第4話 本当の夢
オルカはいつも通り髪の毛を染め、カラコンを着け、鞄を持ち家を出た。
今日は土曜日、孤児院に通う日だ。
「今日のお土産は何にしよう。
やっぱケーキかな?、皆喜ぶし。」
彼は去年成人し、孤児院を出た。
それからはカフェ『アイランド』に就業ししっかりと稼ぎ生計を立てていたが、毎週土曜日は必ず孤児院に顔を出していた。
家族の居ない彼にとってシスターは親であり、孤児達は皆兄弟なのだ。
『みんなに幸せになってほしい』
『ささやかでも恩返しがしたい』
そんな想いが、彼を頻繁に実家へと向かわせた。
「やっほー?」
「あっ!?オルカだあっ!?」
「ケーキケーキっ!!」
施設に入った途端、子供達に囲まれた。
『土曜にはオルカが美味しい物を持って現れる』というのを子供達は分かっているのだ。
オルカはニコニコ笑いながらお土産のケーキを渡し、元気に走り回る子供達と一緒に施設の奥へと進んだ。
「…あらオルカ!」
「久しぶりシスター?、元気だった?」
シスターはオルカと、『ケーキ♪』…とはしゃぐ子供達にクスクス笑い、お皿を出した。
「また来てくれたのねっ?
嬉しいわ貴方の元気な顔が毎週見られて!」
「…皆はケーキがお目当てだけどね?」
「そんなことないわよ!
ヤマトはどう?、あの子…調子いいとこあるし…」
「大丈夫だよ?、昨日なんて僕の方が遅刻しかけたくらい。」
「……あら。…珍しいわね?」
「ちょっとボーっとしちゃってさ?」
オルカの言葉に、シスターは「…そう。」…と微かに目を細めた。
「……… …もしかして、また石を?」
「! 流石だねシスター?」
「…貴方のことなら誰より知ってるものっ?
さあみんな?、オルカお兄ちゃんが買ってきてくれたケーキよ~!、集まれ~!?」
「「「「キャーーーーーッ!!!」」」」
皆でケーキを食べたらシスターの手伝いをし、子供達の面倒を見て……と、本当にしっかり者で優しいオルカに、シスターは嬉しくも複雑な胸中だった。
「……オルカ。…ちょっといい?」
「うん? …うんいいよ?」
夕方、オルカを呼び出すとシスターは応接間に入り、お茶を出した。
オルカは『なんだろう仰々しく』…と少しキョトンとしながらも座った。
「……オルカ?」
「なに?」
「私も子供達も…、貴方に毎週会えてとても嬉しいわ?、けれど貴方はもう働いているし、大学を目指して勉強もしているでしょう?
だからなんというか、……心配なの。」
「…心配?」
「頑張りすぎてない?
只でさえ忙しい筈なのに…。…毎週毎週。……
……私は貴方の負担になりたくないの。」
「……なんだそんな事!?」
オルカは思わず笑ってしまったが、シスターは口角を少し上げるだけだった。
そんなシスターの顔にオルカは『しまった』と笑っていた口を閉じた。
「心配してくれたのにごめん。
でも、気にしないでよそんなこと。
僕がしたくてしてるんだから。」
「…オルカ。」
「僕にとって…皆は家族なんだ。
…家族は大切にするものでしょ?」
シスターは小さく鼻でため息をこぼすと、そうね?…と微笑んだ。
こうやって笑う時に浮かび上がるえくぼが、オルカは昔から大好きだった。
「ありがとう?
