「……オルカ君。」



 オルカはその場に崩れ、どうしてと嘆いた。

海堂に言える事は無く、ただ彼の背に手を添えた。





ドオオオン…!!





「…!!」



 だが感傷に浸る余裕は無くなった。

遠くから波動を感じたのだ。石が大量に壊れた波動を。



「……なに。」


「…え?、オルカ君?」


「………」



 オルカは立ち上がり涙を拭い、王都の方角を見つめた。

集中するとどんどん意識が遠くへ飛び、まるで空から見ているかのように映像が見えた。



ドオオオン!!


『キャアアア!?』『早く…こっちへ!!』



「…!!」



 オルカはハッと目を大きく開け、『一体何が!?』と叫ぶように口にしながら土石の石板を作り乗った。

 海堂は『え?、へ?』と眉を寄せ、言われるままに石板に乗った。



「一体どうしたんですオルカ君。」


「王都が何者かに襲撃されています!」


「ハアッ!?」


「急がないと!!」



 オルカは王都に向け飛ぼうとしたが、口をグッと縛りBEASTに横付けした。



…ス。



 そして錆びた機体に両手を当て、おでこを当て、目を閉じた。



「…僕を運んでくれて、ありがとう。」



 そして小さくお礼を言うと、彼は王都へ向かい飛んだ。



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