第177話 憧憬を守るため
王都は地獄と化してしまった。
あちこちから砲撃による煙が上がり、そこら中に怪我人が溢れ。
砲撃が直撃した建物は完全に崩れ、何人もの人が生き埋めに。
制服は必死に戦っていたが、虚を突かれたのと暴徒の数が多すぎて押されてしまっていた。
それに制服の中には帯刀していなかった者も多く、初動も遅れてしまった。
だが常に一般人の避難を優先したのか、見える範囲には動けない怪我人しか一般人は居なかった。
ギルトは現状を把握すると『後は任せた』とイルに呟き、大きく息を吸いながら抜刀した。
「よくやったお前達!!」
「…!」 「長官!!」
統率無き戦闘を強いられていた制服達は、ギルトのよく通る声が聞こえただけで士気を取り戻した。
ギルトの後ろにはあっという間に戦闘指示を受けた者達が並び、一斉に抜刀した。
ギルトはザワつき焦る暴徒達に鋭くサーベルの剣先を向けた。
「剣を持ち人を切ったのならば!、等しく剣に倒れる事を覚悟せよ!!」
今さっきまでの勢いを失くしあっという間に背を向け逃げ出した暴徒を見据えながら、ギルトはサーベルを高く掲げた。
「オルカ様の国を汚した不届き者だ!!
遠慮は要らん!、切り捨てよ!!」
雄叫びを上げながら政府は暴徒を殲滅すべく一斉に突撃した。
イルはヤマトが彼等の波に飲まれる前に腕をグイッと引き、早口に捲し立てた。
「お願いがあるのヤマト。」
「え!?てか俺この部隊に参加でいいの!?」
「いいえ。聞きなさいヤマト。」
イルは暴徒の持つ武器に見覚えがないこと、そしてそんな武器を大量生産し保管できる場所があることをヤマトに告げた。
「あの青い扉の家よ。」
「! …そうか。事件が終わったらもう制服は現場に近寄らない。
入り組んだ道の最中にあり、身を隠すには最適。
しかも頑丈な扉の地下室がある上に、王都から程近い!」
「そうよ。…もしも彼等の武器の供給源となっているのなら潰さないと。
彼等の武器が砲弾と剣だけとも限らないわ。」
「そうじゃん!?」
「それにトルコの事だもの。
きっとあの家に多少なり備えを隠していた筈よ。」
「!」
「ここから逃げたって、先ずは拠り所がないとどうにもならないもの。ホテルに泊まろうにも彼はお金を持っていないし、この騒ぎの後に人を襲うようなリスクは冒さない筈だわ。
…第三地区に砲撃隊が構えているのが気になるの。
普通に考えて、バグラーは仲間がハッキリ見える第三地区に逃げ込もうとする筈よね?
…それにバグラーは第三地区で逮捕された。
だから古巣を目指すという意味でも当然のように見えるけれど、バグラーは一度ミスター海堂に負けたのよ?
…彼が統治者の中で断トツに頭がキレる事を彼は身を持って知った筈なのよ。
それなのにまた第三地区に逃げるのは、おかしく感じない?
だからきっと砲撃隊は最大の目眩ませなのよ。
バグラーが第三地区に逃げ込んだと思わせる為と、あの武器庫に近寄らせない為の。」
ヤマトの目は完全に点となってしまった。
イルの頭が余りにキレるからだ。
彼女の言葉には納得しかなかったし、例え空振りに終わったとしても、確かめるべきだと強く感じた。
「…分かった行ってくる。」
ヤマトはすぐに駆けようとしたが、イルに止められた。
何かと思ったら、彼女はヤマトが法石のネックレスを着けているかをチェックした。
「…着けているわね?」
「ま、…うん!、じゃあ行」
「何かあったらその法石に強く助けを求めなさい。」
「…へ!?」
「オルカはこの世界の全ての石と繋がっているの。
しかもそれはオルカの命そのものの法石。
…間違いなく緊急事態は届くわ。」
『いいわね?』…とヤマトの腕に手を添え強い眼差しで言ってきたイルに、ヤマトは大きく頷いた。
彼女は微かに口角を上げると、ヤマトの腕から手を離した。
「気を付けてね?」
「ありがとシスター!!」
イルはヤマトの背を見送ると、ゆっくりと息を吐き胸の前で指を組み、目を閉じた。
そして意識を深くに落とすように集中し、怪我人の位置を特定した。
まるでオルカの石探しのように、自分の傍に居る怪我人が光として見えた。
「…ふぅ。」
彼女が力を使うと、怪我人の傷が温かな緑の光に包まれた。
その温かさは怪我だけでなく、恐怖に閉ざされた心までもを温めた。
…ス。
イルは目を開けると駆けながら移動した。
そして移動した先で同じ様に癒しの力を行使した。
一般人と制服の怪我はみるみる内に治っていったが、暴徒の怪我は治らなかった。
「…ケホッ!」
ゲートに向かうにつれて怪我人は増えていった。
イルは時折フラっとしながらも、真顔で姿勢を正し進んだ。
「!!、…砲撃隊。」
ヤマトは裏通りを巧みに利用し塀の外に出た。
左にバグラーの砲撃隊を発見したが、ヤマトはグッと口を縛り駆けた。
彼が優先しやらなければならないのは、武器の供給を断つ事だ。
青い扉の家がもしそうなっているのなら、そこに居る控えの一味と武器を使用不可能な状態にするのが最善なのだ。
「こんな…の!、前代未聞の大事件だっつの!」
過去、大崩壊ほど恐ろしい災害は存在しなかった。
死者の数だって、今日起きた暴動の比ではない。
だが『人災』という点で、ここまでの被害が生まれたのは今日が初めてだと思われた。
王都が襲撃される事すら初めてだ。
それがまさか、弟が主犯となり引き起こされたなんて…。ヤマトとしては最悪な心境だった。
「あんだけ対策したのにっ、誰が手引きを!
