第8話 茂とジル

「はあ食った~♪」


「……今度は二人にも食わせてやんな茂。」


「…いいのか?」



 ジルは店先で『つまんねえ空だな』…と夜空を見上げ呟き、別にいいさ…と苦笑いした。



「危険を言い出してたらキリが無いし、店のスタッフにメシ奢ってやるなんて普通だろ?」


「……もう直にあいつも15才かぁ。」


「沁々してんじゃないよロバート。

余計に老けて見えんぞ?」


「お前の旦那より年下なんダガッ!?」


「…誕生日、直だもんな。」


「ああ。」 「…おい無視しすぎだろ。」



 ジルに無視されたロバートも、ロバートと喧嘩ばかりしている茂も、ジルも…嬉しそうにニッと笑った。



「もうじき10/1。

あいつの15の誕生日だっ!」



 今日は9/25。

オルカの誕生日まで約一週間の今、彼等はオルカに様々な想いを寄せていた。

 ロバートは、まるで息子にあげるプレゼントを選ぶように『何を贈ってあげよう』『何をしてあげよう』と温かな胸中で考え…

茂は、11月に控えたヤマトへのプレゼントも共に考えた。

勉強熱心な二人の将来に役立つプレゼントにするか、それとも単に欲しい物を聞くか。



「………もうじき、15周年…か。」



 ジルは二人よりも多くを考えていた。

オルカが15才になるのなら…、大崩壊からも15年経つということだ。

大崩壊は大晦日、12/31に起きていた。



(オルカが生まれてから約三ヶ月後。…か。)


「……ジル。」


「…ん?」



 ロバートと別れた帰り道、ふと茂が手を握ってきてジルは顔をボンッ!…と爆発させた。



「なっ、なんだよ急に!?」


「……俺は、間違ってるか?」


「…!」


「………入れ込みすぎ。 …か?」


「………」



 無機質な夜空を見上げ歩く横顔に…、ジルは『ああもおっ!?』…と手をギュッと握り返した。



「………アンタらしいよ?」


「…『らしい』。……ねえ?」



『アンタらしく優しくて、…嬉しいよ?』



(なんて言えるかあっ!?)


「本当は俺はもう、…どうでもいいんだ。」


「!」


「国だの、正常だの。 …どうでもいい。……

俺はただ、オルカが、…ヤマトが……

ただ幸福であれば。……もう、何でもいい。」


「……」


「大人の勝手に振り回すなんて、…出来ない。」



 ジルは、私も心からそう言えたらなと思いながら、『そっか。』…とだけ返した。



「………」


「………」



 温かく大きな茂の手を感じていると、彼の隣に居る自分に罪悪感を感じた。

茂は大崩壊で妻と娘を亡くしていた。

…だからこそジルは彼の隣に並べたのだ。

 憎いだけの存在であるべき大崩壊の恩恵に、ジルは胸を痛め続けているのだ。



「……もし、もしお石にさ?

本当に時を操る力があるなら………」


「………」


「…私は、……戻すべきだと思う。」



 小さく呟かれた彼女の言葉に、茂は何も返さず、ただ手を繋いだまま歩いた。

普段は表情が全く動かず、無口で無愛想な茂らしいと思いながら、ジルはそっと苦笑した。



「………俺は…」


「…!」



 だが、このまま無言で家まで歩くだろうと思っていたジルの予想に反して、茂は口を開いた。



「時とは、…流れ続けるべきだと思う。」


「!」


「確かに。理想…なのかもしれない。

昔に戻れるなら、……確かに。

…世界は平和で。…犯罪者糾弾も無く、ホームレスも存在しなかったあの頃を誰もが望んでいる。

……娘の成長を見届ける事も出来る。

…妻とも、…もっと共に歩んでみたかった。」


「……でしょ…?」


「だがそれでは、………お前とこうなれない。」


「…!」



…ピタ!



 ジルの足は思わず止まってしまった。

その目は大きく開かれていた。

茂はそんなジルと目を合わせる事なく、静かに続けた。



「誰もが何かを失った。…それは悲しい事だ。

だが人は、『それでも』…と、生きていくべきで、『それでも』歩いていける生き物な筈だ。

…それが、正しいんじゃないのか。」


「…………」


「取り戻せないからこそ大切な筈だ。

…だからこそ出会えた人が居る筈だ。

それを忘れてはならないと思う。」


「…………」


「………俺は、…お前を愛せて良かった。」


「っ!」


「だから俺は、時を戻したいとは思えない。

それじゃまるで…、お前と築いた時間なんて初めから要らなかった。…と、言っている様で。

……それだけは、…言えない。」


「…………」



 ガチャン…と鍵を開け、二人は家に入った。

ジルはすぐに『風呂』…と行ってしまった。

 茂は考え深げにその背を見送ると、ふと時計を見つめ眉を寄せた。



「……今回の磁場狂い、長いな。」



 時を告げるシミはふわふわと移動していた。

まるで、何処に止まるのが正しいのかを探すように。




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