第7話 それぞれの正しさ

ガヤガヤ…ガヤガヤ… ジュゥゥゥ…!



「……で?、今度は何をオルカに吹き込んでくれたんだオメエはよぉ…?」



 焼肉屋に響いた太い声。

その威圧感に圧倒されたのかなんなのか、化石店の店主『ロバート』は顔を歪め椅子の背凭れに深く腰かけた。



「…べつに何も?」


「あ"あ"…?」


「んな威嚇される程の事は話しちゃいねえよ。

…ってか圧高いんだよ後ろ下がれよもお~💧」



 ロバートの向かいに座り高圧にロバートに威嚇をした茂は『やめないか。』…という声にズモモ…と体を引いた。

圧が下がり気が楽になったのか、ロバートは肉をトングでつまみ、焼き台に乗せた。

 茂の隣に座る、先程やめないかと彼を制した彼女は『ジル』。カフェアイランドのマスターである茂の妻だ。

背は高めで170センチ程。プラチナブロンドのサラサラなストレートの髪をいつも一つに纏めている。

透き通るような水色の瞳は大きな二重で少々吊っており、かなり美人だ。

…美人…なのだが、性格はとてもサバサバしており、厳しかった。

彼女の無地の白シャツ黒いスラックスという装い、スレンダーで長い腕と足、そして足を組み椅子の背凭れに片腕を乗せるといった行動は、その中身が反映しているようだった。

…因みに35才である。とてもじゃないが見えない。



「大の男が二人して睨み合って。……

若い男が絡んでキャッキャしてんならまだしも。

ハッキリ言って見ててしんどいんだよ初老共。」


「俺はまだ初老じゃねえよ!?」


「…どうせあと数年で初老だろうがロバートォ。

…腹くくれねえ中年は見苦しいぜぇ…?」


「俺はお前より年下なんだけどっ!?」


「肉もーらいっ!」


「おいジル何回目だよ!?」


「俺の嫁にケチ臭え事言ってんじゃねえよコラ。」


「お前の見た目に合わない甘やかしはキモイんだよ茂!?」



 楽しい焼肉…には見えないが、これで三人は楽しんでいた。

こんな絡みなどいつもの事なのだ。

 ロバートは余っていた肉を全て焼き台に乗せ、ビールをグビッと飲んだ。



「………で?、そっちはどうなんだ?」


「どうってなんだよ。

姉ちゃんカルビ2皿追加!!」


「ああ!!…鼓膜が逝くッ!!」


「…声がデカイんだよアンタは本当に。

てかなんでまたカルビ頼んでんのさ。」


「…ああそうか。悪いな姉ちゃん特上カルビに変更なあ!?」


「…俺ビール。」


「私はウィスキー。」


「おう姉ちゃんビール二つにウィスキーのロックもな!?」



 茂の声は野太く、大きい。

声がデカイと苦言を入れた割に、ジルもロバートも活用している。


 一通り注文を終えると、茂はやっと先程のロバートの質問に答えた。



「よーくやってる。

ヤマトもオルカも真面目にな。」


「……何も話してないのか…?」


「まだ早すぎる。…まだ15のガキなんだぞ。」


「……俺はそうは思わない。」


「だから牛の話をしたって? …あ?」


「…あいつが知らなきゃいけない話はそんなレベルじゃないだろ。…今から少しづつ話し聞かせて」


「あいつの面倒見てんのは俺だ。」


「…ハア?」


「去年成人してようがガキはガキだ。

…政府の決めた成人年齢なんざ関係無えんだよ。」


「誰もそんな話してねえだろ。

…いつまでも『ガキ』ってよ。 ………

そんなんじゃオルカが可哀想だろ。」


「あ"?」



 前のめりに睨み合った二人に、バシバシーン!…と張り手が。



「やめないかこんなトコで。」


「…お前はどう思ってんだよジル。」



 ジルは辺りにチラッと目線を走らせると、ウイスキーを一口飲み、黙った。

他のテーブルから聞こえてくる話し声や笑い声、肉の焼ける音を聞きながら…、肉を裏返した。



「…アンタ達の主張は、どっちも正しいよ。」


「………」 「………」


「私も…、まだまだオルカは子供だと思う。

…こんな変わり果ててしまった世界でも立派であろうと勉強して…大学目指してるあの子見てると、…考えちゃうよ。

もしかしたらこのままただ見守ってあげた方がいいんじゃないか。

別にこのままでもいいんじゃないか。

その方があの子は幸せになれるんじゃ?って。」


「ジル…!?」


「分かってるよロバート。…そう。…ダメなんだ。

このままなんて…続きはしない。」


「……」 「………」


「あの子、口には出さないけど、分かってるよ。

自分は世界から浮いてるって。

…その孤独って、どんななんだろうね?

