第176話 真の光で

ドオオオン!!



「な!?」


「!」


「…なんだ今の音は。」



 ヤマトとイルとギルトは一発目の砲弾の音を執務室で共に聞いた。

急ぎ窓に駆け寄り外を見てみると、ゲートの方角で煙が上がっていた。


 ギルトは目を細め二人に帯刀を促した。

ヤマトはテーブルに置いていた剣を帯刀し、イルは帯刀せずに煙や王都の様子を注視し続けた。

現在時刻、朝の九時。

店の調理器具の誤作動も無くはない時間帯だ。



「…王都内の制服が一番多い時間帯。

余程の事でなければすぐに落ち着くけれど。」


「長官!!!」



 その時ノックもせずに制服が飛び込んできた。

ギルトは先見の報告が早すぎる気がしたが、『何があった。』と淡々と訊ねた。



「ハ!、廊下にて計5名の制服が気絶しておりました。」


「…ん?」


「…何処でです?」


「執行議会一階であります。

内一名が風呂に服を脱がされた状態で倒れていました。」


「……」


「彼等を起こし何があったか問い質したところ、皆同じことを。『男に殴られた』と。

…そして、その男の風貌の特徴が…、バグラーと酷似していました。」


「…!!」 「な!?」


「牢を確認に行きましたところ、バグラーの牢だけでなく、トルコという少年の牢も空でした。」


「!」「…!」



 ヤマトとイルは目を大きく開けた。

ギルトは冷静に『それで?』と話の続きを促した。



「そして女性牢にて確認が取れました。

どうやら彼女達の義理の兄弟であるトルコが、牢から脱走したようだと。

彼は妹のエリコを探すべく女性牢に赴いたのですが、エリコは現在医務室にて療養中で。

それを聞かされた彼は医務室を探し出ていったそうです。

…彼は妹等の牢を開け、『好きにしろ』と言ったようです。…が、彼女等は牢を出ましたが監守に緊急事態を報せ、また牢に戻りました。

急ぎ監守が医務室を確認しましたが、エリコの姿はなく、見張りの女性制服が気絶していたそうです。」



 ヤマトはうんざりと額に手を当てた。

イルは胸の前で手を握り、静かに顔を伏せた。


 ギルトは『ではこの騒ぎは…?』と目を細めた。



「…バグラーとトルコが逃げるための目眩ませか。」


「その可能性があります。」


「…御苦労だった。これより我々は暴徒の沈静を図る。住民の避難を優先し犠牲者が出ぬように努めよ。」


「ハ!」



 彼は駆け足で執務室を出ていった。

途端にヤマトは『クソッ!!』…と床を蹴った。



「あ…の…バカ!!、一体どうやって!!」


「栓無きことだヤマト。

幸いな事にオルカ様はここには居ない。

それだけで僥倖だろう。」


「はい。」


「失礼致します長官!!」



 その時また制服が飛び込んできた。

今度こそ爆発騒ぎの先見の者だ。

 ギルトは『やっとか』…と安堵した。

先見の者が状況を正確に報せてくれねば、ギルトも明確な指示が出せないからだ。



「報告致します!

先程の轟音は砲撃によるものです!」


「!…砲撃だと?」


「王都の塀の外すぐの広間より放たれています!

主に三地区からで、首謀者、目的共に不明!

犯行声明文もありません!が、被害は甚大です!

無差別に打ち込まれており!、一発で建物が倒壊してしまう程の威力です!」



 予想を遥かに超える被害だった。

だが更に彼は伝えた。

なんと大量の暴徒が王都に押し入り、暴れ回っていると。

門番の制服を数で負かし雪崩れ込み、無差別に店を壊し、逃げる人々を斬り倒していると。


 ギルトは椅子を鳴らし立ち上がり、廊下に走り出た。

ヤマトとイルも彼に続いた。



「既に死人も出ているのか!?」


「今のところはまだです!

どうやら暴徒の持つ剣はナマクラなようで!」


(そっちの方が痛えんだけどなぁ。)