あのヤロ…バカトルコ💢!、マジでゼッテーブン殴ってやるからなアンチクチョウ💢!?」
バグラーが外に出たという事は、三層の迷路のような道を無事にクリアしたという事だ。
そんなの、道案内が居なければ不可能だ。
そしてその道案内や今回の暴動の指示が出せたのなんて、トルコしか思い付かなかった。
ヤマトは全力で走りながら、『ア"ア"ッ💢!!』と大声で怒鳴った。
「…!」 ス!
だがヤマトはすぐに建物の影に身を潜めた。
避難勧告が出されたというのに人の集団が居たからだ。
そーっと覗き見てみると、やはり彼等はあの剣を持っていた。
(ビンゴ。…流石はシスターマジで神。)
ヤマトは腹に手を添えゆっくりと息を吐いた。
そして目を閉じ、心の中で囁いた。
(お願いマスター。…力を貸して。)
腹の奥の球体はあっという間に溶け、ヤマトの全身は燃えるように熱くなった。
ヤマトは剣を抜き、正面から集団に飛び込んだ。
程なくして集団は綺麗に地に伏した。
ヤマトは血を滴らせる剣を勢いよく振り、鞘に納めた。
集団は皆足の腱を切られ、悶えていた。
ヤマトは彼等を冷たく一瞥すると、青い扉の家に向かい駆けた。
タッタッタ! …ピタ。
青い扉は解放されていた。人の姿は無い。
自分が暴れた事で逃げた?…と目を細めたヤマトは、扉の下から右に引き摺られた血に眉を寄せた。
(…誰かが殺られた?、…何故。)
そっと家に入り血の先を見てみると、その血は解放された地下に続いていた。
地下室へと忍び寄ってみると、中から微かに声が聞こえた。
(たすけ…て、…誰か…!)
「…!」
誰かの助けを求める声が。女性の声だ。
ヤマトは『陽動か?』と悩んだが、この血は恐らく偽物ではない。
少なくとも誰かは確実に怪我をし、この中に連れ込まれている筈だ。
問題はそれが一般人か、一味かだ。
(どうする。もし陽動なら閉じ込められるかも)
(マ…マ…)
(大丈夫だからね!?、きっと助けが来てくれるからね!?)
「!!」
その声に覚えがあると気付き、ヤマトは迷わず中に駆け込んだ。
真っ直ぐな階段を飛ばし飛ばしで下に下りると、やはりこの近所に住む親子だった。
母親は突然現れた男にビクッと肩を上げたが、それがヤマトだと分かるなり震えながら涙を落とした。
「制服…様!!」
「やっぱり!、一体何が …!!」
ヤマトは急ぎ親子に駆け寄った。
そして、血の正体を知った。
子供が腹から血を流していたのだ。
ナマクラの剣がまだ5才程度だろう男の子の腹を貫通し、彼の顔は真っ白で、意識も朦朧としていた。
「ッ…!!」 (何て事を…!!)
「たす…助けて…下さい…!