きっと私達には想像もつかない位辛いだろうね。

……そういった面でも、ロバートの言う様にあの子に真実を教えるのは正しいと思う。

…思うけど、それは同時にリスクも生む。」


「…それは分かってるさ。

今まで政府がオルカに気付かずに、…オルカが無事に生きてこられたのは…、シスターに就いてくれた『イル』があいつの見目を徹底的に隠し、そして隠し続けるようにあいつに教育を徹底したから。

そして、あいつが何も知らなかったからだ。」


「…まっ!、勝手にそれなりにポカしてるみたいだけどね?

イルの話じゃ、『また学校で変なこと言ってた~ってヤマトから聞いた』って項垂れてたよ!」



 ロバートは肉をパクパクと食べると、前のめりになり声を落とした。

ジルはウイスキー片手に足を組みながら頬杖を突き、ふぅ…と鼻で溜め息を溢した。



「俺らにすら分からない『世界の理』。

それをちゃんと、…オルカは知っている。

法石の影響なのか何なのかは俺らには分かりゃしないが、…あいつはちゃんと分かってるんだ。」


「……だろうね。」


「いい加減にしてくれねぇかロバート。」


「………茂。…お前な」


「真実を話したら、…あいつはどうなる。」


「……」 「………」


「まだ15才。…心も体も成長しきってないあいつに、何を背負わせようと言うんだ。」


「……茂!」


「俺だってそれが正しいと思ってやってきた。

…だがな、それは『俺らの気持ち』だろ。」


「……」 「そ! …かも、…しんねえけど」


「俺らが『そうあるべき』『そうなってほしい』と感じるものを、…あいつに押し付けるのが正しさなのか…?」


「……」 「け…どな!?」


「それを選択する為にも話すべきってんだろ…?

…いつかは話すべきだ。…あいつの事なんだから。

そんなの俺にも分かってるよ。

…けどなあ?、…毎週木金と慈善講習受けて、唯一の休日である土曜は孤児院に通って。

……これからもっと食べ盛りだってのに、これからが青春だってのに…、働かなきゃならない。恋する時間すらない。…俺らとは違って高校の制服にすら袖を通せなかったあいつに、……何故。

何故今から突き付けなきゃならないんだ。」


「……」 「…っ、」


「………せめて大学に通ってから。

…恋の一つでもしてから。それでも遅くはないだろう?

それともそんな権利すらあいつには無いのか?

……だったら世界なんてなあ?、ブッ壊れち」


「止めないか。」



 ジルの制止に、茂は口を閉じた。

ロバートは指を組み少し動かしながら、眉を寄せた顔を上げた。



「今日、『冒険て言葉を知ってる?』…って。」


「…!」 「!」


「……俺だって待ってやりたいよ。

たがもう…あいつは、オルカは…限界なんじゃないのか…?」


「………」 「……」


「…あいつの心がもう…限界なんじゃないのか。」



 無言になってしまったテーブルで、ジルはまた鼻で溜め息をついた。

『誰もがオルカの為を考えている』

『だからこそこうやって揉めてしまう』

そんな優しさから生まれる沈黙には…、本当に思うことが多すぎた。



「……ん。…じゃあこうしよう。」


「…ジル?」


「もしオルカが何か訊いてきたら、答えてやればいいよロバート。」


「!」 「……ジル。」


「茂、もしそうなったらそれはオルカの選択だ。

…だったら尊重してやるべきだろ?」


「………」


「だから、アンタも好きにしな?

まだ早いってんならそれでいいさ。」



 ジルの言葉に納得したのか、二人は頷いた。



「……お前がそう言うなら従おう。」


「…そうだな?

なんせお前とイルが居なきゃ…、あいつは15年前に死んじまってたもんな。」



 二人の言葉にフッと微笑むと、ジルは二人の頭を拳骨で殴った。



ゴツゴツーン!!


「い"っ…で!?」


「………」 ←微動だにしない夫


「納得頂けて何より。…なんだがなあ!?

こんなトコでベラベラとお石の名前までだしてんじゃねえよクソヘボショボ店主!?」


「俺の化石をバカにすんじゃねえ!?」


「化石をバカにはしてねえぞロバート。」


「お前の薄ら笑いムカつくんだよヤメロ!?」



 …オルカは知らない。

彼等がとある目的の為に結託している事を。

…その出会いが15年前も以前に及ぶこと。

彼の慕うシスター『イル』も、その目的に賛同し結託していることを。


そしてそんな仲間が、まだまだ大勢居ることを。








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