「ですが暴徒の中を掻い潜り砲弾の着弾場所を調べることは叶いませんでしたので、定かでは!」


「…そうか。」



 ギルトは暫し思考し、隊を三つに分ける指示を出した。

一つは戦闘に特化した制服で王都内の暴徒の鎮静化を図る隊、一つは国民の避難を優先する隊。そしてもう一つは第三地区のゲート外に陣を張っている砲撃手を潰す隊だ。

全てを同時進行させねば、死者が増える一方なのは嫌でも分かっていた。



「奴らの狙いは恐らくバグラーを解放する事だ。

奴が無事に外に出たのを確認するまで、この攻撃は止まないだろう。

そしてもし奴が逃げ仰せてしまったのなら、国民は深い恐怖に支配され、現実的に危険に迫られるだろう。

…よって奴は見付け次第死刑と処す。」


「…奴をどう探せば。」


「…鎮静を図りながら探す他あるまい。

…お前は国民に警報を出せ。家の戸を閉め、窓を固く閉ざし警戒せよと。

なるべく頑丈で安全な施設に飛び込むのもいいが、1エリアに居る者は決して動かずに隠るように。」


「ハ!」


「王都内の国民の避難には政府の施設全てを解放しろ。…だが、ここ以外だ。

最悪はまだ奴が潜んでいるかもしれん。」


「っ、…ハ!」



 男性は口をぐっと縛ると廊下で別れ、音石のある警報室へと走っていった。


 ギルト達は一階を目指しながらバグラーをどう探すかを思考した。

 彼等の耳には時折砲弾の落ちる音が聞こえていた。



「…既に逃げ仰せたかも分からんが、しつこく打ってくる辺り、まだと見て良いかもしれんな。」


「ええ私もそう思うわ。…それにまだ砲撃が始まって十分とたっていないもの。」


「…トルコ達はどうしますか長官。」


「優先はバグラーだ。

私の勘だが、トルコ達はそう経たず見付かるだろう。

エリコがあの状態なのだ。もし抱えたとしても体力はすぐに底を突く。

彼女が歩けたとしても、医務室から王都の塀まで走る力などある筈もない。」


「はい俺も‥ …私もそう思います。」



 言い直したヤマトにフッと微笑んだギルト。

ヤマトはつい目を逸らしてしまった。



「フフ!、そう畏まらんでいいのにな?」


「いえそんな。…ボスですし。」


「にしては最近少し崩れてきてたわよねっ?」


「…え、マジ💧?」


「ええ!、私としては、二人の距離が近くなっていくのを見ているのは嬉しかったわよっ?」



 イルはにっこりと笑うと、笑顔のまま廊下の先のドアを見据えた。

多くの制服が慌ただしく出入りしている、外に繋がる扉を。



ウウウウウゥゥン…!!



 三人が外に出た瞬間、警報が鳴り響いた。



『緊急事態。緊急事態。

現在王都は暴徒の襲撃に遭っています。

全国の1エリアに住まう者は決して外に出ず、固くドアと窓を閉ざすように。』



 警報は繰り返し流れた。

1エリアに住む誰もが慌てて傍に居る通行人を家に入れ、家を固く閉ざした。


 オルカはかなりのスピードで飛ばしながら警報を聞き、『やっぱりか!』と歯を食い縛った。



「一体何のためにこんな事を!」



 暴徒という言葉では詳細は分からなかった。

だがふと王都に向かい爆走する車を発見し、オルカは急ぎ車に横付けした。


 車を運転していたツバメはすぐにオルカに気付き、窓を開けた。



「ツバメさん!!」


「オルカ君…どうやって!?

まあいいや聞いてください!!、恐らくこの暴動を起こしているのはバグラー一味です!!」


「…!」



 オルカは大きく目を開けた。

ツバメは前方を気にしつつも、役所に押し入った暴徒の顔に覚えがあったと告げた。



「ですので恐らくですが!、彼らはバグラーを解放すべく政府の撹乱を狙い暴れているものと!」


「…そんな。」


「奴を決して逃がしてはなりません!

世界は平和を失います!!」


「っ、」


「そして海堂さんから聞いた話から察するに、バグラーの狙いは、貴方です。」


「!!」



 只でさえ顔面蒼白なオルカにこんな事を突き付けるのは酷に感じたが、ツバメはしっかりと突き付けた。

オルカがちゃんと自分の身を守れるようにと。



「奴とまともに対峙してはなりません!

奴の光に一度飲み込まれた貴方なら…分かりますね!?

バグラー一味は誰も!、初めから悪さをするつもりではなかったのです!

バグラーの願いを叶えたいという純真な願いが!、彼等に見境を失わせたのです!!」


「………」


「貴方だけは!、国民の真の光で在らねばならないのです!!」


「!!」



 オルカはグッと口を結び、大きく頷いた。

ツバメも頷き、微笑んだ。



「御立派になられましたね…?」


「…っ!」


「貴方なら大丈夫。…全てうまくいく。」


「…ツバメさん。」



 この瞬間、オルカは今まで海堂に感じていた独特な絆をツバメにも感じた。

優しく笑う顔も、強く諭してきた言葉も…。

存在全てが尊く感じ、無条件な信頼が胸から溢れ出た。


 オルカはこの暴動を静めると強く強く決意し、ツバメに戻るように促した。



「僕がバグラーの事を皆に伝えます。

ツバメさんは役所に戻ってください。」


「そんな事出来ませんよ!?」


「役所で海堂さんを下ろしたんです!」


「…!」


「王都には山程の制服が居ます!

だからどうかツバメさんは!、海堂さんの元に!」



 ツバメは歯を食い縛り、『頼みました!!』とハンドルを切り急旋回し、役所に向かった。


 オルカは王都を見据え、もっとスピードを上げた。


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