私っ、も、…ど…どうしたら…いいのか!」
「…落ち着いてお母さん。
おいボウズ!?、聞こえるか!?、兄ちゃん来たからな!?」
いつも道端で会うと声をかけてきた子供だった。
いつも笑顔で、いつも親子で楽しそうに歩いていた光景が目蓋に甦った。
二人が手を繋ぎ笑顔で歩いているのを、憧憬と共に見詰めていた心も。
「っ、……お母さん、ここを持って。」
「え?」
「剣は引き抜けません。が、このまま運ぶ事は出来ない。なので剣を折ります。」
「そ…!?」
そして王都まで抱え、イルに見せる。
それしかこの子が助かる術はない。
ヤマトはゆっくり息を吐くと、突き抜けた剣先を母親に持たせた。
そして支えておくように言うと、自分は片手で柄を握り、片手で剣の腹を持った。
(なるべく…振動が無いように…っ!!)
グググ…!
(!、いける。)
「踏ん張れボウズ!」
バキン!!
ナマクラの剣は脆く、折ることが出来た。
だが子供は衝撃を食らい、痛みに泣き叫んだ。
母親は涙をボロボロ落としながら、必死に震える手で剣先を支えながら、子供に声をかけ続けた。
ヤマトは剣先の方を同じ様に折ると、すぐに子供を抱え母親の手を引いた。
「早く!!」
「うっ!!うっ…う!!」
「よく頑張ったなボウズ。マジでエライ!
…あとでたっぷりご褒美やるからな!?
だから揺れるけど…あと少し頑張れ!!」
ヤマトは母親を引きながら階段を駆け上がった。
外に居た一味なら全員倒した。
外に出られさえすれば、王都まで戻れれば…
ギイ…!
「…!!」
だがあと少し…という所で、痩せた女が笑いながら扉を閉めた。
ヤマトは目を大きくし、なんとか施錠される前に体当たりしようとしたが…。
ガチャン! ドンッ!!
惜しくも間に合わず、閉じ込められてしまった。
(ウソだろ!?)
ヤマトは子供を母親に預け、渾身の力で扉を破ろうとしたが、分厚い鉄製の扉も、頑丈な鍵も壊せなかった。
何度も何度も痛みに堪えながら体当たりしても、蹴り破ろうとしてみても、外で小さく笑い声が聞こえるだけだった。
「ツ…、おいテメエ!?、開けろボケ!!」
『…あら。』
「お前バグラーんトコのだろ!!
ここには怪我人が居るんだとっとと開け…」
『開ける筈がない』…とヤマトは気付いた。
わざとらしく地下へと繋がる血の跡。ヤマトがよく知る親子の軟禁。
それらから導かれる答えは…。
「…まさか、俺をここに閉じ込める為に!?」
ヤマトを閉じ込めた女性は肩で扉に寄りかかり『あら名推理?』と拍手をした。
ヤマトは歯を食い縛り、こめかみに血管を浮かせ堪えた。
「なんで俺を缶詰めにしたかったんだよ。」
『あら分からない?、貴方が間違っても死なないようにと気を回したのに。』
「…!」
『私達は王に逆らう気など無いもの。
だから何かの間違いで貴方が命を落としでもしたら困るのよ。…砲撃に当たったりね?
だからわざわざ保護してあげているのに。』
「~~ッ!!」
『文句があるなら保安局のお偉いさんにでも言うことね?』
「…!」
女性は『じゃあね?』と布の巻かれた手首で手を一振りし、行ってしまった。
ヤマトは扉に拳を当てたままじっと項垂れた。
『保安局のお偉いさん』で、『現在監守業務を努めている人間』など、一人しかヒットしなかった。
(あの…裏切り者め!!)
「せ…制服様…?」
「!」 (そうだ場合じゃない!!)
気持ちを切り替え、ヤマトは扉を破ろうと奮闘した。
だが何ヵ所も凹ませられども扉は壊れなかった。
子供は母親の腕の中でぐったりとし、もう揺さぶっても声をかけても意識が戻らない。
(時間が…!!)
ヤマトは『これが神頼みってやつか!?』…とネックレスの法石を握った。
この世界においてオルカは無敵だ。
彼さえ帰還すれば、こんな騒ぎはあっという間に鎮静出来るし、イルをここに連れてくることも出来る。
ヤマトは法石を握り、『お願いだ!!』と強く祈った。
(オルカ!、…シスター!!)
「…!!」
イルは祈っていた手をほどき、バッと第三地区に目線を向けた。
言葉にならない感覚を、何かを感じたのだ。
「…まさか。」
彼女はダッと駆けた。
すぐ真上を砲弾が飛んでいき教会を崩壊させ、叫び声が聞こえたが…、走った。
タッタッタッ!
「っ、……ヤマト!」
「!!」
遂にオルカは王都を視界に捉えた。
煙があちこちから上がる世界など、もう二度と見たくない光景だった。
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