…それに!制服を目指すなんて本当に凄いわよオルカ!」
「…なれるかは分からないけど、…うん。
やれるだけはやってみたいなって。」
「…そうね?」
やがて夕日が傾きかけると、オルカはそろそろ帰ろうかなと鞄を持った。
そして皆に挨拶し、帰路についた。
オルカは帰路を辿りながらふと…、シスターが『いつもの言葉』を言わなかったと気が付いた。
いつも別れ際に必ず言っていた、注意事を。
『あの石は貴方の本当の家族が残してくれた物。
だから大切に保管して、絶対に誰にも見せては駄目よ。
外に出る時は髪と瞳を必ず隠すこと。いいわね?』
施設に居た頃も、施設を卒業した日も、それから毎週土曜にも毎回言われてきたこの言葉が言われなかったのは初めてで、オルカはなんとなく笑ってしまった。
『少しは大人と思ってもらえたのかな?』…とクスクスと笑った。
街は今日もいつもと変わらず風一つ吹かない穏やかな晴れだ。
色とりどりのレンガや石材などの様々な素材で造られた家屋や店はどれも美しく、踏み締める敷石もキッチリと並んでいる。
そんな穏やかな街をのんびりと歩いていると、前から制服が歩いてきて…、オルカはドキドキしながらも会釈をした。
すると相手もニッコリ笑い、ハットを指先で少し下げながら笑顔で会釈してくれた。
(カッコイイっ!!)
『あんな風になりたい』『ああなれたらいいな』
そんな憧れは日に日に倍増する気がした。
だが、そんな心にふと影が差した。
(………でも。…本当は… )
本音では、心の深い深いところに居る本当の自分は、制服になどなりたくはなかった。
彼は本当は、冒険家になりたいのだ。
いつもと同じ日常。…なんてことない日常を飛び越え、見たことが無い世界を見てみたいのだ。
もっと広くて自由な、素晴らしい世界を。
それはあんな地図に収まるものじゃない、『本当の世界だ』と彼は漠然と確信していた。
妄想かもしれない。
そんな広い世界など実在していない。
そんな地図は何処にも存在しない。
だが何故なのか、彼が感じる数多くの違和感と同じように、『世界は広い』と彼は確信しているのだ。
『時計とはあんな曖昧で狂いやすい物ではなく、大陸は本当は何個も存在し、そして多種多様な生物が本当の世界には存在している』
彼は心の奥底では、そう信じて疑わないのだ。
「………」
オルカは足を止め、空を仰ぎ見た。
決してスッキリと晴れることの無い、薄モヤのかかったぼんやりと晴れた空を。
「………」
…この世界には、晴れしか無い。
…けれど僕は知っている。
『空』とはもっと色とりどりで…、気まぐれで、美しいものなんだと。
『ママ~!、くらいよ電気つけて~っ!』
『はいはいちょっと待ってね~?』
…パ!
…僕は知っている。
『電気』とは『ホタル石』の事じゃない。
…もっと、…目に見えない形で存在していた筈だ。
『触れる事で光るホタル石』の事ではない筈だ。
フォォォォン…
……あれも『車』じゃない。
浮力の強い石で浮かせた入れ物の事じゃない。
車というのはもっと……音がして、…形が様々で、匂いがした筈だ。
「………」
…何故この世界は、僕の認識する世界とこんなにも違うのだろう。
小さい頃は僕がおかしいんだと思っていた。
…けれど、…何故なんだろう。
大きくなればなるほどに、確信していくんだ。
『歪んでいるのはこの世界なのだ』と。
「………」
…それなのに僕は、…何も出来ずにいる。
勇気を持ち、人々に『冒険という言葉を知っている?』と訊く事は疎か、それを説明する努力すら怠っている。
それだけじゃない。
僕の違和感をぶつける事を、…僕は拒否している。
『どうせ分かってもらえない』
『自分でもちゃんと分かっていないのに、説明なんて出来るはずがない』…と。
…そうやってダラダラと自分の心から目を逸らし、身体的にも精神的にも自分を隠し。
「…………こんなんで、…いいのかな。」
『シスターと孤児院に恩返しがしたい』
『何もかも捨てて、冒険に出たい』
二つの相反する心を感じながら、またオルカは歩きだした。
昔感じていた親が居ない孤独よりも、世界に馴染めない孤独の方が何倍も苦痛だった。
(…いつかは慣れる筈だったのにな。
…まあ、……いいか。)
ふと足を止め、…ハッとした。
彼の足はいつの間にか自宅ではなく、彼の行き付けの店へと向いていたのだ。
オルカはじっと看板を見つめ、『よしっ!』とお財布の中を確認した。
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